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16.母と娘
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血なまぐさい闘技場の舞台裏にあるお湯場でアイラはエリルローゼを洗い、薄物の派手なドレスを差し出した。
エリルローゼはそれをひったくるように掴むと、自身が最も魅力的に見えるように胸元のリボンを外したり、ウエストを締め付けたりと工夫しながら身にまとった。
アイラも身支度を整えたが、エリルローゼは自分の姿ばかり気にしてアイラのことは見ていなかった。
サドレの山岳要塞の主ゲインはセシルを傍に置いていたが、ようやく闘技場の舞台裏での騒ぎを知り、兵たちを連れ駆け付けた。
捕らえていた魔獣たちが逃げ出し要塞の入り口の守りさえ突破されていた。
逃げた奴隷はもったいなかったと、ため息をついたゲインだったが、その向こうから現れた美女に目を見張った。
辺り一面血だらけで、死骸だらけだ。
糞尿壺も倒され、悪臭も漂う。
そんな中現れた美女は金糸の髪を豊かにおろしまるでそこが大理石の上であるかのように滑るような所作で近づいてきた。
純白のドレス一枚で天空から現れた女神のように見えたのだ。
ゲインは生唾を飲み込んだ。
こんな奴隷がいただろうかと思った。
美女は近づいてくると優雅なお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。私、そこのセシルの姉でアイラと申します。
母と妹を追いかけてきましたの。
どうか私もお傍に置いて頂けませんか?」
落ち着いた静かな声音と、肝の据わった物腰に、ゲインは舌なめずりをした。
セシルのことなどもう眼中になかった。
ましてや美女の後ろから現れた年増のかつての美女に関心が向くはずもない。
「国に帰れば殺されてしまいますの。罪人の家族は皆殺し。
セイレン国の鉄の掟。聞いたことがありますでしょう?
それなのに母も妹も私を置いていってしまって、悔しいと思いません?だから、私を一番にお傍においてくださいません?」
「なんですってっ!」
ゲインの後方に張り付くように控えていたセシルが叫んだ。
と、同時に後ろも見ずにゲインの腕が飛び、セシルは顔を叩かれ、後ろにあっさり倒れる。
「これはお前のしわざか?」
声も無く地べたに這いつくばるセシルを振り返ろうともせず、ゲインはじっとりとアイラを見つめながら問いかけた。
ゲインの言葉にアイラはまるで華やかな王宮にいるかのように微笑んだ。
「母の檻を探して全部の檻を開けてしまいました。皆親切で私が微笑めば全部開けてくれましたよ」
そうだろうとゲインは素直に思ったのだ。
静まり返ったアイラの表情に浮かぶ微笑みは、魔性のものに見えた。
「俺の女になるのか?」
アイラの後ろではエリルローゼが自慢の胸を高くあげ、金色の髪をかきあげていたが、ゲインの目にはアイラしか映っていなかった。
「一番にしてくださいます?」
「いいだろう」
大股で近づき、ゲインは毛むくじゃらの太い腕でアイラを抱き寄せた。
その得も言われぬ甘い香りを思う存分吸い込むと、ゲインは魂まで吸い込まれてしまいそうな気がしたのだ。
「お前が俺の一番だ」
エリルローゼの悔しがる声もセシルが顔を抑えて起き上がり、ぎりぎりと奥歯を鳴らす音もアイラは聞き流した。
「ではさっそくお願いです。母とセシルは二番か三番でお願いします。傍においてください。心配なのです」
ゲインは武人でありずんぐりとした巨漢であった。
毛むくじゃらの丸太のような太い体と向き合うとアイラはまるで子供のように小さく見える。
アイラはつま先立ちで伸びあがり、何かを囁こうと口を開いた。
さっそく愛妾から秘密の話があるのかと察し、ゲインもアイラの声が届くように腰を屈める。
「寝室で見せつけてやりたいのです。私が一番だと……」
囁いたアイラにゲインは悦に入ったように笑った。
その夜を待たず、ゲインは太い腕にアイラを抱いて寝台にあがり、貪るようにアイラの体を抱いた。
欲望が多少静まるかと思ったが、謎めいたアイラの眼差しに魅せられ、当分手放せない女になるだろうと思ったのだ。
アイラが連れ込まれた山岳要塞の最上階の寝室には大きな窓がついていた。
ごつごつとした岩山に挟まれ、その景観も空とそそり立つ岩肌ばかりだ。
