精霊の森に魅入られて

丸井竹

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番外編 明かされた秘密(前編)

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秋晴れの空の下、森の空き地にアルノとニルドの姿があった。
アルノは倒木に座り、ニルドは落ち葉で覆われた地面に胡坐をかいて座っている。

「それで、困っているんだ」

困っている事情を聞いたばかりのアルノは、そのばかばかしい悩みに、顔をしかめっぱなしだった。

ニルドがアルノに、問題を相談するに至ったきっかけは、元婚約者のイライザ姫が突然ノーラ山に来たことだった。
心を入れ替えるから、再婚して欲しいと土下座までしてイライザはニルドに頼んだが、ニルドは無理だと断ったのだ。
それでもなんとか考えてほしいとイライザ姫に城に居座られ、ついにニルドはアルノに相談に訪れたのだ。

まず、ニルドは交易都市パリートの娼館に交際している女性が二人いると告白した。
正式なお付き合いはしない約束で、月に一度、自宅にまで泊まり二人と寝ているとアルノに説明したのだ。
純朴な田舎の青年らしからぬニルドの話に、アルノは眉間に皺を寄せたが、黙って聞いていた。

しかし続いて始まった話は、さらにアルノの眉間の皺を深くさせた。

「俺は命を矢面にする仕事だから、もう結婚する気はないし、気楽に遊べる女が良いといつも話していた。
彼女たちもそれに同意してくれていたんだが、ある日、子供が出来たと告白された。結婚する気はないし、自由でいたいから、二人とも子供を引き取って欲しいと俺に言って来たんだ」

つまり、ニルドは二人の娼婦と交際しており、その二人の娼婦が同時に子供を身ごもって、ニルドは二人の子供の父親になったというのだ。

「それって、本当にニルドの子供なの?月に一度遊んだだけで、子供って出来るの?」

アルノは眉間にできた皺を指でせっせと伸ばし、強張った顔の筋肉を手のひらでほぐした。
面倒ごとが嫌いなアルノは、なぜそんな話を聞くことになってしまったのかと後悔したが、昔からニルドの困りごとには弱いのだ。
子供の頃に助けてもらった恩があるせいか、今度は自分が助けてあげないといけないという気持ちになってしまう。

「俺の子かどうかは関係ない。彼女たちが、俺に子供を任せたいと言ってきていることが問題だ」

せっかく伸ばしたアルノの眉間の皺が深くなる。

「いつ死んでもおかしくない俺に、子供を預けたいと言っているんだ。つまり、それだけ子供の行き場所がないということなんだ。彼女たちは娼館で働いているし、その間、子供たちを預ける場所に困っている。それで、ここに連れて来ようと思っていた」

「それって……私に弟子が増えるの?」

自分の子供一人育てるのも無理で、周りに助けてもらわなければならなかったし、今は弟子まで抱えてぎりぎりの生活を送っている。その上、また二人も子供が増えるかもしれないのだ。
アルノの脳裏にクシールに見せられた赤字だらけの分厚い帳簿が浮かぶ。

「俺の……子供として、皆に育ててもらいたいんだ」

やはりそうなるのかと、アルノは大きなため息をついた。

さらにアルノの脳裏に、人で溢れかえっている城の従業員部屋が浮かんだ。
厩舎にまで人が溢れ、中庭にはテントまでたっている。

さらに、契約師の卵たちが暮らす場所もあり、城には二百室はあると聞いていたのに、お客様用の宿泊部分を除いたらもう満員状態だ。

「困っている子供を見つけるたびに拾ってきていたら、お城だって満員になるのよ?教会の孤児院とか、他にもあるでしょう?」

「俺の子供かもしれないのに、それは出来ない」

捨てられた孤児だったアルノは、複雑な表情で急に父親になったニルドを見やる。

「自分が産んでも捨てる人がいるのに、そんなに責任を感じる必要はないと思うけど?」

「だけど、道が選べなくなるだろう?」

孤児院に入れば、子供は自分で道を選ぶ権利を失う。
契約師に引き取られたら契約師になるし、教会に引き取られたら聖職者になる。
もう昔ほど残酷な運命ばかり用意されているわけではないが、孤児院は帰る場所ではなく追い出される場所だ。
そこで愛や信頼を学べるかどうかは、わからない。

