なんで婚約破棄できないの!?

稲子

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1巻

1-3

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「久しぶりね、元気だったかしら?」

 離れる事が増えたせいか、ケビンはとても寂しいようで会うたびにぎゅーっと抱き着いてくる。
 今日も再会を祝ってぎゅっとハグした。心なしか背が伸びている気がする。

「うん、元気だよ。姉さんこそ変わりない? 姉さんはいつも平気な顔で無理するから、心配だよ」

 僕も一緒にいられたらなぁ、とボヤいているケビンは、この五年間ですっかりシスコンに成長していた。
 小さい頃から何かと私の背後を付いてきて、真似をするのが好きだったケビン。そんなケビンが可愛くて、私もよく一緒にいたからか、一ヶ月離れるだけで寂しい。
 そんなケビンも今年九歳になった。
 お母様似で昔から天使のようだったケビンは今や立派な美少年で、見る人が見たら誘拐されそうな可愛らしさだ。いや、可愛いより綺麗と言った方がいい。私はいつも心の中で眼福……と拝む気持ちである。


 食堂へ入るとお父様とお母様、そしてニコルが席についていた。
 三人は会話を中断してこちらを見た。

「ごめんなさい、遅くなりました」

 急いで席へ着くと父がにこっと微笑んだ。どこか嬉しそうな表情だ。

「かまわないよ。キャサリンは殿下への返事でも考えていたんだろう?」
「あらまあ、相変わらず仲良くしているのねぇ」

 微笑む二人に渋い顔になる。最近になってからかわれる事が増えてきたのだ。

「お父様、私が喜んでないってわかってて言ってるでしょう!」
「まあまあ」

 母が笑顔でなだめてくる。けどその顔は反省してない表情ですよ、お母様!
 その会話を聞いていたニコルが私を見て席を立った。

「お姉さま、お久しぶりです」
「ニコル。元気だった? アナタちょっと見ない間に大きくなったわね」

 こちらも自然な流れでぎゅっとハグをすると、とても嬉しそうな顔をした。
 弟たちはハグが好きらしい。ハグを喜んでもらえるくらい好かれているというのは、気分がいいものだわ。
 そんな私たちを微笑んで見てたお父様が、そろそろ食べようと席にうながした。
 今日のメニューは具沢山のミネストローネにカルボナーラ、そして前菜三種である。
 我が家の食事は貴族の中では比較的質素な部類だと思う。なぜなら食事はキチンと食べきるのが我が家の教訓だからだ。お残しは厳禁である。

(あぁ、我が家のカプレーゼ美味おいしい。最高だわ)

 私が舌鼓したつづみを打っていると、ケビンがこちらをじっと見ているのに気づいた。

「……姉さんはまだ王太子殿下と手紙のやり取りをしてるの?」
「ええ、そうよ。なぜこんなに続いているのかわからないけどね」
「ふーん」

 手紙を終わらせたくても終わらない、まるで呪いがかかってるかのようだ。

「そういえば、お父様ってユハン湖へ行った事ある? 私が行っても平気なのかしら」
「ユハン湖だって?」

 父はぎょっとした。母も父を見てから私を見て、思案顔である。
 この反応はやっぱりやばいところなわけね。

「殿下に誘われたんです。次のお茶会はユハン湖でって。噂には聞いてたところだから興味はあるのだけれど、場所が場所でしょう? だから返事に困ってて……」

 悩ましいといった表情を作って、二人の顔をうかがう。
 出来ればどちらかがお断りの返事をしてくれないかと願いを込めて。

「……殿下が是非、と言っているのかい?」
「だから困ってるのよ」
「王族からの誘いって断っちゃダメなの?」

 ケビンとニコルが興味深そうに会話を聞いている。だけどケビンは機嫌が悪いのか、微かに眉間みけんが寄っていた。

「そうねえ、なるべく断らないのが一番だけど……」

 そう言うと、お母様は何かに気づいたように顔を上げた。

「そういえば、もうすぐ王太子殿下のお誕生日なんじゃなかったかしら――」


 ――それから二週間が経ち、約束の日になった。
 結局、私は王宮にいる。しかもユハン湖へ繋がる門の前に。

「どうしてこうなったの……」

 城壁に囲まれている王宮の更に奥深くに存在するユハン湖の入り口は、一介の貴族では見る事は出来ないだろう。何せここに来るまででも王宮の入り口から馬車で三十分はかかっている。道自体は単純だが、二ヶ所も関所があるのだ。
 その関所を通る事が出来るのは王族から許可をたまわった人だけである。

