放課後の秘密の共犯者が俺にだけ執着する理由

茶々

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十一月

文化祭.1

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 あっという間に時は過ぎて、とうとう文化祭の当日になった。
 今日ばかりは、教室に整理整頓して縦横に整列する机と椅子はなく、そのほとんどが、展示のための骨組みと化していた。
 エジプトの展示では、深く暗い神殿の骨組みとなって、段ボールを塗装して造られたピラミッドを支え、また別の展示では美術館のようにパネルや絵画を飾るための壁になっている。
 廊下も人通りが多い。昼休みとは違って、文化祭のパンフレットを片手に歩きながら話していたり、展示に入るための生徒たちの待ち列ができている。

 瑠璃は壁の装飾を見上げた。
 やはり教室の展示は文化祭の目玉だけあって、どこの組も一番の盛り上がりを見せている。
 窓はすべて締まっていて、黒幕で遮られているから中は見えない。色紙で作られた妖精のキャラクターやぽんぽん、花が飾られて華やかな雰囲気を放っていた。
 一緒に列に並ぶ美咲も、隣で壁を見上げてから、瑠璃ににこりと笑いかけた。

「私ね。ここの緑組の『ファンタジーワールド』の展示がいっちばん楽しみにしてたの。前評判で一番人気だったから来れて良かったよ」
 瑠璃は列の前後をきょろきょろ見渡す。
「そういえば、確かに女子が多いな。……見た見た、この前の学内新聞だろ。確かに緑組の前評判、女子票がほとんどだったもんな」
「着ぐるみとかも使ってるらしくて。ウサギとかいるんだって」
「さっき廊下をくまの着ぐるみが歩いてたのも、もしかしてそれだったり?」
「そうだと思う」

 自分の組の展示ではパンフレット係を担っていた瑠璃の仕事は前日のパンフレットの折り畳みと配置で、すでに完了している。
 美咲は夕方に展示の案内係がある。
 それまでの時間を、瑠璃は美咲と文化祭を回ることにした。

 目端で実行委員の腕章を腕につけた生徒が段ボール箱を抱えながら慌ただしく走っていくのが見えた。
 思わず視線がそちらを向く。
 奏ではなかったことに気づいて、少し残念そうに目を伏せた。

 奏は文化祭実行委員として一日中、仕事に引っ張りだこらしい。今朝、登校して荷物を入れておくロッカールームですれ違ったのが最後だ。
 そうでなくとも、クラスの展示の運営にも携わっていたし、いつも教室で過ごしている奏の友人たちが放っておかない。
 きっと今日、奏と過ごすのは至難の業だ。
 表向きには、何の関係性もない瑠璃に奏を誘うことはできない。

――仕方ない。今の俺らはそういう関係だから。

「園田、この展示の後って」
「美咲」
「え?」
 彼女は上目遣いにいたずらっぽく笑いながら、小首をかしげた。
「今日は美咲って呼んで。瑠璃。せっかく一緒に回ってるのに、園田はちょっと寂しいじゃない」
 瑠璃は戸惑いながらも、穏やかに笑みを浮かべた。
「わかったよ。美咲。どう? 呼び方、変じゃない?」

 くりくりっとしたリスのような丸い目が三日月型に細められて、花が咲いたような満面の笑顔になった。
 可愛い。
 瑠璃はほう、とため息をついて感嘆する。
 今まで美咲の表情はどうだったっけ、と思い出そうとする。いや、今の今まで瑠璃が気づいていなかっただけかもしれない。もしくは気づいていて、見て見ぬふりをしていたか。
 けれども、一度目につけば、いやでも実感する。美咲は瑠璃に恋をしていると。
 同時に瑠璃に問いを突き付ける。

 俺も、彼女と同じように奏に恋をしているのだろうか。

 そうしている間にも列はどんどん進み、いよいよ二人の順番が回ってくる。
「お待たせしました。二名様ですね。ファンタジーワールドへようこそ。ぜひ楽しんでいってくださいね!」
 魔女の姿をした案内役の生徒がにこにこと掌を中へ向けた。
「いよいよだね」
「中はちょっと暗いな。やっぱり」

