残酷で幸福な愛の話

丸井竹

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19.夢の中の計画

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「昨日、あなたが殺される夢を見たと言ったでしょう?
私、夢の中であなたの仇を取ろうとしたの。それで計画を立てたのよ。
幻惑の実で私は王のように残忍な人間になろうとしたの。
あれを殺すには自分もそれ以上に酷いことが出来なければならないと思ったからよ。
王は残酷な遊びができる人間が好きなの。壊れて狂った人間も好きよ。
犠牲を出すことを覚悟して、犬を集め始めた。
私は夢の中で死体の指を集めた。そうしたものを切り取るのが好きだと見せて、王を面白がらせたの。
悪趣味だけど、そういうことを喜ぶのよ。
残忍で人の尊厳をずたずたに引き裂くようなことを楽しんでやらないとだめなの。
王は自分側の人間だと思い込み、面白がってくれる。そうすればそこに隙が生まれる。
夢の中で私は短剣やかみそり、ペンやインクまで手に入れた。
たくさんの犬のおしっこや死体の指で寝室の鉄格子を腐らせようとしたの。
それから、目の前で大切な犬を殺されても王を攻めなかった。
私は三日間、死体が生き返ると信じて世話をするふりをした。
王は最初喜んだけど、殺すと私が面倒な事を始めると学習した」

ヤーナは夢の中で見た、王宮に連れ戻された後のことをデイヴィスに語った。
階段の踊り場に倒れていたデイヴィスの姿も、夢の中でみた光景だ。

「日記を書いて落としたのは、私が狂って書き始めたと思わせるため。
私の計画が失敗しても、同じようなことを考える人が現れ、それを参考にするかもしれないとも思った。
でも、それを拾った人が仲間だと思われたら困るでしょう?だから、誰もが知ることのできるただの日記にしたの。
私がどうやって生き延びていたのかわかるでしょう?王がどんな人間を生かしていたのかも。
失敗しても、何か一つでも計画したことが残ればいいと思った。
緩んだ鉄格子でも、あるいは日記でも、あるいは、さりげなく隠した短剣やペン、紐といった武器になりそうなもの。隠したとわかるように隠してはだめなの。
凶器だと思ってもいないような顔をして、それを敵がすぐに見つけて取り上げられる場所に置くの。気が狂っている人間の遊びだとわかるように」

熱心に語っていたヤーナは一旦言葉を切り、デイヴィスの頭を撫でた。

「うまくいっていたと思うけど、幻惑の実や薬酒に頼り過ぎた。笑いながら人の指をお尻に詰めたり、それを吐き出す練習をさせたり、なんだか、ひどく……気持ち悪くて恐ろしかった。
笑えなくなったら、計画がすべて台無しになるから。
必死に幻惑の実を飲みながら計画を頭でおさらいして、それ以外の記憶は消そうとした。
あなたは私を裏切ったただの犬だと自分で自分を洗脳したように、私はこの計画を実行するためだけに自分を洗脳したの。残忍な遊びを心から楽しめる狂った女になろうとした。
結末は決まっていた。
あの寝台に王が座ったら、私は甘えるふりをして抱き着いて後ろの鉄格子に倒れさせる。
王は窓から落下する。落下しなくても、その瞬間、短剣を突き立て窓の縁につかまろうとするその手を引きはがす。それも失敗したら増えた犬たちが私達を押し出す。
だから、裸の犬が必要だった。油断されないおもちゃの犬をたくさん集めて、用心深く計画を練った。
もう少しだったの。鉄格子は揺れていた。犬たちの数も増えていたし、武器もマットの端に隠した。もうすぐだった……。
デイヴィス、覚えておいて。生き延びられる人間になるにはどうしたらいいのか。
男の中にも長生きしていた犬がいた。幻惑の実は人格を壊してしまうけど、賢く使えば、自分の記憶も書き換えられる。隠したいことを隠してしまえる。
でも、自分を失ってしまったらどうなるかわからないから、自分を消すようなこともしなければならない」

