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68.繋ぐ人
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ざくざくと土を踏む音を心地良く聞きながら、アルノは春を迎えた森の中を歩いていた。
どこまでも同じような景色が続いているように見えるが、森には様々な情報が隠されている。
獣たちが使う道は固く踏み固められているし、間伐は押しのけられ、茂みの葉はむしられている。
雨水がたまり沼になりかけている場所は周りの土を巻き込み陥没する恐れがあるし、岩だらけの場所には毒蛇が潜んでいることもある。
雪解け水で出来た川の痕跡があれば、土砂崩れにも用心しなければならない。
注意深く目を配っていてさえ、地面に隠れている全ての危険から逃れることは出来ない。
鋭い棘を付けた茨の枝を踏み抜き、怪我をすることもあるし、湿った地面に足をとられ、膝まで埋まることもある。
もちろん猛獣が現れることも考えられる。
雪豹や三本角の足跡や糞を見つけたら、すぐにその場を離れる必要がある。
しかしそんな危険もまた森の一部であり、歩みを止める理由にはならない。
芽吹き始めた命の声を代弁するかのように、様々な鳥のさえずりが絶え間なく聞こえている。
そこに、かすかな川音が入り込んだ。
地面が抉れ、小さな谷のようになった場所を、雪解け水が流れている。
その清らかな水音に誘われるように、アルノは急な斜面を慎重に下り始めた。
次第に大きくなる爽やかな水音が他の音を遠ざけ、川風に揺れる葉のさざなる音が新たに混ざり込む。
丁度良い倒木を見つけ、アルノはそこに腰を下ろした。
かごを地面に置こうと、視線を下げると、そこにマカの実があった。
精霊に選ばれた者の証であるそれらを素早く収穫し、宣誓の言葉を唱える。
マカの実をつけていた木が消えると、アルノはかごを大事に抱え、正面を向いた。
降り注ぐ木漏れ日の下で、濡れた苔がエメラルドのように光っている。
時折、魚の尾が澄んだ水面下で光を跳ね返す。
まだ出来たばかりの小さな川は、障害物だらけの地表を逞しく流れ落ちて行く。
岩を避け、木切れの下をかいくぐり、川をせき止めようとする落ち葉を乗り越え、曲がりくねった道筋も大胆に削り真っすぐに流れ続ける。
そんな光景をしばらく眺めていたアルノは、腰を上げてお尻の木くずを払った。
来た道を引き返すことなく、滑りやすい川沿いの斜面を慎重に登り始める。
大きな岩をいくつか乗り越え、やっと平らな地面に出ると、またのんびりと歩きだす。
見慣れた風景の中を進み、木立を抜けると朽ちかけた切り株を載せた空き地に出た。
裏側は少し抉れた崖になっている。
その下に、分厚い苔に包まれた大木が立っていた。
根元には地面に沈みこむように出来た大きな洞がある。
斜面を滑るように下りて行くと、アルノは苔に覆われた巨木の前に立った。
そこはアルノが新たに見つけた宣誓液を作るための仕事場だった。
腰を屈め、洞の中に下りて行く。
奥の壁際に、真新しい宣誓液を作るための器具が並んでいる。
かごを置き、それから小瓶や保存食、毛布などの荷物が入っている鞄を背中から下ろす。
苔の隙間に出来たひび割れから光がしみ出し、間接照明のように洞の中を淡く照らしている。
湿った土の匂いに混じり、華やかな岩ベリーの香りが漂う。
右隅の樹皮で覆われた壁に、岩べりーが実る苔が張り付いている。
実はまだ小さいが、その下には漬け込まれた岩ベリーの瓶が置かれている。
洞の中が前回来た時と変わらない状態であることを確認し、アルノは仕事の準備を始めた。
器具を並べると、もう何も考えなくても体が自然と動き出す。
昔は淫らな妄想に浸ったりもしたが、今はただ淡々と祈りの言葉を唱えるのみだ。
それは力を分けてくれる精霊たちに対し、感謝と敬意を示すことになる。
