なんで婚約破棄できないの!?

稲子

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1巻

1-1

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 最初は驚きの連続だった。


 すべては七歳のときに、父に無理やりお願いして乗せてもらった馬上から落ちた事から始まった。見事に頭頂から地面にぶち当たった私は夢を見た。
 夢の中にいたのは三十歳の女性だった。一人で暮らし生計を立てている自立した女性。天涯孤独のようだったが、たくさんの趣味を持っていてとても充実した日々を送っていた。
 知らない言葉、知らない街並み、知らない世界……何ひとつ知らないはずのものなのに、どことなく懐かしさを感じた。
 目を覚ますといつもの見慣れた天井があった。ぼんやりとダマスク柄の天井を見上げながら、私は思った。
 ――あれは私だと。

「キャサリン!」

 大きな声が聞こえて目線を横にずらすと、泣きらした顔の両親と使用人たちがいた。みんなの話から察するに、私は落馬事故から丸一日眠っていたようだ。

(お父様もお母様もひどい顔だわ)

 幸いにも私に目立つ怪我はなく、大きなたんこぶが出来ただけで済んだようだ。
 貴族社会は傷物には敏感で当たりが強いから、とても幸運な事だった。

「すまないキャサリン、私がお前を馬などに乗せなければこんな事にならなかったのに……っ!」
「お、お父様、落ち着いて。私がわがまま言って乗せてもらったのよ。お父様は悪くないわ」

 いつものダンディなお顔が涙と鼻水で台無しになっていた。お願いだから、それらを拭いてください。

「もう馬に近寄ってはダメよ。あなたが傷つくなんて耐えられないわ! うちにいる馬は全て、 どこかよそへ連れて行く事にしましょうね」
「お母様……、勝手に落ちたのは私だから馬に罪はないの。だからどこにもやらないで」

 それに馬がないと馬車が使えなくて困るから……

「お姉さま、早く治して僕と遊んで……」

 目に涙を溜めながら私のそでを握る可愛い可愛い弟のケビン。
 私がみんなに大丈夫と言って微笑むと、ほっと安心したように全員が優しい顔になった。
 きちんと療養してね、ちゃんと休むのよ、などと口酸っぱく言う過保護な家族を見送りながら考えた。今世の自分について。
 ――私はキャサリン・レイバー。
 レイバー伯爵家の長女で、三歳下に弟のケビンがいる。
 両親ははたから見ると恥ずかしいほど仲睦なかむつまじく、お母様は現在妊娠六ヶ月の妊婦である。
 お父様はレイバー伯爵領の敏腕領主で、南北に広がる領地も豊かで領民からの信頼も厚い。
 そして思い出した前世の自分。
 明瞭めいりょうな記憶ではなかったが確かにあれは私だった。染めたような茶髪にパッとしない平凡顔。今の自分に似ているところはひとつもないけれど、それでもあれは私だと心が叫ぶ。

「……すごい。これが前世でいう転生ってやつなのね」

 鏡をのぞくと今世の自分が映る。
 七歳の少女が鏡の中にいた。
 前世に比べると美人だと思う。少女でありながら手足がすらっと長いし、腰まで伸ばした髪は明る過ぎない透き通るようなプラチナブロンドで、少しだけ勝気そうな翡翠ひすい色の猫目が特徴的だった。
 こんなにも外見は前世と似ていないのに中身は同じなのか、前世でも今世でも趣味は読書だった。
 いろんな本を読んでいたなぁ。歴史書からサスペンス、ファンタジーやホラーなど、他にもライトノベルやネット小説も大好きだった。恋愛ものも好きで、その流れで乙女ゲームなんかにも手を出していたし。

「これでこの世界が小説とかゲームの中とかだと、正真正銘のテンプレってやつだわ」

 もしそうだったら面白いのに。

「ふふ、まあさすがにそんな事ないわよね」

 今世の自分はキャサリンなんだから、前世の事はもう過ぎたものとして考えないと。

「とにかく、今は七歳なんだもの。それらしく振舞わなきゃ」

 いくら可愛くても、少女の姿をしたのおばさんだなんて嫌だわ。
 前世の両親は早くに亡くなっていたから、今世では前世出来なかった親孝行をしたい。あんなに愛してくれている家族なんだから、変な事を言って驚かせたり心配させたりしないようにしよう。そして目一杯親孝行するのだ!
 七歳の私は決意を新たにした。


