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18.水の要塞
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夜になる前に、王の命令に従い乳母達が子供を引き取りにやってきた。
すっかり眠りにつていた子供たちを連れ、乳母達が部屋を出て行くと、宮殿の周囲に篝火が焚かれ始めた。
王が来るとなれば、見張りも倍増する。
物々しくなっていくその光景を長椅子に座って眺めていると、乱暴な足取りでハカスが部屋に入ってきた。
寝台に腰を落とし、傍らのテーブルから酒のグラスを取り上げると、アスタをじっくりと眺める。
「水の民とは老いないものなのか?」
グラスを傾け酒を喉に流し込む。
「そうだと思います。断定はできません。寿命で死んだ者を見たことがありませんから」
アスタの知っている水の民はオルトナ国に連れてこられた巫女たちだけだ。
彼らはガドル王の気紛れですぐに殺されてしまい、長生きは出来ない。
アスタはハカスの視線から逃げるように体を横向きにした。
侍女達が用意した服は、胸元が大きく開き、スカート部分は股間近くまで縦に開いている。
グラスをテーブルに戻し、ハカスはこちらに来いとアスタを手招いた。
その合図を視界の端に捉え、仕方なく立ち上がると隣に座る。
「こんなことをしなくても……」
逃げられやしないのにと、アスタはハカスを睨みつける。
その目つきに、昔のような鋭さがないことをハカスは確かめた。
従順になり切れないのは、ダヤへの未練を隠しているからだ。
「気の毒な女だな。俺の愛を受け入れないのか?」
「そんなもの、あるものですか」
ハカスはアスタの体をぴたりと分厚い胸で押しつぶした。
「三人目の子供の名前はお前が考えるか?」
ゆるくなった腹の皮をひっぱり、震えるアスタの唇を舐める。
「お前の体はもう二度も俺の子を産んだ。アスタ……俺はお前に、いつかお前に飽きたら捨てると言ったな。その言葉を撤回しよう。俺は永遠にお前を手放さない」
ぶわりと溢れる涙をそのままに、アスタはハカスを睨みつけた。
「嘘つき」
「お前にとっても悪い話ではないはずだ。こんな体で、あの男のもとに帰れるとは思っていないはずだ。それに、イハとフィアはどうなる?俺に懐いているぞ?
あの男が来たら、お前は子供達の前で、俺を殺せと言えるのか?」
顔を背けようとするアスタの頭を押さえ込み、ハカスは貪るように唇を重ねた。
その重い体は完全にアスタを押さえ込み、足を大きく開かせている。
「アスタ、子供たちを守るためにも、俺達は協力する必要がある。お前の祖先の記憶が眠るあの水が青く光るのは、ガドルとやらがこの国に攻め込んでくる予兆だと俺は考える。想定しうる最悪の状況に備えることこそ王の仕事だ」
王としては文句なく優秀なこの男は、アスタの愛だけが奪えない。
「アスタ、あの男がお前の初めての男だったとしても、お前はそれ以上の回数を俺に抱かれているし、あの男と過ごした時間よりはるかに長く、俺と暮らしている。さらに、お前はこの体で俺の子を産んだ。これから三人目も出来る。
あの男の痕跡は何一つ、お前の体に残ってはいない」
冷酷なハカスは強く腰を押し付けた。
慣れた刺激であるからこそ、アスタは堪えきれない嬌声をあげる。
「お前の体のことも俺以上にわかっている男はいない。お前が気持ちよくなる場所も、お前がよがり気を失う寸前の顔も、お前の乱れる姿も、あの男が知らないお前を俺は知っているぞ。アスタ、観念して俺のものになれ」
太い指を喰い込ませ、ハカスはアスタの豊かな白い胸をもみあげた。
「うっ……いたいっ……」
先端を指で転がし、滲んだミルクを舐めとる。
