精霊の森に魅入られて

丸井竹

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67.成し遂げたこと

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ノーラ山の中腹からふもとにかけて広がる豊かな森には、子供たちの楽しそうな笑い声が溢れていた。
そのほとんどがアルノが面倒をみている子供たちで、契約師の卵だった。

季節は冬で、そこかしこに、雪の彫刻が作られている。
氷で出来ているものもあり、子供達は何かの目印のように配置されたそれらの彫刻を追いかけ、森の中に入っていく。

ふいに現れる空き地には、雪の滑り台もある。
大人が本気で作ったその滑り台にも、不思議な模様が彫られている。

それらは全て、契約師になるために丸暗記しなければならない分厚い書物から写された文様や精霊言語で、子供達は森の中で遊びながらその形状を学んでいた。

決まった期間に全て覚えられない場合は、遊び場である精霊の森を出されてしまう。
いつまでも皆と遊んでいたい子供達は協力し合い、せっせと森に隠された文様や文字を暗記していく。

覚えきれなかった子供にも次の機会がある。
聖騎士になれば、世話人として戻ってこられる。
あるいは騎士になり、森の守護者になる道もある。

子供達の訓練には本物の聖騎士と騎士達が携わり、階級を決める試験もあった。
最終試験に合格できなければ、どちらの騎士団にも入ることは出来ず、さすがにノーラ山には戻ってこられない。

ノーラ山を離れたくない子供達は、用意された道に必死にしがみついた。
この仕組みを思いついたアルノは、大人になってから、ようやく子供時代を取り戻した。

きっかけはゼインとニルドが大きな滑り台を作った日のことだった。息子が厳しい契約師の修行をすることになることに思い悩んでいたアルノは、滑り台のつるつるした表面を見て、遊びながら学ぶ方法をひらめいたのだ。

ニルドもアルノの思い付きに賛同し、ロタ村の住人たちの手を借りて、様々な遊び道具を作り始めた。
精霊書の内容を遊具に刻むためにクシールも協力した。
教会の建築や内装、修理を担当する僧侶たちが派遣されてきたのだ。

アルノも一緒に遊べるようにと、遊具は全て頑丈に作られ、一番最初は必ずアルノが乗って確かめた。

ゼインは誰よりも子供の世話をしてきたことですっかり子供に慣れ、アルノのもとに連れて来られる子供達全員に剣の使い方や馬の乗り方を教え、さらに性技以外の世話人の仕事を教えた。

クシールは孤児院から素質のありそうな子供を連れてくるばかりで、教育はすっかりアルノとゼイン、それからノーラ山に住む人たちに丸投げだった。

町に下りたロタ村の住人達はすっかり山に戻ってきて、城の管理や岩ベリーの酒造り、それから子供達の世話や遊具の点検や修理といった仕事に従事することになり、その家族たちもまたロタ村に住むようになった。

子供の世話に関してはニルドが責任者だったが、そのほかの仕事に関しては学校を卒業したクレンが引き受けることになった。同時に、アルノはクレンに城を譲り渡した。

誰かが、自分もアルノの子供として引き取られたかったとぼやいたが、城を譲られたからには、かかる経費を稼ぐ必要がある。
宿や酒造りを主な柱として、新たな事業を模索する必要もあり、簡単な仕事ではなかった。

賑やかになった森には、雪狼も頻繁に現れるようになった。
ときどきふらりと現れる雪狼は、子供達にしがみつかれるたびに、大人達の傍にきて子供を振り落とし、逃げるように森に姿を消していった。

子供の雪狼がくることもあり、そうした時は、おいかけっこをする子供たちの声がひときわ元気に森に響き渡った。

森で遊ぶうちに、本当に危険な獣に遭遇することもあったが、それは森で生きる以上、仕方のないことだった。
十分な対策はとったが、身を守れなかった者は死ぬしかなかった。
そこには、過酷な契約師の修行の本質があった。

一人で森に入り、何か月も暮らせるような精霊に愛された子供だけが、優秀な契約師になれる。
一流になれなくても、ある程度の品質の契約紙を作ることが出来れば、それは一般市民用に販売も可能だった。

アーダン国のユアンジール王との交流も順調に続き、アルノは招待されてたびたび聖なる山に登り、精霊の木から雫を収穫して持ち帰った。
そこで、同じように招待されたトレイア国の契約師と出会い友達になった。

互いに人と一緒にいることが苦手で、年に一度顔を合わせる程度の関係が丁度良かった。
同じ価値観を持つ友人と、アルノは山頂で出会い、黙々と雫を集め、神聖な空気を吸って帰ってきた。

契約師になりたいと望む子供は増えたが、子供時代が終わる寸前に、訪れる試験もまた、本来の契約師の生活同様、厳しいものだった。
最後には分厚い書物の全てを暗記出来ていなければならないし、マカの実を見つけ、一人で宣誓液を作り、契約紙に正確な文様を写し込むところまで出来て、ようやく契約師の入り口に立つことが出来たのだ。

