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八月
夏休みの秘密.3
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ショッピングモールを出ると、映画館の薄暗さとのギャップにまたくらりと眩暈がして、瑠璃は瞼を擦った。奏は首筋に手を当てて自分の体温を確かめようとしていた。
身体に残っている充足感が、ざわざわとした雑音によって強制的に引きはがされて、瑠璃の心は、またうんともすんとも言わない凪へと戻る。
一息ついて、
「どうだった?」
と瑠璃が聞けば、「良かった」と奏は一言。
奏の横顔は、まるで憑き物が落ちた、とまではいかないが、確かにいつもの陰りのあるアンニュイな表情は和らいで、どこかすっきりしたようにも見えた。
「映画を見たあとのこと、何も決めてなかったわ。奏はこの後どうすんの?」
「このあとは……ああ。学校戻って、そんで家から迎えが来るかな。予定があるから」
やはり奏は多忙らしい。
「ここに直接迎えにきてもらえばいいのに」
「家には学校行くってことしか言ってないから。僕がここにいることは知らないよ」
「なに? お前そんな秘密主義だっけ?」
「僕も知らなかったよ。自分がこんな秘密主義だったなんて。お前と会うまでね」
自分はどうしよう、と瑠璃はスマホを見つめる。
時刻は午後四時を回っていたが、夏だからまだ昼間のように日は高い。
このまま駅周辺の店先をぶらついてもいいが、特に買うものもないので、帰るつもりだった。
人にはウィンドウショッピングを好む者もいるが、瑠璃はその類ではない。用事がなければ、そもそも出かけようとは思わない。
例え用事があって出かけたとしても、たいていは達成できればすぐに帰宅する。
「瑠璃は? このあと、何かあんの?」
「いや、特には。本当に今日は映画見に来ただけだし」
「ふうん。それなら、三十分くらいは時間ある?」
瑠璃は奏を見あげた。
「ある? ない? どっち?」
「そりゃない、けど」
聞くや否や、奏はすぐにどこかへ電話をかけて、「ごめんなさい。ちょっとトラブルがあったから、予定より三十分ほど遅れて迎えに来てもらってもいいですか」と話した。
了承を得たらしい奏に瑠璃は怪訝そうな顔をする。
「お前、予定あったんじゃなかったのかよ」
「別にこの後すぐのものじゃなかったから。帰りの時間ずらした。時間あるなら三十分だけ、適当に歩こうよ。映画の感想も話したいし。瑠璃はこの後何もないんでしょ?」
有無を言わせない視線に、瑠璃はしばらく唸った後、観念してため息をついた。
「まぁ。無いな。いいよ。付き合う」
予定がないのは本当だし、奏がそうしたいのなら、瑠璃に断る理由はどこにもない。
それに、夏休みに入ったせいで、放課後の二人の短い揺蕩いは、当然できていなかった。
学校の授業が終わって、生徒たちがまばらになってからこっそり学校を出て、逃避行のように電車に乗る、誰も知らない秘密の時間を、奏はいたく気に入っていたのを、瑠璃はよくよくわかっていた。
だから、自分から言い出した手前、瑠璃は少しばかりそれが出来ないことを気にかけていたのだ。
「やった。んじゃ、行こ」
おねだりが成功した子どもようにあどけなく笑った奏の顔に、瑠璃はほっと胸を撫でおろした。
よかった。
もうあの絶望的な顔はしなさそうだ。
上映中に覗き見てしまった、あの調律師と同じ死の表情。
できればもう二度と、奏の顔で見たくはないものだと、瑠璃は思い出して顔をしかめた。
奏は瑠璃から見ても顔がいい。
目鼻立ちはくっきりしてるのに、威圧感はなくて、線が細く儚い印象ながらも、近寄りがたさはない。
美青年でありながら、分け隔てない優等生さがにじみ出る。