「俺の子を産める女は他にもいる。お前が俺から離れたら、他の女に子を産ませればいいだけだ」
「どういう意味?イハとフィアは?どうする気?」
震えるアスタの声を心地良く聞き、ハカスは白い乳房をもみながら、しゃぶりついた。
「んっ……いやっ……」
「あれはお前を縛り付けるために産ませたもの。お前が俺から離れようとすれば、その罪は子供が首で償う」
「なんて……卑劣な男なの!」
殴りかかろうとするアスタの手を片手で押さえ込み、ハカスは上体をあげて強くアスタの中を突き上げた。
「うっ……やめてっ……」
全身から力が抜け、アスタは弱々しく首を振る。
「命乞いをしたいか?」
ハカスの意図を察し、アスタは泣きながら頷いた。
ダヤを奪われた時、ハカスはアスタに心に反するようなことを何度も言わせ楽しんだ。
アスタの口からハカスに抱かれたいと言わせ、さらにダヤのすぐ傍で奉仕までさせた。
やはりどんなに取り繕っても冷酷な男であることは変わらない。
「ハカス様……お、お願いです。どうか……子供達には手を出さないでください。あなたの……命令に従います。傍を離れたりしませんから……」
ダヤの姿がさらに遠ざかる。
「アスタ、誓いの口づけを」
間近に迫ったハカスの口に、アスタは自ら顔を近づけ、唇を重ねた。
塩辛いその唇を舌で舐め、それからハカスが気に入るように深く唇を重ね合わせて舌を絡める。
送り込まれてくる唾液を飲み込み、アスタは心を殺しその首を抱きしめた。
翌日、ハカスはアスタを連れ、地下に向かった。
そこにはもう一つの王国が生まれつつあった。
入り組んだ迷路のような水路をハカスはアスタと共にボートに乗り込み移動した。
そこには多くの施設が出来上がり、まるで巨大な地下都市のような広がりを見せていた。
青白い灯りの中、水路を進んでいたボートは、巨大な建造物の前で止まった。
そこは通路の突き当りで、筒状の不思議な建物が岩で出来た天井を貫いていた。
湾曲した壁の向こうから、大地を揺るがすような、ごうごうという水音が聞こえてくる。
「この地下都市を消滅させることは容易い。浴槽の栓を抜くように地上に通じる水路への入り口を開ければいいのだ。水門は五か所ある。地上に逃げる道や水の侵入を阻む扉も作られている。
お前が呼び寄せた水が、ここを通って循環している」
アスタはハカスの手に引っ張られ、揺れるボートから陸に降りた。
階段を数段上がり、そこに嵌めこまれている鉄の扉を抜ける。
「これは……滝?どこから?」
思わず声を発したアスタは、目をみはった。
筒状の建物の壁全てが水で出来ているかのように、天井から地面の下まで一気に水が流れ落ちている。
「この全ての水が砂の王国を循環している。勢いよく落ちてきた水は砂でろ過され、地下水路に落ちる。
この国ではもう水場が干上がる心配はしなくてもよくなった。いつか、砂地も緑の大陸にかわるかもしれない」
「ハカス様は、それをお望みなのですか?」
アスタの腰を抱き寄せ、ハカスはまるで本物の夫婦のようにアスタの頬に唇を寄せた。
「お前を故郷に返すわけにはいかないが、お前の居心地の良い場所は作ってやれる。そんな光景を見たくはないか?」
複雑な表情で黙り込むアスタを見下ろし、ハカスは微笑んだ。
「ここは要塞でもある。来い」
滝に囲まれた部屋の中央に、不思議な紋章が刻まれた円盤が埋め込まれていた。
二人がそこに足を乗せた途端、地面の円盤がゆっくり上に浮き上がる。
透明の筒の中を移動し、動きが止まると、そこにはまた鉄の扉があった。
ハカスがアスタにマントのフードを被せた。
それから扉を開ける。
まばゆい光が降り注ぐ。
フードの下から、外を見たアスタが、感嘆の声をあげた。
