放課後の秘密の共犯者が俺にだけ執着する理由

茶々

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四月

日常.1

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 麗らかな春の陽気が立ち込める、四月下旬に差し掛かった平日の午後。
 学年が一つ上にあがって、クラス替えで張りつめていた糸が少しずつほぐれてきていた。また、待ちに待った大型連休への喜びで、教室全体がどこか浮かれた朗らかな空気で満たされていた。
 三日前に行われた最初の席替えで見事に射止めた、日当たりの良い、窓際の一番後ろの席で、七川瑠璃はうとうとと眠気に襲われていた。

 ゆったりと上下する瞼の隙間から、周囲を盗み見る。

 真面目に授業を受けている生徒が大半だったが、やはり午後の日差しと暖かさには勝てないのか、首をかくかく動かしているのも二、三人見られた。
 教科は倫理政経。瑠璃独自の統計上、睡眠系授業の堂々の一位に輝く授業だ。
 教師はいつも席順に生徒を当てて、教科書を読ませている。授業の残り時間を考えても、今日は順番は回ってこないだろうと瑠璃は当たりをつけた。

 これは今日は絶好の睡眠チャンス。
 前回の倫理政経はちゃんと起きてたし、今日くらいは寝ても平気だろ。

 昨夜、日付を超えるまでゲームをしていたせいか、教師の授業は子守歌のように音の羅列と化し、瑠璃を夢の世界へ誘った。
 かくん、と首が折れかけた。絵画の細やかな筆致みたいな柔らかいストレートの黒髪が陽光にあたって、鈍い光沢を放った。すぐ側の窓から入り込んだそよ風に、軽い前髪が優しく揺れる。

 だがその睡眠のはじまりは、彼によって意図せず憚られた。

「じゃあ、次。月蔵さん。三十二ページから読んでください」
「はい」

 鼻にかかった、百合のように甘く爽やかな声は、明瞭に教室に響いた。
 決して大きくはないのに、うとうとしていた瑠璃の耳にもはっきり届いた彼の声に、それまでただ教科書やプリントに目を落としていた生徒たちが一斉にそちらを向いた。

 肩くらいまで伸ばした栗色の髪を緩く一つに結った、幽世から現れ出たような美貌の青年。
 儚く繊細な雰囲気を纏っていて、まるで一輪の薔薇のように人の目を引く。
 しゃんと伸びた背筋や椅子を後ろに引く音、腰をあげる単純な動きにさえも気品が漂っていた。

「ベンサムの功利主義は二つの思想で構成されている、独自の「快楽主義」に基づいた道徳論である。当時の一般的な道徳論は「自然法思想」のように主観的で計測不能なものを根拠にして、物事の善悪や正・不正を区別している――」

 少し傾けた教科書に、伏し目がちに視線を落とす端正な顔には、くりくりとした垂れ目と通った鼻筋、桜の花弁のような薄い唇が綺麗に並び、あどけなさと耽美さを併せ持つ。

 淀みなくすらすらと読み上げられる教科書の文章は質の良いラジオのようで、クラスメイトたちは聞き入っていた。女子なんかは頬を桃色に染めて見惚れている子もちらほら。
 気難しいと噂の教師でさえも、彼の説明には手を止めて相槌をうっていた。

 それは二学年に進級して一か月ほど経って、ようやく瑠璃にも見慣れた光景だった。

 視線を一身に受け止めている青年の名前は、月蔵奏。
 今年、瑠璃と同じクラスになった優等生である。

 瑠璃が通う学校は県内でも有名な中高一貫の私立校で、地元ではいわゆる御三家などと呼ばれる枠組みに入るくらいの進学校だ。
 当然、入学金や授業料も馬鹿にはならない。瑠璃自身もそれなりの中流の家庭に生まれ、さらに一人息子で教育費に余力があるからこそ、高校から入学できたようなものであった。
 周囲も一般以上の家庭がごろごろといる。開業医の息子やら、重役の娘やらが当たり前のように会話している。そんな高校。

 だが、月蔵奏はその中でも抜きんでていた。
 父親は総合病院の役員。母親も大企業の社長令嬢。それだけでも結構なことだというのに、奏本人が誰よりも人格者だった。

 勉強に運動、学生に必要な要素はなんだってそつなくこなした。
 定期テストでは常に学年上位についていて、よく部活の助っ人にも呼ばれている。
 それを鼻にかけることはなく、誰にでも分け隔てない。重い荷物を持つ生徒がいれば咄嗟に手伝うような優しさを持ち、教師からの信頼も厚い。
 コミュニケーション能力にも長けていて、男子の肩組みにも女子のお喋りにも自然に溶け込めて、測っているかのように、ぴたりと心地よい距離感を打ち出してくれる。
 いつだって人の輪の中にいた。
 まさに非の打ちどころはない、を体現したような、誰もが一目置く優等生が奏だった。

 きっと人間を芸術品としてガラスケースの中に飾るのなら、月蔵奏を知る人はみんな、あいつを置く。

 瑠璃はそんなことを想像しながら、教室の隅から、ちょうど真ん中に立つ彼を絵画でも見るようにぼんやりと眺めていた。

 奏が読み終わって席に着く。
 教師がほくほく顔でよろしい、と言って補足の説明を話し始めた。

 途端、瑠璃のポケットの中のスマホが震えた。
 教師に見つからないように机の中でこっそり開くとメッセージが一件。

――放課後。旧北校舎三階。第二閉架図書室。

 それは紛れもない、今しがた発表していた月蔵奏からのメッセージだった。
 一気に覚醒する。
 瑠璃がぱちぱちと瞬きをして奏のほうを見ると、スマホを触っている素振りもなくまっすぐ板書を見ていて。

 「……いつ送ったんだよ」
 誰にも聞こえないように、ぼそりと呟いた。
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