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第二章 竜の国の騎士
40.竜の再来
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バレア国王都の小さな酒場に、旅装の男が一人入ってきた。
迷わず角の席に座り、近づいてきた酒場女に酒を注文する。
大剣を下げているが、服装は一般の旅人と変わらず、厚手のマントは埃まみれだ。
袖をまくり、日焼けした腕をテーブルに立て、落ちてきた前髪をかき上げる。
グラスを運んできた酒場女が、ちらりとその男臭い旅人に色目を使い、豊かな胸を強調しながら、男に何か語り掛ける。
男は困ったように財布を漁り、硬貨を摘まみ出すと酒場女に押し付けた。
誘いを断られた女は、唇を尖らせ、面白くなさそうな顔で男の前を去る。
徐々に人が増え、ごった返してきた酒場内に、騎士の隊服を着た男が一人入ってきた。
店内をざっと見回すと、真っすぐに角の席に座る旅装の男に近づいた。
「デレク、戻っていたなら知らせろよ。なぜ宿舎に戻ってこない?」
「ああ……ヒューか。今夜は町で泊まることにした。やはり一番ラーシアを思い出すのはこの町だ」
恥ずかしげもなく、そんなことを語る友人に、苦笑しながらヒューは向かいに座る。
酒が運ばれてくると、二人はグラスを合わせ、同時に酒を喉に流し込む。
「門番からお前が戻ってきたと聞いて、探しに来た」
第四騎士団は王都を守る騎士団の一つだ。一般人に扮してもすぐに居場所は割れてしまう。
人知れずゆっくり過ごしたいと思っていたデレクは小さくため息をついた。
「何か用か?」
手を挙げ、酒場女を呼びながら、ヒューが答える。
「いや、一人寂しく飲んでいるんじゃないかと思っただけさ。だいたいお前何年禁欲生活を送っている。全く、もの好きだな」
「お前だって、そろそろ身を固めることは考えないのか?」
「そんな面倒なことはしない」
あっさり切り捨て、ヒューはやってきた店の女に煮込みとサラダを注文する。
友にはぎとぎとに油ぎった肉の塊を頼み、デレクはちょっと嫌な顔をした。
「肉を食べると性欲が強くなるらしい」
やりたい女がいなければ意味がないと、デレクは興味なさそうに首を振る。
二人とも結婚適齢期の男盛りであり、順調に出世している。
もてないはずはないのだが、二人とも浮いた話がない。
突然ステージで吟遊詩人の演奏が始まった。
ピンクのショールを被った女の吟遊詩人が、リュートを抱いて歌いだす。
一瞬、身を乗り出したデレクは、すぐに人違いに気づき、腰を椅子に戻した。
ヒューは陽気に歌う吟遊詩人をどこか懐かしそうに眺めた。
「流しの吟遊詩人だ。この店じゃ珍しいな」
二人が飲んでいる酒場は地元の人間が使うような、ちょっと言葉は悪いが小汚い酒場だ。
吟遊詩人は門から近い大きな酒場に押しかける。
竜を追い返し、生贄制度が消えてから、バレア国は竜を倒せる強い国だと評判になり、観光客がさらに増えた。
国民を大切に守る国だと知られたことで、安全な国という印象も強くした。
安全で平和であれば、旅もしやすい。
しかも国のいたるところに、竜の襲撃に備えて建てられた騎士団要塞がある。
たった一人の生贄を救おうとした勇敢な騎士達の話も観光客用に脚色されて広まり、バレア国の騎士を見るために、観光に訪れる女性たちまで現れた。
身分のある女性だと護衛や召使達も一緒にやってくる。
生贄がなくなっても、竜はやはりバレア国の観光資源だった。
ぼんやりと、物思いに沈みながらデレクが窓の外に目をやった。
「ヒュー」
突然、デレクが鋭い声を発した。
すぐにヒューも異変に気が付いた。
酒を飲んでいたとは思えない速さで立ち上がり、窓の外を見る。
