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九月
夜.1※
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底無しの海の中に沈んでいくような感覚を覚える。
変だな、と瑠璃は頭の片隅で呟いた。
海の底に一度も沈んだことはない。溺れたこともない。身体にまとわりつくベタベタした海水が苦手だったから海で遊んだ記憶はない。着替えるのが面倒でプールでさえも行ったことはない。
それなのに、しっくりときてしまう。
まるで生まれる前からそこに横たわっていたみたいだ。
キスの最中で息が苦しい。閉じた瞼の奥で、瑠璃の瞳は涙の膜を張る。
けれど、この感覚がとてもほっとする。眠りについているみたいに、感情がたゆむ。
「―――っ」
緩く絡めていた舌が不規則に動き始めて、乱暴に口内を蹂躙される。
噛みつかれているような気分になって、瑠璃は一瞬、眉をしかめた。
腰を引けば、即座に手を回されて、離れるなんて許さないとでも言うように引き寄せられる。
あまりにも身勝手だったけれど、今まで奏としたどんなキスよりも熱っぽくて、離れることさえ考えてさせてはくれない。
「ふ……ぅ……はぁっ、……かなで」
掠れた声で控えめに名前を呼ぶ。
「んっ……は、あ……るり」
唇を離す。
互いの瞳が鏡合わせのように映り込む。
ワンルームの白い壁だとか、クローゼットも見えているはずなのに、瑠璃の視界には奏だけだった。
奏は身体を起こして、覆いかぶさるように瑠璃に口づけた。
「かな、で……かなで、かなでっ」
息継ぎのたびに漏れる声は、媚びるように鼻から抜ける。
無意識に奏の首に手を回して、もっともっとと赤い舌を差し出した。
「るり」
奏はそれを掬うように絡めとる。
奏の胸の内で、泣きたくなるような切ない感情がほとばしる。どうにかしたくて、それをぶつけるように唾液を交換して、唇を塞いで、呼吸を共有した。瑠璃にもそれをわかってほしかくて唇を重ねて熱を伝える。
それでももっと欲しくなる。
海面に揺蕩う陽の光が見えなくなるように、どんどん二人の瞳からは清純な光が溶けて消えていく。
足りなかった。キスだけじゃ、もう満たされない。
こんなにも近くにいるのに、炎を飲み込んだみたいに、胸の内は互いに焦がれている。
もっと近くに来てほしい。
もっと内側に触れたい。
布一枚さえ取っ払って、頭のてっぺんから足先まで全部溺れてしまいたい。
「……ねぇ、るり。もっと。こんなんじゃ足りない」
「…っ、はぁ……なんで」
「……?」
瑠璃は奏の頬を両手で包みこんで、額に一つキスを落とし、綺麗に縛られていた奏の髪を解いた。ぱさりと、絹のように指通りのいい髪が、帳のように流れ落ちる。
「……お前のことが、拒めない」
「え……?」
「こんなに距離が近くて、身体触られて、キスしてんのに。おかしいってわかってんのに、お前のことが嫌じゃない。何されても、嫌いじゃない」
「瑠璃……」
「なんでだろう。お前、わかる?」
そうして、引きずり込むように瑠璃は奏の頭を抱きよせて、接吻に耽った。
途中、お返しとばかりに、額にそっとキスが落とされ、瞼、鼻先、頬、首筋と至るところにリップ音をたてられる。奏に触れられたところから、じんわりと体温が上がっていく。
明らかに情欲をかき立てるように、わざとぴちゃぴちゃと水音をたてられる。はしたないそれは、今はぶくぶくと海の中の音のように瑠璃を包み、より深みへと引きずり込む。
指先がぴくぴく震え、力が入らなくなった隙を見逃さず、奏は瑠璃の耳元に唇を寄せて囁く。
「触るよ」
「うぁっ……それ、俺だめだ。ぞっとする」
「ぞっとの使い方、間違ってるだろ」
もう一度、息を吹きかけられて瑠璃は身をよじる。
奏はくすくすと子どものように揶揄った。
「んはは。瑠璃、僕のおもちゃみたいだよ」
「……おもちゃになった記憶はねぇよ」
歯ぎしりしながら悪態をつくと、それをたしなめるように耳を食まれる。
「ぁう……だから、ばかやめろっ…くすぐったいってば」
「まぁ、おもちゃは、確かに違うよね」
いやいやと顔を背けていると、奏の手のひらが腹から胸元にかけてするりと這い、やがて瑠璃の心臓部分を包みこむように撫でる。
「心臓、動いてるね。……おもちゃじゃ、こうはいかないかな」
布越しでも伝わる、奏の掌のぽかぽかとした体温が心地よい。
「俺の心臓の音、わかんの?」
「わかるよ」
