久遠の海へ ー最期の戦線ー

koto

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最期の連合艦隊

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 幾度もソ連軍の上陸を阻止し、上陸されたとしても決死の覚悟で挑み追い返し、今日までまだその島は日本軍人が守り抜いていた。
 だが、もう陥落は時間の問題だった。医薬品は完全に底を付き、食料は満足に食べたのがいつの事かわからない。既に、占守島以南の島々からの物資支援も途絶えていた。それは制海権を失ったからではない。もう、どの島も出せるすべての備蓄物資を占守島へ運び終えていたのだ。
「弾薬は本日中に確実になくなります。燃料も無しに等しく、すでに大部分は固定砲台として海岸防衛の任についております」
 塹壕内に作られた占守島司令部。陽が昇ったにもかかわらず薄暗いのは塹壕にあるというだけではなく、その悲壮感から作りだされているのだろうかとさえ思ってしまう。皆、悲痛な面持ちで会議を進めている。

 占守島では誰もが逃げ出すことなく、自身に与えられた職務の下、その命を終えようとしていた。何千もの兵士が死亡し、それ以上の負傷者が医薬品不足から息を引き取った。
 一方のソ連兵も大量の死傷者が発生していた。竹田浜の砂はいつからか血で染まりつくしていた。
 最期の頼みだった海上挺身隊からの報告はもう途絶えている。砲台の視認範囲から離れた後、視界にも無線にも反応はなかった。片岡湾がまだ砲撃されていない事実から、まだ海戦が続いているのか、あるいは差し違えたのか。想像に任せるしかない。
「まだ霧は晴れていない。航空機からの攻撃がないだけで、我々の戦いはまだ続けられる」
 ――だから、この霧の中を突破し、敵の上陸艦を撃破してくれ。

 指揮官が声にならない悲願を叫ぶ。
 そして、それを聞き届けたのかのように伝令が司令部に走り込んできた。
「敵輸送艦が攻撃を受け炎上しています!味方が到着しました!!」
 それは、司令部の皆が奇跡が起きたという以外に適した言葉が見つからないほどの出来事だった。

 占守島の海岸防衛にあたっていた兵士は誰もが驚きと歓喜に沸いていた。霧の中を突き破り、12.7cm主砲が引っ切り無しに爆炎を放っている。照準の先はソ連の輸送艦だ。
 軽巡洋艦1隻を旗艦に、駆逐艦6隻と護衛艦6隻からなるソ連海軍の占守島攻略艦隊は、その他輸送艦14隻と上陸用舟艇16艇を指揮下に置き、占守島攻略を担っていた。後方との連絡を絶つため、そのうち4隻を片岡湾攻撃に向かわせ、そして彼らとの連絡が途絶えた。
 それでも、まだ9隻もの戦闘艦が存在する中、響は海防艦1隻を連れて突撃を開始した。
「輸送艦だけを狙え!ほかは無視しろ!!」
 主砲3基6門、魚雷発射管3基9門。速力20ノット以上で突撃する響を、ソ連海軍は混乱の余り適切な対応を取れなかった。そうこうしている中で輸送艦がまた被弾する。
 現状、占守島への上陸を防ぐ唯一の策が輸送艦と上陸艇の撃沈だから、誰もが輸送船にしぼり攻撃を行っている。
 主砲や魚雷だけではない。対空戦用の機銃も海岸へ向かう上陸艇を攻撃し、何人もの兵士が文字通りバラバラに飛び散った。

 徐々に混乱から回復したソ連海軍だが、搭載する主砲は沈黙したままだ。約30隻以上がひしめく中では、同士討ちを恐れて攻撃できないのだ。一方の挺身隊はわずか2隻だ。自己よりも大きい輸送艦を撃つのは簡単なことで、ほとんど停泊している停止目標を撃つことは海防艦でさえ楽な仕事だった。

 占守島の悲劇と呼ばれるそれは、輸送艦と上陸艇の8割を失い、1万人以上の命を一気に奪われたことを意味する。
 このことでもって占守島上陸戦はソ連側の失敗に終わる。
そして、霧の晴れた翌日。報復と言わんばかりに100機以上の航空機が占守島やパラムシル島を襲撃し、終戦を迎えることとなる。

 駆逐艦“響”と海防艦“択捉”は、その最期の時まで占守海峡を守り抜いた。

 
 宇久奈海軍少佐は戦闘中に重傷を負いながらも指揮を続け、中破した響を竹田浜へ着岸させるよう命じ、その息を引き取った。日本海軍最後の砲声を命じた艦長として、その名は記録されている。
 
 大日本帝国海軍海上挺身隊、旗艦”響”は、今もなおソ連海軍をにらみ続けている。
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