吟遊詩人の演奏も止んでいた。
数秒、酒場に不穏な空気がながれる。
通りから悲鳴が聞こえた。
「きゃああああっ」
デレクとヒューは同時に走り出した。
酒場を飛び出すと、門の方から大勢の人々が押し寄せてくるのが見えた。
「大変だ!竜だ!竜が戻ってきた!」
人々の絶叫に驚愕し、二人は空を見上げる。
赤焼けた夕暮れの空の向こうに、黒い雲が渦巻いている。
生贄の山がある方角だ。
激しい警鐘が町の空に響き渡る。
デレクが門に向かって走り出す。
「待て!デレク!騎士団の拠点に戻る方が先だ!」
王都を守る騎士達が人々に避難を呼びかけ動き出している。
「家に入れ!竜の姿を見たら呪われるぞ!」
人々は家に飛び込み窓や戸口を閉める。
旅人や観光客のための避難所を案内する声も聞こえてくる。
「避難所は竜の広場にある!十分な場所がある、急がず向かえ!」
騎士達が通りに並び、落ち着いた声で案内を繰り返す。
第四騎士団の拠点は少し離れている。
ヒューがデレクを説得しようと追いかけるが、デレクは止まらなかった。
厩舎から馬を引っ張り出してまたがった。
「デレク!戻れ!」
ヒューも馬に乗ってデレクの後ろを追いかける。
逃げてくる人々を避けて、デレクは道を外れながら山を目指す。
「デレク!黒雲が膨らんでいる!竜が現れる前に建物に入るべきだ!森の小屋に入ろう」
ヒューは声の限り叫ぶが、デレクは振り返らずに馬を急がせる。
夕暮れの空はみるみる黒く染まり、山を中心に王都の方にまで影が押し寄せている。
「ヒュー!お前は隠れていろ!」
突然、デレクが振り返りながら叫んだ。
ヒューが追いかけてきていることには気づいていたのだ。
「俺は、ラーシアを取り返す!」
「冗談だろう?!」
ヒューは上体を低くして速度を上げ、デレクに並ぶ。
「この状態じゃ、生贄の山の門は閉ざされているはずだ。入れないぞ!」
「それでも行く。あの中に、あの雲の中にラーシアがいるかもしれない」
既に赤い稲光が黒雲の中に見える。
耳が割れるような雷鳴が轟いた。
互いの声も聞こえないほどの音の中で、ヒューは喉が枯れるのも構わず大声をあげた。
「デレク!生きて会いたいなら今は身を隠そう!ラーシアに死んだ姿を見せるつもりか?」
デレクは無言で横を走るヒューと目を合わせた。
命を守れと必死の形相でヒューはデレクに訴える。
風がどんどん強くなり、目を開けていることも困難な状態だ。
やっとデレクはヒューの言葉に同意するように頷いた。
二人は周囲を見回し、通り沿いから見える木こり小屋に向かった。
扉を開け、馬を無理やり引っ張り込む。
馬に続き、二人も室内に入り、扉を閉めた瞬間、木が倒れるようなすさまじい音が外から聞こえてきた。
慌てて二人は壁際に逃げる。
馬も狭い室内においやられ、落ち着かない様子で尻尾を壁に叩きつけている。
それをなだめながら、二人は外の物音に耳を澄ませる。
大木が何本もへし折られていくような音や風の唸り声、それから家が揺れるがたがたとした音が続く。
「駄目だ。通信具がいかれている。連絡が取れない」
ヒューが魔道具を耳から外し、ポケットにしまう。
デレクは壁に背中を押し付けて立ち、祈るように天井を見上げている。
「何を考えている?」
ヒューが問いかける。
「生贄の山の山頂に、俺が今日置いてきたばかりのラーシアへの贈り物が積んである。
もしかしたら、女性用のドレスや贈り物が、竜を呼びよせてしまったのではないかと考えていた」
デレクの答えにヒューが真っ青になる。
「やっと退けた竜を呼びよせただって?!思っていても口に出すな!もう預言者もいないんだ」
デレクは視線を上に向けたまま、話し続ける。
