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31.戻ってきた故郷
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砂漠を横切る巨大な水路の中には、多くの生き物が生息している。
彼らを保護するため、汚れた水が流れ込まないように、水路は複雑な構造になっており、排水は浄化装置を通る仕組みが出来上がっていた。
海から繋がっているその水路は、大陸の川と合流し、さらに枝分かれして大陸のほとんどの国を経由している。
そんな壮大な事業を成し遂げた男は、王宮の窓から砂漠を横切る巨大な川を見下ろし、険しい表情で腕組みをしている。
そこには王に従いついてきた水色の髪をした美形のマーリーヴァランたちがたくさん泳いでおり、たくみに砂の民を誘っている。
彼らはその整った容姿と歌声で、砂の民を簡単に水の中に引き込み、刹那的に欲望を満たしてしまう。
とはいえ、それは原始時代のように食べるという行為ではなく、種を取り込むといった行為に変わっている。
人目もはばからず、体を重ねようとするマーリーヴァランたちを説得し、砂の民たちは彼らを家に連れて行き、密かに愛を育む。
やっと完成した水路は、完全に砂の民と水の民の集団お見合いのような場所になってしまったのだ。
「砂の民が水の民と交わるようになるとは思いもしなかったな」
バーヤン国の王に客人として迎えられたダヤは、豪華な客間の一つを与えられ、先ほど歓迎の宴に出席してきたばかりだった。
寝台の上にはアスタが横になっている。
ダヤに種を注がれ、満足そうにそこからダヤの姿をうっとりと見つめていた。
その熱い視線を感じ、ダヤはちらりと寝台を振り返る。
さすがに少女とはいかないが、成人したアスタは成長をやめ、いつまでも美しい容姿を保っている。
「アスタ、お前は俺の子を何人産んだ?」
窓から離れ、寝台に向かいながらダヤが静かに尋ねる。
「海に出た子の数は知らない。ほとんど死んでしまったとおもうから。でも、陸で産んだ子なら覚えている。二十三人よ。あなたが名前を付けているでしょう?」
「君が名前を付けると発音できないからだ」
最初に生まれた子は既に成人し、ダヤの右腕として働いている。
他の子供達も優秀で、それぞれが大切な役割を果たしている。
「こんなに生まれるとは思ってもいなかった。本当に一つの群れが出来る」
寝台にあがり、ダヤはアスタの滑らかな白い肌に唇を這わせる。
「そういうものだもの。それにそろそろ次の群れのリーダーを決めるための予言の巫女が生まれる」
「俺が生きている間は生まれないんじゃなかったのか?」
アスタの白い胸にしゃぶりついていたダヤは顔をあげ、柔らかな胸をもみながら問いかける。
「群れが成熟すれば転換期を迎えるの。このまま繁栄していくことも出来るけど、縄張りを増やすなら巫女が必要よ。陸ではまだまだだけど。海ではそろそろ新しい群れが生まれそう」
「なるほど……水の民は虐げられ、国さえ失っていたというのに、今や大陸でもっとも繁栄している種族になったな……」
老いることのないアスタを腕に抱き、なんとも複雑な心境に陥る。
既に孫までいる身で、アスタを抱いていると、まるで自分の子供を抱いているように見えやしないかと心配になる。
魔物の性質を強く残す海のマーリーヴァランたちはことさらに、他種族を誘惑するため整った容姿をしている。
今までは身分階級が低く、あまり注目されてこなかった一般の水の民たちも、ダヤが王になってからというもの、他種族に望まれ子供を産み始めている。
そして、他種族と交わって生まれた子は、必ず水の民の特徴を失っていた。
それもまた水の民が歓迎される点でもあり、陸で生まれたダヤの子は、全て砂の民特有の肌と髪の色を持つ。水の民の子だとは誰も気づかず彼らは数を増やすのだ。
