天の求婚

紅林

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本編

未来へ

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「という感じで、これがその時撮った写真だ」

蒼士がティーカップをソーサーに戻してから胸ポケットに入っていたスマートフォンを操作して大貴に見せた。そこには顔を真っ赤にして玄関の床で眠る自分の寝顔が写されていた

「…………」

人はあまりに驚くと言葉が出ないというのは本当らしい。大貴は状況を理解はできても飲み込めず、完全にフリーズしていた

「私も驚いたんだぞ。瑠璃草の間で久しぶりに間近で再開したと思ったら全く気づかないんだからな。変装していたとはいえ学び舎を一学期の間共にしたというのに」
「……ちょ、ちょっと待ってください!」
「それに三年間で色々と整理してようやく婚約しようとしたら思っている以上に先代新田子爵は好き勝手やっていて新田家は没落寸前だった」
「えぇーと、ど、どこから整理すればいいのか!」
「名誉回復のためにチュロックに行かせたのはいいけど、本当に上手くやるかは大貴次第だから一か八かの賭けだったんだぞ?まぁそれは杞憂だったけど」
「一旦落ち着いてください!」
「落ち着くべきなのは大貴だ」

肩で息をしながら立ち上がり、顔を真っ赤にして叫んだ大貴を見て蒼士はクスクスと笑った

「ま、まず陛下と中宮くんが同一人物?そこから信じられません」
「本当だ。中宮なかみやそうという偽名も分かりやすい由来だろう?中央宮殿に住んでいる蒼士だから中宮蒼だ。どうだ?我ながらシンプルかつ違和感のない名前だろう?」
「そんな話はどうでも良いのです!まず!元親は知っているのですか!?」
「彼は知らない。法学部は次の学期から必修が増えたからほとんど他学部とは授業が被らなくて、接する機会もほとんどなかった。だから大貴も私のことをあまり覚えてないんだろう?私は片時も忘れなかったが」
「大学は接する人の数が多いので……」

責めるような蒼士の視線に耐え切れず、大貴は苦し紛れの言い訳をするしかない

「あ!それである時急に母が酒を禁止させたんですね!」
「それは知らないぞ。夫人が気を利かせてくれたんだろう?我が婚約者殿は非常に酒癖が悪いようだからな?」
「ぐっ……」
「私をナンパしてきた時もそうだが、どれほどの者達と夜を共にしてきたのだ?聞けば大貴は社交界でも噂が絶えなかったと聞くが……」
「陛下!過去は過去です!これからは陛下だけにこの身を捧げます故、どうかお許しください!」

どんどんボロか出そうな話に移り変っていき、危機感を覚えた大貴はとにかく話題を変えなければ追求を避けられないと本能で悟った。ここは一度、謝ってから話題を変えようと考えたのだ。

「それは楽しみだ。公式発表後からは宮に住まいが移る。色々試せそうだな?」
「……お手柔らかにお願いします」
「そこは大貴次第だ」

蒼士は不敵な笑みを浮かべながらもテーブルに置いてあったタブレット端末を手に取り、大貴に手渡した。そこには帝室の紋章シンボルたる十芒星が印された公的資料が表示されていた

「陛下、これは……」
「約束しただろう?望むなら証文を用意すると」

タブレット端末に表示されている資料には天帝の名のもとに新田家が保有する子爵位と全ての財産は保証され、新田心子爵未亡人には新田家当主代理として国から給与を受け取る権利を与える事が明記されていた。華族の主な収入は国から年二回支給される華族給与である。純血一族である新田家は一族が存続する限り、年間で一千万ルダが支給される。それらを基盤として事業を起こしたり、不動産を所有して財を成している華族も多い。

