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22.甘えた子供
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ニルドがいつもの酒場に顔を出すと、集まっていた元ロタ村の住人達が一斉に歓声を上げた。
「ニルド!戻ったのか」
そこは完全に村を捨てた村人たちのたまり場と化しており、ノーラ山の城作りの手伝いを希望する人たちがハンナの前で行列を作っていた。
彼らのほとんどがその日暮らしで、安定した仕事を求めていた。
アルノからの仕事であれば、教会の後ろ盾もあり、給料は安定しているし、良い働きをすれば、また次も声をかけてもらえる。
机に紙を置いて、集まった人達の名前を書いていたハンナも顔をあげ、ニルドに抱き着いた。
「成功者ニルド!おかえりなさい!」
大袈裟な言い回しに、ニルドは照れたように頭をかいた。
同郷の仲間達も、椅子を立ってニルドと握手をしたり、腕を組んだりして挨拶を交わす。
「アルノとは会えたんだろう?仕事のこととか、何か言っていなかったか?」
ちょっと気まずい顔で、ポールが尋ねる。
他の人たちも、さりげなくニルドの答えを待っている。
虐待されていたアルノを見てみぬふりを続けてきた彼らは、本当にアルノに恨まれていないか心配なのだ。
アルノから提示された労働条件はとても良く、町で働くよりずっと良い収入が得られることがわかっている。
喉から手が出るほど欲しい仕事であり、断るという選択肢はない。
しかしアルノが本当に長期間雇ってくれる気があるのか、昔のことを根に持って、仕返しをしてこないか、いろいろと考えてしまう。
「復讐じゃないだろうな……」
誰かがぽつりと声に出した。
「一体、何の話をしていたんだ?」
ニルドはさっぱりわからないと、周りを見た。
子供の頃に村を出たニルドには、その後のアルノのことはわからない。
恐ろしい師匠の老婆が死んだのもたった二年前だ。
ロタ村の元住人達は誰とも目を合わせず、なんとなく下を向いた。
世界中を敵に回しているかのような暗い顔で森に消えて行くアルノを誰もが見ていたのに、挨拶すらしなかった。
村の英雄になったニルドに、そんな話を打ち明けられる者はなく、酒場にいる人々の口が重くなる。
「この間は、良い仕事だったと言っていたじゃない」
湿っぽい空気になる前に、ハンナが声を上げた。
「荷物を村まで運んだだけで、良い金になったと酒場で話していたのは誰?今回だって、良い仕事よ。しかもお城で働けるかもしれないのよ?」
ニルドの奥さんが住むなら、その城は貴族の城だ。
となれば、そこで働く従業員だって、貴族に仕える召使だ。
町の下働きよりずっと身分が高い。
「大丈夫かな?主人が冷酷であれば、使用人から殺される」
「なんだ、なんだ、物騒な話だな。誰が何をするっていうんだ?アルノは良い奴だぞ」
ニルドは心底わからないといったように首を傾ける。
「いまさっき、アルノと門のところで別れたばかりだ。ハンナに用があると言っていたから、そのうちここにも来るんじゃないかな。城作りの手伝いがどれだけ集まったか知りたいような感じだったぞ」
ニルドの言葉に、安堵の表情が溢れる。
ハンナもほっとしたように、仕事を希望する人の名前を書いた紙を取り上げ、畳んでポケットに入れた。
「そうなのね。期待してくれているなら行かないとね。でも私達、彼女を待たずにこれからノーラ山に登るつもりだったのよ。いつでも来て良いとアルノは言っていたもの」
ノーラ山に登る予定の人たちは既に装備を整えている。
「それにしたって、お城だなんて。ついにニルドも結婚しちゃうのね」
がっかりした声をあげたのはハンナだけではなかった。
町に移住したロタ村の女性達も、望みはないと知りながらも、熱い眼差しをニルドに向けている。
村の暮らしは過酷なものだったが、町よりも楽に息が出来ていたような気がしていた。
「村にいた方がまだ結婚出来た気がする」
後ろにいた女性が発した言葉に、賛同の声があがった。