 二人の後にも何人か客が続いて、人工の緑の蔦で覆われた小さな部屋の中に集められる。
 すると、前方に立っていた魔女姿の生徒が先端をホタルのように光らせた杖をかざした。

「人間の皆さまがた! ようこそ。ファンタジーワールドへ。私は緑の魔女。普段は森の奥で薬草を育てたり、魔法の研究をしています。ファンタジーワールドの生き物たちは滅多に人間界に出てくることはないのですが、今回、特別に皆さまと仲良くしたいと思って、みんな来てくれました」
 魔女は部屋の壁に貼られた写真に杖の光を向けた。
「皆さまは生き物たちを見るのが初めてだと思いますので、少しだけ勉強してから会いに行きましょう。まずは、こちらの写真の鳥。そう。ドードーです!」

 ドードー鳥、悪戯好きの妖精レプラコーン、ノームと魔女の流暢な紹介が続く。世界観の完成度の高さに感心した。
 ちらりと隣を見れば、美咲がうっとりした顔で聞き入っていた。時折、共感するように何度も相槌を打ったり、初耳の情報に驚いた顔する。
 いつもの聡明そうな彼女の姿とは裏腹に、子どもみたいにはしゃぐ美咲に、本当に来たかったんだな、と瑠璃はくすりと笑った。

――奏は、どんな顔をするのだろうか。

 ふと、そんなことを思った。
 陽炎みたいに、胸の内で立ち昇るその想いに、瑠璃は拳を握る。
 奏は物語やファンタジー小説も好きだから、きっと反応はいいはずだ。ドードー鳥も知っているだろうし、妖精の名前も見たことあるだろう。
 だから、もしも。もしも、隣に奏がいたのならば、多分、つまらなさそうにしながらも、内心は興味津々で、少しだけ彼の口角はあがるはずだ。
 本当に目の前に、その光景がありのままのように浮かんで、眩しそうに瑠璃は目を細めた。

 魔女の紹介が終わって次の部屋へと進む。
 中へ入ると、手作りの模型を使ったファンタジーの生き物たちの展示が続いていた。
 薄暗い部屋の中、ガラスの壁の向こうにファンタジーの生き物たちが再現されていて、まるで動物園の夜行性の生き物たちの展示館のようにドキドキさせられる。
 ときおり、フラッシュ撮影の禁止や大きな物音の禁止のポスターが掲げられていて、作りこみに舌を巻く。

 美咲が楽しそうに目をきらきらと輝かせて、見て見てと瑠璃に振り向くたびに、奏の顔が瞳の奥を瞬く。
 奏だったら、どんな顔をしてくれるのだろうと、瑠璃は少し懐かしいような、遠く誰かに思いを馳せるような気分になるのだ。

 展示を出て一息ついてから、美咲がパンフレットを開いて指さす。
「ねぇ、せっかくだから私たちの展示もお客さんとして見に行ってみない? 出来栄え、気になるじゃない」
「展示組、昨日、最後の方までかなり頑張ってたよな。いいよ。どっちにしろ、絶対に一回は行こうと思ってたから」
「よし。じゃあ、行こう」

 歩き出したその時、前方の曲がり角で男子生徒と、書類を抱えた実行委員の女子生徒が派手にぶつかったのが見えた。衝撃で書類の束が崩れてドサドサを床に散らばる。
 先に美咲が駆け出して、瑠璃も後に続いた。
「すみません。大丈夫ですか!?」
「こちらこそ……すみません。前を見ていなくて……」
 男子生徒が謝りながら起き上がる。
 瑠璃はしゃがんで、紙を一枚ずつ広い集めた。美咲は女子生徒の背中を支えるように起こした。
「いたっ……」
 立とうとした女子生徒が左足首の痛みに顔をしかめた。
 美咲が表情を曇らせる。
「捻挫してるかも。保健室行った方がいいね。私が付き添うよ」
「あ、でも。私、書類を先輩たちに届けなきゃいけなくて……」
「美咲。なら俺が書類を代わりに届けてくるから、そこの男子生徒と三人で保健室行ってきなよ。届けたら俺も保健室に合流するから。そこの子も。それで大丈夫?」
 瑠璃を見て、美咲はほっとしたように頷いた。
「ありがとう。なな……瑠璃」
 女子生徒もお願いします、と小さく頭を下げた。
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