なんで婚約破棄できないの!?

稲子

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1巻

1-2

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「た、大変お見苦しいところを……、お許しください。王太子殿下」
「いや、背後から声をかけられたら誰でも飛び上がるよ。失礼があったのは僕の方だ。謝らないで」

 衝撃から急いで立ち直りカーテシーをすると、殿下はさらりと自然な流れで私の手をすくい、甲に唇を落とした。
 十四歳とは思えぬ洗練された行動と気品に思わずぎょっとすると、殿下が微かに口の端をあげる。何してもセクシーなのはなぜなの! 

「レオナルド、彼女はキャサリン。レイバー伯爵家のご令嬢よ」
「キャサリン・レイバーです。以後お見知りおきを」

 お見知りおきされたくないので是非一瞬で忘れてくださいお願いします!

「キミが……」

 え、なにその反応は何? めっちゃコワイ。
 何を考えているのか、こちらをじっと見つめてきた。その仕草もとても素敵なのですが、あまりこちらを見ないでいただきたい。視界から外してくれ。

「とーっても可愛い子でしょう? レイバー伯爵家の秘蔵っ子よ。私ったら今日初めて会ったのにとりこになっちゃったわ!」  

 私を見つめながらうっとりとする王妃様に思わず後退りしてしまう。

「母上、怖がらせていますよ」

 苦笑しながら殿下は私のそばへ歩み寄ると一言。

「――かく言う僕もとりこになりましたけどね」

 微笑む殿下を見て、私の目の前は真っ白に染まった。


 目が覚めたら随分豪華な寝室にいた。

「――え?」

 ここはどこ、ってかどういう事?
 起き上がり、辺りをきょろきょろ見渡すと、ちょうど部屋にワゴンを引いて入ってきた人物がいた。私専属の侍女アマンダだ。

「よかった、お目覚めになられたのですね。お怪我はどうですか? ご気分が悪いなどありませんか、お嬢さま」
「……ええ、大丈夫よ。それよりここは?」

 見知らぬ部屋に私とアマンダ。一体どういう事? 

「……覚えておられないのですか」
「うっ……残念ながら」

 そう言うとアマンダは小さく息を吐いて、紅茶を用意してくれた。
 その溜め息、すごく嫌な予感がする。
 アマンダは私が小さい頃から屋敷に勤めているメイドで、私が彼女を気に入ってからは、私専属の侍女としてとてもよくしてくれている。
 私が〝普通の〟令嬢を目指したときも、一緒に協力してくれたよき理解者だ。

「お嬢さまは倒れられたんです。王妃様と王太子殿下の前で」
「え!」
「そのうえ、どのような会話をしていたのかはわかりませんが、王太子殿下のお言葉に対して『勘弁してください!』と大声で叫んだあと、突然走りだしまして」

 アマンダがもう一度ゆっくり息を小さく吐き出す。

「ご自分のドレスのすそを踏んで転び、地面で顔面強打、そのまま意識を失ってしまいました。そんなお嬢さまのために、王妃様がお部屋とお医者様の手配をしてくださいました。以上が今に至る経緯です」

 ちなみにお医者様は、お嬢さまが気を失っているときに額のり傷だけてくださって、そのままお帰りになりました。アマンダはそう言うと紅茶の他にフィナンシェがのったお皿をテーブルに用意した。

(なんてこった。やらかしたなんてもんじゃないわ)
「うぅ、なんという令嬢にあるまじき行動……」
「ええ、全くその通りです。〝普通〟にこだわるお嬢さまらしからぬ行動ですね。普通のご令嬢は王太子殿下のお言葉に大声で叫んで走りだしはしませんから」
「うぐ……」
「一体いつまでそうなさるのか知りませんが、正直、お嬢さまは普通のご令嬢からは逸脱いつだつしているように思いますよ」

 アマンダの言葉は辛辣しんらつだが、とても心配してくれているだけなのだ。
 私が普通にこだわり始めた頃から気にかけてくれており、無茶や我儘わがままに聞こえる事でも心底望んでいることであれば手助けしてくれる。ただし、怪我を負う事は、とても怒る。