室内に置かれた家具は質の良い物らしかったが、武人のものらしくごてごてとした装飾を一切廃したさっぱりしたものだった。
女性の好みに合いそうなものは一切なかったが、アイラは何も欲しがらず、ゲインが入ってくるとうれしそうに歩み寄り、その腕に抱かれると静かに魔性の微笑みを浮かべた。
寝台の上で抱かれるときも控えめで、小さな嬌声は上げたが、露骨に誘ってくるようなことはしなかった。
明るいところでゲインが抱こうとすれば恥じらうように胸元を隠し、目を伏せて顔を赤らめた。
ゲインは若く美しい体に夢中になった。
同時にその欲のないところも気に入ったのだ。
セシルと母親は同じ部屋にいて、声がかかるのを待っていた。
アイラが抱かれているのを見ると悔しがり、煮えるような目をして睨みつけた。
時々アイラはゲインに母か妹も抱いてあげてくださいとお願いをした。
宝石もドレスもねだらず、欲しがるのはそんなものばかりなのだ。
アイラは椅子に座り、ゲインがエリルローゼかセシル、どちらを選ぶのかじっと見つめていた。
大抵はセシルだった。
やはり若いからだ。
セシルは大喜びで必死にゲインに気に入られようと奉仕したが、時折ゲインはアイラがこちらを見ているだろうかと確認した。
椅子に座っているアイラはゲインと視線が合うたびに、私のお願いを聞いて下さりありがとうございますというように微笑んだ。
セシルはまるでおこぼれをもらっているようであり、悔しがった。
ついに、セシルは密偵でセイレン国に来ていたイーサンの元に嫁がせてほしいと願い出た。
すると、ゲインは冷たく、イーサンはまた別の国の密偵として旅立ったと告げたのだ。
セシルは悔しそうに足を踏み鳴らした。
アイラは岩と空以外何も見えない窓辺に立ち、よく外を眺めた。
ゲインはその腰を抱いて後ろに立ち、何を見ているのかと問いかけた。
「国を懐かしんでおりました。戻れば死ななければなりません。
ゲイン様にお会いできなければ私は今頃首一つだったかもしれませんわ」
ゲインはその体を抱きしめ、たくさんの口づけを落とした。
またある夜、アイラはゲインに抱かれながらそっと首を巡らし、悔しそうな目でこちらを見ているエリルローゼに視線を向けた。
「ゲイン様、お願いがございます」
また妹か母を抱けというのかと、ゲインはわかっているぞと口元を緩めた。
家族を憎んでいるのか、それとも憐れんでいるのかわからなかった。
「なんだ?」
「もし、私が母やセシルのようになったら殺してください。
迷惑に思われながらお傍にいたくないのです」
蒼白になったのはエリルローゼとセシルだった。
ゲインは本気で言っているのかとアイラを見下ろし、静かな瞳の中にわずかな曇りもないとみると神妙な顔になった。
「不思議だな。そんなことを言う女は一人もいなかった」
「飽きたら殺してくださっても構いませんよ」
アイラはひっそりと言ったのだ。
アイラがゲインと寝室を共にしない時、エリルローゼとセシルは別の部屋に入れられていた。
まるで罪人のような扱いに二人は怒り心頭だった。
二人で協力してアイラを蹴落とそうと話し合ったが、セシルは一度エリルローゼを裏切っていたし、セシルもまた、エリルローゼが一度自分を裏切った相手を信用しないことを知っていた。
互いに協力し合うことなど不可能だったのだ。
そんな二人の部屋にアイラが訪ねてきた。
掴みかかり、美しい顔を引き裂いてやろうかと睨みつけた母と妹だったが、そんなことをすればあっという間に見張りの兵士に殺されてしまうこともわかっていた。
ゲインはどう見てもアイラに夢中であったのだ。
「何をしに来たのよ」
鋭いセシルの声に気圧される様子もなく、アイラは静かに問いかけた。
「とりあえずお二人が殺されないようにゲイン様にあのように言って傍においてもらいましたが、ずっとこのままというわけにもいかないでしょう。
私が出来ることは何かありますか?」
エリルローゼとセシルは意表を突かれ、思わず顔を見合わせた。
「ゲイン様が私に飽きれば私の言葉も軽くなり、お二人はもういいだろうと殺されてしまうかもしれない。その前に身の振り方を考えた方がいいと思うのです」
アイラが敵だと疑わなかった二人はその言葉の意味を捉えかねて戸惑いの表情を浮かべた。
確かに、アイラが二番目と三番目の女として傍においてほしいといわなければ用なしとされていたかもしれないのだ。
「お二人は戦士とは違い、誰かに守られ囲われないと生きていけないのでしょう?
