砂の地に囚われて

丸井竹

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1.奪われた水女

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急激に冷える夜の風は、窓の隙間から容赦なく吹き込み、眠っていた少女の肩を震わせた。
それに気づいたように傍らで眠っていた男が少女の体を深く抱き込む。
そのぬくもりにほっとして、少女は体の力を抜いた。

砂の王国バーヤンの小さな町、ザヤの住宅街の一角で眠るこの男女は狩人とその妻だった。
男の方は砂の民特有の黒い肌だが、その妻のアスタの肌は透けるように白く、日差しにも弱い。

静寂に包まれた夜の町に、突然けたたましい警鐘の音が鳴りだした。

「ダヤ!」

恐怖に身をすくませる少女を抱き寄せ、男は静かに目を開けた。
鋭いその眼光は既に獲物を追っている。

「砂魚が出たな。アスタ、ここを出るなよ」

まだ夜だったが、日除けのマントを壁から外し、ダヤはアスタに強引に着せる。
アスタは水女であり、役人に見つかれば連れていかれてしまう。

寝台から滑り降り、壁に立てかけられた銛を手にするダヤの背中に、アスタが震える声を投げかける。

「ちゃんと帰って来てね」

振り返りざまダヤはアスタを強く引き寄せ、乱暴に唇を重ねた。
甘い舌を吸い上げ、唾液を絡めるとその小さな唇を舐めて引き上げる。

「アスタ、お前こそどこにも行くなよ」

不敵に笑ってみせると、ダヤは家を飛び出した。

一気に通りを走り抜け、外壁の登り口を目指す。
そそり立つ壁には既に男達が駆け付け、銛を背負って縄梯子を登っていく。

ダヤも負けじと揺れる縄梯子を捕まえ、上に向かって登り始めた。
壁の上では、狩人達が銛を構え、砂の海を見渡していた。

「ダヤ、獲物はさっき南に沈んだ。もうすぐ上がって来るぞ」

仲間の一人がダヤに教える。
無言でうなずき、ダヤもまた銛を構える。

なだらかな砂丘が波のように盛り上がり、巨大な鱗に覆われた砂魚の背びれが浮かび上がる。
まだ薄暗い視界の中、その鱗の数枚がきらりと光った。
町に入り込まれたら水源を飲みつくされてしまう。

「引き付けろよ」

声をかけあい、その時を待つ。
大きな門は固く閉じられているが、水源の臭いを知る砂魚はそこを狙って突進してくる。
砂塵が舞い上がり、巨大な尻尾が砂を叩く。

その鼻先が門に接するその直前で、狩人達が壁から飛び出した。
振りかざした銛を一気にその頂点めがけて力強く押し出す。

青くきらめく額の宝玉をダヤの銛が貫いた。
激しく暴れるその巨体の背から振り落とされまいと、他の狩人達も銛を打ち込み、鱗にしがみつく。

砂魚が跳ね上がるたびに、誰かが振り落とされていく。
渾身の力を込め、ダヤはさらに銛を深く打ち込んだ。

何かが弾けるような音がして、砂魚の動きがぴたりと止まる。
ぐらりと、その巨体が傾き始める。
多くの狩人達がその場を離れたが、ダヤは銛の柄を握り込み、額の上で踏ん張った。
地面が揺れ、砂が舞い上がる。

「急いで解体にかかるぞ!」

銛からぶら下がり、落下を免れたダヤも砂地に着地する。
他の狩人達も駆け寄ってきて、鱗を剥ぎにかかる。
水を奪いにくる砂魚だが、資源の乏しいこの砂の王国にはなくてはならない貴重な食材であり、資材だった。

町の門が開かれ、資源の搬入が始まった。
美しい砂丘の彼方から、ようやく刺すような暑さをもたらす太陽が登り始めている。
夜と朝の境にある涼しいうちに仕事を済ませようと、町の人々も続々と門を出てくる。