そこは谷の真ん中に作られた筒状の建物の屋上であり、その建物に向かって崖の中ほどから巨大なパイプが伸び、大量の水が建物に注がれていた。
崖の対岸には、地平線まで赤茶けた砂地が続いている。
「この谷は、世界の割れ目とも呼ばれている」
「砂の檻にこんな場所があるなんて……」
これだけの水があるのであれば、昔は緑の王国だったのかもしれないとアスタは考えた。
「砂魚が現れるたびに水を奪われ、国を捨てざる得なかった歴史がある。しかしこの国は水の循環システムが出来上がり、さらに地下資源も豊富に見つかった。お前が水を引き寄せてくれたおかげで、国を捨てる心配をしなくて良くなった」
砂魚が国を亡ぼすほどの存在になっているとは知らず、アスタは少し驚いた。
「砂の檻に……火の王は凶暴な魔物を捨てています。砂魚もその一つです。だから、もしかしたら……この砂の地から水が消え始めたというのなら、それは火の国、オルトナ国のせいだったのかもしれません」
ガドルが王になる前から、砂の檻はずっとごみ捨て場のように火の国に使われてきた。
砂魚は投げ込まれた魔物が進化したものだ。
「では、あの青い光から出てきた男はこの国の敵ということだな。俺はお前を手に入れることが出来て幸運だった。あいつがこれまでこの地に水を消し去る砂魚をまいてきたというなら、お前を手に入れることがなければ、俺達はいつかここで干上がって滅んでいたかもしれない。水が消え去っていく原因が砂地の外にあると考えもしなかっただろう」
ますます火の国の王が襲撃してくる日が楽しみだと、ハカスは戦意を漲らせる。
「アスタ、いつかお前にまたあの入り口を開いてほしいと頼む日が来る」
「え?火の国に?ガドル王を呼ぶのですか?そんな危険な……」
「砂の地では生きることは戦うことを意味する。敵がわかったからには、いつかは倒さなければならない。外とここを繋ぐ道が今のところあそこしかないのであれば、そこから戦いを仕掛けるしかない」
「でも……ここは砂の地。もし追い詰められたら逃げ場がありません」
「火の民は水の中で呼吸が出来るのか?」
「いいえ」
「ならば、お前達は生き残る。そうだろう?俺達は戦うために生まれた種族だ。アスタ、お前はそんな国の王妃になった。覚悟を決めろ」
アスタは困惑したが、子供を人質に取られていては逆らえるわけもない。
「緑が増えるでしょうか……」
汲み上げられ、循環する水のおかげか、谷の底には緑が溢れている。
「砂の大地も美しくはないか?」
この地で生まれ育った砂の民からしたら、砂漠も同じぐらい美しい。
「イハとフィアも、この国の歴史の一部となる」
「私は……砂の民じゃない」
「だとしても、今この国の水を動かしているのはお前だ。アスタ、二人の子供のどちらかで構わないが、この仕組みが後世に引き継がれるようにお前の言葉を教えるのだ」
ハカスは再びアスタを連れ、円盤に引き返し地下に降りた。
そしてまたボートに乗り、筒状の建物から離れ、別の水路を進む。
「迷路のように入り組んでいるのは、敵が攻め込んでくることを想定して作っているからだ。あのガドル王はまた必ずここに現れる」
今度は細い通路の突き当りでボートが止まった。
暗がりに急な階段が続いている。
マントを被せられ、アスタはハカスと共に階段をあがった。
「これは……」
そこに木の扉があった。
ハカスが扉を開け、アスタを前に押し出した。
「まぁ……」
外に出た途端、アスタは足を止め、口を両手で覆った。
そこは湖に作られた浮島の上だった。
その中央に、小さな家が建っている。
丈の短い草で覆われた地面を進み、小屋の前に立つ。
アスタはそっと木の壁に触れた。
砂の地にある家は地下から掘りだされた石材で出来ている。