ヤーナは口を閉ざしてしばらく耳を澄ませた。
それから今度は独り言のように話し出した。

「長い夢だったの……どこで終わったのかしら。すごく強そうな犬が連れてこられたの。五頭いたのに、あっという間に一頭が殺されてしまった。
私の計画にどうしても欲しくて、殺されないように手に入れようとしたの。
王が処刑すると言ったから、それまでに手に入れて寝室に連れ込めば、王が来た時にあの緩んだ鉄格子から押し出してしまえると思った。
すごく強そうな男達、彼らなら私がしくじって王を落下させることが出来なくても、後ろから押してくれたら鉄格子ごと落下させてくれると思った。
だから、面白い遊びを王に提案して、その犬が私の手元に少しの間でもくるようにしむけたの。
あの四頭の犬は……手に入れられたのかしら……」

ヤーナは記憶を探るようにまた沈黙した。
鼻をすする音がして、ヤーナは驚いてデイヴィスの頭を胸に抱きしめた。

「笑いなさいと教えたでしょう?夢の話なんてうまくいかないと思っているかもしれないけど、私は王をよく知っている。用心深くやればこの計画はきっとうまくいく。
時間をかけて、たった一人でやったの。王の眼はどこにでもあるのだから作戦を共有するのは危険よ。
無意識に計画を行えるように私は自分に言い聞かせ、他の全ての記憶を消し去った。計画を立てたことすら忘れた。残忍な王の犬になりきるために。
不思議ね……でも今話せているから、自分を洗脳しきれていなかったのかもしれない。
ここも危ないと話したでしょう?今度こそもうここに戻ってはだめよ。デイヴィス、覚えておいて。いつか、誰かがこの計画を実行に移すかもしれない。
今もどこかで、誰かが反乱を考えているかもしれない。どこかで、何かが繋がって、大きな力になって、あれは倒されるかもしれない……」

ヤーナは夢と現実のはざまで混乱したように言葉を閉ざした。

「もし、その方法が試されて、時代が変わったら……ヤーナ、君は信じるか?」

突然、デイヴィスの声が暗闇に響き、ヤーナは手探りで急いでデイヴィスの口を塞いだ。

「しっ。犬は許可なく話してはいけないと言ったでしょう?すごく怖いわ……。あなたがここにいることが、とても怖い。
だって、あなたは夢の中で、ここで殺されていたから……。静かすぎない?」

震えながらヤーナは立ち上がり、窓に駆け寄り外を見た。
それからデイヴィスの体をさぐり、裸でいるかどうか確かめた。

「紐もした方がいいわ。出来るだけ恥ずかしい格好をしていた方がいいの。殺されにくいから。もう行きましょう。今度こそ戻ってはだめ。
私は大丈夫。幻惑の実の使い方を知っているから、今話したこともすぐに忘れるように自分を洗脳するわ。
王が私から何か聞き出そうとしても、私は既に今の人格を手放している。だからあなたは無事よ」

ヤーナはデイヴィスの髪をひっぱり、寝室を出た。暗がりの中、息を潜めて階段を下りる。
やはり階段の途中で足を止めた。
少し考え、また歩き出す。

厨房に戻ってくると、ヤーナはデイヴィスに服を押し付けた。

「さあ、出ていくのよ。もう戻ってはだめ。王の話を信じないで。油断を誘っているだけ。私が死んでも気にしないでね。さっきの計画もあなたは実行してはだめ。どうしても王を殺したい誰かがいて、この計画を教えるのなら、顔も名前も知られないように用心するのよ」

なかなか出ていこうとしないデイヴィスをヤーナは無理矢理扉の外に押し出した。

「見つからないようにするのよ。あなたが捕まって死んだら、私の三年間の努力は全部水の泡よ。いいわね?さあ、行って!」

扉を閉めると、ヤーナはすぐに鍵をかけた。
それからランプを付けて寝室に戻り、シーツを引き裂いた。

厨房に戻り、灯りを掲げ、柱がある場所を確かめる。
天井には横向きの柱がいくつも交差しており、そこに調理器具やハーブ、袋に入った野菜がぶら下がっている。

椅子を運んできてテーブルに上がり、柱に手が届くところまで登ると、ヤーナは持ってきたシーツを柱にかけた。
デイヴィスに話して聞かせたことが王にばれないように、自分の記憶を完全に封じてしまわなければならない。
幻惑の実は完全ではない。消したはずの記憶も思い出してしまうことがあるのだ。
王のもとに戻されたら自殺すら出来なくなる。

