天の求婚

紅林

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本編

本国からの報告

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 チュロック連邦の暫定首都メルグァン市にある太平天帝国系列の高級ホテルの一室で寛いでいた大貴は何気なく見ていたテレビを見て驚いた。なんとその画面には太平天帝国の帝都江流波の中心にある江流波宮殿が炎上している映像が映し出されたからだ。ニュースキャスターは共通語ではなくチュロック公用語で話しているため内容は理解できないが帝国から遠く離れたチュロックでも報道されるほどの大きな出来事だと大貴は瞬時に理解した

「何が起こっているんだ」

 大貴はすぐに事務官を呼び出して本国の状況を確認するように指示を出した。

 しかし、得られた情報は帝室を頂点として朝廷が帝国全土を支配する今の体制に不満を持った一部の人々が数日前に宮殿に侵入し天帝に民族平等に関することを直訴したというものだけだった。

 (宮殿のセキュリティがそんなに甘いはずは無い。一般人には到底無理だ。まさか東ユアロプの経済圏を狙う他国のスパイ?)

 宮殿を守護するのは宮内省直下の宮殿警備隊である。彼らは帝国軍と同じ厳しい審査基準で選び抜かれた精鋭たちだ。それに加え宮殿の至る所に防犯カメラが設置され顔認証が常時されており、カメラに写りにくい物陰なども監視ドローンによって空から監視されている。侵入の余地など無いはずだ。

「子爵閣下、宮内卿川端伯閣下よりお電話でございます」

 先程、事実確認を行い報告してくれた事務官が業務用タブレットを操作しながら大貴にそう言った

「宮内大臣から?」
「はい」
「分かった。応答してくれ」

 その返事を聞いた事務官はタブレットの緑の丸い応答ボタンをタップした

「伯爵閣下、ご無沙汰しております」
『久しぶりだな子爵。そちらは変わりないか?』
「森田総督と二階堂夫人の助けもあり、審議は順調に進んでおります。しかし我が国に対する片務的最恵国待遇の撤廃は先方の絶対条件だったので受け入れることになりそうです」
『それは仕方ない。時代の流れだ。帝国が覇権国家としてこれからも存在し続けるのは時代が許さないだろう。朝廷とてそれは分かっていることだ。先帝陛下の時代であれば我が国には世界をも手に入れる力があったというのに……』

 電話越しに伯爵の大きなため息が聞こえた。

『あぁ、それはそうと伝えねばならない事があるんだった。危うく本題を忘れるところだった』

 そう言うと伯爵はタブレット端末を画面共有モードに切り替えて、帝室の紋章が印された公文書の電子資料を表示させた

『この資料に細かいことは記してあるから通話が終わったらよく見ておいて欲しいんだが……』
「旧狼蘭王国領内における栗田家の権限……?」

 大貴は表示された電子資料の題を読み上げたが、全くもって意味がわからない

『……四日前、栗田公爵未亡人と栗田公が率いる旧狼蘭王国の勢力が華族委員会本部と江流波宮殿に侵入した』
「……」
『栗田公爵未亡人は不当に扱われる狼蘭王国貴族出身の華族家の権威回復、そして旧狼蘭王国国民の血筋を持つ臣民に対する民族差別を徹底して排除するように天帝陛下と華内天王殿下に直訴した』
「そういえば栗田家は狼蘭王国の……」
『旧王族だ。狼蘭ろうらん王国が帝国の傘下に下ったのは第一次世界大戦の最中だ。内陸国であるため近代化が遅れているうえに資源国である当時の王国は列強から狙われていた。公爵未亡人から数えて曽祖父にあたる最後の狼蘭王であり初代栗田公爵でもある栗田実美さねとみは自ら江流波宮殿に趣き、当時の天帝陛下に属国化を条件に国の防衛と近代化を申し入れたのだ』

 これは誰もが習う帝国史だ。帝国の前身たる天之大安国は第一次世界大戦から第三次世界大戦の間に鎖国政策を敷いていた東ユアロプの国々を統合し現在の大帝国を築き上げた。抵抗した国もあったが王族や貴族たちを帝国華族として迎え入れる朝廷の提案に首を縦に振った国も多くあった。経緯に多少の違いはあれど狼蘭王国もその首を縦に振った国の一つだったのだ

『天帝陛下は狼蘭王に栗田性をを与え、貴族たちにも御自身でそれぞれ性をお与えになった。狼蘭王の本当の名はマイラムベック・ヘドゥ・フロンレティア・パサ・ルゥラン、名前にあたるマイラムベックとは狼蘭語で祝祭を意味するらしい。栗は帝国の豊穣祭で重要な今を持つ特別な食材、陛下なりにも彼らを思っての事だったのだろう』
「……それで、陛下はそれを受け入れたということですか?」
『そうだ。陛下は第一天子時代から血筋や出身民族の違いだけで不当な扱いを受ける臣民たちに心を痛めておられた。これは内々に伝えられたことなんだが……』

 それからしばらく伯爵との会話が続き、通話を終えた時には時刻は既に夕方を回っていた。大貴はルームサービスでエスプレッソを内線電話で頼んでからバルコニーに出た。メルグァンから見える夕日は帝国から見る夕日よりも壮大で迫力が感じられた

「陛下は帝国をどのようにするおつもりなのだろうか」

 太平天帝国は世界屈指の列強国だが、それ故に立憲君主制という政治体制が度々国際社会から批判されることがある。立憲君主制の国自体は列強国にもいくつか存在する。しかし、帝国ほど権力が君主に一極集中している国は珍しい。それに加え華族という一際強い参政権を持つ特権階級者の存在も問題視されているのだ。

 川端伯爵によれば蒼士は帝国の政治制度そのものの変革を一時は望んでいたらしいのだ。

「朝廷に改革の嵐をもたらす良い火付けになった、か。もしかして陛下と栗田公爵未亡人って共犯者だったりする?」

 そこまで考えた大貴は首を横に振った

「そんなわけない、よな?ていうか陛下に対して共犯なんて恐れ多いことを言ってしまった。アルコール不足か?」

 大貴はここ一年は自主的に禁酒している。大学時代の酒での苦い思い出がいくつもあるためだ。大貴は大の酒好きて特にスパークリングワインには目がなく、ボトルであれば三本はほぼ毎日飲み干していた。何度か平民たちに愛読されている週刊誌にも「純血華族が街中で泥酔!?普段見て見ぬふりの警察が慌てて保護」という題名でデカデカと撮られたことがある。

「まぁどちらにせよ、いち早く引き上げて本国に戻らないと」

 大貴はいち早く本国へと帰還することを目指し、2週間後に帝国に引き上げることに成功した
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