「あるいは、竜がラーシアを返しにきてくれたのではないかと思っている……。対話がうまくいったのかもしれない。ラーシアは、待っていなくてもいいと言った。それは、待っていて欲しいの意味だ。預言者様も、まるでラーシアがどこかで生きているかのような口ぶりだった」
信じがたい話にヒューは鼻に皺を寄せる。
「希望は持つな。大抵の希望は裏切られるものだ。騎士団でも奇跡は自分で引き寄せるものだと教わらなかったか?戦場でそんなものにすがっていたら命はいくつあっても足りない。預言者だって、生きているかのような口ぶりだったわけだろう?断言したわけじゃない。
お前を絶望させないために、優しさでどちらとも取れる言い方をしたのかもしれないぞ」
それにはデレクが渋い顔をした。
「どうかな……。あの預言者は正直いって、そんなに性格の良さそうな老人に見えなかったな……」
「お前、国を救った預言者様だぞ。ただの老人扱いはないだろう」
実際老人ではあったがと、ヒューは小さく付け足した。
風の音は長く続き、室内は完全に真っ暗になった。
二人は携帯用のランタンを灯し、床に座り込んだ。
嵐の音は一晩中続いた。
しかしその音は少しずつ収まり、小屋が揺れなくなると、二人はいつのまにか眠り込んでいた。
剣を抱き、壁に背中を押し付け眠っていたヒューは、突然肩を揺り動かされて目を覚ました。
「ヒュー、風が止んだ。俺は行くぞ」
飛び起きたヒューは、デレクがあけた扉から吹き込んできた風と、まばゆい朝日のせいで目を瞬かせた。
デレクは木こり小屋に無理やり押し込んだ馬を外に引っ張りだそうとしている。
「ま、待て!俺も行く!」
ポケットに手を入れ、通信具を取り出すと、ヒューは耳に取り付けた。
「第四騎士団、ヒューです。デレクも一緒です。生贄の山に向かいます」
すぐに副官のレイクから返事があった。
『無事だったか、良かった。生贄の山にこれから出立するところだ。用心しろ』
通信を切ったヒューは、馬を外に出すと、朝靄をかき分けデレクを追って馬を走らせる。
生贄の山がある方の空を見上げると、渦を巻いていた黒雲はもう消えていた。
何の変哲もない普通の白雲が遥か山頂にかかっている。
山は近いが、ふもとから山頂までは三日もかかる。急いだところで、現場に到着するのは黒雲が発生してから三日後だ。
年に一度山頂まで登っているのはデレクだけだ。
王国内では一番生贄の山に慣れているといえるだろう。
急げば二日で登頂出来るかもしれない。
ヒューは小さくなるデレクの背中を懸命に追いかけた。
迷わず角の席に座り、近づいてきた酒場女に酒を注文する。
大剣を下げているが、服装は一般の旅人と変わらず、厚手のマントは埃まみれだ。
袖をまくり、日焼けした腕をテーブルに立て、落ちてきた前髪をかき上げる。
グラスを運んできた酒場女が、ちらりとその男臭い旅人に色目を使い、豊かな胸を強調しながら、男に何か語り掛ける。
男は困ったように財布を漁り、硬貨を摘まみ出すと酒場女に押し付けた。
誘いを断られた女は、唇を尖らせ、面白くなさそうな顔で男の前を去る。
徐々に人が増え、ごった返してきた酒場内に、騎士の隊服を着た男が一人入ってきた。
店内をざっと見回すと、真っすぐに角の席に座る旅装の男に近づいた。
「デレク、戻っていたなら知らせろよ。なぜ宿舎に戻ってこない?」
「ああ……ヒューか。今夜は町で泊まることにした。やはり一番ラーシアを思い出すのはこの町だ」
恥ずかしげもなく、そんなことを語る友人に、苦笑しながらヒューは向かいに座る。
酒が運ばれてくると、二人はグラスを合わせ、同時に酒を喉に流し込む。
「門番からお前が戻ってきたと聞いて、探しに来た」
第四騎士団は王都を守る騎士団の一つだ。一般人に扮してもすぐに居場所は割れてしまう。
人知れずゆっくり過ごしたいと思っていたデレクは小さくため息をついた。
