久遠の海へ ー最期の戦線ー

koto

文字の大きさ
上 下
28 / 36
赤く染まる北の大地

4-5

しおりを挟む
「まさかこんなにも簡単に上陸できるとはなぁ……」

 ペトロヴィッチ率いる先遣隊は留萌港に輸送船を着岸させ、上陸を完了していた。以前より日本本土には連合国軍の軍人が上陸しており、また既に降伏文書に調印した後でもあり、上陸したソ連兵を疑問視する日本人はいなかった。
「大佐、留萌港周辺の道路は封鎖しました。」
 ペトロヴィッチ隊に任されたのは、留萌港に上陸しその周辺地区を確保することだった。占領の主体はあくまでも後続の狙撃師団や戦車大隊の役割だ。
 また、上陸地点の安全を確保すると同時に、戦車などを荷揚げするのも役割の一つだった。これは、後続の到着と同時に進軍するためだ。

 ――聖域確保のためとはいえ、終戦後に進軍するのも気が引ける。
 ペトロヴィッチの想いとは裏腹に、港では着々と荷揚げ作業が行われている。
 なお、彼らは知る由もなかったが、ヤルタ会談によりソ連の領土は満州国と日本領の南樺太、千島列島を得られることが決まっていた。この北海道侵攻はあくまでもソ連の独自判断から行われており、上陸した時点で連合国、特に英連邦からソ連へ抗議が届いていたのだ。アメリカは何ら反応を示しておらず、スターリンは黙認と理解していた。
「各部隊から住民からの反発はほとんど無いと連絡がありました。規律の遵守も強く命じたためでしょうか。」
 隣に立つ副官から報告がある。
 ペトロヴィッチにしてみれば当然のことだった。

「ここで反発されると後の侵攻の障害となる。違反者は即時射殺すると再度命令しておけ」
 彼が懸念していたのが、上陸後部下が暴走することだった。強いストレス下にある兵士がどれほど狂暴になるかは、独ソ戦でいやほど学んだ教訓だった。彼自身はサハリンに駐留していたので直接的に戦火を交えてはいないが、報告は数多い。
 逆説的だが、それを恐れたからこそ先遣隊にペトロヴィッチ隊が選ばれたとも言える。事実、大佐が命令するまでもなく、何かしらの行為に走った部下はいない。大佐にとっては、むしろ後続の部隊がどれほど規律を守れるのかが不安だった。
 ――さすがに戦闘行為はないと思うが、まだ歩兵連隊が3隊もある。いくら武装解除しているといえ、いざとなったらどうなるかわからない。それに、連合国がどう出るかもまだ不明瞭だ。
 
 後続の部隊は、満州から朝鮮半島で戦闘を続けていた戦車部隊を筆頭に、数個の狙撃師団が含まれている。激戦の中を生き抜いた部隊だ。一体何をしでかすか、予測がつかないのだ。
「せめて穏便に済めばよいのだが」
 
その想いは叶うことはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

久遠の海へ 再び陽が昇るとき

koto
歴史・時代
 第2次世界大戦を敗戦という形で終えた日本。満州、朝鮮半島、樺太、千島列島、そして北部北海道を失った日本は、GHQによる民主化の下、急速に左派化していく。 朝鮮半島に火花が散る中、民主主義の下、大規模な労働運動が展開される日本。 GHQは日本の治安維持のため、日本政府と共に民主主義者への弾圧を始めたのだ。 俗に言う第1次極東危機。物語は平和主義・民主化を進めたGHQが、みずからそれを崩壊させる激動の時代、それに振り回された日本人の苦悩から始まる。 本書は前作「久遠の海へ 最期の戦線」の続編となっております。 前作をご覧いただけると、より一層理解度が進むと思われますので、ぜひご覧ください。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

海将・九鬼嘉隆の戦略

谷鋭二
歴史・時代
織田水軍にその人ありといわれた九鬼嘉隆の生涯です。あまり語られることのない、海の戦国史を語っていきたいと思います。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

徳川家基、不本意!

克全
歴史・時代
幻の11代将軍、徳川家基が生き残っていたらどのような世の中になっていたのか?田沼意次に取立てられて、徳川家基の住む西之丸御納戸役となっていた長谷川平蔵が、田沼意次ではなく徳川家基に取り入って出世しようとしていたらどうなっていたのか?徳川家治が、次々と死んでいく自分の子供の死因に疑念を持っていたらどうなっていたのか、そのような事を考えて創作してみました。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

真田源三郎の休日

神光寺かをり
歴史・時代
信濃の小さな国衆(豪族)に過ぎない真田家は、甲斐の一大勢力・武田家の庇護のもと、どうにかこうにか生きていた。 ……のだが、頼りの武田家が滅亡した! 家名存続のため、真田家当主・昌幸が選んだのは、なんと武田家を滅ぼした織田信長への従属! ところがところが、速攻で本能寺の変が発生、織田信長は死亡してしまう。 こちらの選択によっては、真田家は――そして信州・甲州・上州の諸家は――あっという間に滅亡しかねない。 そして信之自身、最近出来たばかりの親友と槍を合わせることになる可能性が出てきた。 16歳の少年はこの連続ピンチを無事に乗り越えられるのか?

処理中です...