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本編
母親
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「ふぅ……」
夕日が街を照らして赤く染まり始める頃江流波宮殿の応接室にて深く息を吐いた女性は鏡を見ながらジャケットの襟を正した。先程から何度も同じようなことをしているが彼女がそれを止める様子はない。彼女は普段のように落ち着いた様子ではなくこれまでにないほどの緊張感のある表情を浮かべていた。そんな彼女の名は新田心、新田大貴の母に当たる人物だ。彼女は急遽朝廷からの呼び出しがかかり、蒼士に謁見することになったのだ。心は元々財務省に勤めていたため宮殿の敷地に入ることには慣れている。しかし、今回訪れている中央宮殿となると社交パーティーでも滅多に訪れることは無い場所だ。それに朝廷からは特に理由を告げられていないため余計に心の心配が募ったのだ。
そうして落ち着かずになんども身だしなみをチェックし、スマートフォンで何度もヘアセットが崩れていないか確認していると宮内省の職員が入室して静かに頭を下げた
「レディ・新田、謁見の準備が万事整いました。竹林の間にご案内致します」
職員はあまり感情の感じられない淡々とした声でそう言った。心はスマートフォンを操作する手を止めてソファーから立ち上がる
「ご案内致します」
職員の男は心を先導して江流波中央宮殿の中でも帝室のプライベート空間に近い竹林の間に案内した。扉の前に控える近衛兵が扉を開けて二人を室内に招き入れた
「陛下、失礼致します。本日謁見を予定しておりました新田子爵未亡人、心様をお連れ致しました」
「思ったりより早かったな」
蒼士は腰掛けていた椅子から立ち上がりジャケットの襟元を正した
「ようこそ新田夫人、いや義母上とお呼びするべでしょうか?」
「……全ては天帝陛下の御心のままにございます。故に私のことはお好きなようにお呼び頂きますよう」
「では義母上と呼ばせて頂きましょう。これから長い付き合いになるし、その方が良いでしょうから」
笑みを浮かべる蒼士に愛想笑いを返しつつも心は勧められたソファーに腰かけた
「まずは謝罪をさせてください。急に宮殿に呼び出して申し訳ありませんでした」
「陛下、謝罪は必要ございません。天帝陛下の尊きご意志と共にあることは我ら臣下の誇りでございます」
「いや、これは一人の人間として謝罪しておきたかったのです。これから家族になる人に謝罪もできないような男にはなりたくありませんから」
心は意外な返答に驚きつつも直ぐに社交的な笑みを浮かべた
「義母上には話しておきたかったのです。私が子爵、大貴に求婚した理由を」
「……それは息子もご存知なのでしょうか?」
心の問に蒼士はゆっくりと首を横に振った
「いや、おそらく気づいていないでしょう。ですが私は鮮明に覚えています。私たちが出会ったあの日、あの瞬間を」
そして蒼士は懐かしむように話し始めた。ゆっくりとした口調で語られる内容に心は驚きを隠せなかった。しかしこれでようやく蒼士が何故、息子に求婚したかを理解したためようやく安心することが出来た。もちろん最初から敬愛する天帝陛下に対しての疑いなどは全くなかった。しかし心のどこかではどうしても政略的な思惑を考えてしまうのだ
「という訳です」
ようやく話を終えた蒼士は恥ずかしそうに頬をポリポリとかいた
「なるほど……そんなことがあったのですね。私もその日のことは何となく記憶に残っていますわ」
「あの場にいなかった義母上が覚えているということは相当大貴は酔っていたみたいですね」
「えぇ、それはもう……」
心はあの日のことを思い返した
「その時なにか言ってましたか?」
「あまり鮮明には覚えていませんのでなんとも言えませんが、あの日は帰って直ぐに玄関で倒れ込むように寝ていたような気がします。何しろ深夜に帰ってきたので世話は使用人に任せて私も直ぐに床に入りましたので」
「そうですか……」
「もしよろしければ当家の使用人頭に聞いておきましょうか?」
「いや、そこまでする必要はありません。近いうちにこの話を本人にして、その後で聞いてみます」
蒼士は少し寂しそうな表情を浮かべつつも心に微笑みかけた。心は気落ちしたその表情を見て少し可哀想に思ったがこればかりは本人たちの問題であるためどうしようも無い
「今日は長々と話してしまってすみません。すっかり暗くなってしまいました」
「とんでもございません。久しぶりに中央宮を訪れることが出来て楽しゅうございました」
「ははっ、結婚後は毎日に来ることになるかもしれませんね」
「……もしそのような名誉あることがお許しいただけるのでしたら是非に」
蒼士はあくまでも臣下としての姿勢を崩さない心を見て肩を揺らして笑った
「あ!そうそう!この資料を大貴に渡して貰えますか?」
「こちらを?」
退室しようとソファーを立ち上がりかけた心はもう一度腰掛け、蒼士から宮内省の紋章が印字された大きな封筒を受け取る
「大貴に新しい仕事です。重大な任務を与えようと思います」
