天の求婚

紅林

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本編

次なる問題

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「……なんだこれ」

 天帝との婚約の手続きがようやく終わり深夜に帰宅した大貴が起きたのは昼過ぎだった。新田家の邸宅はそこまで広大な敷地がある訳では無いが華族としての威厳を保つために伝統的な建築技術を使った重厚感のある帝国風の屋敷だ。しかし、今朝の新田家の玄関にはいつもならありえない程のダンボールや綺麗にリボンなどを使って包装された紙袋などで溢れかえっていた

 大貴が荷物の山をみて固まっていると使用人を仕切って荷物を屋敷へと運び込んでいた使用人頭の三田さんだりょうが駆け寄ってきた

「旦那様、おはようございます。こちらは駐太平天帝国フィラデルフィア合衆国大使、ジェイク・スーン様より送られてきた婚約祝いだそうです。そしてあちらにあるのは華都はなのみやこ共和国の駐在大使、ワン破浪ポーラン様より送られて来たものです」

 フィラデルフィア合衆国とは太平天帝国の東側の大海を渡った先にある大国のことで、華都共和国は帝国とも国境を混じえるユアロプ大陸中央部に位置する大国だ

「合衆国と共和国の情報網はどうなってるんだよ……」

 大貴はこれから起こるであろう諸々の面倒事のことを想像して頭を抱えた。第二天子派として帝位継承争いに敗北した時でさえ末端華族である大貴にも数人の新聞記者や雑誌記者がやって来たのだ。その時ですら対応に追われたのだから天帝と婚約したとなれば騒ぎはさらに大きくなるだろう。公式発表は年明けの予定だが情報収集を得意とする華族に気づかれる可能性もゼロとは言えないのだ

「旦那様、これはどういう事ですか?心様も大変驚かれています。どうか我々にも説明してください」
「ごめん三田さん。母上に言ったら使用人にもちゃんと説明するよ」

 納得がいっていない表情を浮かべる三田の横を通り過ぎ大貴は困惑しているであろう実母、心の部屋へと向かった。廊下ですれ違う使用人たちは何か言いたげな目線を向けてきたが心の余裕が全くない大貴はそれを無視して歩を進める

「母上、入っても……」
「お入り」
「……はい」
 (相当お怒りのご様子だ)

 大貴は覚悟を決めて扉を開けて心の部屋に入る

「今すぐわたくしに理解ができるように説明なさい。これはどういうことなのか」

 彼女は優雅にエスプレッソカップをソーサーに戻して大貴を睨みつけた。
 彼女は先代新田子爵の妻で現在は子爵未亡人として華族名鑑にその名が記されている人物で大貴の実母にあたる新田心だ。大貴がこの世で最も愛して信頼している人物だがこの世で最も大貴が恐れを抱き逆らえない人物でもある

「母上、これには深い事情があってさ。どこから話せばいいのか……」
「わたくしの記憶している限りでは貴方は誉ある帝国貴族院議会に出席することが許された議員であったはずよ。議員とは端的に話をすることも出来ないのかしら!」
「は、はいぃ!」

 大貴は冷や汗をかきながらも必死に心に説明をした。昨日の朝方に宮殿に連れていかれたこと。朝廷の意向により天帝と婚約することになったこと。全てをありのままに話した

「天帝陛下は家門の罪を追及しないと仰ったのね?」
「直接は言ってなかったけど、サインした証文にはしっかりとその事についても書かれてたよ」
「跡継ぎのことも問題はなさそうだし、それなら悪い話ではないわね」
「うん、大天族の血が新田家にも流れることになるしね。正直言って良い事尽くしでちょっと怖いくらいだよ。でもひとまずは安心かな」
「そうね。はぁ、フィラデルフィアの大使は朝から押しかけてくるし、そのすぐ後に犬猿の仲の華都はなのみやこの大使もやってくるから危うく揉めそうになるし、本当に大変だったのよ!」

 フィラデルフィア合衆国は帝国が位置するユアロプ大陸よりも大海を挟んだ東に位置する北フィラデルフィア大陸の八割近くを領土とする連邦共和国だ。対して華都はなのみやこ共和国は太平天帝国とも国境を交えるユアロプ大陸の中央部を支配する共和制国家だ。
 太平天帝国を含めこの三国は第三次世界大戦が終戦した今も尚も対立を続けており特に合衆国と共和国の仲は最悪なのだ。

「ごめんね。今朝は流石に手配が間に合わなかったみたいだけど宮内省がマスコミ対応をしてくれるって約束してくれたからこれからは大丈夫だと思う」
「手厚い待遇だこと」
「そのへんはしっかり契約書に明記してもらったから安心して」
「それならひとまずは安心ね。でも他に全く心配事がない訳では無いわ。大天族に嫁ぐとなれば莫大な持参金が必要よ。最低でも三億ルダは必要ね」

 心は額を押さえた
 華族の婚約には持参金の用意が必須だ。それは相手の家が高位であればあるほど金額が高くなる。大天族に嫁ぐとなれば新田家の全資産の半分近くを手放す覚悟が必要となる

「一番の問題はそこなんだよなぁ……」
丸井河まるいがわにある別荘って売却したらどのくらいになるのかしら」
「高く見積っても一億だね。築十五年くらい経ってるし、建物自体にほとんど価値はないよ。それより昔父上がコレクションしてた高林たかばやし喜時のぶときの絵とかのほうが高く売れると思うんだけど」
「あれは活動資金として日高侯爵にあの人が献上したわ。だからもうこの家にはない」
「……はぁ」

 高林喜時は四百年近く前に活躍した水墨画の絵師で、国宝に指定されている作品も多く存在する。そのいくつかをコレクターである先代新田子爵は大金を投じて購入していたのだ。
 しかしそれはもうこの家にはない

「持参金はまた考えるよ。最悪佐藤先生に相談するしかないかな」

 大輝は新田家の顧問弁護士である佐藤弁護士の顔を思い浮かべる

「そうね。私の方でも何か整理できる財産がないか探してみるわ」
「ありがと」

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