「そういえば、ハカスが娘を一人嫁にくれと言っていたな……砂の民のほとんどが水の民の血を引く子供を持つことになりそうだ」
「ガドル王もエーダを連れて行ったでしょう?私たちの娘が竜の子を産むのね」
エーダはダヤのとっくに成人した娘であり、火の国に望まれて嫁いで行った。
このバーヤン国にはハカスとアスタの娘もいたが、思った以上に王に大切にされており、幸福そうだった。
水の民の血を引いているせいか、世継ぎもふんだんに生まれている。
もともとダヤの故郷でもあるバーヤンは、砂の国でありながら水女にも多少の自由が許されていた。
その名残を受けてか、かなり開放的な国となり、今では多くの種族を受け入れている。
「アスタ、俺が死んだら若い男を見つけろよ」
滑らかな肌に手を這わせ、ダヤは長年抱き続けてきたアスタの顔をじっと見つめた。
正直に言えば、出会った時のアスタにもう一度会いたかった。
ガドルに捨てられ、ダヤが拾ったアスタだ。
ハカスに奪われ、取り返せないままその肉体は滅びてしまった。
本来のマーリーヴァランのアスタの方が容姿的には整っているのかもしれないが、出会った時のアスタの姿も忘れられない。
「ガドルも長生きする種族らしいが、君もそうだろう。俺はただの人間だ」
アスタはきょとんとした顔をあげ、首を傾けた。
「ダヤが死んだら、私も死ぬのよ」
馬鹿なことを言うなと苦笑し、ダヤはアスタを腕に抱いて横になった。
「そんなことをする必要はない。昔は王が死ねば奴隷も一緒に埋葬されたらしいが、そんな風習は大昔になくなっている」
「違うわ。私が王を選んだから。王が死んだら私も死ぬの。だって生涯に一度しか使えない約束の言葉を覚えているでしょう?あなたの傷を私の傷とし、あなたの命を私の命とする」
「あれは……距離が出来れば効果はなくなると」
「あれは命を繋げる言葉。王を選んだ責任は私にある。だから、あの時の誓い通り、私の命はあなたのものよ」
ダヤは絶句し、険しい表情になった。
急いであと何年生きられるかと寿命の計算を始める。
どう考えても、アスタを道連れにして死ぬことになる。
「嘘だろう?あの言葉を口にした体は砂となって消えた」
「誓いは魂に刻まれるもの。肉体は単なる付属物に過ぎない。カートスがそう言っていた」
「あの、海にいるまじない屋か?」
アスタが水の民として陸にあがることが出来たのは、まじない屋のカートスのおかげだと聞いたことはあるが、まだ一度もその姿を見たことはない。
「だから、私達、死ぬまでずっと一緒にいられるわ」
きらきらと瞳を輝かせ、アスタは幸せそうに笑う。
望んだ通りに生きられることに、アスタは満足しているのだ。
それがマーリーヴァランの習性だとすれば、その生き方に疑問を持つはずもない。
「困ったな……。俺はもう若くはないぞ……君が先に死んだら?」
「あなたは死なない。その時は、新しい奥さんを見つけてね」
迷いのないアスタの言葉に、ダヤは困ったように微笑んだ。
何十年も昔の約束なのに、アスタの心はその時から少しも変わっていないのだ。
そんな女性は残りの人生の全てをかけたとしても、見つけることは難しい。
「君以上の女性がいるわけがない。アスタ、魂が移動できるとしたら、また俺を探してくれ。どこまでも諦めることなく、俺を見つけて傍に来い」
窓の下から、マーリーヴァランたちの幸福な歌声が聞こえてきた。
獲物を捕らえるための歌は、いつの間にか求愛の歌に変わり、力強い雄や繁殖力の高い雌を誘っている。
窓辺に駆け寄り、アスタは呼応するように澄んだ声をあげる。
人の声帯では発することが出来ないその響きは、海で生まれた調べであり、本来砂漠にあるものではない。
その声に誘われ、川辺に集まってきた砂地の人々が、灯りを掲げうっとりとその歌声に耳を傾けている。
ダヤもまたアスタの後ろから窓の下を見た。
川辺に生えたヤシの木にはロープが張られ、ランプが吊り下げられている。