物心ついたときには契約師になることが決まっていたアルノには、仕方がないという感情しかわかない。
クレンとカーラは自分の所に来たから、縁を感じたが、見たこともない娼婦の子供にはニルドの子供だという意識を持つのも難しい。

突然、何かを思いついたように手を叩いた。

「じゃあ、イライザ姫に母親になってもらったら?どうせ貴族のお姫様なんて暇でしょう?確か、亡くなった旦那さんのお城を受け継いだと言っていなかった?
そういえば、ゼインと、ニルドもお城を持てるんじゃないかって話していたのよ。再婚して子供を連れてイライザ姫のところに行ったら、お城暮らしだし、問題は解決じゃない?」

ニルドに熱烈な片思いをしていた昔なら、絶対に耐えられる話ではなかったが、アルノはついに前に進み、ゼインと新しい人生を始めている。
今のニルドは、アルノにとって、たった一人の大切な友人だ。純粋に友人の幸せを願えるほどにはアルノも成長していた。

「そんな遠い場所には行けない。俺の居場所はここだし、子供の居場所もここだ。それに、イライザはすごく手がかかるから、さらに子供も二人抱えたら、俺は本当に手が回らなくなる。なぁ、アルノ、どうしたらいいと思う?子供二人を抱えてどうしようかと思っていた時に、イライザまできたらどうしていいかわからない」

一人前の戦士がよくもそれだけ、簡単に丸投げ発言が出来るものだと、呆れを通り越し、アルノは感心した。

「どうしたらって……」

「もう一軒、お城を建てては?」

「え?!」

突然、聞こえた声に、アルノとニルドが振り返る。

斜面の下から、大きな白い雪狼がこちらに向かって歩いてくる。
まさかと思っていると、雪狼がふいっと進路を変え、空き地を迂回していく。
後ろから、ゼインの姿が現れた。

「ゼイン!」

「ゼイン様!」

立派な聖騎士の装備に身を固めたゼインが、二人の前に立った。

「どうしてここに?」

アルノの問いかけに、ゼインは苦笑した。

城の訓練場で聖騎士見習いの子供達の訓練を終え、ロタ村の家に戻ったゼインは、そこにいたクシールから、ニルドがアルノを探して森に入ったと聞いたのだ。
アルノが宣誓液を作る場所を知っているのはニルドとゼインだけだ。

まさか今更ニルドに恋心が目覚め、アルノを口説きにいったのではないかと心配になり、ゼインは居てもたってもいられず、ここに駆け付けてしまったのだ。

途中で偶然雪狼に会ったが、それはこの森ではまれに起きることだった。

「お城って……本気?!」

借金地獄に陥り、憂鬱な日々を過ごしたことを思い出し、アルノは絶対に嫌だとそっぽを向いた。

「あれは、国に見つかるように東モーレリアを向いた斜面に建てた。だから今度は大聖堂のあるパラスに向いた斜面に建てればつり合いがとれる」

ゼインがお城を建てることを前提に話始める。

「何のつりあいよ!絶対に嫌!」

噛みつくようにアルノが叫ぶと、ニルドが拳を平手に打った。

「名案だよ!今だって、部屋が足りなくて困っている。俺だって支払いを手伝えるし、クシール様に負けてもらえばいい」

市場で買い物でもするかのように、簡単に城を買うことを決めようとするニルドをアルノは睨みつけた。

「教会を大きめに作れば、クシールの仕事部屋が出来る。彼は仕事の大半をこちらに持ち込みたいと話していたから、その場所も出来るし、あと、今の城は宿泊施設としてロタ村の人たちが運営を始めている。人気も出てきていることだし、アーダン国の使節団を受け入れるための城は別に持った方が良い」

悪徳商人さながらに、アルノに欲しくもない城を売りつけてくるニルドとゼインを睨みつけ、アルノが叫んだ。

「だったら、私じゃなくて国が建ててよ!」

「そうなると、我らは建てた城に対して完全に口を挟む権利を失う。ノーラ山の精霊たちを守護する身としては、その声に耳を傾けられる者が責任を持つべきだと思う」

契約師を保護する制度は教会にしかない。国は教会から依頼を受けて警備をする立場だ。それが逆に国が主導権を握ることになれば、いろいろ面倒な問題が起きそうだ。
ゼインがさりげなくアルノに近づき、その肩を抱いて頬に落ちてきた髪を耳にかけた。