土地や家があっても、結婚に踏み切れない理由が、町にはたくさんあった。
「それで、もう山に行くのか?アルノの家には、クシール様がいるから、行っても大丈夫だと思うが、アルノとすれ違いになると困るかな。アルノに、手伝ってくれる人たちが山に向かったと俺が伝えておいてやるよ」
「そうね、アルノがここに来るかどうかもわからないし……」
早くでなければ、到着が夜になってしまう。
山に向かう人たちがぞろぞろと酒場を出ると、町に残る人たちも見送りのため通りに並んだ。
「普通、出稼ぎっていうのは山から町に来るものなのに、俺達は逆になったな」
「全くだな……」
笑い話にもならないような会話に、苦笑しながら、全員で別れを告げ、ハンナ達は山に向かい、ニルドはアルノと別れた場所に向かった。
――
アルノはイアンに連れ込まれた奇妙な造りの家の地下で、仰向けの状態で押さえ込まれていた。
外に出るための扉は頭上に見えているが、そこまでの道は一方通行の滑り台しかない。
「大人しくしていろ、最高に気持ちよくしてやるから」
イアンが、散々抵抗して力尽きたアルノの体に覆いかぶさり、またねっとりとした口づけをした。
「いやっ」
首を振り、逃げようとするアルノの声はあまりにも弱々しかった。
周囲にはアルノの身に着けていた服の残骸が散らばり、荷物もどこにいったかわからない。
イアンはアルノを押さえこみながら、アルノの身に着けていた服を剥ぎ取り、全裸にしてしまっていた。
大声をあげて人を呼んだら、この姿を誰かに見られることになる。
裸で逃げるわけにもいかないアルノは、言葉で訴えるしかなかった。
「お願い……こんなことやめて。お願いだから!」
顔を振って口づけから逃れ、泣きながら懇願したが、イアンは全く聞こうとしない。
「俺に身を任せないと、恥ずかしい思いをすることになるよ」
べろりと唇を舐め、イアンは少し体を起こすと、アルノの両足に手をかけた。
それだけは阻止しようと、アルノは両足を必死に閉じる。
そんなアルノの抵抗を嘲笑うように、イアンはアルノの足の間に膝を割り込ませた。
「いやっ」
足を強制的に開かされ、アルノは拳を振り上げた。
イアンはアルノの抵抗をまるで子供のお遊びとでも思っているように、気にも留めず、改めてアルノの上に覆いかぶさる。
男の分厚い腰が下腹部に張り付き、アルノはぞっとして身をよじった。
「じっくり楽しませてやるから、安心しろ」
イアンはアルノの耳をしゃぶり、体をまさぐりだした。
すすり泣くアルノを胸の上から見上げ、蛇のように舌をちらつかせる。
「何日も監禁して、俺の体無しじゃ生きられないようにしてやるよ」
片手でアルノの首を押さえ込み、もう一方の手で胸をやわらかくもみこむ。
嫌悪感に身を震わせ、アルノは目で射殺そうとするかのようにイアンを睨んだ。
「絶対に、許さない」
イアンは悦に入ったように笑った。
「そういう女を物にするのが、俺の楽しみだ」
乳首に吸い付き、音を立てて舐め始める。
跳ねのけようとするが、疲れ切った体にその力は残っていない。
イアンの手が胸から、腰、それから足の間に移動を始めた。
「いやぁ」
最後の力を振り絞り、必死に後ろにずりさがる。
イアンの手はついに、アルノの股間にまで到達していた。
大切な人のためにとってあった場所まで無遠慮に触られ、アルノはショックのあまり悲鳴さえあげられなくなった。
と、憎いイアンの身体がふわりと持ち上がった。
即座に、アルノは飛び起き、後ろに逃げた。
「だ、だれだ!」
イアンの声はそこで途切れた。
アルノの目の前で、イアンの首に、真っすぐに横に赤い線が走った。
すとんと胴体が離れ、床に転がる。
首は落ちなかった。
背後の暗がりから、イアンの生首を掴んだゼインが現れた。
返り血の目立たない黒いマントで体を覆ったゼインは、生首を後方に投げ飛ばし、胴体を蹴り上げた。
「ゼイン……」
アルノは地面に座り込んだまま、呆然とゼインを見上げる。
それは、冷徹な目をした戦士の顔だった。
「大丈夫か?」
差し出された手をアルノはただじっと見た。
全身が震え、力が入らない。