時間を忘れ作業に没頭した後、ようやく透き通った美しい金色の宣誓液が出来上がった。
小瓶に詰めると、しっかり蓋をする。
それを光にかざし、品質を確かめ、丁寧にかごに入れる。
クスリの実を齧り、空腹を和らげると、毛布を引き寄せて横たわる。
目が覚めたら、また二本目を作り、また仮眠をとる。
マカの実がなくなるまでそれを繰り返すのだ。
心地良い疲れの中、アルノは睡魔が来るまでの間、少しだけ物思いにふける。
森の静けさの中に居ると、ここを離れたくない気持ちが湧いてくる。
俗世を離れ、誰とも繋がらず、森で完結する人生があってもおかしくはない。
そんな命は森の中にいくらでもあるのだから。
契約師が誘拐される事件もあるが、本当に誘拐だろうかと考える。
仕事中の契約師に遭遇するのは稀なことだ。
宣誓液を入れる小瓶は、美しいくびれがあり、蓋にも繊細な装飾が施されている。
その丁寧な手仕事は、契約師に人の世界に属する存在であることを忘れないようにと警告しているようにも受け取れる。
自ら姿を消そうと思えば、契約師はいくらでも姿を隠せてしまう。
だけど、そんな契約師を繋ぎとめる存在が森の外で待っている。
誰かの愛や儚い友情、あるいは家族、仲間、国の利益のために契約師に関わらざるを得ない、僧侶や騎士達。
時折煩わしさを感じるが、無視できない存在であることは確かだ。
なぜなら、それが精霊の意思だと感じるからだ。
精霊もまた、人と繋がらずにはその身を守っていけない。
それ故、力を分けることで人と繋がり、精霊たちの生息地を守らせようとするのだ。
共存共栄の関係であり、その橋渡し役が精霊師であり契約師だ。
それはまるで、循環する命のように国の機能にも組み込まれている。
もちろん、それが精霊の生き残るための戦略であると確かめる術はないが、アルノはその曖昧な答えこそが、この世界の在り方ではないかと感じていた。
契約師は森に近づき過ぎれば人とはうまく繋がれなくなるし、人と繋がりすぎれば精霊の反感を買う、微妙な立ち位置にある。それは、聖なる部分と欲深い部分を併せ持つ、曖昧な存在ともいえる。
人の欲深さを持ちながら、悪にもなりきれない、そんな普通の人間が、精霊の気紛れで契約師に選ばれるのだ。
物言わぬ無数の命の気配に包まれ、アルノは深い眠りに落ちた。
二日後、アルノは全ての作業を終え、宣誓液の入ったかごを抱いて洞の底に座っていた。
宣誓液は無事に完成し、あとは帰るばかりだが、なかなか外に出て行く気になれない。
外には煩わしいことばかりが待っている。
未だに人嫌いだし、誰とも仲良くしたくない。
ゼインとの淫らな夜は好きだが、欲求が満たされてしまえば、森が恋しくなる。
黒々とした木々に囲まれた地面から見上げる夜空は最高だし、無数の命を抱えた森で感じる孤独も心地良い。
小さくため息をつき、しばらく無意味な時間を過ごすと、ようやく洞の入り口を振り返る。
と、その向こうに、大きな背中が見えた。
抉れた小さな崖とその向こうに見える晴れ渡った青空を背景に、その人物は剣を抱えて切り株に座っている。
大きな雨よけのマントを身に着けているため、体格からして男だとはわかるが、誰なのかはわからない。
洞の入り口を囲む根からぽたりぽたりと、水滴が落ちている。
よく見れば、外の景色がきらきらと光って見える。
知らぬ間に雨が降ったのだ。
アルノは腰を屈めて入り口に近づいた。
男の身に着けている雨よけのマントとフードも濡れている。
肩越しに見える剣の柄に嵌めこまれている銀色のメダルがきらりと光った。
トレイア国の聖騎士と王国騎士の剣には同じ場所に国章が刻まれたメダルがついているため、それだけで背中を向けて座っている人物を特定することは難しい。
契約師に用があり、仕事が終わるのを待っているのかもしれないし、あるいは危険がないように見張っているだけかもしれない。
いつか、アルノが契約師の資格を失えば、待っていてくれる人もいなくなる。
