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十月
ここではないどこか別の居場所.5
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瑠璃が奏と出会ったのは四月のことだった。
きっかけは本当に些細なことで、第二閉架図書室での秘密を共有するようになった。
すでにそれから七か月がたち、いつしか二人の秘密は増えて、気が付けば、瑠璃が引いていた他人との境界線をいつの間にか奏が溶かして、彼が傍にいることを当たり前にした。
瑠璃はその変容を理解はすれど、まだ心の底から受け入れられることができずにいた。
いったい自分の中で何がどう変わっているのかをまだ、まっすぐ見つめて、向き合うことをしないまま。
けれども、時間も人間関係も今まで瑠璃がせき止めていたものが溢れ出るように、動いていく。
そして神でも仏でもない瑠璃にそれを拒むことはできない。
「七川くん。あのね、好きなんだ。七川くんのことが」
放課後、いつものように奏に旧校舎集合を言い渡され、教室から向かおうとしていたとき、園田美咲に呼び止められた。
少し時間が欲しいと彼女は瑠璃に手を合わせて、「まぁ少しなら」と人気のない廊下へついていった。
そうして、彼女は心臓の前で手を置いて何度か深呼吸をすると、瑠璃に告白したのだった。
「……え、それは。本当に? な、え?」
「冗談でこんな場所に呼び出して、こんなこと言うわけないよ。七川くんも私がそういうタイプの人間じゃないって、知ってるでしょ?」
信じられない顔で美咲を見る。
彼女はまっすぐ瑠璃を見つめていて、自身を奮い立たせるように、緊張気味な笑みを浮かべていた。
「……よく知ってるよ」
瑠璃の頭は真っ白になった。
人生で初めてのことだった。今までどちらかと言えば男と絡んでいることが多く、奏のようにコミュニケーションが器用な質でもない。
少人数の友人たちとひっそり穏やかに生きてきた瑠璃の思考は凍ったように固まってしまった。
「七川くんは今、付き合っている人は、いるの?」痺れを切らしたように美咲が尋ねた。
「いないの知ってるだろ」
「そうだね。うん、知ってる。だから、七川くんが良かったら、付き合いたいなって」
美咲は気丈に振舞っているが、いつもよりも声は上擦っていて、落ち着きのない様子で、ふわふわした髪の毛先を指でいじる。
友人の一人が学年でモテている女子生徒を上げていた中に、そういえば、彼女の名前もあったと頭の片隅で思い出した。
「理由、聞いてもいい? なんで俺に?」
「……どうしてかっていうのは、私もよくわからない。七川くんのことを好きになろうって意識して、好きになったわけじゃないから。話してたら、そうなっちゃったんだもん」
美咲はくりくりとした眼鏡の奥の愛らしい目を切なげに伏せた。
「楽しかったの。七川くんと話すのが。ふわふわして、心地よくて。でも甘酸っぱくドキドキする……もっと話したいけど、これ以上はいいってくらい胸がいっぱいになるの。気が付いたら、そうなってた」
「それが、園田にとっては、好きだったってこと?」
「私はね」
正直、断る理由はない。
いいよ、と口に出そうとして、ふと奏の顔がよぎった。
もし、園田と付き合ったら、奏のキスは断らなきゃならない。
時間だってあいつに呼び出されるままに会いにいくわけにはいかない。二人で続けた電車の旅も、家でだらだらと遊び続けることもなくなる。合鍵を返してもらわなければならない。
奏よりも、この子を優先しなければならなくなる。
「……??」
どうにもそれには違和感が拭えなくて、瑠璃は怪訝そうな顔で口元を触った。
想像ができない。
奏と一緒にいた時間が長すぎたせいか?