その道は孤独で、精霊たちに寄り添うものでなければならなかった。

大人になりきれず、あがいてきたアルノは、いつまでも幼い心を持ち、ゼインを困惑させることもあったが、ゼインはそんなアルノに辛抱強く寄り添った。
最初それはニルドの役割にみえたが、ニルドの方がアルノを深く理解している部分があることにゼインが意外にも嫉妬し、決闘になりかけたのだ。

冷静さを失い、本気で人を愛し始めたゼインの姿にクシールは安心し、肩の荷が下りたと笑って言った。

失った子供時代は戻らないと思ってきたが、その孤独な魂を慰めることは可能だった。
容赦なく進み続ける時間と無邪気な子供たちが、傷ついた大人達にそれを教えた。

普通の愛を知る素朴な村人たちもまた、傷ついた人々を支える方法を学んでいった。




――


久しぶりに城の寝室で目覚めたアルノは、心地良いぬくもりの中で小さく身動きした。

「もう起きたのか?勤勉だな……」

背後からゼインの声がして、首筋に唇が押し付けられる。

優秀な世話人を振り返り、アルノはゼインに甘く微笑んだ。
宣誓液を作るため、五日も森にこもっていたアルノは、戻ってきてすぐに契約紙を仕上げにかかった。
二枚作成したところで、糸が切れたように眠りに落ちてしまったのだ。

それなのに、全身はさっぱりと洗われ、清潔な寝着を身に着けている。

「子供達は城だ。ユアンジール様と楽しい時間を過ごしている」

アルノは優秀過ぎるゼインに感嘆の眼差しを向ける。

「今日は正式な訪問だ。同盟記念式典もあるし交流会もある」

ユアンジールはまだ独身で、何かと理由をつけては頻繁にトレイア国に足を運んでくる。
アルノの子供達とも良好な関係を築いており、来年までにアルノの娘がマカの実を見つけられなければ、ユアンジールが保護者代わりとなり、娘をアーダン国に連れていくことになっていた。

契約師がだめなら、精霊師になりたいという娘の希望によるものだった。

ゼインが強く娘の背中を押したのだ。

王位には精霊に最も愛されている者を置く必要があると公言していることから、ユアンジール王は精霊師から王を選ぶのではないかと噂されている。

次代の王が誰になるのかわからないが、アルノの娘がその王の伴侶に選ばれることになれば、アーダン国とトレイア国はさらに強固な絆で結ばれることになる。
国としては、今度こそ血による結びつきを期待したいところだった。

「クシールはなぜか確信をもって望みはないと言っていたが、俺はユアンジール王に望まれることも考えたいところだ」

国の利益のため、色々考えている様子のゼインをつまらなそうに見て、アルノは唇を尖らせた。

「ゼインも勤勉ね。別に私たちの子供でなくても、他の契約師の子供を嫁がせてもいいでしょう?」

精霊師と契約師は似たような仕事でありながら、その力の入手方法は大きく異なる。
契約師は契約紙を作るだけであり、精霊の力自体は使えない。

精霊師はただ精霊の雫により力を得る者であり、精霊言語を習得し、身を清め続けることだけでその力を操ることが出来る。
簡単そうに思えるが、精霊師が力を使うためには、契約師以上に精霊の加護を願う必要があり、その修業はやはり過酷なものだ。

「もちろん、道を決めるのは子供達自身だ。そう話し合ったはずだろう?」

本当に余計な口出しはしないのかと疑うような顔をしたアルノに微笑みかけ、ゼインはアルノを仰向けに押し倒した。

その手はもうアルノの体をまさぐり始めている。

「アルノ、今日の交流会だが、ユアンジール様には欠席すると伝えてある」

華やかな席も、人が多い場所もアルノは苦手だ。
ユアンジールも十分にそれを理解している。

「とはいえ、大事な式典に城にいるのに出席しないというのも体裁が悪い」

怒った顔を滅多に見せなくなったアルノの頬を抱き、ゼインは唇を奪うと、そのまま豊かな胸にしゃぶりついた。

「アルノ……今日は冒険に行こう。ノーラ山のまだ見たことのない場所に、隠れ家を作るのはどうだ?」

宣誓液を作る洞が満員状態になり、新たな場所を探している最中だった。

「うれしい。温かな毛布を持って行ってもいいでしょう?」

子供達にはせめて毛布にくるまって寝てもらいたいと、アルノが質素な生活をさせようとするクシールと喧嘩をし、勝ち取った権利だった。
子供のようにはしゃぐアルノを抱きしめ、ゼインは熱く耳元で囁いた。

