天の求婚

紅林

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本編

枢密院

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「陛下、私は断固として手放すべきではないと思います!」

机を叩きつける大きな音と共に声を上げたのは蒼士からみて右側に座る大柄の男だった。今年で60歳を迎えるとは思えないほど立派な体躯の持ち主であり帝国の重鎮たる枢密院顧問官の一人、八乙女やおとめたけし侯爵だ。

「我が国が鎖国をやめて工業化に尽力してはや200年、帝国は大きく成長しました。今や世界有数の超大国と言えましょう。しかしそれは植民地があるが故に成り立っていると言っても過言ではありません。帝国は鉱山資源こそ豊富ですが油田は皆無です!資源の宝庫たるラートコ半島を手放すなど断固としてなりません!」

八乙女侯爵の意見にほかの顧問官も首を縦に振った
それを見た蒼士は予想どうりの顧問官たちの反応に苦い表情を浮かべた。天帝直属の最高諮問機関である枢密院にあげられた議題は帝国が支配している植民地の取り扱いについてだ。帝国が支配する植民地は大きく分けて三つ存在する。一つ目は帝国からほど近いユアロプ大陸南部のラートコ半島、そしてラートコ半島から見て南に位置するンドバ諸島、そしてユアロプ大陸の南西に位置するミュウロジニア大陸北東部のチュロックと呼ばれる地域である。国際秩序を保つために大戦後に設立された世界連合と呼ばれる組織の加盟国は国際平和の妨げとなる植民地支配を10年以内に止める取り決めをした条約がつい先月、各列強国によって調印された。これにより先進国の中でも先の大戦に勝利し多くの国外領土や植民地を持つ国はその整備を10年以内に行う必要が出来てしまったのだ。

「しかし八乙女侯、どの道十年以内に手放さなくてはならないなら今手放した方が良いのではありませんか?」

八乙女侯爵の向かい側にすわる初老の女性、神崎伯爵が疑問を呈する

神崎かんざき伯、国内に石油資源がなくなれば石油産出国に経済介入させる隙を与えることになるのですよ!」
「しかし条約には植民地が完全に開放されるまではその地域のインフラ整備を支援することが記されています。チュロックならまだ比較的整備されていますがラートコのインフラは最悪です。無駄な支出にならないでしょうか?」
「ラートコの石油資源はそれでもなお帝国の経済を支える基盤となるでしょう。それに資金援助でなくとも国内企業に事業を依頼すれば国内の経済発展にも繋がります」

神崎伯爵の反対意見を聞いてもなお八乙女侯爵は断固として意見を変えるつもりは無いらしい

枢相すうしょうはどう思う?」
「……」

蒼士は八乙女侯爵の意見も踏まえつつ枢密院の最高責任者たる沢中公爵に意見を求めた。それまで黙り込んでいた公爵はゆっくりと話し始めた

「ラートコ、ンドバ、チュロック、この三国は世界同盟の条約調印にともない独立政府の樹立を宣言しており現地の民心も帝国から独立政府へ移りつつあります。このことを考えるに早々に手を引くのが良いと考えていましたが八乙女侯の意見も理解出来る」
「では公爵の意見は八乙女侯と同じか?」
「いいえ、違います」
「では何が最良だと?」
「ラートコの独立政府から油田の利権を買い取るのです。彼らは出来るだけ早い独立を希望しているがあの国には独立後に国を運営するための資金がない。そこをつくのです」

これを聞いた神崎伯爵の隣に座る冷泉れいせん侯爵は素晴らしいと言って立ち上がった

「陛下、これは良い案かと思われますぞ。資金と技術はあるが資源がない帝国と資金と技術はないが資源があるラートコ、チュロック、ントバはこの提案を喜んで受け入れるでしょう」
「なるほど」

蒼士は何度も頷き考える

「それに先程侯爵が仰ったように帝国の企業がその事業に関わることができれば現地の雇用を生むことができますし経済に介入しやすくなります。もちろん直接統治をする訳では無いのでこれまで通り自由にはいかないですが……」
「それならば急ぎ三男爵を招集し枢相閣下の案を進めましょう。多少三国が反対したとしても押し切らせます」
「それでは責任者は誰に?まさか三男爵の誰か一人に任せる訳にもいくまい」

ようやく進み始めた会議がまた再び停滞した。しばらく政界の有力者や華族ではい庶民院の議員なども名が上がったが満場一致となる候補者は中々挙がらなかった。

「であれば私の婚約者を向かわせても良いか?」
「……大貴をですか!?」

突然の蒼士の発言につい最近顧問官になったばかりの堀江侯爵が驚気を隠せないとばかりに反応した

「陛下、先代とはいえ新田家は桃子殿下を支援していた日高侯の言いなりだった一族ですよ。国内の反発を免れないこもが分かりきっているからまだ婚約内定を発表をしていないと言うのに……」

枢密院の中で最年少である小野寺おのでら公爵がそう言った

「公爵閣下のおっしゃる通りかと存じますわ。婚約内定に加え植民地問題解決の総責任者に任命したとなれば批判は免れません。日高家に従った八十の家のうち六十七の家は現当主が所有する爵位を強制的に次期後継者に譲らせられ世襲財産を三割近く減らされる処分を受けています。そして二つの家は華族の身分を没収しました。そして中心的な存在となっていた日高家を含む六家は江流波の住居を差し押さえられて左遷処分となり、残りの五つの家が処罰なしとなりました。この五つの家を無罪とした判断だけでもどれだけの批判が朝廷に寄せられたかお忘れになった訳ではありませんでしょう?」

神崎伯爵は手元のタブレットに映し出された帝位継承争いで桃子天子を支援した家門の資料を見ながらそう言った

「新田家を含むその五つの家門は極小額の資金援助であったことと他の家とは違い日高家に協力した時期が遅く一年にも満たない間しか日高家と協力関係になかったため無罪としたんだ」
「しかし……」
「神崎伯、いつから朝廷は日々寄せられる理不尽な批判に振り回されるようになったんだ?」

神崎伯に視線を向けてから会議室にいる面々を見渡すように視線を写しながらゆっくりと話し始めた

「我が国は君主制国家でありながら帝国臣民に共和制国家と大差ないあらゆる権利と自由を与えている。社会権、生存権、参政権、発言の自由、思想の自由、宗教の自由、良心の自由、これらは全て帝室の名のもとに保証されている。つまり臣民の平穏な生活は我々大天族の恩恵であるということ。全ての権利は帝室に危害を及ぼさず、帝室の成すことを妨げないという大前提の元に成り立っているのだ。自らの生命の危険があるならまだしも私個人の結婚相手を臣民が批判する権利はないと知れ」
「……失礼致しました。出すぎた発言をお許しください」

神崎伯爵は席から立ち上がり蒼士の近くまで歩み寄り深々と頭を下げた

「沢中枢相、新田子爵を植民地解放の責任者として使節団を編成する準備を整えよ」
「御意。しかし貴族院と庶民院はどう致しますか?」
「責任者は天帝からの勅命とし、予算や他の二つの地域の責任者などについては議会に任せる。橋口議長と西野議長にそう伝えよ」
「御意」

その後も四つの議題が枢密院にあげられその日は閉会となった
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