そんなアルノの肩に、ゼインがマントをかける。
「こ、殺したの?」
「許す必要が?」
「でも……町の警備兵よ。ゼインが捕まってしまわない?」
「彼は……町の門番に扮して潜伏していた教会関係者だ。私の同僚だから、別に事件にはならない」
「仲間なの?」
びくりと肩を震わせ、ゼインは味方なのだろうかと疑うような顔をあげる。
「私の所属していたところは特殊な人材を育てる場所で、全員が敵だった。クシールとも命がけで戦ったことがある。親しくなれば、殺し合いをさせられる。
そんな場所に、仲間はいない。私達は共に仕事をしているが、それ以上の関係ではない」
「でも、クシールと寝ているでしょう?」
「あれは、本当に訓練だ」
「うっ……」
溢れてきた涙をどうしていいかわからず、アルノはマントの中で鼻をすすりあげる。
「横穴から外に出られる。見張りはいなかったから、今のうちに外に出よう」
ゼインに抱き上げられそうになり、アルノは暴れた。
「い、いやよ!外はいや!こんな、こんな格好で外になんて出られない!」
「もっと危険な目に合うぞ?」
脅すようなゼインの声に、アルノは動きを止める。
「君の契約紙は既に教会の上層部に目をつけられている。順位を上げたいものは、君を痛めつけ、仕事への意欲を失わせようとする。あるいは、奪って自分が専属の世話人になろうとする。
クシールはまだ君が独立する前から、君の才能に目をつけていた。一人では守り切れないと思い、俺に君の護衛を依頼した」
「まさか、私がこんな目に合うのがわかっていたの?どうしてもっと早く助けに来てくれなかったの!」
「いつ仕掛けてくるかまではわからない。契約師を殺せば重罪だ。命まではとられないとわかっていた」
「そんな、危険だとわかっていたのに何も教えてくれなかったの?ひどい」
アルノは犯されるところだったのだ。
「ひどい?クシールがまだ子供だと言っていた意味がわかってきたな。
君は契約師のもとに引き取られた孤児だった。俺達は教会の孤児院に拾われた。
どっちが幸運だったと思う?俺達はその日のうちに、君が今されたようなことを欲にまみれた男達にされることになった。しかも、最後までだ。
それは当然の訓練とされ、何年も続いた。それがどういう意味かもわからないうちから経験させられ、適性を試された。生き延びた者にはさらなる地獄が待っていた。
以前も言ったと思うが、君は、君が思っているよりも幸福なところにいる。
俺も、クシールも君を守ろうとしているし、君が契約を結んでいるノーラ山の森もまた、君を守っている。君は……俺達からみたら、甘えた子供そのものだ。クシールは君のその甘えが契約師としての腕を駄目にするのではないかと危惧している」
「私の方があなた達よりましだから、こんな目にあっても平気なふりをしろと言っているの?こんなのってない。そんなの納得できない!」
「君は自分の辛さに酔っているだけだ。君は契約師になった。その道を貫くために、技を磨け。誰よりも優れた契約師になれ。
自然と一体となり欲を捨て、慎ましい生活を送り、何が契約紙の質を高めるのか、研究し続けろ。
押し付けられた人生だとしても、生き抜く覚悟もなく、前には進めないぞ」
一気に地獄の底に引き込まれてしまいそうな、そんな言葉だった。
今いる世界から、遠く引き離され、暗闇の中に閉じ込められてしまったような絶望が襲ってくる。
同時に、あこがれ続けてきた、村の平和な光景が急激に自分から遠ざかる。
もう二度とあの景色には入れないのだと、現実を突き付けられたようだった。
生まれながらに生きる道は決められ、捨てられた子供は、それにふさわしい辛い道しか歩けない。
犯されても、命を狙われても、それが当然の運命だと受け入れるしかないのだ。
ゼインはぐったりとしたアルノを抱き上げ、横道を進み始める。
出口を出てすぐの茂みの中に、ゼインはアルノを下ろした。
「アルノ、服を調達してくる」
「い、いやよ。傍に居て……。このままで良いから。家に連れて帰って」
「さすがに裸にマントでは山を登れない」