「今回は、その……驚いちゃって、なんというか衝動的に……?」
「お嬢さまの衝動的は随分と突飛なのですね」

 毎回心配させないでください、とアマンダに怒られて落ち込んでいると、部屋をノックする音が聞こえた。

「キャサリン、私だ」

 返事をするとお父様が入ってきた。
 かなりやつれている気がするのだが、どうしたのだろうか。             

「体調はどうかな、怪我は……」
「お父様、ごめんなさい。私とんだ失礼をしたみたいで……」

 り傷は三日ぐらいすればかさぶたになって治るらしいとアマンダから聞いた事を伝えると、お父様は珍しく大きな溜め息を吐いた。その珍しい姿に心配になって駆け寄ると優しく抱きしめてくれた。

「キャサリン」
「はい」
「ここを出よう」
「……は?」
「急いで荷物を持つんだ。アマンダも準備してくれ」
「承知いたしました」

 急に動きだした二人に私は慌てた。どういう事!?

「ちょ、ちょっと待ってお父様、どうしたんですか。一体何をそんなに慌ててるの?」
「……用事を思い出したんだ。なるべく早く領地へ帰りたい」

 こんなに急ぐだなんて、もしかしたら領主の仕事を任せた執事から何か連絡が来たのかもしれない。
 確かに今回の移動も急な話だったから、お仕事も中途半端だったのかも。

「わかったわ、すぐに準備を――」
「そんな急がなくていいじゃないですか、キャサリン嬢」
「ひっ」

 お父様の背後からにゅっと現れたのは、今一番会いたくなかったレオナルド王太子殿下だった。

「レディの部屋に無断で入室とは。感心いたしませんよ、殿下」
「おや、これは失礼。一応声はかけたのですが、なにやら不穏な会話が聞こえたもので、返事を聞く前に入ってしまいました」

 とがめるお父様に対して、まったく悪びれもなく笑顔で答える殿下に若干冷えるものを感じる。笑顔なのになんだこの迫力は。

「それで、帰られるのですか?」
「ええ、急ぎの仕事を思い出したもので」
「なるほど。それなら仕方ありませんね」

 扉の前にいた殿下はコツ、と靴音を立てて一歩前に出た。
 十四歳なのに高身長だからか少し前に来ただけでジワリと圧力を感じる。

「うーん……けれどおかしいですね、レイバー伯爵とはお話をしている最中だったと思うのですが。まだお返事を頂いていませんし、母上もお待ちですよ。――帰るのはそれが終わってからでもよろしいのでは?」

 十分や二十分で何かが変わるわけではないでしょう?
 静かにそう問いかける殿下の様子に頬が引きつる。

(――おかしい。この人、私が思ってた性格と違うのでは……?)

 こんな有無を言わせない迫力のある人だったのだろうか。物語の王太子殿下は無駄にキラキラしていたし、笑顔も仕草も人畜無害的な好青年だったはず。
 実際はこんな風に押しの強い人だったという事?
 まあ元が小説だし、数枚の挿絵しかなかったから表情の変化はわからなかったのかも。でもこの本は、登場人物の些細ささいな仕草や表情の描写が評判だったはずだ。
 となると、やっぱり違うって事……?
 父と殿下のにらみ合いを他人事のように眺める。二人とも顔がいい。

「キャサリン嬢、お怪我は大丈夫でしたか?」
「へ?」

 余計な事を考えていた矢先だったので思わず変な声が出た。バトルの最中だったはずの殿下は、いつのまにか私を見ていた。
 しかも殿下の眉がハの字だ。どうやら私のおでこを見て綺麗な眉をゆがめているらしい。
 何を隠そう、このおでこには、それはそれはおおなガーゼが貼られており、顔の大半が白い。恥ずかしいぐらい白い。
 見た目はとーっても痛々しいが、すぐに治るようなり傷である。完治に三日もかからないような。……なぜこうした、医者よ。
 それより怪我を負うに至った経緯の方が恥ずかしいし、もう見ないでいただきたい。

「殿下、さ、先程はたいへんご無礼を……」
「――僕としては」

 凛としたよく通る声でさえぎられた。
 ……この親子は人の話をちょん切るのが好きなのだろうか。

「責任を取りたいと言っているのだけど、なかなか伯爵が首を縦に振らなくて」
(ん?)
「だって僕のせいで驚いて怪我をしたでしょう?」
(んん?)
「じゃあ責任を負うのは僕だよね」
(んんん?)
「あのぉ……、責任とは」

 私が恐る恐る聞くと、殿下はそれはもうとてもいい笑顔で言った。

「婚約をし」
「ごめんなさぁぁーーーーいぃ!」

 殺される! 殺される! すぐに殺される!
 なんでこんな話になるのよ、一体全体どうしてそうなるの!
 誰も婚約なんか望んでないわよ! 責任を、って軽い気持ちで婚約されて殺されるなんて死んでもゴメンよ! あ、うそ、死にたくない!