 ――そして落馬事故から早五年が過ぎた。
 こんな簡単な一文で終わらせてしまうのもどうかと思う。実際には一言で終わらせられない日々だった。
 本当に、ほんと~うに、とうの五年間だった。
 なぜかって?
 なぜなら自分が悪役令嬢の立場だという事に気がついたからよ!
 その事実に気づいたとき、私は卒倒した。落馬事故から半年後の出来事である。
 ある日気付いた衝撃の事実。あまりのことにうめき声しか出さなくなった私に、家族や使用人は心配しまくりである。
 みんなはどうしたのかと尋ねてきたが、私は一切口を開かなかった。これ以上心配をかけたくなかったから。両親は私をギュッと抱きしめて話したくなったら教えてねと微笑んだ。
 親孝行すると胸に誓ったというのに早くも困らせてしまうなんて。

(でもね、こればかりは言うわけにいかないの)

 言えるわけがない――私が将来、わずか十八歳で処刑されて死んでしまうなんて!

「……絶対死んでなるものですか」

 死んでも死ぬものかと思った。なぜなら今世では絶対に親孝行するのだから。
 私たち子供を心から愛してくれる両親を、不幸にさせたくない。両親よりも早く死ぬなんて最大の親不孝だ。
 そのためには今後自分に襲いかかる運命を変えなくてはいけない。絶対に死なないために。


 ――ここは私の好きだった恋愛小説の世界だった。
 まさか本当にテンプレだったとは……、しかも私は悪役令嬢。そう、物語の主人公であるヒロインの邪魔者である。
 小説の内容はありきたりなシンデレラストーリー。ヒロインと王子様が結ばれる、王道中の王道だ。
 王道ストーリーってときどき読みたくなるのよね。何も考えずに読めるから。……それが前世の自分がこれを読んだ理由である。

「私は王子の婚約者で、二人の仲に嫉妬して主人公をいじめる役か。……正直、嫉妬していじめるとか、くだらないの一言よね」

 婚約者がいる人にり寄る主人公も、婚約者がいるのに別の女性に入れあげる王子も、最低だし馬鹿だわ。そんな事が起こったら醜聞しゅうぶんどころの騒ぎじゃないでしょうし。
 そもそもそんな婚約者、こちらから願い下げだ。
 恋人が別の人に想いを寄せた時点で、どんなに好きだとしてもスッと気持ちが冷めるでしょう? 嫉妬心でいじめにまで発展するなんてあり得ない。
 王子――この国の王太子殿下は今、九歳で婚約者はいない。だが物語上では、彼は十五歳になると、外交と勉学に励むために隣国へ遊学する事になる。そして、隣国に着いた時点で、王子には婚約者がいた。
 ヒロインである主人公はこの国の人間ではなく、隣国の子爵令嬢なのだ。遊学の最中に王太子と市井しせいで出会う。
 お互い身分を偽ったまま、紆余曲折ののちに想い合うようになるのだ。

(それぞれ心のかっとうが甘酸っぱくてすごくいいのよね。読んでるこっちがドキドキしたのを覚えてるわ)

 そして遊学を終えて帰国をするときに、王太子は目印としてペンダントを渡す。次に会うときは本来の自分でと言い、別れるのだ。
 それから数年後に二人は我が国の学園で出会う。ヒロインが留学という形でやってくるのだ。
 王太子殿下が十八歳、ヒロインが十六歳のときである。
 どんどん王子と距離を縮めていくヒロインに婚約者であるキャサリンは嫉妬し、憎悪を抱くようになる。そしてその結果、主人公をいじめさげすんでいった末に犯罪に手を出すのである。だがあえなく失敗、キャサリンは処刑される。彼女に断腸の思いで手を下すのは、弟である次期伯爵だった。
 その後二人は結婚し、ヒロインは王太子妃となり、やがて民から愛される人望のある王妃となるのだ。そういうストーリーである。

(――いやいやいや、おかしいでしょう!)