木材は貴重な資源であり、滅多に使われない。
ひんやりとした木の感触を確かめ、アスタは壁に耳を当てた。
「水の音が聞こえる……これが……木の家」
「それには理由がある。来てみろ」
小屋の扉を開け、中に入る。
普通の家のように思えたが、絨毯をめくった場所に四角い上げ蓋がついていた。
それを持ち上げると、地下に続く階段が現れる。
下まで降りると、アスタはまた感嘆のため息をもらした。
そこはあまりにも美しいガラス製の寝室になっていた。
円形の壁が透明なガラスになっており、水中がその向こうに見えている。
水面からさしこむ光はちゃんとガラス越しに寝室にまで届き、青白い光がほのかに室内のものを照らし出していた。
「水の中の部屋?」
ガラスの壁に近づき、その向こうに目を凝らすと、湖の中を泳ぐ魚が見えた。
水底の砂が舞い上がり、水草が揺れる。
巨大な魚がゆったりと壁の前を通り過ぎる。
「ここは、お前の要塞だ」
「私の?」
「もし、またあの水の神殿から火の王とやらが現れたら、ここに逃げ込めばいい。ここで火を使えば壁が割れ、この部屋は消滅する。お前は水の中では死なないだろう?死ぬのはあの男だけだ」
なんて贅沢な要塞だろうとアスタは想った。
たっぷりの水に、木まで使った小屋がある。
しかも寝室は水の中にあり、全てがガラスで覆われている。
王でさえ、これだけの贅沢は望めない。
「お前を守るために、俺が造らせた。お前の故郷はここだ」
追い詰められたように青ざめるアスタを抱き上げ、ハカスは寝台に連れて行った。
優しく横たえ、その上に覆いかぶさると、指でアスタの頬にかかる髪を除ける。
「アスタ、お前は俺の妻だ。そして俺の子供達の母親であり、王妃でもある。俺はお前以外の女はもたないとイハに約束したぞ」
シャツを脱ぎ捨てたハカスは、その逞しい体を露わにし、アスタに迫る。
逃げようもなく、アスタはハカスの腕に抱かれた。
「ああ……」
そのうめき声は絶望の響きを帯びている。
アスタの白い乳房の上に、浅黒い砂の民の手がかかる。
獲物を追い詰める獣の目が、アスタを見ている。
なぜそれがダヤの目ではないのか。
なぜそれが愛する人ではないのか。
この男に、永遠に体を奪われ続けるのか。
計り知れない絶望と屈辱、それから魂まで歪められていくような恐怖がアスタの心を染め上げる。
ガラス越しに水中を見つめながら、火の王の城にいた時の方がましだったとアスタは思った。
予言の巫女の力は処女でなければ使えないと信じられていたため、体を奪われることはなかった。
ハカスはアスタの胸を愛撫し、足を持ち上げ、体の中心部に舌を這わせている。
ダヤに愛されていた頃とはきっと形さえ変わってしまったにちがいない。
子供を二人も産み、毎日のように他の男のものを受け入れているのだから。
ダヤの物だった頃の体はもう戻ってこない。
寝台が軋みはじめ、アスタは何も考えられず、ただ甘く鳴きだした。
なぜ涙が止まらないのか、それを考えようとする心に蓋をして、甘い快感だけに身を任せる。
「愛している。アスタ」
ハカスの偽りの言葉がアスタの耳に届く。
ダヤの声が耳に蘇る。
――アスタ、愛している……
その声が重なれば、アスタの心は粉々に砕けてしまう。
――違う。この男は違う。私の愛している男じゃない……
ガラス越しに、アスタは巨大な魚の目を見た。
魚は無関心を装い、優雅に水の中を泳いで消えていく。
水の民は人魚と呼ばれた魔物から生まれた民であり、かつては狂暴な砂魚やそれよりも大きな魔物達と共に水の中で暮らしていた。
魔物の声で危険を知らせ合い、水を操り、身を守って懸命に生き、ついに陸に逃げ出したのだ。
しかし敵はどこまでも追ってくる。
どこにも安全な場所など存在しなかったのだ。
