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五月
テスト週間.2
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中間テスト前の一週間は、いわゆる「テスト週間」というもので、部活も禁止、テストに向けて勉学に励むことを推奨されていた。
学生たちは学校に残って勉強したり、敷地内の図書館で勉強したりと散り散りになってテストに向けて準備を進めるのだ。
ピンキリはあるものの、私立進学校のため大抵の学生たちは大人しく勉強に勤しんでいた。
瑠璃もまた、わずかにピリつく空気に飲まれるようにして、勉強へ身を沈めていった。
毎日のように放課後一緒にゲームに耽っている奏がどのように勉強して、毎回学年一位を当たり前のようにかっさらっていくのかは定かではない。
ゲームの攻略の仕方を隣で見ていると徹底的に効率化させて、無駄なく的確に勉強をするタイプのようだが、恐らくは地頭の作りが元々違うのだろう。
瑠璃自身は得意でも不得意でもないため、一週間前からこつこつ暗記を詰め込んだり、課題の問題集を何度も繰り返し解いていた。
結局、テスト週間中に瑠璃は第二閉架図書室には行かなかった。
一週間がたって、いよいよ明日から学年があがって最初の定期テストが始まる。それに合わせて下校時間もいつもの半分になる。
教室は奮い立っているような、浮足立っているような独特の空気を共有していた。
連日の勉強の疲れからか、瑠璃が休憩中に机につっぷして身体を脱力させていると、声が降ってきた。
「七川くん!」
「んー? なに?」
「寝てたとこごめんね~」
顔をあげると、クラスメイトの女子とその隣には、
「生物の課題ノート集めてるんだけど、七川は提出できる?」
奏が立っていた。
クラスメイトの奏が、瑠璃に話しかけてくることは何ら不自然なことではない。
けれど、素の奏を見慣れている分、いざ対峙していると、まるで別人と接しているようで、気後れするのが正直なところだ。
徹底的に関係を匂わせないようにしているから、なおさら。
奏はわずかに目を丸くしてから、すぐに「ああ、ごめん、出す出す」と机から課題ノートを手渡した。
「ありがとー! 七川くんってクラス番号いくつだっけ」
「あー、えっと二十七番」
彼女は提出表を見ながらボールペンでチェックする。
「か……月蔵って、生物の係だったっけ?」
奏はその端正な顔をきょとん、とさせてから首を振った。
「いや、違うよ。僕は生徒会に入ってるから、係は兼務できないしね。でも、テスト週間中は係の人たち忙しいから手伝ってるだけ。ノート運ぶの重いしね」
その仕草は図書室の彼と似ているようで、似ていない。まるで幾重にも輪郭があるみたいに奏がぼやけて、月蔵奏という人間が一瞬、わからなくなる。
夢のような、現実のような。
瑠璃はこのもやもやとした不安定な感覚が少し苦手だった。
そういう理由もあって、教室で瑠璃から積極的に奏に話しかけるようなことは避けている。
女子生徒がよし、と頷いた。
「うん。おっけー。七川くん提出確認しました。とはいえ、今度からはすぐに朝ロッカーの上に出しといてよねー。いちいち声かけるの大変なんだからー」
「ごめん。今日はちょっと忘れててさ。気を付けるわ」
そう言いながらちらりと奏を見上げれば、女子生徒に同意するように爽やかに笑っていた。
本当に別人みたいだな。
「……」
もしも。
もしも奏とつるむことがなければ、瑠璃は一生、この姿がそのまま奏の素なのだと、他の人と同じように思っていただろう。
きっと誰よりもパーフェクトで、紳士で、スタイリッシュで世渡り上手な月蔵奏しか知らずにいた。裏側には、それとは真逆の人間がいることを想像すらできないまま。
「……月蔵は、テストの自信って、やっぱあるの?」
女子生徒が頬を膨らませた。
「聞いてよ七川くん! 奏くんてば、めっちゃくちゃ謙遜してんの! あたしたちが今回も絶対一位だねって言ったら『そんなことないよ~』とか言いながら、わからないとこ聞いたら即答してくれんの~しかも先生よりわかりやすく!」
「いや、何があるかわかんないでしょ。僕も別に機械じゃないんだから」
と奏が苦笑する。
恐らく、このクラスが終わるまで、あるいは卒業するまで目の前の月蔵奏とは交わることはなかったはずだ。
そうして、大人になっても卒業アルバムの片隅にいるだけで、お互いの存在を忘れていく。
なんとも、数奇な運命だと、また次のクラスメイトに話しかけに行く二人を眺めていた。