それは腕の中にいる瑠璃の存在をまざまざと奏に感じさせた。
途端、薄い男の胸の下で確かにとくとくと刻まれている音がかけがえのないものに思えて、奏は顔を綻ばせた。
変だな、と瑠璃は頭の片隅で呟いた。
海の底に一度も沈んだことはない。溺れたこともない。身体にまとわりつくベタベタした海水が苦手だったから海で遊んだ記憶はない。着替えるのが面倒でプールでさえも行ったことはない。
それなのに、しっくりときてしまう。
まるで生まれる前からそこに横たわっていたみたいだ。
キスの最中で息が苦しい。閉じた瞼の奥で、瑠璃の瞳は涙の膜を張る。
けれど、この感覚がとてもほっとする。眠りについているみたいに、感情がたゆむ。
「―――っ」
緩く絡めていた舌が不規則に動き始めて、乱暴に口内を蹂躙される。
噛みつかれているような気分になって、瑠璃は一瞬、眉をしかめた。
腰を引けば、即座に手を回されて、離れるなんて許さないとでも言うように引き寄せられる。
あまりにも身勝手だったけれど、今まで奏としたどんなキスよりも熱っぽくて、離れることさえ考えてさせてはくれない。
「ふ……ぅ……はぁっ、……かなで」
掠れた声で控えめに名前を呼ぶ。
「んっ……は、あ……るり」
唇を離す。
互いの瞳が鏡合わせのように映り込む。
ワンルームの白い壁だとか、クローゼットも見えているはずなのに、瑠璃の視界には奏だけだった。
奏は身体を起こして、覆いかぶさるように瑠璃に口づけた。
「かな、で……かなで、かなでっ」
息継ぎのたびに漏れる声は、媚びるように鼻から抜ける。
無意識に奏の首に手を回して、もっともっとと赤い舌を差し出した。
「るり」
奏はそれを掬うように絡めとる。
奏の胸の内で、泣きたくなるような切ない感情がほとばしる。どうにかしたくて、それをぶつけるように唾液を交換して、唇を塞いで、呼吸を共有した。瑠璃にもそれをわかってほしかくて唇を重ねて熱を伝える。
それでももっと欲しくなる。
海面に揺蕩う陽の光が見えなくなるように、どんどん二人の瞳からは清純な光が溶けて消えていく。
足りなかった。キスだけじゃ、もう満たされない。
こんなにも近くにいるのに、炎を飲み込んだみたいに、胸の内は互いに焦がれている。
もっと近くに来てほしい。
もっと内側に触れたい。
布一枚さえ取っ払って、頭のてっぺんから足先まで全部溺れてしまいたい。
「……ねぇ、るり。もっと。こんなんじゃ足りない」
「…っ、はぁ……なんで」
「……?」
瑠璃は奏の頬を両手で包みこんで、額に一つキスを落とし、綺麗に縛られていた奏の髪を解いた。ぱさりと、絹のように指通りのいい髪が、帳のように流れ落ちる。
「……お前のことが、拒めない」
「え……?」
「こんなに距離が近くて、身体触られて、キスしてんのに。おかしいってわかってんのに、お前のことが嫌じゃない。何されても、嫌いじゃない」
「瑠璃……」
「なんでだろう。お前、わかる?」
そうして、引きずり込むように瑠璃は奏の頭を抱きよせて、接吻に耽った。
途中、お返しとばかりに、額にそっとキスが落とされ、瞼、鼻先、頬、首筋と至るところにリップ音をたてられる。奏に触れられたところから、じんわりと体温が上がっていく。
明らかに情欲をかき立てるように、わざとぴちゃぴちゃと水音をたてられる。はしたないそれは、今はぶくぶくと海の中の音のように瑠璃を包み、より深みへと引きずり込む。
指先がぴくぴく震え、力が入らなくなった隙を見逃さず、奏は瑠璃の耳元に唇を寄せて囁く。
「触るよ」
「うぁっ……それ、俺だめだ。ぞっとする」
「ぞっとの使い方、間違ってるだろ」
もう一度、息を吹きかけられて瑠璃は身をよじる。
奏はくすくすと子どものように揶揄った。
「んはは。瑠璃、僕のおもちゃみたいだよ」
「……おもちゃになった記憶はねぇよ」
歯ぎしりしながら悪態をつくと、それをたしなめるように耳を食まれる。
「ぁう……だから、ばかやめろっ…くすぐったいってば」
「まぁ、おもちゃは、確かに違うよね」
いやいやと顔を背けていると、奏の手のひらが腹から胸元にかけてするりと這い、やがて瑠璃の心臓部分を包みこむように撫でる。
「心臓、動いてるね。……おもちゃじゃ、こうはいかないかな」
布越しでも伝わる、奏の掌のぽかぽかとした体温が心地よい。
「俺の心臓の音、わかんの?」
「わかるよ」
それは腕の中にいる瑠璃の存在をまざまざと奏に感じさせた。
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