 婚約者のいる身である王太子に近寄っておいて、どこが人望のある王妃だよ。そもそも小説の中でキャサリンと王太子が不仲という話はなかったし、キャサリンが無能だという描写もなかった。という事は完全に略奪でしょうそれ! 泥沼だよ! 修羅場じゃん! あと弟である次期伯爵ってケビンじゃん! 十三歳になったばかりだろうあの子に何やらせてんの!
 つまり、私がどんなに王太子殿下と仲良くても、妃として合格だとしても、最終的にはヒロインにすべてを奪われるという事だ。恐ろしすぎる。私の人生ハードモードかよ。
 しかし幸いな事に私はまだ婚約者ではない。

「私としては、まずは婚約者役を降りる」

 そう、婚約者にならなければいいのだ。万が一、婚約者候補として名前が上がっても、殿下に婚約者にふさわしくないと思ってもらえるように振る舞う。
 妃としてふさわしくない人間をわざわざ選ばずとも、殿下と年の近い貴族令嬢はたくさんいる。他の令嬢をあてがえばいいのだ。
 ヒロインと王太子殿下が出会うまであと六年。
 果たしてまだ六年もあるのか、もう六年しかないのか……
 どちらにせよ、それまでに私はその後の身の振り方、必要な事の準備をしなくては。

「そもそも王太子殿下に会わなきゃいいのよね。よし、私なら大丈夫! やれるわ!」

 バシンと気合いを入れるように頬を叩く。
 今度こそ親孝行して家族と仲良く暮らすんだ!


 ――……とか簡単に考えていましたよ。ええ、本当に私が浅はかだったのです。わかってますとも。

「きゃー最高よ、キャサリン!  さすが私の娘だわ!」
「本当にとてもよく似合っているよ、天使と間違えてしまいそうなぐらいだ」

 今日という日のために用意された新品のドレスに身を包み、私は引きつりそうになる表情をどうにか堪えて微笑んだ。

「……ありがとうございます」

 悲しいかな、これが現実だと認めたくない私を無理やり馬車に詰め込むとお母様は満面の笑みでいってらっしゃい、と送り出した。ああ、市場に売られに行く子牛の気分よ……
 先に馬車に乗り込んでいたお父様は苦笑していた。

「そんなに絶望したって顔をしなくても」
「だって……」
「王妃様はとても優しい方だから大丈夫だよ」

 お父様の言葉を聞いて思わず頭を抱えた。

(なんでうちに王家の紋章入り封蝋ふうろうのお手紙が来るの? しかも王妃様の招待状とか、どうなってるのよ……!)

 記憶が戻る以前の私は、なかなかに才女だと持てはやされていた。思うに記憶はなくとも前世の影響があったのではと考えてる。の女性が七歳の勉強についていけないわけないのだ。
 王子の婚約者は優秀でなければならない。それは当然だろう。国を導く立場の人間が頭空っぽでは困るのだ、主に民が。
 私は婚約者という大役に選ばれたくない。それならばどうすればいいか、実に簡単な話だ。
 私が〝普通〟だと思わせればいい!
 そうして立てた作戦は功を奏し、才女とまでうたわれた私の評判は年相応なものへと変わっていったのである。私はめでたく〝普通のご令嬢〟になった。
 しかし結婚はしたいので、評判を下げ過ぎずに可もなく不可もなくで落ち着かせた。
 私だって、両親みたいな素敵な家族を作りたい。孫だって抱かせてあげたい。
 だからこそ王太子殿下の死んでしまうかもしれない婚約者にはならない。
 絶対に!
 なのに王妃様直々にお茶会に呼ばれるなんて……

「何がそんなに心配なのかな?」
「――え?」
「不安だ、って顔に書いてあるよ」

 困った顔をして笑うお父様は私を安心させるように頭をでた。
 まさか、娘が死ぬか生きるかのわかれ道に立たされているなどとは思っていないだろう。私も思いたくない。
 馬車が王都内をゆっくりと走る。馬のひづめが石畳の道を踏むたびに、リズミカルな音が車内に響いた。

「……正直言うとね、心配なの。王宮もお茶会も初めてだから。ついつい色々考えちゃう。考えても仕方がないんだけどね」

 誤魔化ごまかすように笑うとお父様は眉尻を下げて言った。

「初めての事が不安なのは誰もが皆経験する事だ。だからキャサリンが不安に思うのは、おかしい事じゃないさ。でも今日は私が付いてる、そうだろう?」
「……でも」
「大丈夫。もし嫌になったら、体調が悪いからと言って帰ればいいんだ。無理にいる必要もないさ」