「ダヤ!」

切羽詰まった声がダヤの耳に届いた。
銛を引き抜き、青い宝玉をくり抜いていたダヤが振り返る。
隣家の女が手を振り回しながら、走ってくる。

「大変よ!アスタが!」

血相を変え、ダヤは砂魚の背を滑り降りた。

「アスタがどうした?」

水女のアスタを見つけたのはダヤであり、その存在は信頼できる友人たちにしか明かしていない。

「餌にするからと連れていかれたの!」

誰かがアスタのことを役人に売ったのだ。

砂ラクダが引く車が東門から飛び出し、砂煙を立てながら遠ざかる。
解体した砂魚を門の中に運び込んでいる間に、新たな砂魚が襲ってくることがあれば、オアシスの水が奪われることになる。
それまでの時間稼ぎにアスタを餌として外に連れ出したのだ。
駆けだしていこうとするダヤの肩を誰かが掴んだ。
同じ狩人のボーが険しい表情でダヤを見据えている。

「念のためだ。水を奪われたら生きていけない。水女を見つけたら囮役として登録するのが決まりだ」

「お前がアスタを売ったのか?」

怒声をあげるが、争っている暇はなかった。
すぐにボーの手を払いのけ、解体された砂魚の鱗を町に運び入れようとしていた砂ラクダを奪うと、その背にひらりとまたがった。

「おい!ダヤ!」

背後の声を無視し、ダヤは銛を片手に砂ラクダを追いかける。

三頭の砂ラクダの後ろを餌を乗せた車が滑っていく。
強い日差しが砂埃を黄金の輝きに染め上げる。

やっと、荷台にいるアスタの姿を捉えた。
車に備え付けられた柱に縛られ、白い肌を赤く染めている。

「アスタ!」

その声に反応し、アスタが顔をあげる。
ぶわりと涙が溢れる。

「ダヤ!」

砂丘を登っていた砂ラクダたちの前で、大量の砂が地中から吹き上がった。

「砂魚だ!」

御者席から役人たちが飛び出した。
縛られているアスタは荷台に残され身動きも出来ない。
制御を失った砂ラクダに引っ張られ、砂丘の上を運ばれていく。

「アスタ!」

白いマントが風になびき、フードの下から金色の髪がこぼれでる。
アスタの白い肌がさらに赤く焼けていく。
砂が波のように盛り上がり、巨大な口が現れる。

「ダヤ!逃げて!私は、いいから!」

アスタが泣きながら叫んだ。
その声を無視し、ダヤは砂ラクダの上で立ち上がり、手綱を放して飛び上がった。
かろうじて、荷台の端に着地し、アスタの縛られている柱に飛びつくとロープを解きにかかる。