アスタはそんなことを想いながら、ハカスによって与えられる甘い快感に身をゆだね、か細い声で鳴いていた。
すっかり眠りにつていた子供たちを連れ、乳母達が部屋を出て行くと、宮殿の周囲に篝火が焚かれ始めた。
王が来るとなれば、見張りも倍増する。
物々しくなっていくその光景を長椅子に座って眺めていると、乱暴な足取りでハカスが部屋に入ってきた。
寝台に腰を落とし、傍らのテーブルから酒のグラスを取り上げると、アスタをじっくりと眺める。
「水の民とは老いないものなのか?」
グラスを傾け酒を喉に流し込む。
「そうだと思います。断定はできません。寿命で死んだ者を見たことがありませんから」
アスタの知っている水の民はオルトナ国に連れてこられた巫女たちだけだ。
彼らはガドル王の気紛れですぐに殺されてしまい、長生きは出来ない。
アスタはハカスの視線から逃げるように体を横向きにした。
侍女達が用意した服は、胸元が大きく開き、スカート部分は股間近くまで縦に開いている。
グラスをテーブルに戻し、ハカスはこちらに来いとアスタを手招いた。
その合図を視界の端に捉え、仕方なく立ち上がると隣に座る。
「こんなことをしなくても……」
逃げられやしないのにと、アスタはハカスを睨みつける。
その目つきに、昔のような鋭さがないことをハカスは確かめた。
従順になり切れないのは、ダヤへの未練を隠しているからだ。
「気の毒な女だな。俺の愛を受け入れないのか?」
「そんなもの、あるものですか」
ハカスはアスタの体をぴたりと分厚い胸で押しつぶした。
「三人目の子供の名前はお前が考えるか?」
ゆるくなった腹の皮をひっぱり、震えるアスタの唇を舐める。
「お前の体はもう二度も俺の子を産んだ。アスタ……俺はお前に、いつかお前に飽きたら捨てると言ったな。その言葉を撤回しよう。俺は永遠にお前を手放さない」
ぶわりと溢れる涙をそのままに、アスタはハカスを睨みつけた。
「嘘つき」
「お前にとっても悪い話ではないはずだ。こんな体で、あの男のもとに帰れるとは思っていないはずだ。それに、イハとフィアはどうなる?俺に懐いているぞ?
あの男が来たら、お前は子供達の前で、俺を殺せと言えるのか?」
顔を背けようとするアスタの頭を押さえ込み、ハカスは貪るように唇を重ねた。
その重い体は完全にアスタを押さえ込み、足を大きく開かせている。
「アスタ、子供たちを守るためにも、俺達は協力する必要がある。お前の祖先の記憶が眠るあの水が青く光るのは、ガドルとやらがこの国に攻め込んでくる予兆だと俺は考える。想定しうる最悪の状況に備えることこそ王の仕事だ」
王としては文句なく優秀なこの男は、アスタの愛だけが奪えない。
「アスタ、あの男がお前の初めての男だったとしても、お前はそれ以上の回数を俺に抱かれているし、あの男と過ごした時間よりはるかに長く、俺と暮らしている。さらに、お前はこの体で俺の子を産んだ。これから三人目も出来る。
あの男の痕跡は何一つ、お前の体に残ってはいない」
冷酷なハカスは強く腰を押し付けた。
慣れた刺激であるからこそ、アスタは堪えきれない嬌声をあげる。
「お前の体のことも俺以上にわかっている男はいない。お前が気持ちよくなる場所も、お前がよがり気を失う寸前の顔も、お前の乱れる姿も、あの男が知らないお前を俺は知っているぞ。アスタ、観念して俺のものになれ」
太い指を喰い込ませ、ハカスはアスタの豊かな白い胸をもみあげた。
「うっ……いたいっ……」
先端を指で転がし、滲んだミルクを舐めとる。
「俺の子を産める女は他にもいる。お前が俺から離れたら、他の女に子を産ませればいいだけだ」
「どういう意味?イハとフィアは?どうする気?」
震えるアスタの声を心地良く聞き、ハカスは白い乳房をもみながら、しゃぶりついた。