 言外に守ってあげる、と言われて、不覚にも目頭が熱くなった。

「私のせいでお父様に迷惑をかけるかもしれないわ」
「はは、どんとこいだよ」
「王妃様を怒らせちゃうかも」
「心配ないね」
「……ふふ、そこは心配してよ」
「やっと笑ったね。キャサリンは笑った顔が一番だよ」

 柔らかい表情で私を見つめるお父様は、どこまでも父親の顔をしていた。

(ああ、守られてるって気がするわ)

 冷えていた心がふわっと温かくなった。
 そうよ、お父様やお母様、ケビンのためにも私は頑張らなくちゃいけないの。家族の幸せが私の幸せに繋がるんだもの、後悔のないようにしなくちゃ。
 そう決意した瞬間、馬車がまった。


 王宮へ着くと、すぐに庭園へ案内された。
 美しく整備の行き届いた庭園は色とりどりの花が咲いている。
 垣根の間にある美しい彫像や調度品、場と調和した四阿あずまやが庭園の美しさをより際立きわだてていた。
 それはまるで庭園にある美術館のようだ。

「はぁ……とても素敵」

 あまりの絶景に思わず感嘆の声をあげる。
 ――っていけない、いけない!
 私はここへ何しに来たの。ここはいわば戦場よ、私は今敵陣のど真ん中に立ってるのよ。決して油断してはダメよキャサリン!
 グッと拳に力を入れ、緊張したまま案内役の侍女の後ろをついていく。

(でも結局、何も思いつかなかったなぁ)

 招待状を頂いてから、いかにしてこのお茶会を乗り越えるか、ずっと考えていた。
 何度対策案を考えたところで、本物の社交場に出た事のない私にはそれをシミュレーションする事さえ難しい。
 とりあえず他の令嬢たちに場を任せて、不自然にならない程度に相槌を打っておけばいいだろう。当たりさわりのない事を言っておけば目立つ事もないだろうから。
 私の何が王妃様の目にまったのかわからない限り、下手に動くのはよくない。
 いかに〝普通〟の令嬢かという事を、王妃様にはわかっていただく。落胆されたっていい。家名にさえ傷がつかなければ私は平気だ。勝手に期待して失望すればいいんだ。

「こちらでお待ちくださいませ」

 薔薇ばらのアーチをくぐった先に大きな木があり、その下に綺麗にセットされたテーブルがあった。
 うながされるままに椅子に腰掛けると、上品で柔らかなクッションがお尻を包んだ。
 非現実的な状況に緊張が高まる。心臓がキュッと絞られるようだ。

(どうにかして落ち着かないと心臓破れそう……)

 心を落ち着かせようと、周囲を失礼がないように見渡して、はたと気付く。
 ――椅子が四席しかないという事に。

「え?」

 そのうちの二席は私とお父様が座っている。
 という事は残り二席なわけだ。
 え、これはまさか。

「……お父様、今日って他の方々は……」
「ほか?」
「私たちの他に招待されている方もいますよね?  まさか私たちだけって事、ないですよね?」
「いや、我々だけだよ」

 驚愕きょうがくの事実に目を見開くと同時に、王妃様が侍女たちと共に現れた。

「お待たせしちゃってごめんなさいね」

 初めて間近で見る王妃様は神々しく、まさに国母に相応ふさわしい気品があった。この景色にあるすべてが、彼女によってくすんでしまうほどの美しさをまとっている。
 あまりの美しさに一瞬見惚みとれてしまったが、急いで立ち上がり、カーテシーをした。

「本日はお招きいただきまして大変光栄でございます。王妃様におかれましては――」
「あら、よしてちょうだい。今日はプライベートのつもりで呼んだんだもの。気楽に楽しみましょう」

 私の挨拶をちょん切って王妃様は微笑んだ。うぐっ、眩しい。
 座るよううながされて席に着くと、すぐにメイドがアフタヌーンティーの準備を始めた。紅茶のいい香りが立ち込める。
 とってもいい香りのはずなのだが、緊張しすぎて吐きそうである。
 カチコチになっている私を見て、王妃様はふふ、と微笑んだ。