「確認いたしました。どうぞお通りください」

 門番が指示をすると重たげな音を立てて門が開いた。
 無事二ヶ所目の関所を抜けたらしい。
 馬車がゆっくりと進み出す。
 今日は快晴で、整備された道の街路樹が青々と輝いていた。

(あーあ、この先に殿下が待ってさえいなければよかったのになぁ)

 それこそバカンスに来たみたいで、胸が高鳴っていただろうに。

「はぁ……」

 気が重い。なんだってこんな日に……
 私は腕に抱えた小さな箱を見た。深みのある臙脂えんじ色に金箔きんぱくで丁寧に箔押はくおしされた上品な代物しろものだ。
 ――そう、これは誕生日プレゼントである。殿下への……
 お母様がうっかり思い出してしまったせいで、プレゼントを用意しなくてはならなくなったのだ。
 手紙にそんな事は書いてなかったから不要では、と言うと両親に猛反対され、買いに行かされた。……なぜか私が。
 伯爵家からではなく私からじゃないと意味がないとか。知らんがな。
 馬車の揺れる音とひづめの音を聞きながら、今後の展開について考えた。
 小説の中では殿下と私の婚約が決まった経緯や時期などは『遊学した時点でキャサリンとは婚約していた』と簡単に振り返る形でしか書かれておらず、ヒロインと出会ってから婚約者の存在が明らかになった。うろ覚えではあるけれど、確かそうだったはずだ。
 そして今日は殿下の十五歳の誕生日である。
 十五歳――つまり遊学へ行き、ヒロインと出会う年齢だ。
 と、いう事はだ。
 遊学へ行く頃には婚約しているのである。
 誰がかって?
 私と殿下がよっ!

「――やばい」

 ここで婚約させられたら、本当に小説通りに物語が進んでいく事になる。私の努力が水の泡だ。なんとかして回避せねば、親孝行がままならなくなる。
 今日はプレゼントだけを渡して早々に帰ろう。
 むしろ体調不良を理由にして、そこら辺の執事に預けてすぐ帰ろう。
 殿下にさえ捕まらなければ大丈夫だ。捕まる前に帰ればいいのだ。

「お嬢さま、ご到着いたしましたよ」
「わかったわ」

 御者の声がして降りる準備を整えると、ガタンという音と共に扉が開く。そこから顔をのぞかせた人物に私は石のように固まった。

「キャサリン嬢、いらっしゃい。今日もとても可愛いね」

 にこっと誰をも魅了する微笑みを浮かべたレオナルド王太子殿下が、そこにいた。

(おお、ジーザス……)

 思わず天をあおいだ。神は私に逃げ場など用意してくださらなかったらしい。
 王太子殿下自らお出迎えとか、想像すら出来ないわ。

「大丈夫? 王宮内といってもここまで遠かったでしょう、体調はどう、平気?」
「あ、ええ大丈夫です」

 手を差し伸べて優しく馬車から降ろしてくれる殿下は私の返事を聞くと微笑んだ。

(しまった、うっかり大丈夫とか言ってしまった)

 体調悪いって言えば帰れたかもしれないのに。それもこれもこの人のせいよ。
 私はやるせない気持ちで殿下を見た。

「今日は来てくれてありがとう。とても嬉しいよ」
「こちらこそ、お招きいただきまして光栄です」

 手にプレゼントを持っていたため、膝を折ってカーテシーをする。

「それは?」
「殿下へのプレゼントです。本日がお誕生日とうかがいましたので。……お祝い申し上げます」

 本来なら侍女か従僕に渡して必要なときに取り出してもらうのだけど、早く帰りたいが故に自らの手で持ってきてしまった。

「ふふ、嬉しいな。ありがとう」

 受け取ると殿下は大切そうに箱をひとでして、近くに控えていた側近に渡す。

「あとでじっくり中を見させてもらうね。立ち話もなんだし、屋敷へ行く前に少しだけ歩こうか」

 エスコートされるがまま、腕を組んで歩く。
 こういうとき、貴族の令嬢は大変だと感じる。
 エスコートをされていないと陰でヒソヒソと常識がないだの恥ずかしいだのと悪口を言われ、エスコートをされたらされたで、同伴の男性の家格によっては釣り合ってないなどと顰蹙ひんしゅくを買うのだ。
 こちらとしてはエスコートなどいらないし、一人でちゃっちゃか歩きたい。というか、不用意に殿下に近づきたくないだけなんだけどね。

(だってこの人、他の方より距離が近いんだもの!)