素早くシーツを縛り上げ首が入るぐらいの輪を作る。
生き残ったら面倒なことになる。
シーツの幅が広すぎて死にきれなかったらどうしようかと、何度か引っ張りロープのように使えるか確認をする。

それから椅子の上でつま先立ちになり、シーツで作った輪に首を通した。
驚くほど心の中はすっきりしていた。
今気が付いた。最初からこうすればよかったのだ。

生きて彼に会いたい気持ちが、死を遠ざけていたのかもしれない。

今度こそやり残したことは一つもない。

つま先で飛び上がりながら椅子の背もたれを蹴り飛ばした。
椅子の倒れる音がして、ランプの灯りが視界の端でゆれる。

暗闇が訪れた。



 扉の外で呆然としながらも、次の作戦を考えていたデイヴィスは、背後の物音にすぐに気が付いた。
即座に扉を開けようとしたが、鍵がかけられてる。
窓に走ると、ランプの灯り越しに揺れているヤーナの姿があった。

息をするより早く窓を割り飛び込んだ。
テーブルの上を滑り込み、ヤーナの体をすくい上げる。
意識のないヤーナの体を抱き上げて悲鳴をあげた。

「誰か!誰か来てくれ!」

外には仲間達が待機していた。扉を破ってエルヴィン達が入って来た。
シーツの紐が切り落とされ、ヤーナの体がテーブルに横たえられる。
ヤーナの治療にあたっていた治癒師もいた。
胸を叩き、呼びかける。

「ヤーナ!ヤーナ!」

泣き叫ぶデイヴィスの声が開け放たれた裏口の外に響き渡る。
その声は闇の中を走り抜け、オスカーの墓の向こうまで聞こえていた。



 ヤーナは幸福な夢を見ていた。

それはまだ男性と手も繋いだことが無かった頃の夢だ。
目を合わせることさえ恥ずかしかった。
肌に触れ、匂いをかいでみたくてたまらなかった。

柔らかな木漏れ日の下、偶然を装って待っている恋人。
違う。
まだ恋人でもない。
早とちりしているだけかもしれない。

でもその温かな眼差しを見ると期待してしまう。
愛されているのではないかと考え、そんな風に考えてしまう自分が恥ずかしくて顔をあげられなくなる。

図々しいことを考えているだろうか。

そんな葛藤を抱えながら彼の傍に立つ。
優しい声音、逞しい手が水瓶を取り上げる。
川のせせらぎを聞きながら、緑の小道を歩く。

「ヤーナ……」

名前を呼ばれ、呼び返そうとするが、それはうまくいかない。
名前を知られたら殺されてしまう。
口を閉ざし、困ったように笑う。

「あなたのことは内緒なの。知られないようにしないと、殺されてしまうから」

突然恐怖が襲ってくる。
緑豊かな木々や、鳥のさえずり、温かな日差しの中で手も繋いだことのない男性と歩く。
幸福な光景に、泣きたくなる。

手は血に染まり、体は泥に汚れて見る影もない。
全てが遠ざかる。
美しい物、愛しい物、愛した人、自分がかつて存在していた世界。

それはもう手が届かないほど遠くに行ってしまった。
今いる世界は地獄だ。
全てを奪われ全てを汚される。

「逃げて、逃げて……」

たった一つの幸福な記憶を遠くに逃がさなければ。
あの記憶をあれに見られたら、彼が殺されてしまう。

記憶の中を真っ黒に染めて、幸福な記憶を探り当てられ壊されてしまう前に隠してしまおう。

平和な世界で幸福に暮らすあの人を思い浮かべる。

「ヤーナ」

遠くで声が聞こえる。
すがりつきたくなる優しい声。

あの人は知らない人。
自分とは関係ない人。
何度も自分に言い聞かせる。

彼の存在をあれから必ず守り切らなければ。

ヤーナは固く心を閉ざし、口を噤んだ。
絶対に渡してはいけない、たった一つの幸福な記憶から目を逸らす。
どんなに気が狂っても彼のことは話してはいけない。
彼は知らない人。

夢の中で、ヤーナはひたすら自分に言い聞かせた。



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