(――しまった)

 焦って殿下が話してる最中に言葉をかぶせてしまった。王族の話をさえぎるなどあってはならない事だ。
 しかも条件反射でジャンピング土下座をしてしまったけど、普通の伯爵令嬢は土下座なんかしない。それもジャンプ付きの。

「……」
「……」

 やばい。沈黙が続いてツライ。
 殿下の他に父やアマンダもいるはずなのに、なんで誰も何も言わないの。どうにかしてよ。
 怖すぎて顔も上げられないせいで、ずっと地面を見つめている。ジャンピング土下座した後からずっと地面に額をり付けている。地面というか大理石に敷かれた上等な絨毯じゅうたんを。
 正直、ジャンピング土下座しても全然痛くなかったのはこの絨毯じゅうたんのおかげである。ありがとう絨毯じゅうたん
 複雑な模様がたくさんられてて可愛い。こういうのなんて言うんだったっけ、確かギャッベ柄だったっけ……
 沈黙時間が長すぎて、思考があちらこちらに飛び始めた頃に空気が動いた。

「……くっ」 
「――え?」

 くつくつとのどが震える音が聞こえた気がして、恐る恐る顔を上げた。
 すると王太子殿下がこらえ切れないといったように笑っていた。しかも私と目があった瞬間、ぶはっとき出し、もうダメだと言わんばかりに顔をそむけ、笑いに耐えている。
 王族らしい笑顔とは違う屈託くったくなく笑う姿に不覚にも胸がきゅんとした気がした。

「……ああ、もう、こんなに笑ったの久しぶりだよ」

 息を整え、こちらに向き直った殿下が目を細めて笑った。

「キャサリン嬢は本当に面白いなぁ。見てて飽きないよ」

 それは褒められているのか、けなされているのか。
 確かに出会い頭に叫んでズッコケて、その後にジャンピング土下座されるとか、そう易々やすやすと経験する事じゃないだろう。私だってしたくてしてるんじゃないぞ……

「キミとは今日限りで終わらせたくないんだ。これからも会いたい。婚約者の件はどうやら断られちゃったみたいだけど、まぁそれは追々おいおいに」

 追々おいおいってなんだ。おいおいって!

「や、さすがにこのような常識のない女と会うのはよしとされないのでは――」

 思わずそう言うと、圧力全開の笑みで殿下のそんがんがグッと近づく。

「――いいよね?」
「…………はい」

 その後、結局お父様は殿下に連れていかれ、帰ってきた頃には三倍増しぐらいにぐったりしていた。
 あえて何があったかは聞かなかった。だってこわいんだもん。
 そして、お茶会の一件以降、かなりの頻度ひんどで王太子殿下から手紙が届くようになった。
 内容はお茶会のお誘いであったり、雑談であったりと多岐たきおよぶ。私が一言、花が好きだと伝えれば、珍しいものがあったよと花のしおりが入っていたり、花束と共に手紙が届いたりしつつ、何かにつけてやり取りをしていた。


「――アマンダ、私は何度も言ってるのよ、諦めてくださいって。なのにあの人ときたら話を聞いてくれないのよ!」
「はあ」
「お父様にお願いしてもお母様にお願いしても、誰も言う事聞いてくれないの! もう私が言うしかないじゃない! それなのに、それなのにあの人ときたら……!」
「はあ……」
「~~っもう!」

 クッションをソファに投げつけると他の物に当たり、雪崩なだれるように散らばった。吹っ飛んで行ったクマのぬいぐるみが可哀想だ。きっと泣いているに違いない。私のように。

「いいじゃないですか。選択肢として残すぐらい」
「いいわけないでしょ! なんで残さなきゃいけないのよ。こんなに私が拒否してるのに、知らんぷりして!」
「相手が悪いですね」

