放課後の秘密の共犯者が俺にだけ執着する理由

茶々

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四月

訪れ.2

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 目を丸くしてそちらを見やれば、不機嫌そうに唇を引き結んだ奏が仁王立ちしていた。

「奏じゃん。何してんの?」
「……遅い。連絡もなしに何してたんだよ」
 軽口を叩いているような口調ではない。
「あー……ごめんごめん。中からドア開かなくなって」
「スマホは?」
「電池切れた」
 奏はしばらくの沈黙のあと、わざとではないことを理解したのか、呆れたようにため息ついた。

「そっちこそ、よくここがわかったな。第二閉架図書室にいたんだろ?」
「……あんまりにもお前が来ないから、探しに来たんだよ。そしたら、先生が社会科準備室に行かせたっていうから」
「そか。心配させて悪いな」
「別に心配はしてない」
 奏はしかめ面で首を振った。
「てか、隣の教室から出ればよかったじゃん」
「それがそういうわけにもいかなくてさ」
 瑠璃は肩をすくめて、奏に扉の隙間から恋人たちの睦言を見せた。
「わざわざ邪魔することでもないと思ってさ……奏?」

 返事がない。
 ふと隣を見れば、奏はぼんやりと何かを考えながら瑠璃を見つめていた。
 物思いに耽っているようなアンニュイな表情は感嘆するほどに美麗で、彫刻みたいだ、と瑠璃も見つめ返す。

「あのさ。瑠璃。僕らの関係って今、誰にも言ってない――秘密にしてるだろ?」
「え? あぁ……そうだな」
「なら別に秘密が一つ増えてもいいよね?」

 奏は瑠璃の頬に手を添えて、三日月のような薄い唇を親指で撫でた。
「奏?」
 瑠璃の問いかけには答えず、奏は瑠璃の頭を引き寄せて、触れ合うだけのキスを落とした。
 雪が溶けるような感触はすぐに離れて、奏の琥珀色の瞳の中に、目を見開いて呆然とした瑠璃の顔が鏡のように映り込んでいた。
「……お前……今」
 瑠璃の言葉を遮るように、もう一度、奏は唇を重ねた。
 先ほどよりも強く押し当てられて、その柔らかさを確かめるように、ぴたりと皮膚がくっつく。
「……っ」
 瑠璃の身体は突然のことに一瞬強張ったが、相手が奏だと理解すると、少しずつ弛緩していく。やがて奏の温度を受け入れるように、瞬いていた瞳にゆっくりと瞼を下ろした。
 奏の唇の穏やかな熱が、不思議と心地よかった。
 また離れれば、名残惜しさからか、唇で共有していた熱がじんわりと紅のように後を引いていた。

 吐息が混じり合うような距離で奏が囁く。
「驚いた。嫌がらないんだ」
 瑠璃は冷たい光の宿る琥珀色の瞳を見つめ返して、ただ冷静に尋ねた。
「……なんでキスした?」
 奏が甘えるように額をこつんと合わせた。
「なんとなく。嫌なん?」
「嫌っつーか、不可解? お前が何をしたくてキスしてきたのかが、よくわからん」

 嫌悪感はなかった。抵抗しようとも思わなかった。
 減るもんじゃない、と瑠璃は一人ごちる。
 終わってみれば、驚くほど呆気ない。
 こんなの、ただ皮膚が触れただけだ。このキスによって瑠璃の身体に突然変異が起こるわけでもなく、脳みそが沸騰するようなこともない。
 瑠璃は邪険にするでもなく、気持ち悪がるわけでもなく、羞恥するわけでもなく、淡々と尋ねた。

 このキスを奏は何のつもりでしたのか。

 探るように上目遣いに見れば、奏は扉の向こうに目を向けた。

「意味なんて、ないよ。ただ――」
「ただ?」
「単純に、秘密を増やしたかっただけ。そんで、隣の二人の様子見たら、キスってちょうどいいなって思った。それだけ」
 そう吐露した奏の表情には戸惑いが混じっていた。
 瑠璃は怪訝そうに首を傾げた。
「……お前、変わってんな。俺が嫌がってたらどうしたんだよ。あんまよくねーぞ、そういうの」

 普通、キスは知り合い同士ではしない。それが、ましてや了承を得ずになんて以ての外である。一歩間違えれば関係性を壊す恐れだってあった。

「けど瑠璃は嫌がらなかった」
 まるで結果がわかっていたかのように、奏は得意げに口角をあげた。
「……イカレんてんのか、お前」

 呆れたように言えば、奏は今度は瑠璃の腰に手を回して、身体ごと密着させるように抱き寄せる。
 話を聞けよ、とジト目で奏を睨みながらも、瑠璃はやはり抵抗する気は起きず、されるがままになった。

 嫌悪感はない。これだって、キスと同じ。
 何も、減らなかった。

 瑠璃が嫌がらなかったことに満足しているのか、まるで鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌な表情をして、ぬいぐるみにするように瑠璃の肩に顔をうずめた。

「ねえ。これで秘密が増えたよ。瑠璃」

 あまりにも嬉しそうに言うものだから、瑠璃はまあ喜んでいるなら好きにさせとくかと半ば諦めの気持ちで、奏の背中を小突いた。

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