 しかも歩くのが非常に遅い。気をつけてくれてるのはわかるんだけど、顔面の殺傷能力に気づいて欲しい。
 今だって無駄に素敵なそんがんで微笑まれながらゆっくり歩くのがどんなに心臓に悪いか。
 確かに湖畔の道は、所々濡れていたり砂利が多かったりと足場が不安定だが、それにしたって限度があると思うの。

「ほら見てごらん。これがユハン湖だよ」

 殿下にうながされるまま、顔を上げる。

「わぁ……」

 沢山の木々に囲まれた湖は太陽の陽射しを受け止めた水面が宝石のように輝いており、遠くの美しい山々まで見通す事が出来る。
 優しい小鳥のさえずり、微かに聞こえる水音。そして澄んだ空気。
 湖の中央にそびえ立つ大樹がここは神聖な場所だとささやいているようだ。時折吹く優しい風に頬をでられながら、壮大で神秘的な景色に感嘆の声を漏らした。
 噂では聞いていたけど、ここまでとは……

「どう、気に入った?」
「ええ、とても! これほどまで美しい景色は見た事がありません」
「よかった。また見においで。キャサリン嬢ならいつでも大歓迎だから」

 殿下は私の返事に満足そうに頷くと、再び手を取り歩み始めた。

「そうだ、ひとつ謝らなくてはいけない事があって。すぐ連絡出来たらよかったんだけど、今日、母上がついてきてしまったんだ」
「え」
「僕はキャサリン嬢と二人きりがよかったのに、邪魔しないからと押し切られてしまって。つかの間の休息ぐらい、好きな人と二人にしてくれてもいいのにね」
「え」

 ……もはや、どこから突っ込めばいいのかわからない。
 いつの間にそんな話になってるの。王太子殿下一人ならなんとかなるかもしれないけど、王妃様も一緒なんて、私の勝ち目はないのでは……?
 着実に進みゆく物語に血のが引く。
 顔面蒼白になっている私を殿下が見ていたなんて、私はそのとき気づかなかった。


「――あぁ、本当に可愛い……。本当に可愛いわ。どうしてわたくしは貴女あなたが生まれたその瞬間から現在に至るまでの貴女あなたを眺める事が出来なかったのかしら……、とても悔やまれるわ。きっと薔薇が朝露に輝くように、蝶がふわりと飛ぶように、一瞬一瞬の貴女あなたは可愛らしくて愛おしいのでしょうね。……すべてはジャック・レイバー、あの人の妨害のせいよ。わたくしのマーリンだけでは飽き足らず、こんなに愛らしい娘まで隠すなんて! やはり許す事など出来るはずがないのよ。ねぇ、そう思うでしょうキャサリン?」
「え、ええ……っと。はい。……おっしゃる通りです王妃様」
「そうよねぇ」

 扇子で口元を隠しながら優雅に微笑む王妃様と汗をにじませながらお茶をすする私。 
 なぜだ。
 なぜこうなった。 
 私は殿下とお茶会をしに来たはずなのに。

「きっと母上だけじゃなくて僕の事も危惧きぐしていたんでしょうね。レイバー伯爵もお人が悪い」
「ふふ、あなたはわたくしと趣味嗜好しこうが似ているものね」

 壮大な景観を眺められるようにセッティングされたテーブルやソファ、そして我こそは主役だと主張するかのように輝くケーキやお菓子。黄金色に透き通る香り豊かな紅茶。
 その紅茶の水面に映る、なんともえない私の顔……
 左の手には王妃様の手が。
 右の手にはティーカップがある。
 が、カップを置こうとすると殿下の手が伸びてくるので、私の右手は常にカップを持たざるを得ない状況だ。
 というか、これどういう状況? なぜに両脇がロイヤルファミリーで固められているの? 恐ろしいほど近い、近すぎるわ。双方の顔の暴力が! そんがんが眩しすぎる!