お金もドレスもない世界に放り出されたらどうしていいかわからないのでしたら、どなたかに縁づけをお願いした方がいいでしょうか?」
二人の目が輝いた。
一人の夫を手懐けるのであれば簡単だと思ったのだ。
そこから浮気相手を探し、自分の協力者を増やせばまたちやほやされる生活に戻れると顔を輝かせた。
心にひっかかるとすればどうあがいてもアイラより上の身分に立てないことだった。
それでも、サドレ国の貴族はゲインだけではない。
王宮に夫について行く用事が出来ればサドレの城内で思いのまま男を漁れるかもしれないのだ。
「ただ、どなたか良い方をと言っても、私が相手を選べるわけではありません。
ゲイン様が身分の低い者を選ぶ可能性もありますけど……」
「なんとかしなさいよ!」
エリルローゼの怒気を含んだ言葉に、アイラは困ったように頷いた。
「がんばってみますが、どうかお二人とも余計な発言をしないようにしてください」
その夜、アイラはゲインを寝室で迎え入れ大きな体に組み敷かれながら甘い声を上げた。
大きく股を開き、苦痛の声を堪えながらゲインに微笑みかける。
「ゲイン様……」
一息入れたゲインはアイラの甘えるような声に気持ちが高揚した。
寝室にはアイラのためにと取り寄せたドレスや珍しい焼き菓子、装飾品が積まれるようになったが、アイラはどれにも関心を示さなかったのだ。
欲のないところも良いと思っていたが、今ではアイラの喜ぶ顔が見たくてたまらなくなっていた。
「欲しいものがやっと出来たか?」
セシルとエリルローゼを抱くのはうんざりだと思い始めていたゲインは愛妾の願いをかなえようと声を弾ませた。
悪い体ではないが、アイラの母と妹だというのに、なぜか抱いてもひどくつまらない。
反応も悪くないし、奉仕もするが、どうにも心が満たされない。
心の無い人形を抱いているようであった。
アイラもゲインにとっては道具のようなものだが、その腕に抱くと不思議と心まで癒されるような気がしたのだ。
この女なら妻にしてもいいかもしれないとゲインは密かに考えていた。
「心配なのです。母と妹のことが。
心弾まない様子のゲイン様に面倒をみて頂くのも心苦しく、かといって異国の地で放り出すわけにはいきません。
やはりなんといっても私の家族なのです。
ですから、どうか私が会えるほどの身分の方と縁づけをして頂けないでしょうか?
