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九月
時すでに.3
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午後八時を回ったころ。
瑠璃が部屋でゲームをしていると、突然、玄関の呼び鈴が鳴った。
「……は? 誰?」
来訪の予定はない。宅配便? けど、この時間に着くものなんてないぞ。
首を捻りながら、瑠璃はテレビドアホンのカメラを確認して、ぎょっと目を見開いてのけぞった。
「……はぁ!?!?!?」
どたばたと玄関へ向かって勢いよく扉を開けた。
まさか、嘘だろうと混乱する瑠璃の期待を裏切って、彼はそこにいた。
「……奏? お前、なんでここに」
「ごめん、こんな時間に」
と奏は申し訳なさそうに眉をさげた。
「それは、まぁ、そうだけど……いや、なんで?」
瑠璃は頭からつま先まで、奏の姿凝視しながら困惑顔になる。
パーティー用のカジュアルな紺のスーツは、暗闇のせいで夜を纏っているように見え、どこか別世界の奏みたいだった。
今日は家の用事があるからと、奏は家に寄らずに、迎えの車に乗ったはずだ。
だからてっきり次に会うのは月曜日だとばかり思っていたのに。
「……泊めてほしい」
奏はそれだけをぽつりと零して、視線を落とした。
その顔に浮かぶ表情に、瑠璃は覚えがあった。
五月のいつかに見た憂悶。
六月のいつかに見た強情。
七月のいつかに見た焦燥。
八月のいつかに見た孤独。
その全部をひっくるめた、瑠璃を希う奏の気持ちがまざまざと滲んでいた。
瑠璃は思わず奏の冷たい頬に指先でそっと触れて、心配そうに零した。
「お前……何があった?」
奏の様子を見るに、『家の用事』で我慢ならなかった何かがあったのは明白だった。
しかし、一向に答えが返ってこず、瑠璃は仕方なしに質問を変えた。
「これはお前の家出? それとも泊まることは連絡してあんの? お前野良猫じゃないだろ」
「家には、連絡した」
「なんて?」
奏は言い淀んで、瑠璃が目線で促せば、ばつが悪そうに言った。
「学校の友人の名前を出して、呼び出されたって。大変そうな状況みたいだから、行かないとって」
「んで、その友達は?」
「父親たちも知ってる人。さっき連絡して、適当に理由つけて、もしも家から連絡があれば言い訳しておいて欲しいって言っておいた……」
「よくもまぁ、そこまで気回して嘘つけるもんだな。お前」
大事にならないように。自分の行動にはまるですべて正当な理由があるように誤魔化す手際の早さに瑠璃は感心する。
同時に悟る。
きっとそうやって、奏は生きてきた。
あちらこちらの軋轢と期待に挟まれ、それを全部穏便に済ませるための方便が上手くなって。そのうちに自分さえも綺麗に器用に捻じ曲げて、ひねくれて、ぼろぼろの状態になった。
瑠璃と出会って、そして今日、衝動のままに飛び出すまで。
「……疲れた」
ずっと砂漠をひとりきりで何十年も旅してきたみたいに、しなびた声で奏はそう零して、瑠璃の肩口に顔を押し付けるようにもたれかかった。
何度か目を瞬いたあと、瑠璃は自分の腕をおそるおそる奏の背に回して抱きよせる。
「頑張ったんだな、お前」
とんとん、とあやすように撫でれば、奏は小さく頷いた。
奏を部屋に招いて、扉の鍵を閉める。
奏はいつものようにベッドに座ると、今日はそのまま糸が切れたように、ばたんと後ろに倒れた。
「馬鹿。そのまま寝るな。風呂入ってこい」
タオルと新品の下着と着替えを顔へ投げつける。
奏はしばらく唸っていたが、もう一度叱れば、素直にそれを起き上がって、のろのろと風呂へ向かった。
瑠璃が部屋でゲームをしていると、突然、玄関の呼び鈴が鳴った。
「……は? 誰?」
来訪の予定はない。宅配便? けど、この時間に着くものなんてないぞ。
首を捻りながら、瑠璃はテレビドアホンのカメラを確認して、ぎょっと目を見開いてのけぞった。
「……はぁ!?!?!?」
どたばたと玄関へ向かって勢いよく扉を開けた。
まさか、嘘だろうと混乱する瑠璃の期待を裏切って、彼はそこにいた。
「……奏? お前、なんでここに」
「ごめん、こんな時間に」
と奏は申し訳なさそうに眉をさげた。
「それは、まぁ、そうだけど……いや、なんで?」
瑠璃は頭からつま先まで、奏の姿凝視しながら困惑顔になる。
パーティー用のカジュアルな紺のスーツは、暗闇のせいで夜を纏っているように見え、どこか別世界の奏みたいだった。
今日は家の用事があるからと、奏は家に寄らずに、迎えの車に乗ったはずだ。
だからてっきり次に会うのは月曜日だとばかり思っていたのに。
「……泊めてほしい」
奏はそれだけをぽつりと零して、視線を落とした。
その顔に浮かぶ表情に、瑠璃は覚えがあった。
五月のいつかに見た憂悶。
六月のいつかに見た強情。
七月のいつかに見た焦燥。
八月のいつかに見た孤独。
その全部をひっくるめた、瑠璃を希う奏の気持ちがまざまざと滲んでいた。
瑠璃は思わず奏の冷たい頬に指先でそっと触れて、心配そうに零した。
「お前……何があった?」
奏の様子を見るに、『家の用事』で我慢ならなかった何かがあったのは明白だった。
しかし、一向に答えが返ってこず、瑠璃は仕方なしに質問を変えた。
「これはお前の家出? それとも泊まることは連絡してあんの? お前野良猫じゃないだろ」
「家には、連絡した」
「なんて?」
奏は言い淀んで、瑠璃が目線で促せば、ばつが悪そうに言った。
「学校の友人の名前を出して、呼び出されたって。大変そうな状況みたいだから、行かないとって」
「んで、その友達は?」
「父親たちも知ってる人。さっき連絡して、適当に理由つけて、もしも家から連絡があれば言い訳しておいて欲しいって言っておいた……」
「よくもまぁ、そこまで気回して嘘つけるもんだな。お前」
大事にならないように。自分の行動にはまるですべて正当な理由があるように誤魔化す手際の早さに瑠璃は感心する。
同時に悟る。
きっとそうやって、奏は生きてきた。
あちらこちらの軋轢と期待に挟まれ、それを全部穏便に済ませるための方便が上手くなって。そのうちに自分さえも綺麗に器用に捻じ曲げて、ひねくれて、ぼろぼろの状態になった。
瑠璃と出会って、そして今日、衝動のままに飛び出すまで。
「……疲れた」
ずっと砂漠をひとりきりで何十年も旅してきたみたいに、しなびた声で奏はそう零して、瑠璃の肩口に顔を押し付けるようにもたれかかった。
何度か目を瞬いたあと、瑠璃は自分の腕をおそるおそる奏の背に回して抱きよせる。
「頑張ったんだな、お前」
とんとん、とあやすように撫でれば、奏は小さく頷いた。
奏を部屋に招いて、扉の鍵を閉める。
奏はいつものようにベッドに座ると、今日はそのまま糸が切れたように、ばたんと後ろに倒れた。
「馬鹿。そのまま寝るな。風呂入ってこい」
タオルと新品の下着と着替えを顔へ投げつける。
奏はしばらく唸っていたが、もう一度叱れば、素直にそれを起き上がって、のろのろと風呂へ向かった。
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