「ああでも……、譲りませんよ母上」
「あら、キャサリンはいつからあなたのものになったというのかしら」
「それはこちらのせりですよ」

 先程までの和やかな談笑が一変して、底冷えする笑顔の応酬となった親子に、私の顔も引きつるばかりである。
 頼むから私を挟んでにらみあわないで欲しい。
 誰か私をここから出してえ……
 周囲のメイドや近衛兵このえへいに目で訴えようとするが、誰とも視線が交わらない。ちょっと目をらすな! こっちを見ろ!

「どうしたの、キャサリン嬢」

 周囲にガンを飛ばしていたせいで不意をつかれた。向いた先にあった顔が想像以上に近くて、免疫めんえきのない私には刺激が強すぎた。顔が熱い。

「な、なんでもないです……」

 こちらをのぞき込む瞳は快晴の空と海の深みが混ざり合ったような不思議なこうさいで、それを縁取ふちどる長い睫毛まつげはまるで豪華な額縁のようだった。

(きれい、だ……けど)

 この瞳に平凡な自分が映し出されていると思うと、なぜだか泣きたくなった。

「……そう?」

 首をかしげる殿下は生ける彫刻のようだ。

(恥ずかしい)

 なんでもない場面で顔を染めてしまうなんて、まるで私が殿下に好意を持っているようだ。頬の火照ほてりが冷めるように努めていると目の前に箱が置かれた。

「これをキミに渡したくて今日は呼んだんだよ」
「……これは?」

 その箱は細長く、紺碧こんぺき色のシルクリボンが巻かれている。どう考えても上等な品物だ。側面には〝親愛なるキャサリン〟と彫られている。

「中身は秘密。家で開けてみて」

 にっこり微笑む殿下は、返却不可だからね、と不穏な一言を言いはなった。

「そうそう、僕もキミからのプレゼント、開けてもいいかな?」
「はい、どうぞ。期待するような物ではないかもしれませんが……」

 従者が私の持ってきたプレゼントをスッと渡すと、殿下はもう一度ゆっくり箱をでた。

「キミが手ずから持ってきてくれたと思うと、箱だけでもとても価値のあるものだと感じるよ。すべて保存しておかなくちゃ」

 うっとりとした表情がいつかの王妃様とそっくりで、ゾッとしたのは言うまでもない。
 そして彼はとても丁寧に箱を開けた。天鵞絨ビロードが敷き詰められた上にひとつのペン。

「……これは万年筆かな?」
「はい」

 ――私が殿下へのプレゼントに選んだのは、黒く光沢のある上品な万年筆である。
 この世界で一般的に使用されているのは羽根ペンだ。だから万年筆が存在している事を私は知らなかった。しかし、懇意こんいにしている商人が男性にプレゼントするのならこれ、と教えてくれたのだ。
 最近出回り始めた商品で、部品のひとつひとつが手作りのため量産が難しく希少なんだとか。
 なんでも新参の商会の手による画期的な商品で、最近商人たちの間で話題らしい。といっても数に限りがある商品のため、あまりふれ回っていないとか……
 羽ペンと比べて軸が太いため長時間持っても疲れにくく、ペン先は金を使っており、びにくく長い間使用出来るらしい。
 そしてなによりキャップがあるので携帯性にも優れているのだ。執務に忙しい殿下にはもってこいな商品である。

(気に入ってくれるといいけど……)

 この国唯一の王子である殿下は、きっと誕生日には普段以上にプレゼントをもらうのだろう。それこそ部屋からはみ出るほどに。イケメンだし、将来有望だし。
 誕生日はそんな殿下へアピールするにはもってこいの機会だ。貴族令嬢がこのチャンスを逃がすわけがない。
 それこそ絢爛豪華けんらんごうかな、私が想像も出来ないような物が多いだろう。
 その中で万年筆。――そう、筆記用具である。
 これでは今まで以上に政務に精を出せよと言っているようなものである。

「こんな小さな物でごめんなさい。その、言い訳に聞こえると思うのですが、私にはこれが精一杯で……」

 我がレイバー家は貴族家庭には珍しくおこづかい制なのである。欲しいものは自分で買いなさい、という両親のモットーのもと、月に一度もらえるお小遣いをコツコツ貯めていたが、それが枯渇するほど値が張るものだった。
 正直言うと、殿下の誕生日を思い出した母には多少負担して欲しかった。

「噂には聞いていたけど、これはすごくいいね。持ち運べない羽根ペンとは違っていつでも使えるし、インク瓶も必要ないとは」
「中に筒があって、インクが切れたらそちらに補充するみたいですよ。きちんと管理さえすれば長く使えるみたいです」
「へえ、それは画期的だ」