「新田家の存続は保証する。すでに枢密院にはこれを認めさせた」
「本当にありがとうございます」

大貴はソファーから立ち上がり、深く頭を下げた

「それと婚約に伴う恩赦も決まった」
「婚約に恩赦、でございますか?」

恩赦は帝国で度々行われるが大体は天帝即位の際に行われることがほとんどだ。

「追放していた第二天子派の華族を帝都に呼び戻す」
「え!?」

第二天子派の華族は蒼士が無事に天帝に即位してから、それぞれなんらかの処罰を受けている。派閥に属してから一年が経過していなかった新田家を含む五つの家は処罰なしとされたが、それ以外の多くの家は世襲財産を減らした上で強制的に爵位を次期後継者へ譲らせている。そしてリーダー格となっていた日高家を含む五つの家は世襲財産を半分にされた上で江流波市を追放され、地方に左遷されていた。

「帝都から追放させた五つの華族家は今でもなお強い影響力を持つ家ばかりだ。国民からもこれについては非難が殺到している。だが処罰をなしにすれば私に味方してくれた第一天子派の者達に示しがつかない」
「……一度追放したことで第一天子派の面子メンツを保ち、ほとぼりが冷めた頃に恩赦によって速やかに復帰させるということですね」
「そうだ。我ながら良いアイディアだろう?」

大貴は張り巡らされた蒼士の策略に感心した。これほどまでに見事な予測と緻密な策を巡らせているとは思いもしなかったからだ

「陛下の叡智には驚かされます」
「もちろん私一人の考えではないさ。優秀な側近が知恵を搾ってくれている」
「横田川公閣下のことでしょうか?」
「公爵はどちらかというと正攻法を好む。こういった小賢しいことを考えつくのは橋口伯爵だ」

橋口伯爵は貴族院議長を務める女性で、大貴と接することはほとんどないがどちらかといえば硬派なイメージがある。小賢しいといった印象はあまりない

「勝手な印象ですが橋口伯閣下は生真面目な方かと思っていました」
「彼女をよく知らない人からしたらそう見えるのか?アレは中々の曲者だぞ」
「意外でした」
「華族という高慢な者達が集まる議会を統率するのにはあれくらいの腹黒さがなければならないのだろう。彼女が十年以上貴族院議長を務めている理由は家柄だけでは無い」

一部を除き、職位の世襲が禁じられた現代において十年もの間同じ役職を守り続けるのは難しい。

「ともかく、これで全ての準備は整った。年明けと共に国内外に婚約を発表することが出来る」
「……ようやく、ですね」

大貴はまだ実感が湧いていなかった

「あぁ、私達にとって記念すべき日になる」
「……」
「私と共に、この国の未来を紡いでくれるだろうか?」

蒼士は絨毯に膝を着いて大貴の手を取った

「……微力ながらお手伝い致します。そしてどうか、陛下が志す帝国の行く末を隣で見届けさせてください」
「ありがとう、大貴。心から、愛しているよ」

真っ直ぐこちらを見つめる黒曜石のような美しい瞳は大貴の心に直接語りかけるようだ。大貴は視線をそらさずに手を握り返してゆっくりと口を開いた

「私も貴方様に至上の愛を捧げます」

そう言った瞬間に立ち上がった蒼士によって大貴の口は塞がれた。たった一瞬、口を合しただけの子供のようなキス。
だがそれでも、二人の間にある愛という不確かな感情を理解するには十分だった。

「本当にありがとう。そしてもう一度言わせて欲しい」

蒼士は大貴のことを勢いよく抱きしめて耳元で囁くように呟いた

「愛してる」



END



⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
1年半もの長い期間読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。作者の中で大まかなあらすじと結末まで決まっていたものの、話の風呂敷を広げすぎたせいで中々上手くまとまらずこんなに時間がかかってしまいました。
栗田公爵家の反乱をどう処理しようか迷い、チュロックでの件をもう少し深堀しようか悩んだり、色々考えましたがこのようにまとまりました。
気が向いたら1話完結の外伝のようなものを投稿しようと思っています。ここまでお付き合い頂きました全ての皆様に感謝致します。ありがとうございました!


ではまた逢う日を願って          紅林
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