 キッとアマンダをにらむと、彼女は素知らぬ顔で紅茶を注いだ。
 私は先日の忌々いまいましい出来事を思い出していた。
 ――あの日も私は殿下に招待され王宮へ来ていた。王太子殿下から何度目かのお茶会に招待されたのだ。ちなみに、この日の時点で、王妃様とのお茶会から数か月も経っていない。
 そして応接室へ着くなり、殿下は満面の笑みで言いはなったのだ。

「今度デートしようか」
「……は?」

 何言い出したんだ、この人。
 私の眉間みけんがヒクッと動いたのに気づいたのか、殿下はより一層笑った。

「もちろん変装して行くから安心して」
「いやいやいや、安心って言葉の意味ご存知ですか」
「もちろん。キャサリン嬢を危険な目に遭わせる事はないから大丈夫――」
「違います。そういう意味じゃありません」

 私は腰に手を当てて言いはなった。

「殿下は私を社会的に殺すおつもりですか! 婚約者でもない私が殿下とふ、ふ、二人きりで出掛けるだなんて!」

 うっかり破廉恥はれんちだ、と叫びそうになるのをすんでのところで思いとどまる。そもそもどうしてデートなどという発想に至ったのか。

「じゃあ婚約者にな――」
「――りません」

 言葉をさえぎったにもかかわらず、このやり取りが楽しいと言わんばかりに彼はニコニコしている。

(嫌がってるってわかっててやってるわよね)

 この人、私がこの前言った事を根に持ってるんだわ……
 王妃様とのお茶会後、初めて殿下から招待されて訪れた王宮内の四阿あずまやで、私は不敬を覚悟で発言した。
 ――殿下のその服、趣味が悪いですわ。
 ――まあ、そうですの? 私には関係ないですけど。
 ――このお菓子美味おいしくないわ。変えてちょうだい。
 自分で言っておきながら自分の心に突き刺さる言葉をどんどん吐いた。メイドたちにも殿下にも、もう本当ごめんなさいと心の中で平身低頭して謝り倒しながらだ。
 なぜこんな言葉を言ったのかというと、世の男性には『好きになれない女性』というものがある。言動、性格など多岐たきおよぶが、最も嫌われるのが『わがまま・高飛車・自己主張の強い』女性だ。まあこれは男性のみならず、女性からも好かれないかもしれないが、とにかく私は殿下から嫌われようと思ったわけだ。
 手紙で嫌味を言うのは気が引けるし、表情が伝わらなければ威力も半減すると思ったから、面と向かって発言したのだけど……
 まあこれが心がえぐれるのなんのって。私にはもろの剣でした。
 そして解散となったとき、私は力一杯言ってやったのだ。

『――殿下、私の事は諦めてくださいませ。殿下は私の趣味じゃございません』

 たかが伯爵令嬢、たかが小娘。
 私の言う事にカッとなって不敬だ! となったらどうしようって散々悩んだけど、多分彼はそんな事は言わないと心のどこかでそう思った。ただの願望なのかもしれないけど。

(はっきりここまで言われたら諦めるでしょ)

 私だったら御免被ごめんこうむりたい女だ。
 しかし翌朝、私のもとに届いた手紙には「あなたに似合う男になります」といった感じのことが書きしるされていた。

「ポジティブかよ!」

 思わずツッコんだ。ツッコまなきゃやってられなかったから……
 きっと殿下はあの時のことを根に持っていて、嫌がらせめいたことをしているのだろう。
 デートを提案した殿下は相変わらずニコニコしていて、何を考えているかわからない。

「あの、私、先日お断りのお返事をしたと思うのですが……」
「お断りって、僕の事が趣味じゃないって言ってたやつ?」
「う……」
「そうだね……、なかなか衝撃的だったよ」
(こ、これはもしや、実はお怒りに……!)

 ゴクリとつばを呑み込むと、殿下はこちらを見て笑った。

「こんなに言ってる事と考えてる事が違う子がいるのは斬新ざんしんだった。ますます目が離せないなって思ったよ」
(ポジティブかよ……っ!)