そう言って天帝はいたずらっ子のような笑みを浮かべた
夕日が街を照らして赤く染まり始める頃江流波宮殿の応接室にて深く息を吐いた女性は鏡を見ながらジャケットの襟を正した。先程から何度も同じようなことをしているが彼女がそれを止める様子はない。彼女は普段のように落ち着いた様子ではなくこれまでにないほどの緊張感のある表情を浮かべていた。そんな彼女の名は新田心、新田大貴の母に当たる人物だ。彼女は急遽朝廷からの呼び出しがかかり、蒼士に謁見することになったのだ。心は元々財務省に勤めていたため宮殿の敷地に入ることには慣れている。しかし、今回訪れている中央宮殿となると社交パーティーでも滅多に訪れることは無い場所だ。それに朝廷からは特に理由を告げられていないため余計に心の心配が募ったのだ。
そうして落ち着かずになんども身だしなみをチェックし、スマートフォンで何度もヘアセットが崩れていないか確認していると宮内省の職員が入室して静かに頭を下げた
「レディ・新田、謁見の準備が万事整いました。竹林の間にご案内致します」
職員はあまり感情の感じられない淡々とした声でそう言った。心はスマートフォンを操作する手を止めてソファーから立ち上がる
「ご案内致します」
職員の男は心を先導して江流波中央宮殿の中でも帝室のプライベート空間に近い竹林の間に案内した。扉の前に控える近衛兵が扉を開けて二人を室内に招き入れた
「陛下、失礼致します。本日謁見を予定しておりました新田子爵未亡人、心様をお連れ致しました」
「思ったりより早かったな」
蒼士は腰掛けていた椅子から立ち上がりジャケットの襟元を正した
「ようこそ新田夫人、いや義母上とお呼びするべでしょうか?」
「……全ては天帝陛下の御心のままにございます。故に私のことはお好きなようにお呼び頂きますよう」
「では義母上と呼ばせて頂きましょう。これから長い付き合いになるし、その方が良いでしょうから」
笑みを浮かべる蒼士に愛想笑いを返しつつも心は勧められたソファーに腰かけた
「まずは謝罪をさせてください。急に宮殿に呼び出して申し訳ありませんでした」
「陛下、謝罪は必要ございません。天帝陛下の尊きご意志と共にあることは我ら臣下の誇りでございます」
「いや、これは一人の人間として謝罪しておきたかったのです。これから家族になる人に謝罪もできないような男にはなりたくありませんから」
心は意外な返答に驚きつつも直ぐに社交的な笑みを浮かべた
「義母上には話しておきたかったのです。私が子爵、大貴に求婚した理由を」
「……それは息子もご存知なのでしょうか?」
心の問に蒼士はゆっくりと首を横に振った
「いや、おそらく気づいていないでしょう。ですが私は鮮明に覚えています。私たちが出会ったあの日、あの瞬間を」
そして蒼士は懐かしむように話し始めた。ゆっくりとした口調で語られる内容に心は驚きを隠せなかった。しかしこれでようやく蒼士が何故、息子に求婚したかを理解したためようやく安心することが出来た。もちろん最初から敬愛する天帝陛下に対しての疑いなどは全くなかった。しかし心のどこかではどうしても政略的な思惑を考えてしまうのだ
「という訳です」
ようやく話を終えた蒼士は恥ずかしそうに頬をポリポリとかいた
「なるほど……そんなことがあったのですね。私もその日のことは何となく記憶に残っていますわ」
「あの場にいなかった義母上が覚えているということは相当大貴は酔っていたみたいですね」
「えぇ、それはもう……」
心はあの日のことを思い返した
「その時なにか言ってましたか?」
「あまり鮮明には覚えていませんのでなんとも言えませんが、あの日は帰って直ぐに玄関で倒れ込むように寝ていたような気がします。何しろ深夜に帰ってきたので世話は使用人に任せて私も直ぐに床に入りましたので」
「そうですか……」
「もしよろしければ当家の使用人頭に聞いておきましょうか?」
「いや、そこまでする必要はありません。近いうちにこの話を本人にして、その後で聞いてみます」
蒼士は少し寂しそうな表情を浮かべつつも心に微笑みかけた。心は気落ちしたその表情を見て少し可哀想に思ったがこればかりは本人たちの問題であるためどうしようも無い
「今日は長々と話してしまってすみません。すっかり暗くなってしまいました」
「とんでもございません。久しぶりに中央宮を訪れることが出来て楽しゅうございました」
「ははっ、結婚後は毎日に来ることになるかもしれませんね」
「……もしそのような名誉あることがお許しいただけるのでしたら是非に」
蒼士はあくまでも臣下としての姿勢を崩さない心を見て肩を揺らして笑った
「あ!そうそう!この資料を大貴に渡して貰えますか?」
「こちらを?」
退室しようとソファーを立ち上がりかけた心はもう一度腰掛け、蒼士から宮内省の紋章が印字された大きな封筒を受け取る
「大貴に新しい仕事です。重大な任務を与えようと思います」
そう言って天帝はいたずらっ子のような笑みを浮かべた
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