だけど、その時は自由に生きられる。
誰かが傍にいてくれるかもしれないし、誰もいないかもしれない。
それは、アルノにとっては、もうどうでも良いことだった。
目の前の背中を見ているうちに、いつの間にか憂鬱な気持ちは消え、外に出る覚悟が定まっていた。
アルノは、水分を含んだ清涼な森の空気を大きく吸い込んだ。
それから明るい声で外に呼びかける。
「ねぇ、荷物を運ぶのを手伝ってくれない?」
張り出した根に足をかけ、洞の外に顔を出す。
同時に、まばゆい光が視界を覆いつくした。
地面に出来た水たまりや、草木についた雨粒に反射した光が、ちょうど洞の入り口を照らしていたのだ。
眩しさで目を閉ざすと、水滴を跳ね上げ、濡れた地面を踏みしめる足音が近づいてきた。
湿った空気を肌に感じながら、薄眼を開けたアルノの前に、大きな手が差し出される。
迷わずその手を取ると、温かく力強い手が、洞の中にいたアルノを優しく地上に引き上げた。
――
隣り合うトレイア国とアーダン国は共に精霊を讃える神秘の国だ。
豊かな森と深い谷に囲まれ、姿の見えない精霊たちにより、その国土は守られている。
自然を焼き尽くすほどの兵器や残忍な企みが、たびたび精霊の森を焼き、国を破壊する。
そんな時、姿の見えない精霊達の味方になり戦う人々がいる。
その結末を精霊たちが望んでいるのかどうかはわからない。
ただその存在を信じる者達が、信念を胸に精霊の国を守り続ける。
アーダン国に精霊王の伝説があるように、トレイア国にも巨大な雪狼の伝説がある。
北のノーラ山に住むと言われるその雪狼は、まるで、姿の見えない精霊の声を代弁しているかのように、探している人の前には現れず、探していない者の前に気紛れに姿を現す。
人を襲うことなく去っていく雪狼を見れば、人はそこが精霊の国であることを思い出す。
トレイア国の雪狼と、アーダン国の精霊の山は、両国の友好関係を象徴する同盟旗に描かれ、その約束の地となったノーラ山にそびえる堅牢な城に、絶えることなく掲げられている。
(終)
どこまでも同じような景色が続いているように見えるが、森には様々な情報が隠されている。
獣たちが使う道は固く踏み固められているし、間伐は押しのけられ、茂みの葉はむしられている。
雨水がたまり沼になりかけている場所は周りの土を巻き込み陥没する恐れがあるし、岩だらけの場所には毒蛇が潜んでいることもある。
雪解け水で出来た川の痕跡があれば、土砂崩れにも用心しなければならない。
注意深く目を配っていてさえ、地面に隠れている全ての危険から逃れることは出来ない。
鋭い棘を付けた茨の枝を踏み抜き、怪我をすることもあるし、湿った地面に足をとられ、膝まで埋まることもある。
もちろん猛獣が現れることも考えられる。
雪豹や三本角の足跡や糞を見つけたら、すぐにその場を離れる必要がある。
しかしそんな危険もまた森の一部であり、歩みを止める理由にはならない。
芽吹き始めた命の声を代弁するかのように、様々な鳥のさえずりが絶え間なく聞こえている。
そこに、かすかな川音が入り込んだ。
地面が抉れ、小さな谷のようになった場所を、雪解け水が流れている。
その清らかな水音に誘われるように、アルノは急な斜面を慎重に下り始めた。
次第に大きくなる爽やかな水音が他の音を遠ざけ、川風に揺れる葉のさざなる音が新たに混ざり込む。
丁度良い倒木を見つけ、アルノはそこに腰を下ろした。
かごを地面に置こうと、視線を下げると、そこにマカの実があった。
精霊に選ばれた者の証であるそれらを素早く収穫し、宣誓の言葉を唱える。
マカの実をつけていた木が消えると、アルノはかごを大事に抱え、正面を向いた。
降り注ぐ木漏れ日の下で、濡れた苔がエメラルドのように光っている。
時折、魚の尾が澄んだ水面下で光を跳ね返す。
まだ出来たばかりの小さな川は、障害物だらけの地表を逞しく流れ落ちて行く。