 グッと声に出そうになるのを抑える。その表情を見て殿下は更に笑った。

「この間の発言、撤回するならデートは我慢してあげるよ。どうかな」

 前言撤回。この男、ただポジティブなんじゃない、策士だ。つまり殿下は私の趣味じゃないって言ったのを気にしてて、デートなんていう危なくて伯爵家の人間としては全力でやめてほしい提案を取り下げる条件として、殿下を私の婚約相手の範疇はんちゅうに入れる事を提示してきた。殿下としてもデートが受け入れられるとは思ってない、本命は取り下げ条件のほうだ。殿下という選択肢を捨てる事は絶対許さないというわけか……

めましたね」

 胡乱うろんな目で見つめると彼は両手を挙げた。……降参したいのはこっちだわ。
 こうして彼との文通やお茶会を含めた交流はそこから三ヶ月の間、休みなく行われ、私はアマンダに愚痴をこぼす以外に出来ることがなくなったのである。


 ――その日は実に晴れた日だった。
 朝から昼に変わる時間帯に、手紙が届いた。
 白い封筒の端につたの絵柄が入っており、便箋びんせんにはエンボス加工の花が四隅にあしらわれていた。
 とても美しく華やかな手紙で、相手が殿下じゃなければ飾っておきたいぐらい綺麗だ。
 内容は案の定お茶会のお誘いで、今回は王宮の敷地内にあるユハン湖で、と書いてあった。
 広大な敷地内に後宮や王室礼拝堂、政務を行う内政塔と外政塔があり、その他にも王立図書館、外賓がいひんなどをおもてなしするオペラ座に王宮美術館など、多数の建物が王宮には存在している。自然と建造物が調和してひとつの作品のような美しさがそこにはあった。
 その中でもとりわけ美しいと賞賛されているのが、殿下の言うユハン湖である。
 ユハン湖は王宮の西側にあり、辺りを森で囲まれている。
 ランドルト環……前世の視力検査で使われた切れ目のある円……のような形をしており、岸から湖の中央へ道が続いて、その先に大樹がそびえ立っているらしく、そのたたずまいにはどこか神聖なおもむきがあるとの事だ。
 湖畔には王族専用の別邸があり、普段は立ち入りが許可されていない。
 ささやかれるその美しさはまれに招かれる外賓がいひんや貴族から漏れ出る声であった。こんな私にもユハン湖の噂は耳に入るぐらい有名なのだ。行ってみたいと思うのが普通でしょう。

「――王太子殿下とじゃなければなぁ」

 喜んで行ったんだけど。ああ、でも王族じゃなきゃ入れないのか……
 大変魅力的なお誘いだが、王族専用の湖へ私なんかが行ってもいいのだろうか。

(うーん、ダメな気がするわ)

 行くかどうか決めかねていたところにアマンダが入ってきた。

「お嬢さま、昼食のご用意が整いましたので食堂へお願いします」
「わかったわ」

 羽ペンをペンスタンドへ立ててから、手紙を丁重に引き出しへ仕舞う。するとちょうどテーブルの上のカレンダーに目が行き、今日が何の日か思い出した。

「今日って、みんないる日?」
「ええ、ケビン様もニコル様もいらっしゃいますよ」
「一ヶ月会わないと寂しいものね」
「少し前までは皆様ずっとご一緒でしたから一入ひとしおでしょう」

 王妃様のお茶会を終えて、私と母は王都に残り、父と弟たちは領地へ帰って行った。
 最初は全員で帰るつもりだったが、お父様に止められたのだ。殿下が怒るとかなんとか言っていたが正直私は帰りたかった。読みかけの本が何冊かあったし、買い置きした本もあるからだ。
 そう言ったら、家からすぐに送られてきた。迅速じんそくすぎて少し悲しくなったのは秘密である。でも嬉しい、すぐ読んだ。
 ちなみにニコルは七歳下の弟で、現在五歳だ。私が落馬した時に、お母様のおなかにいた子である。
 外見はお父様にとてもよく似ていて、栗色のふわっとした髪に翡翠ひすい色の瞳をしている。だが中身はお母様似で愛嬌あいきょうがあり、可愛らしい性格で人に好かれやすい。五歳にして人たらしである。将来が末恐ろしい……

「姉さん」
「あら、ケビン」

 アマンダと廊下を歩いているとケビンが追いついてきた。
 一ヶ月ぶりだからか、まだまだ愛らしさが残る顔が少しだけ男らしくなった気がする。


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