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五月
新緑.1
しおりを挟む「はぁああ。おわったー」
最終日の日本史のテストを終えて、瑠璃は椅子に背を預けてだらりと身体から力を抜いて天を仰いだ。
一週間でみっちりとつめた甲斐があってか、二学年にあがってから初めてのテストも滞りなく終えられそうだ、と安堵する。
ついでに言えば、教師たちも手加減してくれたのか、記述式の問題がいつもよりも少なかった。
これならば、中の上あたりの順位は狙えるだろう。
駆け出しは上々だ。
高校は二年生からクラスが文系と理系に別れてそれぞれの専門性が高くなるため、一年生のときよりもきっと内容も、学習範囲も難しくなっていく。
テストの内容を思い返して、これは気が抜けないと、瑠璃は疲労の混じったため息をついて、肩を鳴らした。
昼食を告げるチャイムが鳴った。
その瞬間、シャボン玉がぷわりと膨らむように、テストという試練を乗り越えた高揚でいっぱいの歓声が教室の外まで漏れた。
「……最後、やっぱウよりもアのほうがよかったかな……」
なんだかんだ、選択肢問題で初めに直感的に選んだほうが、後で悩んだものよりも合っているというのはよくある話で。
最終問題の選択肢で、迷いに迷って変えてしまったことに少しだけ後悔を覚えながら、瑠璃は購買へと向かった。
購買は私立なのもあってか、コンビニに劣らない豊富な品揃えで、休憩のたびに生徒たちで賑わう。昼食時には移動式のパン屋も来ているため、今時分は張ち切れんばかりに人でいっぱいで、タイムセール並みに混んでいるはずだ。
伊井田たちと向かう道中の会話内容はやはりテストのことばかりだった。
「瑠璃。お前、テストどうだった? いけた?」
「まずまず……」
「俺も~。不味いほうのまずまず、な。てか、今回中間の癖にテスト範囲ひろくね?」
「今年から教科書が改訂されたかなんかで、過去問意味ないって言ってるやつ隣のクラスにいたわ」
「げぇ。まじ? 俺テニス部の先輩からジュース引換でもらう協定結んじゃったんだけどぉ」
適当に中身のあるようなないような会話をしながら、パン屋の商品を頭の中に並べた。
やはりここは一番人気のチーズカレーパンか。はたまた焼きそばパンか。テストで疲れた脳みそに、甘いメロンパンやデニッシュも捨てがたい。
財布の中身を確認しながら、ふと窓の向こうに視線をやる。
「……かなで?」
思わず足が止まった。
瑠璃は瞬きを繰り返してから、遠くの奏に目を凝らす。
窓ガラスの向こう側。中庭を超えた先の、人気のない体育館の横廊下。
二人の女子と向かい合って、奏は時折、気まずそうに目を逸らしながら、残念そうに、しかし相手を気遣うような表情で言葉をかけていた。
奏は首を傾げた。
「何してんだ、あいつ」
女子の一人が顔を覆って泣きだした。
すると隣にいたもう一人の気の強そうな女子が奏に詰め寄った。
「あ」
次の瞬間、彼女は奏を平手打ちした。
そのまま泣いていた子の肩を抱くと支えるようにしてその場を去った。
あとには奏、ただ一人が残された。
「あーあ。……あーあ」
一部始終を見終えて、まるでお粗末なラブストーリーを見たかのような、なんとも言えない絶妙な後味の悪さを感じて瑠璃は顔をしかめた。
様子を見るに、告白だったのだろうか。
彼女が友達を連れ立って、奏に告白。そして玉砕。奏はきっとその性格から丁重に断ったものの、フラれれば、たとえどんな言葉をかけられようとも悔しくて。泣き崩れそうな女子の隣で、友達思いの彼女が奏に一発お見舞いした。
まるで学園アニメのワンシーンのような場面だった。
本当に女子って二人で告白しにくるんだ、と感心さえしてしまう。
奏が女子の去った方を見て、わずかに面倒そうに目を細めてから、こちらを見た。
「……あ」
ばちん、と貝合わせのように、視線が絡み合った。
咄嗟に隠れようとしたが、目を離すことができず、その場に釘付けになる。
瑠璃だと気づいたらしい奏の口が、ゆっくりと動いた。
――来、て
「……えぇ……今?」
瑠璃は困惑気味にこぼした。
先を歩いていた伊井田たちが怪訝そうな顔で振り返って、瑠璃の名を呼んだ。
「なにみてんのー! 七川―!」
「おーい。パン買いに行かねぇの? 早くしねぇと売り切れるぞ。チーズカレーパン」
「今日ぜってえ、並ぶぞってー」
伊井田たちが手を振って早く、と催促する。
奏を見れば、睨みつけかの如く瑠璃を見つめていた。縋るような視線が、瑠璃の身体を離さない。彼の頬は先ほど張られたせいか、うっすらと痛々しげに赤くなっていた。
「あー……」
瑠璃は唸った。
テスト後の祝杯のための美味しいチーズカレーパンを優先するか、奏を優先するか。
カレーパン……いや、人には代えられないか。
その答えを選んだ自分自身にため息をついて、瑠璃は待っててくれている友人らに手を合わせて大声で投げかけた。
「悪い! 俺ちょっとパス! いま用事できたわ!」
「え、おー? まじ? わかったー」
「七川! なぁ! カレーパン買っとくー!?」
「いい! 適当になんか食うわ!」
戸惑いながらも手を振って了解してくる彼らの声を背に、瑠璃は足早に体育館へと向かった。
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