奏と自分の間の結び目は、瑠璃が思っているよりもずっと希薄で脆いのだと、思い知らされた気がした。
学生たちは学校に残って勉強したり、敷地内の図書館で勉強したりと散り散りになってテストに向けて準備を進めるのだ。
ピンキリはあるものの、私立進学校のため大抵の学生たちは大人しく勉強に勤しんでいた。
瑠璃もまた、わずかにピリつく空気に飲まれるようにして、勉強へ身を沈めていった。
毎日のように放課後一緒にゲームに耽っている奏がどのように勉強して、毎回学年一位を当たり前のようにかっさらっていくのかは定かではない。
ゲームの攻略の仕方を隣で見ていると徹底的に効率化させて、無駄なく的確に勉強をするタイプのようだが、恐らくは地頭の作りが元々違うのだろう。
瑠璃自身は得意でも不得意でもないため、一週間前からこつこつ暗記を詰め込んだり、課題の問題集を何度も繰り返し解いていた。
結局、テスト週間中に瑠璃は第二閉架図書室には行かなかった。
一週間がたって、いよいよ明日から学年があがって最初の定期テストが始まる。それに合わせて下校時間もいつもの半分になる。
教室は奮い立っているような、浮足立っているような独特の空気を共有していた。
連日の勉強の疲れからか、瑠璃が休憩中に机につっぷして身体を脱力させていると、声が降ってきた。
「七川くん!」
「んー? なに?」
「寝てたとこごめんね~」
顔をあげると、クラスメイトの女子とその隣には、
「生物の課題ノート集めてるんだけど、七川は提出できる?」
奏が立っていた。
クラスメイトの奏が、瑠璃に話しかけてくることは何ら不自然なことではない。
けれど、素の奏を見慣れている分、いざ対峙していると、まるで別人と接しているようで、気後れするのが正直なところだ。
徹底的に関係を匂わせないようにしているから、なおさら。
奏はわずかに目を丸くしてから、すぐに「ああ、ごめん、出す出す」と机から課題ノートを手渡した。
「ありがとー! 七川くんってクラス番号いくつだっけ」
「あー、えっと二十七番」
彼女は提出表を見ながらボールペンでチェックする。
「か……月蔵って、生物の係だったっけ?」
奏はその端正な顔をきょとん、とさせてから首を振った。
「いや、違うよ。僕は生徒会に入ってるから、係は兼務できないしね。でも、テスト週間中は係の人たち忙しいから手伝ってるだけ。ノート運ぶの重いしね」
その仕草は図書室の彼と似ているようで、似ていない。まるで幾重にも輪郭があるみたいに奏がぼやけて、月蔵奏という人間が一瞬、わからなくなる。
夢のような、現実のような。
瑠璃はこのもやもやとした不安定な感覚が少し苦手だった。
そういう理由もあって、教室で瑠璃から積極的に奏に話しかけるようなことは避けている。
女子生徒がよし、と頷いた。
「うん。おっけー。七川くん提出確認しました。とはいえ、今度からはすぐに朝ロッカーの上に出しといてよねー。いちいち声かけるの大変なんだからー」
「ごめん。今日はちょっと忘れててさ。気を付けるわ」
そう言いながらちらりと奏を見上げれば、女子生徒に同意するように爽やかに笑っていた。
本当に別人みたいだな。
「……」
もしも。
もしも奏とつるむことがなければ、瑠璃は一生、この姿がそのまま奏の素なのだと、他の人と同じように思っていただろう。
きっと誰よりもパーフェクトで、紳士で、スタイリッシュで世渡り上手な月蔵奏しか知らずにいた。裏側には、それとは真逆の人間がいることを想像すらできないまま。
「……月蔵は、テストの自信って、やっぱあるの?」
女子生徒が頬を膨らませた。
「聞いてよ七川くん! 奏くんてば、めっちゃくちゃ謙遜してんの! あたしたちが今回も絶対一位だねって言ったら『そんなことないよ~』とか言いながら、わからないとこ聞いたら即答してくれんの~しかも先生よりわかりやすく!」
「いや、何があるかわかんないでしょ。僕も別に機械じゃないんだから」
と奏が苦笑する。
恐らく、このクラスが終わるまで、あるいは卒業するまで目の前の月蔵奏とは交わることはなかったはずだ。
そうして、大人になっても卒業アルバムの片隅にいるだけで、お互いの存在を忘れていく。
なんとも、数奇な運命だと、また次のクラスメイトに話しかけに行く二人を眺めていた。
奏と自分の間の結び目は、瑠璃が思っているよりもずっと希薄で脆いのだと、思い知らされた気がした。
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