奏に悲しい顔をしてほしくないとか、キザな気持ちでは断じてなく。
ただ奏の顔には死の表情よりもそうして笑っていてくれたほうが、瑠璃も安心できるというだけだ。
身体に残っている充足感が、ざわざわとした雑音によって強制的に引きはがされて、瑠璃の心は、またうんともすんとも言わない凪へと戻る。
一息ついて、
「どうだった?」
と瑠璃が聞けば、「良かった」と奏は一言。
奏の横顔は、まるで憑き物が落ちた、とまではいかないが、確かにいつもの陰りのあるアンニュイな表情は和らいで、どこかすっきりしたようにも見えた。
「映画を見たあとのこと、何も決めてなかったわ。奏はこの後どうすんの?」
「このあとは……ああ。学校戻って、そんで家から迎えが来るかな。予定があるから」
やはり奏は多忙らしい。
「ここに直接迎えにきてもらえばいいのに」
「家には学校行くってことしか言ってないから。僕がここにいることは知らないよ」
「なに? お前そんな秘密主義だっけ?」
「僕も知らなかったよ。自分がこんな秘密主義だったなんて。お前と会うまでね」
自分はどうしよう、と瑠璃はスマホを見つめる。
時刻は午後四時を回っていたが、夏だからまだ昼間のように日は高い。
このまま駅周辺の店先をぶらついてもいいが、特に買うものもないので、帰るつもりだった。
人にはウィンドウショッピングを好む者もいるが、瑠璃はその類ではない。用事がなければ、そもそも出かけようとは思わない。
例え用事があって出かけたとしても、たいていは達成できればすぐに帰宅する。
「瑠璃は? このあと、何かあんの?」
「いや、特には。本当に今日は映画見に来ただけだし」
「ふうん。それなら、三十分くらいは時間ある?」
瑠璃は奏を見あげた。
「ある? ない? どっち?」
「そりゃない、けど」
聞くや否や、奏はすぐにどこかへ電話をかけて、「ごめんなさい。ちょっとトラブルがあったから、予定より三十分ほど遅れて迎えに来てもらってもいいですか」と話した。
了承を得たらしい奏に瑠璃は怪訝そうな顔をする。
「お前、予定あったんじゃなかったのかよ」
「別にこの後すぐのものじゃなかったから。帰りの時間ずらした。時間あるなら三十分だけ、適当に歩こうよ。映画の感想も話したいし。瑠璃はこの後何もないんでしょ?」
有無を言わせない視線に、瑠璃はしばらく唸った後、観念してため息をついた。
「まぁ。無いな。いいよ。付き合う」
予定がないのは本当だし、奏がそうしたいのなら、瑠璃に断る理由はどこにもない。
それに、夏休みに入ったせいで、放課後の二人の短い揺蕩いは、当然できていなかった。
学校の授業が終わって、生徒たちがまばらになってからこっそり学校を出て、逃避行のように電車に乗る、誰も知らない秘密の時間を、奏はいたく気に入っていたのを、瑠璃はよくよくわかっていた。
だから、自分から言い出した手前、瑠璃は少しばかりそれが出来ないことを気にかけていたのだ。
「やった。んじゃ、行こ」
おねだりが成功した子どもようにあどけなく笑った奏の顔に、瑠璃はほっと胸を撫でおろした。
よかった。
もうあの絶望的な顔はしなさそうだ。
上映中に覗き見てしまった、あの調律師と同じ死の表情。
できればもう二度と、奏の顔で見たくはないものだと、瑠璃は思い出して顔をしかめた。
奏は瑠璃から見ても顔がいい。
目鼻立ちはくっきりしてるのに、威圧感はなくて、線が細く儚い印象ながらも、近寄りがたさはない。
美青年でありながら、分け隔てない優等生さがにじみ出る。
奏に悲しい顔をしてほしくないとか、キザな気持ちでは断じてなく。
ただ奏の顔には死の表情よりもそうして笑っていてくれたほうが、瑠璃も安心できるというだけだ。
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