有無を言わせず、ゼインはアルノをもう一度抱き上げ、木立の間を駆け抜ける。
さらに町から離れた岩陰にアルノを下ろす。
「ここならば見つからない。服を調達してくる。絶対にここを離れるな」
仕方なくアルノが頷くと、ゼインは速やかにそこを離れた。
「ニルド!戻ったのか」
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「成功者ニルド!おかえりなさい!」
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ちょっと気まずい顔で、ポールが尋ねる。
他の人たちも、さりげなくニルドの答えを待っている。
虐待されていたアルノを見てみぬふりを続けてきた彼らは、本当にアルノに恨まれていないか心配なのだ。
アルノから提示された労働条件はとても良く、町で働くよりずっと良い収入が得られることがわかっている。
喉から手が出るほど欲しい仕事であり、断るという選択肢はない。
しかしアルノが本当に長期間雇ってくれる気があるのか、昔のことを根に持って、仕返しをしてこないか、いろいろと考えてしまう。
「復讐じゃないだろうな……」
誰かがぽつりと声に出した。
「一体、何の話をしていたんだ?」
ニルドはさっぱりわからないと、周りを見た。
子供の頃に村を出たニルドには、その後のアルノのことはわからない。
恐ろしい師匠の老婆が死んだのもたった二年前だ。
ロタ村の元住人達は誰とも目を合わせず、なんとなく下を向いた。
世界中を敵に回しているかのような暗い顔で森に消えて行くアルノを誰もが見ていたのに、挨拶すらしなかった。
村の英雄になったニルドに、そんな話を打ち明けられる者はなく、酒場にいる人々の口が重くなる。
「この間は、良い仕事だったと言っていたじゃない」
湿っぽい空気になる前に、ハンナが声を上げた。
「荷物を村まで運んだだけで、良い金になったと酒場で話していたのは誰?今回だって、良い仕事よ。しかもお城で働けるかもしれないのよ?」
ニルドの奥さんが住むなら、その城は貴族の城だ。
となれば、そこで働く従業員だって、貴族に仕える召使だ。
町の下働きよりずっと身分が高い。
「大丈夫かな?主人が冷酷であれば、使用人から殺される」
「なんだ、なんだ、物騒な話だな。誰が何をするっていうんだ?アルノは良い奴だぞ」
ニルドは心底わからないといったように首を傾ける。
「いまさっき、アルノと門のところで別れたばかりだ。ハンナに用があると言っていたから、そのうちここにも来るんじゃないかな。城作りの手伝いがどれだけ集まったか知りたいような感じだったぞ」
ニルドの言葉に、安堵の表情が溢れる。
ハンナもほっとしたように、仕事を希望する人の名前を書いた紙を取り上げ、畳んでポケットに入れた。
「そうなのね。期待してくれているなら行かないとね。でも私達、彼女を待たずにこれからノーラ山に登るつもりだったのよ。いつでも来て良いとアルノは言っていたもの」
ノーラ山に登る予定の人たちは既に装備を整えている。
「それにしたって、お城だなんて。ついにニルドも結婚しちゃうのね」
がっかりした声をあげたのはハンナだけではなかった。
町に移住したロタ村の女性達も、望みはないと知りながらも、熱い眼差しをニルドに向けている。
村の暮らしは過酷なものだったが、町よりも楽に息が出来ていたような気がしていた。
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後ろにいた女性が発した言葉に、賛同の声があがった。
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「それで、もう山に行くのか?アルノの家には、クシール様がいるから、行っても大丈夫だと思うが、アルノとすれ違いになると困るかな。アルノに、手伝ってくれる人たちが山に向かったと俺が伝えておいてやるよ」
「そうね、アルノがここに来るかどうかもわからないし……」
早くでなければ、到着が夜になってしまう。