ゲイン様からの下賜であれば喜んでもらってくださる方もいるのではありませんか?」
また家族のことかとゲインは思ったが、抱いてほしいという望みよりはましであった。
「そうだな。考えてみよう」
「早い方がいいですわ。その、そうすれば二人きりになれますよね」
そのアイラの言葉はゲインを喜ばせたのだ。
ゲインはすぐに王宮に勤める文官の一人と国の反対側の要塞にいる昔なじみのところに送ると決めた。
一人は女癖が悪いが女の世話はお手の物だ。
妻が既に二人いる。
一人は老いているが安定した収入があり、年増の妻ぐらいは面倒みられる。
エリルローゼは鼻に皺を寄せたが文句は言わなかった。
セシルも既に二人も妻がいる男のところだと聞くと、絶対に一番の妻になろうと闘志を燃やした。
こうしてアイラの傍から母と妹は姿を消した。
エリルローゼはそれをひったくるように掴むと、自身が最も魅力的に見えるように胸元のリボンを外したり、ウエストを締め付けたりと工夫しながら身にまとった。
アイラも身支度を整えたが、エリルローゼは自分の姿ばかり気にしてアイラのことは見ていなかった。
サドレの山岳要塞の主ゲインはセシルを傍に置いていたが、ようやく闘技場の舞台裏での騒ぎを知り、兵たちを連れ駆け付けた。
捕らえていた魔獣たちが逃げ出し要塞の入り口の守りさえ突破されていた。
逃げた奴隷はもったいなかったと、ため息をついたゲインだったが、その向こうから現れた美女に目を見張った。
辺り一面血だらけで、死骸だらけだ。
糞尿壺も倒され、悪臭も漂う。
そんな中現れた美女は金糸の髪を豊かにおろしまるでそこが大理石の上であるかのように滑るような所作で近づいてきた。
純白のドレス一枚で天空から現れた女神のように見えたのだ。
ゲインは生唾を飲み込んだ。
こんな奴隷がいただろうかと思った。
美女は近づいてくると優雅なお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。私、そこのセシルの姉でアイラと申します。
母と妹を追いかけてきましたの。
どうか私もお傍に置いて頂けませんか?」
落ち着いた静かな声音と、肝の据わった物腰に、ゲインは舌なめずりをした。
セシルのことなどもう眼中になかった。
ましてや美女の後ろから現れた年増のかつての美女に関心が向くはずもない。
「国に帰れば殺されてしまいますの。罪人の家族は皆殺し。
セイレン国の鉄の掟。聞いたことがありますでしょう?
それなのに母も妹も私を置いていってしまって、悔しいと思いません?だから、私を一番にお傍においてくださいません?」
「なんですってっ!」
ゲインの後方に張り付くように控えていたセシルが叫んだ。
と、同時に後ろも見ずにゲインの腕が飛び、セシルは顔を叩かれ、後ろにあっさり倒れる。
「これはお前のしわざか?」
声も無く地べたに這いつくばるセシルを振り返ろうともせず、ゲインはじっとりとアイラを見つめながら問いかけた。
ゲインの言葉にアイラはまるで華やかな王宮にいるかのように微笑んだ。
「母の檻を探して全部の檻を開けてしまいました。皆親切で私が微笑めば全部開けてくれましたよ」
そうだろうとゲインは素直に思ったのだ。
静まり返ったアイラの表情に浮かぶ微笑みは、魔性のものに見えた。
「俺の女になるのか?」
アイラの後ろではエリルローゼが自慢の胸を高くあげ、金色の髪をかきあげていたが、ゲインの目にはアイラしか映っていなかった。
「一番にしてくださいます?」
「いいだろう」
大股で近づき、ゲインは毛むくじゃらの太い腕でアイラを抱き寄せた。
その得も言われぬ甘い香りを思う存分吸い込むと、ゲインは魂まで吸い込まれてしまいそうな気がしたのだ。
「お前が俺の一番だ」
エリルローゼの悔しがる声もセシルが顔を抑えて起き上がり、ぎりぎりと奥歯を鳴らす音もアイラは聞き流した。
「ではさっそくお願いです。母とセシルは二番か三番でお願いします。傍においてください。心配なのです」
ゲインは武人でありずんぐりとした巨漢であった。
毛むくじゃらの丸太のような太い体と向き合うとアイラはまるで子供のように小さく見える。
アイラはつま先立ちで伸びあがり、何かを囁こうと口を開いた。
さっそく愛妾から秘密の話があるのかと察し、ゲインもアイラの声が届くように腰を屈める。
「寝室で見せつけてやりたいのです。私が一番だと……」
囁いたアイラにゲインは悦に入ったように笑った。
その夜を待たず、ゲインは太い腕にアイラを抱いて寝台にあがり、貪るようにアイラの体を抱いた。
欲望が多少静まるかと思ったが、謎めいたアイラの眼差しに魅せられ、当分手放せない女になるだろうと思ったのだ。