その後ろを振り返ったアスタが悲鳴をあげた。

「ダヤ!」

鋭い歯が並ぶ巨大な口が、頭上から襲い掛かる。
片腕にアスタを抱き、ダヤは牙をすり抜け舌先に転がり込むと、銛を突き上げた。

「ダヤ、ダヤ、ごめんなさい」

アスタは泣きじゃくり、ダヤの腕にしがみつく。

体が跳ね上がるほどの強い衝撃と揺れが二人を襲う。
ダヤは銛の柄を強く握り、金属部分がしっかり刺さっているか確かめた。

突然、ふわりと体が浮き上がった。
砂魚が飛び上がったのだ。
歯を食いしばり、ダヤはアスタが飛ばされないように腕の中に閉じ込めた、

「気を失うなよ」

低く絞りだされたダヤの声に、アスタは懸命に頷いた。


どれほどの時間耐えたかわからなかったが、突然砂魚の動きが止まった。
唐突に砂魚の口が開き始めた。

眩しい光に腕をかざし、ダヤは外を睨む。
赤く焼けた砂の上に、見知らぬ男達が並んでいた。

「驚いたな。水女がいるぞ。男は不要だな」

ちぐはぐな装備で身を固めた男達が、下品な笑みを浮かべている。
砂上を荒らす盗賊たちだった。

「や、やめて!彼を殺さないで!か、彼を助けてくれないと、死んでやる!」

ダヤの後ろから、アスタが叫んだ。
それを盗賊たちはいやらしい目つきで眺め、舌なめずりを始める。

「舌でも噛まれたら面倒だな。水女は金になる。砂魚の餌に使えるし、国が奴隷として買い取っている」

「男は女を従えるための人質に使えるな」

盗賊の一人が剣を突き出した。

「その男を助けてやろう。そのかわり、女の方には俺達の相手をしてもらう」

怒りに燃え、ダヤがアスタを行かせまいと腕を横に出す。
その腕にアスタがしがみつく。

「ダヤ、ここは砂の上、水も食料もなければどこにも行けない。私は一度殺されている。だから大丈夫。ねぇ、彼らに従いましょう。私は餌にされることに慣れているから」

「なるほど、餌役とそのお目付け役か?どこの国のものだ?」

口を閉ざす二人を見て、先頭の男が剣をくいっと持ち上げる。

「まぁ、いいだろう。水女に死なれたら大損だ。女、こっちに来い」

盗賊達を睨みつけ、戦う姿勢を崩さないダヤにアスタが囁く。

「ダヤ、生き延びましょう。お願い……」

ダヤが頭上の銛を引き抜いた。
その先端を真っすぐに先頭の男に向かって突き出す。

先頭の盗賊はひらりと後ろに飛ぶ。

「おいおい。こっちは十人以上だぞ?歯向かえば二人で死ぬことになる。頭が悪い男だな。水女を大人しくこちらに渡せば、命まではとったりはしない。ただ奴隷として売るだけだ」

ダヤは砂魚の口の奥にアスタを押しやり、低く囁く。

「後ろにいろ。必ず助ける」

ダヤの指示に従い、アスタはすぐに後ろに下がった。
大きく息を吸い込み、ダヤは弾力のある砂魚の舌を踏み込み台に前に出た。

その瞬間、「どんっ」と大きな音がして男達の背後から黒い物体が放たれた。
それはぱっと広がり黒い鎖の網となって二人の頭上に落ちてくる。
間に合わないと見て、ダヤは後ろに飛んでアスタを突き飛ばした。

「ダヤ!」

アスタの伸ばした手はダヤに届かなかった。
落ちてきた網に絡まり倒れたダヤを乗り越え、盗賊達がアスタに襲い掛かる。

「アスタ!」

もがいているダヤの上にも男が馬乗りになる。
その首筋にぴたりと短剣の切っ先を押し当て、嫌らしく笑う。

「すぐには殺さないさ。安心しろ」

ダヤは目で射殺そうとするかのように馬乗りになっている男を睨みつけた。



ずるずると死んだ砂魚が砂上を運ばれていく。
その巨体には何本もの銛がささり、そこにつながれたロープの先端は、砂ラクダ三頭とダヤに繋がれていた。

ぱっくりと空いた砂魚の口に乗り込んだ盗賊たちは、砂ラクダと並ぶダヤを嘲った。

「なかなか似合っているじゃないか。鞍でもおいてやろうか?」

ダヤの全身からは汗が吹き出し、背中には鞭で打たれた跡がある。

「や、やめて!お願い、彼に酷いことをしないで!」

アスタの腰を抱いている盗賊が、これ見よがしに無理やりその唇を奪う。

「んんっ」

「すげぇな。この女、唾液まで甘いぜ」

わざと大きな声で話しながら、盗賊たちはアスタの胸を服の上から乱暴にもみあげ、下品な笑い声を立てる。

「頼み方があるんじゃないのか?」

アスタは気丈にも涙を拭い、真っすぐに男を見上げた。

「お願いです。彼を助けてください。そ、そのかわり、私はどんなことでも致します」

「良く出来たじゃないか」

盗賊の頭であるグゼンが、アスタの小さな頭をつまみ上げた。
そのまま、股間の方に引き寄せる。
手下の盗賊たちが、涎を滴らせ、その淫らな光景をぎらついた目で見ている。