「もちろん、私達が力を合わせることが出来たら、君の負担も軽くなる」

今度は色仕掛けで落としに来るのかと、アルノは警戒し横目にゼインを睨む。

「で、でも、毎月赤字なのに!」

「そうなのか?!」

立派な契約師でありながら、毎月赤字なんてことをニルドに知られ、アルノは顔を赤くした。

「私がどれだけ弟子を養っていると思っているのよ!それに森にだって人の手は必要なのよ!子供たちの遊具も遊びながら学べる工夫も、ただじゃ出来ないんだから!」

「もっと手伝うよ!」

うんざりと首を振ったアルノの肩を本格的に抱きよせ、ゼインが頬に唇を寄せた。
ぞくぞくするような甘い感触に、心を奪われそうになりながら、アルノはなんとか首を横に振る。
それに構わず、ゼインが言った。

「ニルド、今の話をクシールにしてきてくれ。城を建てたいと言えば、喜んで相談に応じてくれるはずだ」

アルノを抱き寄せたゼインのもう一方の手は、背後からお尻を触っている。
ニルドを追い払い、アルノと二人きりになろうとしているのだと、アルノは察し慌てて身を引いた。

空き地の裏側には、宣誓液を作るための洞がある。
やろうと思えばやれなくもないが、あまりにも露骨な誘いではないだろうか。

「ちょ、ちょっとゼイン……」

ニルドに聞かれないように、アルノは小声で今は無理だとゼインの誘惑を退けようとした。
しかし性欲は、契約師に唯一許されている欲であり、うまく断る理由が思いつかない。

相変らず鈍感なニルドは、ゼインの言葉に素直に従った。

「任せてください!すぐにクシール様に話してきます!行ってきます!」

さっさと斜面を下りて空き地を出て行く。

そんなニルドの背中を見送り、ゼインはアルノを抱き上げ洞に向かう。
反対側の斜面から木の根元に下りて行き、洞の中に滑り込む。

「ニルドと二人きりになるなんて、許し難い話だ」

そこでようやく、ゼインがここに駆け付けた理由をアルノは理解した。
アルノは仰向けに押し倒されながら、信じられないといった顔をした。

「嘘でしょう?これまで散々、二人きりにしてきたくせに。しかもニルドにその気がないことも、私の初恋がとっくに終わっていることだって知っているでしょう?」

愛を知ったばかりのゼインには関係なかった。
荒々しく、アルノの唇を奪い、その体を服の上からまさぐりだす。

「こんな神聖な場所でするなんて、少し背徳感があって刺激的じゃないか?ここで、こんなことをするのは初めてだろう?」

ひくりと、アルノの顔が引きつった。
当然ながら、アルノはニルドにここで強姦されたことは言っていないし、ニルドも誰にも明かしていない。

ゼインは、ただの冗談で言っただけだったが、アルノのそのわずかな変化にすぐに気が付いた。
動きを止め、強張るアルノの顔を正面に見据える。

「アルノ?君は……俺が初めての男だったはずだ。そうだろう?」

アルノは急いで頷いた。
しかし嘘をつくことが苦手なアルノはどうしても顔が強張る。

「ここで……誰かとした?まさか、ユアンジール様か?」

今度は嘘をつかなくて済む。ほっとした表情でアルノは横に首を振る。

「ニルドか?」

また表情が強張り、激しく首を横に振った。
そのわかりやすい反応に、ゼインが真っ青になる。

「浮気か?ニルドと浮気をしていたのか!」

アルノは一年の大半を森で過ごす。その間、誰かと親密な関係を築くことは、確かに不可能なことではない。

「ち、違う!違うの!私達、そんな関係じゃない!に、ニルドとは何もないのよ!ただ子供の時に、あの、ええと一度だけよ!」

「一度?!ニルドと寝てたのか!」

ゼインがさらにアルノを問い詰めようとしたとき、洞の外から女性の金切り声が上がった。

「やっぱり!アルノと体の関係があったのね!」

その甲高い声には聞き覚えがあった。
二人が飛び起き、洞の外を見ると、なぜかそこにイライザ姫の姿があり、枯葉に覆われた地面にふらりと倒れていくところだった。

そして、その隣には、蒼白になったニルドが立ち尽くしていた。


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