山に向かう人たちがぞろぞろと酒場を出ると、町に残る人たちも見送りのため通りに並んだ。
「普通、出稼ぎっていうのは山から町に来るものなのに、俺達は逆になったな」
「全くだな……」
笑い話にもならないような会話に、苦笑しながら、全員で別れを告げ、ハンナ達は山に向かい、ニルドはアルノと別れた場所に向かった。
――
アルノはイアンに連れ込まれた奇妙な造りの家の地下で、仰向けの状態で押さえ込まれていた。
外に出るための扉は頭上に見えているが、そこまでの道は一方通行の滑り台しかない。
「大人しくしていろ、最高に気持ちよくしてやるから」
イアンが、散々抵抗して力尽きたアルノの体に覆いかぶさり、またねっとりとした口づけをした。
「いやっ」
首を振り、逃げようとするアルノの声はあまりにも弱々しかった。
周囲にはアルノの身に着けていた服の残骸が散らばり、荷物もどこにいったかわからない。
イアンはアルノを押さえこみながら、アルノの身に着けていた服を剥ぎ取り、全裸にしてしまっていた。
大声をあげて人を呼んだら、この姿を誰かに見られることになる。
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べろりと唇を舐め、イアンは少し体を起こすと、アルノの両足に手をかけた。
それだけは阻止しようと、アルノは両足を必死に閉じる。
そんなアルノの抵抗を嘲笑うように、イアンはアルノの足の間に膝を割り込ませた。
「いやっ」
足を強制的に開かされ、アルノは拳を振り上げた。
イアンはアルノの抵抗をまるで子供のお遊びとでも思っているように、気にも留めず、改めてアルノの上に覆いかぶさる。
男の分厚い腰が下腹部に張り付き、アルノはぞっとして身をよじった。
「じっくり楽しませてやるから、安心しろ」
イアンはアルノの耳をしゃぶり、体をまさぐりだした。
すすり泣くアルノを胸の上から見上げ、蛇のように舌をちらつかせる。
「何日も監禁して、俺の体無しじゃ生きられないようにしてやるよ」
片手でアルノの首を押さえ込み、もう一方の手で胸をやわらかくもみこむ。
嫌悪感に身を震わせ、アルノは目で射殺そうとするかのようにイアンを睨んだ。
「絶対に、許さない」
イアンは悦に入ったように笑った。
「そういう女を物にするのが、俺の楽しみだ」
乳首に吸い付き、音を立てて舐め始める。
跳ねのけようとするが、疲れ切った体にその力は残っていない。
イアンの手が胸から、腰、それから足の間に移動を始めた。
「いやぁ」
最後の力を振り絞り、必死に後ろにずりさがる。
イアンの手はついに、アルノの股間にまで到達していた。
大切な人のためにとってあった場所まで無遠慮に触られ、アルノはショックのあまり悲鳴さえあげられなくなった。
と、憎いイアンの身体がふわりと持ち上がった。
即座に、アルノは飛び起き、後ろに逃げた。
「だ、だれだ!」
イアンの声はそこで途切れた。
アルノの目の前で、イアンの首に、真っすぐに横に赤い線が走った。
すとんと胴体が離れ、床に転がる。
首は落ちなかった。
背後の暗がりから、イアンの生首を掴んだゼインが現れた。
返り血の目立たない黒いマントで体を覆ったゼインは、生首を後方に投げ飛ばし、胴体を蹴り上げた。
「ゼイン……」
アルノは地面に座り込んだまま、呆然とゼインを見上げる。
それは、冷徹な目をした戦士の顔だった。
「大丈夫か?」
差し出された手をアルノはただじっと見た。
全身が震え、力が入らない。
そんなアルノの肩に、ゼインがマントをかける。
「こ、殺したの?」
「許す必要が?」
「でも……町の警備兵よ。ゼインが捕まってしまわない?」
「彼は……町の門番に扮して潜伏していた教会関係者だ。私の同僚だから、別に事件にはならない」
「仲間なの?」
びくりと肩を震わせ、ゼインは味方なのだろうかと疑うような顔をあげる。
「私の所属していたところは特殊な人材を育てる場所で、全員が敵だった。クシールとも命がけで戦ったことがある。親しくなれば、殺し合いをさせられる。
そんな場所に、仲間はいない。私達は共に仕事をしているが、それ以上の関係ではない」