「もちろん。こっそり寝袋用のマットも持って行こう」

「贅沢ね」

二人は目を合わせ、小さく笑い合う。
本格的に、ゼインはアルノの体を抱きにかかった。

何日も森にこもってしまうアルノとの夜は貴重であり、一緒にいられる限り、ゼインはアルノを抱いていたがった。
孤独を愛するアルノは、その点ではゼインに合わせる必要があった。

互いに歩み寄ることを学び、その絆は今度こそ深まっている。

「アルノ……」

熱く名前を囁かれ、アルノは両手を広げてゼインを受けとめた。
甘い愛撫を始めたゼインは、乳房を舐めながら、思い出したように目を上げた。

「そういえば、ニルドが結婚するらしい」

「え?!そうなの?結婚は考えていないと言っていたのに」

「夫が亡くなって、イライザ姫が押しかけてきたらしい」

イライザ姫は若くして、七十近い夫に嫁がされたと聞いていたが、ついにその夫が死んだのだ。

「また振り回されて捨てられたりしないのかしら……」

心配そうなアルノの両足を、ゼインが持ち上げた。
と、昨夜の名残がとろとろと溢れ出した。

「ああ、これはまずいな」

ゼインがテーブルに手を伸ばし、柔らかな布を取り上げた。

「恥ずかしい……」

股間を拭かれそうになり、さすがに自分でやりたいとアルノが足を閉じようとする。
それを軽々と押さえ込み、ゼインはカーテンから差し込む朝の光の中で、アルノの中をじっくりと観察し、柔らかな布で拭い始めた。

「ゼイン……どうして、そんなことをするの?」

恥ずかしさにアルノは身をよじる。

「俺にはないものだからかな。とても美味しそうだ」

「食べないでよ……」

恥ずかしさで、アルノは毛布を引き寄せ顔を隠した。
ゼインが優しい手つきでアルノの中まで拭う。

「イライザ姫も昔とは違う。ニルドの前に這いつくばって、もう一度機会が欲しいと額を地面につけたらしい。亡き夫にも許可を得ているから、自分の城に来て欲しいと迫ったとか」

「ついにニルドも自分の城を持てるのね」

妻のものは夫のものだ。
欲のかけらもない能天気なニルドの顔を思い出し、アルノは思わず笑いだした。

「あの無邪気な強姦魔も、ついに愛を見つけるのかしら」

突然毛布が跳ねのけられた。
目を瞬かせるアルノの前に、怒りに満ちたゼインの顔があった。

「強姦魔だと?どういうことだ?」

アルノの初体験の相手がニルドであり、しかも睡眠中に行われたなどとは露ほども知らないゼインは、低く抑えた声に物騒な殺気を孕ませる。

「こ、子供の時のことよ」

「子供の時?しかし君は、俺が初めてで……」

確かに出血はあったが、あれが純潔の証であったのか、それとも乱暴な行為故のものだったのか、それはもうわからない。
それにニルドに純潔を奪われたと言っても、アルノには自覚のない話であり、ニルドの証言しか証拠はないのだ。
どこでアルノが純潔を失ったのか、明確な答えを出すのは難しい。

「じょ、冗談よ!すごいもてていたっていうだけの話」

なんとか曖昧にしてごまかそうとするが、どうしてもアルノは目を逸らしてしまう。

「本当か?」

脅すような低い声音で問いかけながら、ゼインはアルノの中に深く腰を押し込んだ。
湿り気がなくなっていたそこに、少しだけ痛みが走る。

「んっ……」

激しく腰を叩きつけ始めたゼインを見上げ、アルノは久しぶりに怒った顔になった。
その頬を抱き、ゼインは乱暴に唇を奪う。

その表情はやはり苦痛に歪み、獣のような鋭い目が殺気を秘めて燃えている。

しかし射抜くような鋭い目は次第にやわらぎ、乱暴に腰を動かしながら、その手つきは繊細なほど優しいものに変わっていく。
そんなゼインの姿に、アルノは胸を熱くさせ、幸福な吐息をついた。

ゼインの心に刻まれた苦痛も怒りも、全てアルノが何年もかけて癒してきたのだ。
それは上質な契約紙を作るよりも、ずっと誇らしく、自分の人生において最も価値がある行為のような気がした。

ゼインは執着とも言えるほどの愛を見つけ、アルノも自分だけの幸せを手に入れた。
魂を癒し、心を満たす愛の行為は、多少の痛みがあっても止めるべきではない。

「ゼイン、もっと強く抱いて」

当然そうするつもりだと言わんばかりに、ゼインはアルノを抱きしめ、その乳房に噛みつき、しゃぶりつきながらベッドを軋ませる。

アルノは痺れるような甘い快感に酔いしれ、その幸福をゼインに余さず伝えようと、傷だらけの背中を強く、強く抱きしめた。

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