「そんなに緊張しなくていいのよ。わたくしは貴女あなたとお喋りがしたかっただけなの。取って食うわけじゃないから気を楽にしてちょうだいな」
「はい……」

 優しく声をかけてくださるのだけれど、そんがんが美しすぎてかえって緊張が増します……

「はは、やはりキャサリンには王妃様とのお茶会なんてまだ早かったかもしれないね」

 私の緊張をよそにお父様はほがらかに笑う。

「もう! 貴方のせいなんですからね! もっと早くキャサリンに会わせてくれれば、こんなに緊張させる事もなかったのに」

 にらみつける王妃様の視線を物ともせず、逆に挑発的な表情をする父は普段の優しい父ではなかった。

「可愛い娘は隠したくなるものですよ、王妃様」
「過保護すぎる親の愛情は時として子供の成長を阻害してしまうのよ、ジャック・レイバー」
「妻も子供たちも、大事なものはなんでも大切に仕舞っておきたい性分でね。誰かに取って食われたくないですから」
「なんですって?」

 いっしょくそくはつな雰囲気をかもし出す二人。バチバチと火花が見えるようだ。

(え、え? なにこれ、この二人、知り合いなの?)
「あぁ……、キャサリンったら、そのポカンとした表情、マーリンにそっくりだわ。まるで生き写しのようね」

 うっとりとした顔でこちらをのぞき込む王妃様は、先程までの神々しさが裸足はだしで逃げだしたような顔をしていた。ちなみにマーリンとはお母様の名前である。

「王妃様とは母さんを通じて知り合ったんだよ。まあ、私は一方的にライバルだと思われてるがね」
「ら、ライバル」
「この男、わたくしのマーリンをさらって行ったうえにキャサリンまで隠そうとしたのよ。今まで大人しく個人的にお手紙を書いていたのだけれど、毎回もみ消すものだから、あまりの腹立たしさに思わず権力を使っちゃったわ」
「権力……」

 あまりの衝撃に唖然あぜんとしてしまった。
 ちょっと予想外過ぎじゃありませんか、神様……

(なんというか、王妃様がお母様を大好き過ぎてめっちゃヤバいって事は十分伝わったわ)

 親しみよりも恐怖が増したのは秘密である。


「そういえば、キャサリンには心に決めた人がいるのかしら?」
「え、心に決めた人ですか?」
(それはつまり婚約者って事よね……)

 しばらく普通にお茶を飲みながら話に花を咲かせていると、王妃様が急に内緒話をするかのように小声で話しかけてきた。

「今回はわたくしが貴女あなたに純粋に会いたかっただけなのだけれど、ちょうどいい機会だから是非紹介したい子がいるのよ。会ってみてくれないかしら? 会うだけでいいのよ。無理にすすめるつもりはないの」
「王妃様、それは……」

 お父様が難色を示すが、王妃様は気にもしない。
 さり気なくテーブルの上にある私の手に手を重ねて言う。

「本当に会うだけ。ね?」

 心からそう思って言ってるのは伝わってくるけれど、王妃様の圧力というかオーラというか、それがすごい。若干瞳孔どうこうが開いている。
 蛇ににらまれたカエルとはまさにこういう事か。身をもって知るとは。

「えっと、その……」

 会うのはいいのよ、会うのは。ただそれがその、あの人じゃないなら。でもこの流れ、この感じ……
 もしやとは思うけど、まさかって事はないよね? ないわよね?
 万が一ここで彼が出てきたら――

「呼びましたか、母上」 
「ぎゃあーー!」

 突然の声に飛び上がらんばかりに身体が揺れた。その拍子に机に当たり、置いてあるカップがガチャンと鳴る。
 従者と共に現れたのは、この国の王太子殿下であるレオナルド・オータニア殿下だった。

「ああ驚かせてしまったようでごめんね。ドレスは大丈夫かな?」

 令嬢にあるまじき声をあげたにもかかわらず、優しく心配してくれる殿下に私は頬が熱くなるのを感じた。

(か、か、カッコよすぎる……っ!)

 小説を読んで理解していたが、の当たりにした殿下はとんでもなく顔が整ったイケメンで、まだ成人していないはずなのに、どことなく色気がただよっている。
 顔立ちは王妃様にとてもよく似ていて、風でさらりと舞う綺麗な金髪に深い海のような碧眼へきがん。あまりの完璧な容姿に、ここが天界なのではないかと勘違いしてしまいそうだ。


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