「でも、クシールと寝ているでしょう?」
「あれは、本当に訓練だ」
「うっ……」
溢れてきた涙をどうしていいかわからず、アルノはマントの中で鼻をすすりあげる。
「横穴から外に出られる。見張りはいなかったから、今のうちに外に出よう」
ゼインに抱き上げられそうになり、アルノは暴れた。
「い、いやよ!外はいや!こんな、こんな格好で外になんて出られない!」
「もっと危険な目に合うぞ?」
脅すようなゼインの声に、アルノは動きを止める。
「君の契約紙は既に教会の上層部に目をつけられている。順位を上げたいものは、君を痛めつけ、仕事への意欲を失わせようとする。あるいは、奪って自分が専属の世話人になろうとする。
クシールはまだ君が独立する前から、君の才能に目をつけていた。一人では守り切れないと思い、俺に君の護衛を依頼した」
「まさか、私がこんな目に合うのがわかっていたの?どうしてもっと早く助けに来てくれなかったの!」
「いつ仕掛けてくるかまではわからない。契約師を殺せば重罪だ。命まではとられないとわかっていた」
「そんな、危険だとわかっていたのに何も教えてくれなかったの?ひどい」
アルノは犯されるところだったのだ。
「ひどい?クシールがまだ子供だと言っていた意味がわかってきたな。
君は契約師のもとに引き取られた孤児だった。俺達は教会の孤児院に拾われた。
どっちが幸運だったと思う?俺達はその日のうちに、君が今されたようなことを欲にまみれた男達にされることになった。しかも、最後までだ。
それは当然の訓練とされ、何年も続いた。それがどういう意味かもわからないうちから経験させられ、適性を試された。生き延びた者にはさらなる地獄が待っていた。
以前も言ったと思うが、君は、君が思っているよりも幸福なところにいる。
俺も、クシールも君を守ろうとしているし、君が契約を結んでいるノーラ山の森もまた、君を守っている。君は……俺達からみたら、甘えた子供そのものだ。クシールは君のその甘えが契約師としての腕を駄目にするのではないかと危惧している」
「私の方があなた達よりましだから、こんな目にあっても平気なふりをしろと言っているの?こんなのってない。そんなの納得できない!」
「君は自分の辛さに酔っているだけだ。君は契約師になった。その道を貫くために、技を磨け。誰よりも優れた契約師になれ。
自然と一体となり欲を捨て、慎ましい生活を送り、何が契約紙の質を高めるのか、研究し続けろ。
押し付けられた人生だとしても、生き抜く覚悟もなく、前には進めないぞ」
一気に地獄の底に引き込まれてしまいそうな、そんな言葉だった。
今いる世界から、遠く引き離され、暗闇の中に閉じ込められてしまったような絶望が襲ってくる。
同時に、あこがれ続けてきた、村の平和な光景が急激に自分から遠ざかる。
もう二度とあの景色には入れないのだと、現実を突き付けられたようだった。
生まれながらに生きる道は決められ、捨てられた子供は、それにふさわしい辛い道しか歩けない。
犯されても、命を狙われても、それが当然の運命だと受け入れるしかないのだ。
ゼインはぐったりとしたアルノを抱き上げ、横道を進み始める。
出口を出てすぐの茂みの中に、ゼインはアルノを下ろした。
「アルノ、服を調達してくる」
「い、いやよ。傍に居て……。このままで良いから。家に連れて帰って」
「さすがに裸にマントでは山を登れない」
有無を言わせず、ゼインはアルノをもう一度抱き上げ、木立の間を駆け抜ける。
さらに町から離れた岩陰にアルノを下ろす。
「ここならば見つからない。服を調達してくる。絶対にここを離れるな」
仕方なくアルノが頷くと、ゼインは速やかにそこを離れた。
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リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
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