「んっ……いやっ……」
「あれはお前を縛り付けるために産ませたもの。お前が俺から離れようとすれば、その罪は子供が首で償う」
「なんて……卑劣な男なの!」
殴りかかろうとするアスタの手を片手で押さえ込み、ハカスは上体をあげて強くアスタの中を突き上げた。
「うっ……やめてっ……」
全身から力が抜け、アスタは弱々しく首を振る。
「命乞いをしたいか?」
ハカスの意図を察し、アスタは泣きながら頷いた。
ダヤを奪われた時、ハカスはアスタに心に反するようなことを何度も言わせ楽しんだ。
アスタの口からハカスに抱かれたいと言わせ、さらにダヤのすぐ傍で奉仕までさせた。
やはりどんなに取り繕っても冷酷な男であることは変わらない。
「ハカス様……お、お願いです。どうか……子供達には手を出さないでください。あなたの……命令に従います。傍を離れたりしませんから……」
ダヤの姿がさらに遠ざかる。
「アスタ、誓いの口づけを」
間近に迫ったハカスの口に、アスタは自ら顔を近づけ、唇を重ねた。
塩辛いその唇を舌で舐め、それからハカスが気に入るように深く唇を重ね合わせて舌を絡める。
送り込まれてくる唾液を飲み込み、アスタは心を殺しその首を抱きしめた。
翌日、ハカスはアスタを連れ、地下に向かった。
そこにはもう一つの王国が生まれつつあった。
入り組んだ迷路のような水路をハカスはアスタと共にボートに乗り込み移動した。
そこには多くの施設が出来上がり、まるで巨大な地下都市のような広がりを見せていた。
青白い灯りの中、水路を進んでいたボートは、巨大な建造物の前で止まった。
そこは通路の突き当りで、筒状の不思議な建物が岩で出来た天井を貫いていた。
湾曲した壁の向こうから、大地を揺るがすような、ごうごうという水音が聞こえてくる。
「この地下都市を消滅させることは容易い。浴槽の栓を抜くように地上に通じる水路への入り口を開ければいいのだ。水門は五か所ある。地上に逃げる道や水の侵入を阻む扉も作られている。
お前が呼び寄せた水が、ここを通って循環している」
アスタはハカスの手に引っ張られ、揺れるボートから陸に降りた。
階段を数段上がり、そこに嵌めこまれている鉄の扉を抜ける。
「これは……滝?どこから?」
思わず声を発したアスタは、目をみはった。
筒状の建物の壁全てが水で出来ているかのように、天井から地面の下まで一気に水が流れ落ちている。
「この全ての水が砂の王国を循環している。勢いよく落ちてきた水は砂でろ過され、地下水路に落ちる。
この国ではもう水場が干上がる心配はしなくてもよくなった。いつか、砂地も緑の大陸にかわるかもしれない」
「ハカス様は、それをお望みなのですか?」
アスタの腰を抱き寄せ、ハカスはまるで本物の夫婦のようにアスタの頬に唇を寄せた。
「お前を故郷に返すわけにはいかないが、お前の居心地の良い場所は作ってやれる。そんな光景を見たくはないか?」
複雑な表情で黙り込むアスタを見下ろし、ハカスは微笑んだ。
「ここは要塞でもある。来い」
滝に囲まれた部屋の中央に、不思議な紋章が刻まれた円盤が埋め込まれていた。
二人がそこに足を乗せた途端、地面の円盤がゆっくり上に浮き上がる。
透明の筒の中を移動し、動きが止まると、そこにはまた鉄の扉があった。
ハカスがアスタにマントのフードを被せた。
それから扉を開ける。
まばゆい光が降り注ぐ。
フードの下から、外を見たアスタが、感嘆の声をあげた。
そこは谷の真ん中に作られた筒状の建物の屋上であり、その建物に向かって崖の中ほどから巨大なパイプが伸び、大量の水が建物に注がれていた。
崖の対岸には、地平線まで赤茶けた砂地が続いている。
「この谷は、世界の割れ目とも呼ばれている」