岩を避け、木切れの下をかいくぐり、川をせき止めようとする落ち葉を乗り越え、曲がりくねった道筋も大胆に削り真っすぐに流れ続ける。
そんな光景をしばらく眺めていたアルノは、腰を上げてお尻の木くずを払った。
来た道を引き返すことなく、滑りやすい川沿いの斜面を慎重に登り始める。
大きな岩をいくつか乗り越え、やっと平らな地面に出ると、またのんびりと歩きだす。
見慣れた風景の中を進み、木立を抜けると朽ちかけた切り株を載せた空き地に出た。
裏側は少し抉れた崖になっている。
その下に、分厚い苔に包まれた大木が立っていた。
根元には地面に沈みこむように出来た大きな洞がある。
斜面を滑るように下りて行くと、アルノは苔に覆われた巨木の前に立った。
そこはアルノが新たに見つけた宣誓液を作るための仕事場だった。
腰を屈め、洞の中に下りて行く。
奥の壁際に、真新しい宣誓液を作るための器具が並んでいる。
かごを置き、それから小瓶や保存食、毛布などの荷物が入っている鞄を背中から下ろす。
苔の隙間に出来たひび割れから光がしみ出し、間接照明のように洞の中を淡く照らしている。
湿った土の匂いに混じり、華やかな岩ベリーの香りが漂う。
右隅の樹皮で覆われた壁に、岩べりーが実る苔が張り付いている。
実はまだ小さいが、その下には漬け込まれた岩ベリーの瓶が置かれている。
洞の中が前回来た時と変わらない状態であることを確認し、アルノは仕事の準備を始めた。
器具を並べると、もう何も考えなくても体が自然と動き出す。
昔は淫らな妄想に浸ったりもしたが、今はただ淡々と祈りの言葉を唱えるのみだ。
それは力を分けてくれる精霊たちに対し、感謝と敬意を示すことになる。
時間を忘れ作業に没頭した後、ようやく透き通った美しい金色の宣誓液が出来上がった。
小瓶に詰めると、しっかり蓋をする。
それを光にかざし、品質を確かめ、丁寧にかごに入れる。
クスリの実を齧り、空腹を和らげると、毛布を引き寄せて横たわる。
目が覚めたら、また二本目を作り、また仮眠をとる。
マカの実がなくなるまでそれを繰り返すのだ。
心地良い疲れの中、アルノは睡魔が来るまでの間、少しだけ物思いにふける。
森の静けさの中に居ると、ここを離れたくない気持ちが湧いてくる。
俗世を離れ、誰とも繋がらず、森で完結する人生があってもおかしくはない。
そんな命は森の中にいくらでもあるのだから。
契約師が誘拐される事件もあるが、本当に誘拐だろうかと考える。
仕事中の契約師に遭遇するのは稀なことだ。
宣誓液を入れる小瓶は、美しいくびれがあり、蓋にも繊細な装飾が施されている。
その丁寧な手仕事は、契約師に人の世界に属する存在であることを忘れないようにと警告しているようにも受け取れる。
自ら姿を消そうと思えば、契約師はいくらでも姿を隠せてしまう。
だけど、そんな契約師を繋ぎとめる存在が森の外で待っている。
誰かの愛や儚い友情、あるいは家族、仲間、国の利益のために契約師に関わらざるを得ない、僧侶や騎士達。
時折煩わしさを感じるが、無視できない存在であることは確かだ。
なぜなら、それが精霊の意思だと感じるからだ。
精霊もまた、人と繋がらずにはその身を守っていけない。
それ故、力を分けることで人と繋がり、精霊たちの生息地を守らせようとするのだ。
共存共栄の関係であり、その橋渡し役が精霊師であり契約師だ。
それはまるで、循環する命のように国の機能にも組み込まれている。
もちろん、それが精霊の生き残るための戦略であると確かめる術はないが、アルノはその曖昧な答えこそが、この世界の在り方ではないかと感じていた。
契約師は森に近づき過ぎれば人とはうまく繋がれなくなるし、人と繋がりすぎれば精霊の反感を買う、微妙な立ち位置にある。それは、聖なる部分と欲深い部分を併せ持つ、曖昧な存在ともいえる。
人の欲深さを持ちながら、悪にもなりきれない、そんな普通の人間が、精霊の気紛れで契約師に選ばれるのだ。