アイラが連れ込まれた山岳要塞の最上階の寝室には大きな窓がついていた。
ごつごつとした岩山に挟まれ、その景観も空とそそり立つ岩肌ばかりだ。
室内に置かれた家具は質の良い物らしかったが、武人のものらしくごてごてとした装飾を一切廃したさっぱりしたものだった。
女性の好みに合いそうなものは一切なかったが、アイラは何も欲しがらず、ゲインが入ってくるとうれしそうに歩み寄り、その腕に抱かれると静かに魔性の微笑みを浮かべた。
寝台の上で抱かれるときも控えめで、小さな嬌声は上げたが、露骨に誘ってくるようなことはしなかった。
明るいところでゲインが抱こうとすれば恥じらうように胸元を隠し、目を伏せて顔を赤らめた。
ゲインは若く美しい体に夢中になった。
同時にその欲のないところも気に入ったのだ。
セシルと母親は同じ部屋にいて、声がかかるのを待っていた。
アイラが抱かれているのを見ると悔しがり、煮えるような目をして睨みつけた。
時々アイラはゲインに母か妹も抱いてあげてくださいとお願いをした。
宝石もドレスもねだらず、欲しがるのはそんなものばかりなのだ。
アイラは椅子に座り、ゲインがエリルローゼかセシル、どちらを選ぶのかじっと見つめていた。
大抵はセシルだった。
やはり若いからだ。
セシルは大喜びで必死にゲインに気に入られようと奉仕したが、時折ゲインはアイラがこちらを見ているだろうかと確認した。
椅子に座っているアイラはゲインと視線が合うたびに、私のお願いを聞いて下さりありがとうございますというように微笑んだ。
セシルはまるでおこぼれをもらっているようであり、悔しがった。
ついに、セシルは密偵でセイレン国に来ていたイーサンの元に嫁がせてほしいと願い出た。
すると、ゲインは冷たく、イーサンはまた別の国の密偵として旅立ったと告げたのだ。
セシルは悔しそうに足を踏み鳴らした。
アイラは岩と空以外何も見えない窓辺に立ち、よく外を眺めた。
ゲインはその腰を抱いて後ろに立ち、何を見ているのかと問いかけた。
「国を懐かしんでおりました。戻れば死ななければなりません。
ゲイン様にお会いできなければ私は今頃首一つだったかもしれませんわ」
ゲインはその体を抱きしめ、たくさんの口づけを落とした。
またある夜、アイラはゲインに抱かれながらそっと首を巡らし、悔しそうな目でこちらを見ているエリルローゼに視線を向けた。
「ゲイン様、お願いがございます」
また妹か母を抱けというのかと、ゲインはわかっているぞと口元を緩めた。
家族を憎んでいるのか、それとも憐れんでいるのかわからなかった。
「なんだ?」
「もし、私が母やセシルのようになったら殺してください。
迷惑に思われながらお傍にいたくないのです」
蒼白になったのはエリルローゼとセシルだった。
ゲインは本気で言っているのかとアイラを見下ろし、静かな瞳の中にわずかな曇りもないとみると神妙な顔になった。
「不思議だな。そんなことを言う女は一人もいなかった」
「飽きたら殺してくださっても構いませんよ」
アイラはひっそりと言ったのだ。
アイラがゲインと寝室を共にしない時、エリルローゼとセシルは別の部屋に入れられていた。
まるで罪人のような扱いに二人は怒り心頭だった。
二人で協力してアイラを蹴落とそうと話し合ったが、セシルは一度エリルローゼを裏切っていたし、セシルもまた、エリルローゼが一度自分を裏切った相手を信用しないことを知っていた。
互いに協力し合うことなど不可能だったのだ。
そんな二人の部屋にアイラが訪ねてきた。
掴みかかり、美しい顔を引き裂いてやろうかと睨みつけた母と妹だったが、そんなことをすればあっという間に見張りの兵士に殺されてしまうこともわかっていた。
ゲインはどう見てもアイラに夢中であったのだ。
「何をしに来たのよ」
鋭いセシルの声に気圧される様子もなく、アイラは静かに問いかけた。
「とりあえずお二人が殺されないようにゲイン様にあのように言って傍においてもらいましたが、ずっとこのままというわけにもいかないでしょう。
私が出来ることは何かありますか?」
エリルローゼとセシルは意表を突かれ、思わず顔を見合わせた。
「ゲイン様が私に飽きれば私の言葉も軽くなり、お二人はもういいだろうと殺されてしまうかもしれない。その前に身の振り方を考えた方がいいと思うのです」
アイラが敵だと疑わなかった二人はその言葉の意味を捉えかねて戸惑いの表情を浮かべた。
確かに、アイラが二番目と三番目の女として傍においてほしいといわなければ用なしとされていたかもしれないのだ。
「お二人は戦士とは違い、誰かに守られ囲われないと生きていけないのでしょう?