人々の掲げる灯りや、木々に飾られた灯りが、川に沿ってまるで地上の星のように瞬いている。
ダヤは本物の空を見上げた。
そこにも星の川がある。
その輝きは、数万年前からきっと変わらないのだろうとダヤは考えた。
多くの種族が、あるいはもっと原始的な生き物さえも、同じ空を見上げてきたのだ。
その気持ちは幸福なものばかりではなかったはずだ。
何万年も、種は生存する場所を巡って争ってきた。
わずかしか続かない幸福のために、苦痛に満ちた人生を生き抜くのだ。
初めて産卵を経験したアスタの輝くばかりの顔を思い出す。
途方もない苦難の道を、その一瞬のために生き抜いてきた。
満ち足りた表情は、そう物語っていた。
互いの愛を信じたからこそ、訪れた奇跡だった。
「アスタ……俺はお前のものだ。永遠に」
窓辺に立つアスタを背後から抱きしめ、その髪に鼻先を埋める。
ふと視線を上げたダヤは、目を二度瞬かせた。
腕の中に、懐かしいアスタの姿があった。
夫婦として暮らしていた時の、まだ少女のようなアスタだ。
「思い出したの。砂の国の空を見たからかしら。懐かしくて……知らない間に姿が変わっていたみたい。前と同じだと思う?」
白く霞む目元を拭い、ダヤはアスタの顔をじっと見つめた。
川風が窓から吹き込み、水の民特有の、透けるような金色の髪がふわりとなびく。
空を映した水色の瞳に、今にも泣き出しそうなダヤの顔が映っている。
感動に目を潤ませ、ダヤは大切な宝物に触れるように、アスタの髪を撫で、頬を指でなぞり、それから耳や首、体のすべてに手を滑らせ確かめた。
ハカスに奪われる前のアスタが戻ってきたようで、ダヤは胸を震わせた。
アスタがダヤを見つけるために辿ってきた長い苦難の道に心から感謝した。
「君が……どんな魔物であろうと、俺は命も魂も差し出さずにはいられないだろう。アスタ、俺の全てをかけて、君の愛に報いることを誓おう」
どちらからともなく、二人は寝台に戻った。
塩辛い唇を味わい、ダヤがアスタの上に覆いかぶさる。
「会いたかった……このままでいてくれ」
ようやく取り戻した最愛の女性を大切に抱きしめ、ダヤはゆっくりと腰を揺らし始めた。
彼らを保護するため、汚れた水が流れ込まないように、水路は複雑な構造になっており、排水は浄化装置を通る仕組みが出来上がっていた。
海から繋がっているその水路は、大陸の川と合流し、さらに枝分かれして大陸のほとんどの国を経由している。
そんな壮大な事業を成し遂げた男は、王宮の窓から砂漠を横切る巨大な川を見下ろし、険しい表情で腕組みをしている。
そこには王に従いついてきた水色の髪をした美形のマーリーヴァランたちがたくさん泳いでおり、たくみに砂の民を誘っている。
彼らはその整った容姿と歌声で、砂の民を簡単に水の中に引き込み、刹那的に欲望を満たしてしまう。
とはいえ、それは原始時代のように食べるという行為ではなく、種を取り込むといった行為に変わっている。
人目もはばからず、体を重ねようとするマーリーヴァランたちを説得し、砂の民たちは彼らを家に連れて行き、密かに愛を育む。
やっと完成した水路は、完全に砂の民と水の民の集団お見合いのような場所になってしまったのだ。
「砂の民が水の民と交わるようになるとは思いもしなかったな」
バーヤン国の王に客人として迎えられたダヤは、豪華な客間の一つを与えられ、先ほど歓迎の宴に出席してきたばかりだった。
寝台の上にはアスタが横になっている。
ダヤに種を注がれ、満足そうにそこからダヤの姿をうっとりと見つめていた。
その熱い視線を感じ、ダヤはちらりと寝台を振り返る。
さすがに少女とはいかないが、成人したアスタは成長をやめ、いつまでも美しい容姿を保っている。
「アスタ、お前は俺の子を何人産んだ?」
窓から離れ、寝台に向かいながらダヤが静かに尋ねる。
「海に出た子の数は知らない。ほとんど死んでしまったとおもうから。でも、陸で産んだ子なら覚えている。二十三人よ。あなたが名前を付けているでしょう?」