「砂の檻にこんな場所があるなんて……」
これだけの水があるのであれば、昔は緑の王国だったのかもしれないとアスタは考えた。
「砂魚が現れるたびに水を奪われ、国を捨てざる得なかった歴史がある。しかしこの国は水の循環システムが出来上がり、さらに地下資源も豊富に見つかった。お前が水を引き寄せてくれたおかげで、国を捨てる心配をしなくて良くなった」
砂魚が国を亡ぼすほどの存在になっているとは知らず、アスタは少し驚いた。
「砂の檻に……火の王は凶暴な魔物を捨てています。砂魚もその一つです。だから、もしかしたら……この砂の地から水が消え始めたというのなら、それは火の国、オルトナ国のせいだったのかもしれません」
ガドルが王になる前から、砂の檻はずっとごみ捨て場のように火の国に使われてきた。
砂魚は投げ込まれた魔物が進化したものだ。
「では、あの青い光から出てきた男はこの国の敵ということだな。俺はお前を手に入れることが出来て幸運だった。あいつがこれまでこの地に水を消し去る砂魚をまいてきたというなら、お前を手に入れることがなければ、俺達はいつかここで干上がって滅んでいたかもしれない。水が消え去っていく原因が砂地の外にあると考えもしなかっただろう」
ますます火の国の王が襲撃してくる日が楽しみだと、ハカスは戦意を漲らせる。
「アスタ、いつかお前にまたあの入り口を開いてほしいと頼む日が来る」
「え?火の国に?ガドル王を呼ぶのですか?そんな危険な……」
「砂の地では生きることは戦うことを意味する。敵がわかったからには、いつかは倒さなければならない。外とここを繋ぐ道が今のところあそこしかないのであれば、そこから戦いを仕掛けるしかない」
「でも……ここは砂の地。もし追い詰められたら逃げ場がありません」
「火の民は水の中で呼吸が出来るのか?」
「いいえ」
「ならば、お前達は生き残る。そうだろう?俺達は戦うために生まれた種族だ。アスタ、お前はそんな国の王妃になった。覚悟を決めろ」
アスタは困惑したが、子供を人質に取られていては逆らえるわけもない。
「緑が増えるでしょうか……」
汲み上げられ、循環する水のおかげか、谷の底には緑が溢れている。
「砂の大地も美しくはないか?」
この地で生まれ育った砂の民からしたら、砂漠も同じぐらい美しい。
「イハとフィアも、この国の歴史の一部となる」
「私は……砂の民じゃない」
「だとしても、今この国の水を動かしているのはお前だ。アスタ、二人の子供のどちらかで構わないが、この仕組みが後世に引き継がれるようにお前の言葉を教えるのだ」
ハカスは再びアスタを連れ、円盤に引き返し地下に降りた。
そしてまたボートに乗り、筒状の建物から離れ、別の水路を進む。
「迷路のように入り組んでいるのは、敵が攻め込んでくることを想定して作っているからだ。あのガドル王はまた必ずここに現れる」
今度は細い通路の突き当りでボートが止まった。
暗がりに急な階段が続いている。
マントを被せられ、アスタはハカスと共に階段をあがった。
「これは……」
そこに木の扉があった。
ハカスが扉を開け、アスタを前に押し出した。
「まぁ……」
外に出た途端、アスタは足を止め、口を両手で覆った。
そこは湖に作られた浮島の上だった。
その中央に、小さな家が建っている。
丈の短い草で覆われた地面を進み、小屋の前に立つ。
アスタはそっと木の壁に触れた。
砂の地にある家は地下から掘りだされた石材で出来ている。
木材は貴重な資源であり、滅多に使われない。
ひんやりとした木の感触を確かめ、アスタは壁に耳を当てた。
「水の音が聞こえる……これが……木の家」
「それには理由がある。来てみろ」
小屋の扉を開け、中に入る。