お金もドレスもない世界に放り出されたらどうしていいかわからないのでしたら、どなたかに縁づけをお願いした方がいいでしょうか?」
二人の目が輝いた。
一人の夫を手懐けるのであれば簡単だと思ったのだ。
そこから浮気相手を探し、自分の協力者を増やせばまたちやほやされる生活に戻れると顔を輝かせた。
心にひっかかるとすればどうあがいてもアイラより上の身分に立てないことだった。
それでも、サドレ国の貴族はゲインだけではない。
王宮に夫について行く用事が出来ればサドレの城内で思いのまま男を漁れるかもしれないのだ。
「ただ、どなたか良い方をと言っても、私が相手を選べるわけではありません。
ゲイン様が身分の低い者を選ぶ可能性もありますけど……」
「なんとかしなさいよ!」
エリルローゼの怒気を含んだ言葉に、アイラは困ったように頷いた。
「がんばってみますが、どうかお二人とも余計な発言をしないようにしてください」
その夜、アイラはゲインを寝室で迎え入れ大きな体に組み敷かれながら甘い声を上げた。
大きく股を開き、苦痛の声を堪えながらゲインに微笑みかける。
「ゲイン様……」
一息入れたゲインはアイラの甘えるような声に気持ちが高揚した。
寝室にはアイラのためにと取り寄せたドレスや珍しい焼き菓子、装飾品が積まれるようになったが、アイラはどれにも関心を示さなかったのだ。
欲のないところも良いと思っていたが、今ではアイラの喜ぶ顔が見たくてたまらなくなっていた。
「欲しいものがやっと出来たか?」
セシルとエリルローゼを抱くのはうんざりだと思い始めていたゲインは愛妾の願いをかなえようと声を弾ませた。
悪い体ではないが、アイラの母と妹だというのに、なぜか抱いてもひどくつまらない。
反応も悪くないし、奉仕もするが、どうにも心が満たされない。
心の無い人形を抱いているようであった。
アイラもゲインにとっては道具のようなものだが、その腕に抱くと不思議と心まで癒されるような気がしたのだ。
この女なら妻にしてもいいかもしれないとゲインは密かに考えていた。
「心配なのです。母と妹のことが。
心弾まない様子のゲイン様に面倒をみて頂くのも心苦しく、かといって異国の地で放り出すわけにはいきません。
やはりなんといっても私の家族なのです。
ですから、どうか私が会えるほどの身分の方と縁づけをして頂けないでしょうか?
ゲイン様からの下賜であれば喜んでもらってくださる方もいるのではありませんか?」
また家族のことかとゲインは思ったが、抱いてほしいという望みよりはましであった。
「そうだな。考えてみよう」
「早い方がいいですわ。その、そうすれば二人きりになれますよね」
そのアイラの言葉はゲインを喜ばせたのだ。
ゲインはすぐに王宮に勤める文官の一人と国の反対側の要塞にいる昔なじみのところに送ると決めた。
一人は女癖が悪いが女の世話はお手の物だ。
妻が既に二人いる。
一人は老いているが安定した収入があり、年増の妻ぐらいは面倒みられる。
エリルローゼは鼻に皺を寄せたが文句は言わなかった。
セシルも既に二人も妻がいる男のところだと聞くと、絶対に一番の妻になろうと闘志を燃やした。
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