 殿下は側近から紙をもらって嬉しそうに試し書きをしている。


 使い心地も悪くなさそうだ。

「気に入っていただけましたか? その、可愛らしい物ではないので、プレゼントとしてはどうかと思ったのですが」
「とても気に入ったよ。キャサリン嬢が僕の事を想って色々考えてくれたんだってよくわかる」

 キャップを閉めた殿下はいつもの笑顔とは違う穏やかな表情で、思わず私もつられて笑った。

「ありがとう、すごく嬉しいよ。これからは今まで以上に手紙を書く事が出来るよ」
(……それは勘弁願いたい)

 どうやら自分の首をじわっとめたらしい。

「これなら肌身離さず持ち運べるし、キミからもらったと自慢出来る。出来ればここに〝キャサリンより愛を込めて〟なんて刻印されていれば文句なしだったんだけど」
「……殿下」
「ごめん。調子に乗っちゃっただけだから、そんな怖い顔しないでよ」

 この人の冗談は冗談に聞こえないから恐ろしいのである。 
 というか地味な筆記用具、そのうえ政務に集中しろというひそかに皮肉が混じったプレゼントで失望してもらおうと考えてたのに、失敗した感があるのがいなめないのだけど、なぜなの……


「キャサリン、ごめんなさいね。急な用事が入ったから少しだけ席を外させてもらうわ。ああ、あなたたちはゆっくりしていてちょうだい。すぐに戻るわ」

 万年筆の話題を王妃様を交えて話していた最中、慌てた様子でやってきた侍従に何事かを耳打ちされた王妃様は席を立たれた。 

「大丈夫、なんでしょうか。なんだか慌てた様子でしたが……」
「母上もゆっくりしてって言ってるんだし何も問題ないよ。本当に急用なら僕にキミを送るように言うから」

 優雅な所作でカップに口をつける殿下は近くにいる侍従へ目配せした。
 給仕をしていたメイドたちが一礼をしてすぐに下がって行く。そして侍従も。周囲には人がいなくなり、必然的に私と殿下の二人きりになった。

(な、なんなの、なんで使用人を下げるのよ)

 思わず身を引くが、椅子の上なので身体が揺れただけで終わった。 

「大丈夫だよ、見えないけどきちんと近衛兵このえへいはいるし、何かあればすぐに駆けつけてくるから心配いらない。それにここは王宮一、安全な場所だからね」
「あ、えっと、そう、ですが……」

 違う。私が言いたいのはそっちじゃない。
 というか、じわじわ寄って来ないで欲しいのだけれど!

「ああ、違う? じゃあ僕を警戒してるのかな?」

 思わず口の端がヒクッと動いた。

(正確に言い当てすぎて恐ろしいのですけど!?)
「そんなに怯えなくてもいいじゃないか。これまでも一緒にお茶をしたりしてるでしょう? それと変わらないよ」

 にこりと笑うが、なんとなく目が笑っていない気がする。というかその笑顔、すごく怖いです殿下。

「でもほら、いつもはマイセン様が殿下の側にいましたし、アマンダだって控えていて、その、こんな人払いする必要があるのかな、と」

 マイセンとは殿下の側近である。
 私と会うときは必ず連れてくるので常に一緒にいるのかもしれない。私も何度か話をした事がある。とても物腰の柔らかな好青年だ。完璧人間の殿下には負けるが。
 しかし本当にこの人は何を考えているのか、さっぱりわからない。
 なんというか、私が理解出来ない所にいるというか、次元が違うというか。
 常に浮かべている笑顔から本音は読み取れないし、かといって言動で読み解けるかと言われると無理だ。完敗である。本当に十五歳なのか、この人。
 しかし、前世の記憶がある私には今後の展開がわかっているのだ。それに関しては少し有利である。
 どうにかこの完璧人間を出し抜けないかと表情に出さないように気をつけながら、考えを巡らす。どうしたものか。

「――面白くない」
「へ?」

 突然響いた低い声に驚く。
 声の方を見ると殿下が頬杖をついてこちらを見ていた。

「キミから他の男の名前が出るのはやっぱり面白くないな」
「なっ……、マイセン様は殿下の側近ではないですか。名前を呼ばずになんとお呼びすればいいのです」


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