普通の家のように思えたが、絨毯をめくった場所に四角い上げ蓋がついていた。
それを持ち上げると、地下に続く階段が現れる。
下まで降りると、アスタはまた感嘆のため息をもらした。
そこはあまりにも美しいガラス製の寝室になっていた。
円形の壁が透明なガラスになっており、水中がその向こうに見えている。
水面からさしこむ光はちゃんとガラス越しに寝室にまで届き、青白い光がほのかに室内のものを照らし出していた。
「水の中の部屋?」
ガラスの壁に近づき、その向こうに目を凝らすと、湖の中を泳ぐ魚が見えた。
水底の砂が舞い上がり、水草が揺れる。
巨大な魚がゆったりと壁の前を通り過ぎる。
「ここは、お前の要塞だ」
「私の?」
「もし、またあの水の神殿から火の王とやらが現れたら、ここに逃げ込めばいい。ここで火を使えば壁が割れ、この部屋は消滅する。お前は水の中では死なないだろう?死ぬのはあの男だけだ」
なんて贅沢な要塞だろうとアスタは想った。
たっぷりの水に、木まで使った小屋がある。
しかも寝室は水の中にあり、全てがガラスで覆われている。
王でさえ、これだけの贅沢は望めない。
「お前を守るために、俺が造らせた。お前の故郷はここだ」
追い詰められたように青ざめるアスタを抱き上げ、ハカスは寝台に連れて行った。
優しく横たえ、その上に覆いかぶさると、指でアスタの頬にかかる髪を除ける。
「アスタ、お前は俺の妻だ。そして俺の子供達の母親であり、王妃でもある。俺はお前以外の女はもたないとイハに約束したぞ」
シャツを脱ぎ捨てたハカスは、その逞しい体を露わにし、アスタに迫る。
逃げようもなく、アスタはハカスの腕に抱かれた。
「ああ……」
そのうめき声は絶望の響きを帯びている。
アスタの白い乳房の上に、浅黒い砂の民の手がかかる。
獲物を追い詰める獣の目が、アスタを見ている。
なぜそれがダヤの目ではないのか。
なぜそれが愛する人ではないのか。
この男に、永遠に体を奪われ続けるのか。
計り知れない絶望と屈辱、それから魂まで歪められていくような恐怖がアスタの心を染め上げる。
ガラス越しに水中を見つめながら、火の王の城にいた時の方がましだったとアスタは思った。
予言の巫女の力は処女でなければ使えないと信じられていたため、体を奪われることはなかった。
ハカスはアスタの胸を愛撫し、足を持ち上げ、体の中心部に舌を這わせている。
ダヤに愛されていた頃とはきっと形さえ変わってしまったにちがいない。
子供を二人も産み、毎日のように他の男のものを受け入れているのだから。
ダヤの物だった頃の体はもう戻ってこない。
寝台が軋みはじめ、アスタは何も考えられず、ただ甘く鳴きだした。
なぜ涙が止まらないのか、それを考えようとする心に蓋をして、甘い快感だけに身を任せる。
「愛している。アスタ」
ハカスの偽りの言葉がアスタの耳に届く。
ダヤの声が耳に蘇る。
――アスタ、愛している……
その声が重なれば、アスタの心は粉々に砕けてしまう。
――違う。この男は違う。私の愛している男じゃない……
ガラス越しに、アスタは巨大な魚の目を見た。
魚は無関心を装い、優雅に水の中を泳いで消えていく。
水の民は人魚と呼ばれた魔物から生まれた民であり、かつては狂暴な砂魚やそれよりも大きな魔物達と共に水の中で暮らしていた。
魔物の声で危険を知らせ合い、水を操り、身を守って懸命に生き、ついに陸に逃げ出したのだ。
しかし敵はどこまでも追ってくる。
どこにも安全な場所など存在しなかったのだ。
アスタはそんなことを想いながら、ハカスによって与えられる甘い快感に身をゆだね、か細い声で鳴いていた。
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