俺を呼ぶ奏よりも他の誰かを優先する未来が見えない。
奏が俺の名前を呼んだ時に、もしも隣に俺がいなかったら。
奏が俺の顔を見ようとして、もしも、その視線の先に俺がいなかったら。
あいつは一体どんな思いをするのだろうか。
「七川くん?」
美咲に名を呼ばれてハッと顔を上げた。
「あ……いや……」
なんとか続きの言葉を繕うとするが、言い訳がわからない。
断る理由はないはずなのに、「いいよ」のひと言は喉元でせき止められたように詰まってしまっていた。
「……少し、考えさせてほしい」
きっかけは本当に些細なことで、第二閉架図書室での秘密を共有するようになった。
すでにそれから七か月がたち、いつしか二人の秘密は増えて、気が付けば、瑠璃が引いていた他人との境界線をいつの間にか奏が溶かして、彼が傍にいることを当たり前にした。
瑠璃はその変容を理解はすれど、まだ心の底から受け入れられることができずにいた。
いったい自分の中で何がどう変わっているのかをまだ、まっすぐ見つめて、向き合うことをしないまま。
けれども、時間も人間関係も今まで瑠璃がせき止めていたものが溢れ出るように、動いていく。
そして神でも仏でもない瑠璃にそれを拒むことはできない。
「七川くん。あのね、好きなんだ。七川くんのことが」
放課後、いつものように奏に旧校舎集合を言い渡され、教室から向かおうとしていたとき、園田美咲に呼び止められた。
少し時間が欲しいと彼女は瑠璃に手を合わせて、「まぁ少しなら」と人気のない廊下へついていった。
そうして、彼女は心臓の前で手を置いて何度か深呼吸をすると、瑠璃に告白したのだった。
「……え、それは。本当に? な、え?」
「冗談でこんな場所に呼び出して、こんなこと言うわけないよ。七川くんも私がそういうタイプの人間じゃないって、知ってるでしょ?」
信じられない顔で美咲を見る。
彼女はまっすぐ瑠璃を見つめていて、自身を奮い立たせるように、緊張気味な笑みを浮かべていた。
「……よく知ってるよ」
瑠璃の頭は真っ白になった。
人生で初めてのことだった。今までどちらかと言えば男と絡んでいることが多く、奏のようにコミュニケーションが器用な質でもない。
少人数の友人たちとひっそり穏やかに生きてきた瑠璃の思考は凍ったように固まってしまった。
「七川くんは今、付き合っている人は、いるの?」痺れを切らしたように美咲が尋ねた。
「いないの知ってるだろ」
「そうだね。うん、知ってる。だから、七川くんが良かったら、付き合いたいなって」
美咲は気丈に振舞っているが、いつもよりも声は上擦っていて、落ち着きのない様子で、ふわふわした髪の毛先を指でいじる。
友人の一人が学年でモテている女子生徒を上げていた中に、そういえば、彼女の名前もあったと頭の片隅で思い出した。
「理由、聞いてもいい? なんで俺に?」
「……どうしてかっていうのは、私もよくわからない。七川くんのことを好きになろうって意識して、好きになったわけじゃないから。話してたら、そうなっちゃったんだもん」
美咲はくりくりとした眼鏡の奥の愛らしい目を切なげに伏せた。
「楽しかったの。七川くんと話すのが。ふわふわして、心地よくて。でも甘酸っぱくドキドキする……もっと話したいけど、これ以上はいいってくらい胸がいっぱいになるの。気が付いたら、そうなってた」
「それが、園田にとっては、好きだったってこと?」
「私はね」
正直、断る理由はない。
いいよ、と口に出そうとして、ふと奏の顔がよぎった。
もし、園田と付き合ったら、奏のキスは断らなきゃならない。
時間だってあいつに呼び出されるままに会いにいくわけにはいかない。二人で続けた電車の旅も、家でだらだらと遊び続けることもなくなる。合鍵を返してもらわなければならない。
奏よりも、この子を優先しなければならなくなる。
「……??」
どうにもそれには違和感が拭えなくて、瑠璃は怪訝そうな顔で口元を触った。
想像ができない。
奏と一緒にいた時間が長すぎたせいか?
俺を呼ぶ奏よりも他の誰かを優先する未来が見えない。
奏が俺の名前を呼んだ時に、もしも隣に俺がいなかったら。
奏が俺の顔を見ようとして、もしも、その視線の先に俺がいなかったら。
あいつは一体どんな思いをするのだろうか。
「七川くん?」
美咲に名を呼ばれてハッと顔を上げた。
「あ……いや……」
なんとか続きの言葉を繕うとするが、言い訳がわからない。
断る理由はないはずなのに、「いいよ」のひと言は喉元でせき止められたように詰まってしまっていた。
「……少し、考えさせてほしい」
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