物言わぬ無数の命の気配に包まれ、アルノは深い眠りに落ちた。
二日後、アルノは全ての作業を終え、宣誓液の入ったかごを抱いて洞の底に座っていた。
宣誓液は無事に完成し、あとは帰るばかりだが、なかなか外に出て行く気になれない。
外には煩わしいことばかりが待っている。
未だに人嫌いだし、誰とも仲良くしたくない。
ゼインとの淫らな夜は好きだが、欲求が満たされてしまえば、森が恋しくなる。
黒々とした木々に囲まれた地面から見上げる夜空は最高だし、無数の命を抱えた森で感じる孤独も心地良い。
小さくため息をつき、しばらく無意味な時間を過ごすと、ようやく洞の入り口を振り返る。
と、その向こうに、大きな背中が見えた。
抉れた小さな崖とその向こうに見える晴れ渡った青空を背景に、その人物は剣を抱えて切り株に座っている。
大きな雨よけのマントを身に着けているため、体格からして男だとはわかるが、誰なのかはわからない。
洞の入り口を囲む根からぽたりぽたりと、水滴が落ちている。
よく見れば、外の景色がきらきらと光って見える。
知らぬ間に雨が降ったのだ。
アルノは腰を屈めて入り口に近づいた。
男の身に着けている雨よけのマントとフードも濡れている。
肩越しに見える剣の柄に嵌めこまれている銀色のメダルがきらりと光った。
トレイア国の聖騎士と王国騎士の剣には同じ場所に国章が刻まれたメダルがついているため、それだけで背中を向けて座っている人物を特定することは難しい。
契約師に用があり、仕事が終わるのを待っているのかもしれないし、あるいは危険がないように見張っているだけかもしれない。
いつか、アルノが契約師の資格を失えば、待っていてくれる人もいなくなる。
だけど、その時は自由に生きられる。
誰かが傍にいてくれるかもしれないし、誰もいないかもしれない。
それは、アルノにとっては、もうどうでも良いことだった。
目の前の背中を見ているうちに、いつの間にか憂鬱な気持ちは消え、外に出る覚悟が定まっていた。
アルノは、水分を含んだ清涼な森の空気を大きく吸い込んだ。
それから明るい声で外に呼びかける。
「ねぇ、荷物を運ぶのを手伝ってくれない?」
張り出した根に足をかけ、洞の外に顔を出す。
同時に、まばゆい光が視界を覆いつくした。
地面に出来た水たまりや、草木についた雨粒に反射した光が、ちょうど洞の入り口を照らしていたのだ。
眩しさで目を閉ざすと、水滴を跳ね上げ、濡れた地面を踏みしめる足音が近づいてきた。
湿った空気を肌に感じながら、薄眼を開けたアルノの前に、大きな手が差し出される。
迷わずその手を取ると、温かく力強い手が、洞の中にいたアルノを優しく地上に引き上げた。
――
隣り合うトレイア国とアーダン国は共に精霊を讃える神秘の国だ。
豊かな森と深い谷に囲まれ、姿の見えない精霊たちにより、その国土は守られている。
自然を焼き尽くすほどの兵器や残忍な企みが、たびたび精霊の森を焼き、国を破壊する。
そんな時、姿の見えない精霊達の味方になり戦う人々がいる。
その結末を精霊たちが望んでいるのかどうかはわからない。
ただその存在を信じる者達が、信念を胸に精霊の国を守り続ける。
アーダン国に精霊王の伝説があるように、トレイア国にも巨大な雪狼の伝説がある。
北のノーラ山に住むと言われるその雪狼は、まるで、姿の見えない精霊の声を代弁しているかのように、探している人の前には現れず、探していない者の前に気紛れに姿を現す。
人を襲うことなく去っていく雪狼を見れば、人はそこが精霊の国であることを思い出す。
トレイア国の雪狼と、アーダン国の精霊の山は、両国の友好関係を象徴する同盟旗に描かれ、その約束の地となったノーラ山にそびえる堅牢な城に、絶えることなく掲げられている。
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