「君が名前を付けると発音できないからだ」
最初に生まれた子は既に成人し、ダヤの右腕として働いている。
他の子供達も優秀で、それぞれが大切な役割を果たしている。
「こんなに生まれるとは思ってもいなかった。本当に一つの群れが出来る」
寝台にあがり、ダヤはアスタの滑らかな白い肌に唇を這わせる。
「そういうものだもの。それにそろそろ次の群れのリーダーを決めるための予言の巫女が生まれる」
「俺が生きている間は生まれないんじゃなかったのか?」
アスタの白い胸にしゃぶりついていたダヤは顔をあげ、柔らかな胸をもみながら問いかける。
「群れが成熟すれば転換期を迎えるの。このまま繁栄していくことも出来るけど、縄張りを増やすなら巫女が必要よ。陸ではまだまだだけど。海ではそろそろ新しい群れが生まれそう」
「なるほど……水の民は虐げられ、国さえ失っていたというのに、今や大陸でもっとも繁栄している種族になったな……」
老いることのないアスタを腕に抱き、なんとも複雑な心境に陥る。
既に孫までいる身で、アスタを抱いていると、まるで自分の子供を抱いているように見えやしないかと心配になる。
魔物の性質を強く残す海のマーリーヴァランたちはことさらに、他種族を誘惑するため整った容姿をしている。
今までは身分階級が低く、あまり注目されてこなかった一般の水の民たちも、ダヤが王になってからというもの、他種族に望まれ子供を産み始めている。
そして、他種族と交わって生まれた子は、必ず水の民の特徴を失っていた。
それもまた水の民が歓迎される点でもあり、陸で生まれたダヤの子は、全て砂の民特有の肌と髪の色を持つ。水の民の子だとは誰も気づかず彼らは数を増やすのだ。
「そういえば、ハカスが娘を一人嫁にくれと言っていたな……砂の民のほとんどが水の民の血を引く子供を持つことになりそうだ」
「ガドル王もエーダを連れて行ったでしょう?私たちの娘が竜の子を産むのね」
エーダはダヤのとっくに成人した娘であり、火の国に望まれて嫁いで行った。
このバーヤン国にはハカスとアスタの娘もいたが、思った以上に王に大切にされており、幸福そうだった。
水の民の血を引いているせいか、世継ぎもふんだんに生まれている。
もともとダヤの故郷でもあるバーヤンは、砂の国でありながら水女にも多少の自由が許されていた。
その名残を受けてか、かなり開放的な国となり、今では多くの種族を受け入れている。
「アスタ、俺が死んだら若い男を見つけろよ」
滑らかな肌に手を這わせ、ダヤは長年抱き続けてきたアスタの顔をじっと見つめた。
正直に言えば、出会った時のアスタにもう一度会いたかった。
ガドルに捨てられ、ダヤが拾ったアスタだ。
ハカスに奪われ、取り返せないままその肉体は滅びてしまった。
本来のマーリーヴァランのアスタの方が容姿的には整っているのかもしれないが、出会った時のアスタの姿も忘れられない。
「ガドルも長生きする種族らしいが、君もそうだろう。俺はただの人間だ」
アスタはきょとんとした顔をあげ、首を傾けた。
「ダヤが死んだら、私も死ぬのよ」
馬鹿なことを言うなと苦笑し、ダヤはアスタを腕に抱いて横になった。
「そんなことをする必要はない。昔は王が死ねば奴隷も一緒に埋葬されたらしいが、そんな風習は大昔になくなっている」
「違うわ。私が王を選んだから。王が死んだら私も死ぬの。だって生涯に一度しか使えない約束の言葉を覚えているでしょう?あなたの傷を私の傷とし、あなたの命を私の命とする」
「あれは……距離が出来れば効果はなくなると」
「あれは命を繋げる言葉。王を選んだ責任は私にある。だから、あの時の誓い通り、私の命はあなたのものよ」
ダヤは絶句し、険しい表情になった。
急いであと何年生きられるかと寿命の計算を始める。
どう考えても、アスタを道連れにして死ぬことになる。
「嘘だろう?あの言葉を口にした体は砂となって消えた」