グゼンはアスタの鼻先で、醜く垂れ下がるそれを左右に揺らして見せた。
尿と汗の混じった臭いに吐き気を堪えながら、アスタは震える唇をゆっくり開く。

「約束を破ったら、噛みついてやるわ」

震える声でアスタが脅すと、どっと下品な笑い声が上がった。

「うまくやれば男は生かしておいてやるさ。お前が上手くできなければ……わかっているだろう?」

グゼンを睨みつけながら、アスタは生臭い男の物を唇で咥えこんだ。
その頭をグゼンが上から押さえ込む。

「んっんんっ」

また男達の笑い声があがる。

「おい、誰か後ろから胸をもんでやれ。気分が出るだろう?」

順番待ちをしていた手下の盗賊達が歓声をあげ、アスタの胸を乱暴に背後からもみあげる。

「んんんっ!」

口を封じられているアスタは逃げることも出来ない。

アスタの苦痛の声を後ろに聞きながら、ダヤは血走った目で正面を睨み、前に進み続ける。
その前方にはどこまでも平らな砂の大地が続いており、ゆらめく影が時折、様々な光景を作り出す。

背後で、またアスタの悲鳴があがった。

「くっ……」

その声を後ろに聞きながら、ダヤは体力を温存すべく、砂ラクダの陰に入り込んだ。


背後では、アスタはついにグゼンに押し倒され、その足を大きく開かされていた。
可愛い愛撫で立ち上がった物を見せつけ、グゼンは舌なめずりをしてアスタを見下ろした。
盗賊達が頭上でアスタの両腕を押さえつけている。

砂魚の舌の上は適度に弾力があり、寝台のマットのような役割を果たしている。
少し生臭いが、まだ新鮮で瑞々しくもある。

「さて、そろそろ中を味見してやろうか。どうせ餌なんだ。生きていればいいだろう?」

睨みつけてくるアスタの上に、わざとゆっくりとのしかかり、その体を重ねていく。
その屈辱に耐え、アスタは声を上げまいと唇を引き結び、横を向いた。

「お、これは最高に具合が良い穴じゃないか」

盗賊たちはダヤを嘲るように丁寧に状況を説明し、笑い立てる。
仰向けに押さえ込まれたアスタは、男達から少しでも離れようと喉をのけぞらせた。

その視界にダヤの鞭打たれた背中が入る。

それは、アスタが男達に逆らったせいで、ダヤがお仕置きとして打たれた跡だった。

グゼンが腰を振り出した。
強く押しつけられるたびに、アスタの鼻から衝撃に耐えるような声が抜ける。

必死に声を殺すアスタの口を、頭上の男が指でこじあけた。

「あっ」

開かれた口はすぐに生臭いもので埋められる。
頭を物のように上から押され、あまりの息苦しさにアスタはくぐもった悲鳴をあげた。

「んー!んーっ!」

息が出来ないと体をよじって訴えるが、その細い体はグゼンが押さえ込み、腰を叩きつけている。

喉まで刺さっていた肉の塊がずるりと引き抜かれると、アスタは大きく息を吸い込んだ。
直後、また他の男の物がずぼりと口の中に押し込まれる。

「んんっ!」

苦しそうなアスタの声が続く。
その時、遠くで砂がふきあがった。

砂が盛り上がり、こちらに近づいてくる。
と、巨大な砂魚の頭が飛び出した。

「うわああああっ」

突然迫ってきた鋭い牙に、盗賊たちは慌てふためきアスタを置いて飛び出した。
砂魚は水女を追ってくる。
つい楽しみに夢中になり、彼らはそれを失念していたのだ。

「砂ラクダを回収だ!」

盗賊たちが砂ラクダや荷物を回収し、逃げ始める中、アスタは落ちていた短剣を拾い上げダヤに向かって走り出す。

ダヤもまた、ロープを引きずりアスタのもとに走っていた。
巨大な口が二人を飲み込む寸前、アスタはなんとか縛られていたダヤの手を解放し、ダヤはアスタを抱き寄せた。砂が巻き上がり、獲物を飲み込んだ砂魚が地中に消えていく。

そこには穴さえ残らず、ただ太陽の熱に焼かれる砂地ばかりが広がっていた。




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