「誓いは魂に刻まれるもの。肉体は単なる付属物に過ぎない。カートスがそう言っていた」
「あの、海にいるまじない屋か?」
アスタが水の民として陸にあがることが出来たのは、まじない屋のカートスのおかげだと聞いたことはあるが、まだ一度もその姿を見たことはない。
「だから、私達、死ぬまでずっと一緒にいられるわ」
きらきらと瞳を輝かせ、アスタは幸せそうに笑う。
望んだ通りに生きられることに、アスタは満足しているのだ。
それがマーリーヴァランの習性だとすれば、その生き方に疑問を持つはずもない。
「困ったな……。俺はもう若くはないぞ……君が先に死んだら?」
「あなたは死なない。その時は、新しい奥さんを見つけてね」
迷いのないアスタの言葉に、ダヤは困ったように微笑んだ。
何十年も昔の約束なのに、アスタの心はその時から少しも変わっていないのだ。
そんな女性は残りの人生の全てをかけたとしても、見つけることは難しい。
「君以上の女性がいるわけがない。アスタ、魂が移動できるとしたら、また俺を探してくれ。どこまでも諦めることなく、俺を見つけて傍に来い」
窓の下から、マーリーヴァランたちの幸福な歌声が聞こえてきた。
獲物を捕らえるための歌は、いつの間にか求愛の歌に変わり、力強い雄や繁殖力の高い雌を誘っている。
窓辺に駆け寄り、アスタは呼応するように澄んだ声をあげる。
人の声帯では発することが出来ないその響きは、海で生まれた調べであり、本来砂漠にあるものではない。
その声に誘われ、川辺に集まってきた砂地の人々が、灯りを掲げうっとりとその歌声に耳を傾けている。
ダヤもまたアスタの後ろから窓の下を見た。
川辺に生えたヤシの木にはロープが張られ、ランプが吊り下げられている。
人々の掲げる灯りや、木々に飾られた灯りが、川に沿ってまるで地上の星のように瞬いている。
ダヤは本物の空を見上げた。
そこにも星の川がある。
その輝きは、数万年前からきっと変わらないのだろうとダヤは考えた。
多くの種族が、あるいはもっと原始的な生き物さえも、同じ空を見上げてきたのだ。
その気持ちは幸福なものばかりではなかったはずだ。
何万年も、種は生存する場所を巡って争ってきた。
わずかしか続かない幸福のために、苦痛に満ちた人生を生き抜くのだ。
初めて産卵を経験したアスタの輝くばかりの顔を思い出す。
途方もない苦難の道を、その一瞬のために生き抜いてきた。
満ち足りた表情は、そう物語っていた。
互いの愛を信じたからこそ、訪れた奇跡だった。
「アスタ……俺はお前のものだ。永遠に」
窓辺に立つアスタを背後から抱きしめ、その髪に鼻先を埋める。
ふと視線を上げたダヤは、目を二度瞬かせた。
腕の中に、懐かしいアスタの姿があった。
夫婦として暮らしていた時の、まだ少女のようなアスタだ。
「思い出したの。砂の国の空を見たからかしら。懐かしくて……知らない間に姿が変わっていたみたい。前と同じだと思う?」
白く霞む目元を拭い、ダヤはアスタの顔をじっと見つめた。
川風が窓から吹き込み、水の民特有の、透けるような金色の髪がふわりとなびく。
空を映した水色の瞳に、今にも泣き出しそうなダヤの顔が映っている。
感動に目を潤ませ、ダヤは大切な宝物に触れるように、アスタの髪を撫で、頬を指でなぞり、それから耳や首、体のすべてに手を滑らせ確かめた。
ハカスに奪われる前のアスタが戻ってきたようで、ダヤは胸を震わせた。
アスタがダヤを見つけるために辿ってきた長い苦難の道に心から感謝した。
「君が……どんな魔物であろうと、俺は命も魂も差し出さずにはいられないだろう。アスタ、俺の全てをかけて、君の愛に報いることを誓おう」
どちらからともなく、二人は寝台に戻った。
塩辛い唇を味わい、ダヤがアスタの上に覆いかぶさる。
「会いたかった……このままでいてくれ」
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