「何か用か?」
手を挙げ、酒場女を呼びながら、ヒューが答える。
「いや、一人寂しく飲んでいるんじゃないかと思っただけさ。だいたいお前何年禁欲生活を送っている。全く、もの好きだな」
「お前だって、そろそろ身を固めることは考えないのか?」
「そんな面倒なことはしない」
あっさり切り捨て、ヒューはやってきた店の女に煮込みとサラダを注文する。
友にはぎとぎとに油ぎった肉の塊を頼み、デレクはちょっと嫌な顔をした。
「肉を食べると性欲が強くなるらしい」
やりたい女がいなければ意味がないと、デレクは興味なさそうに首を振る。
二人とも結婚適齢期の男盛りであり、順調に出世している。
もてないはずはないのだが、二人とも浮いた話がない。
突然ステージで吟遊詩人の演奏が始まった。
ピンクのショールを被った女の吟遊詩人が、リュートを抱いて歌いだす。
一瞬、身を乗り出したデレクは、すぐに人違いに気づき、腰を椅子に戻した。
ヒューは陽気に歌う吟遊詩人をどこか懐かしそうに眺めた。
「流しの吟遊詩人だ。この店じゃ珍しいな」
二人が飲んでいる酒場は地元の人間が使うような、ちょっと言葉は悪いが小汚い酒場だ。
吟遊詩人は門から近い大きな酒場に押しかける。
竜を追い返し、生贄制度が消えてから、バレア国は竜を倒せる強い国だと評判になり、観光客がさらに増えた。
国民を大切に守る国だと知られたことで、安全な国という印象も強くした。
安全で平和であれば、旅もしやすい。
しかも国のいたるところに、竜の襲撃に備えて建てられた騎士団要塞がある。
たった一人の生贄を救おうとした勇敢な騎士達の話も観光客用に脚色されて広まり、バレア国の騎士を見るために、観光に訪れる女性たちまで現れた。
身分のある女性だと護衛や召使達も一緒にやってくる。
生贄がなくなっても、竜はやはりバレア国の観光資源だった。
ぼんやりと、物思いに沈みながらデレクが窓の外に目をやった。
「ヒュー」
突然、デレクが鋭い声を発した。
すぐにヒューも異変に気が付いた。
酒を飲んでいたとは思えない速さで立ち上がり、窓の外を見る。
吟遊詩人の演奏も止んでいた。
数秒、酒場に不穏な空気がながれる。
通りから悲鳴が聞こえた。
「きゃああああっ」
デレクとヒューは同時に走り出した。
酒場を飛び出すと、門の方から大勢の人々が押し寄せてくるのが見えた。
「大変だ!竜だ!竜が戻ってきた!」
人々の絶叫に驚愕し、二人は空を見上げる。
赤焼けた夕暮れの空の向こうに、黒い雲が渦巻いている。
生贄の山がある方角だ。
激しい警鐘が町の空に響き渡る。
デレクが門に向かって走り出す。
「待て!デレク!騎士団の拠点に戻る方が先だ!」
王都を守る騎士達が人々に避難を呼びかけ動き出している。
「家に入れ!竜の姿を見たら呪われるぞ!」
人々は家に飛び込み窓や戸口を閉める。
旅人や観光客のための避難所を案内する声も聞こえてくる。
「避難所は竜の広場にある!十分な場所がある、急がず向かえ!」
騎士達が通りに並び、落ち着いた声で案内を繰り返す。
第四騎士団の拠点は少し離れている。
ヒューがデレクを説得しようと追いかけるが、デレクは止まらなかった。
厩舎から馬を引っ張り出してまたがった。
「デレク!戻れ!」
ヒューも馬に乗ってデレクの後ろを追いかける。
逃げてくる人々を避けて、デレクは道を外れながら山を目指す。
「デレク!黒雲が膨らんでいる!竜が現れる前に建物に入るべきだ!森の小屋に入ろう」
ヒューは声の限り叫ぶが、デレクは振り返らずに馬を急がせる。
夕暮れの空はみるみる黒く染まり、山を中心に王都の方にまで影が押し寄せている。
「ヒュー!お前は隠れていろ!」
突然、デレクが振り返りながら叫んだ。
ヒューが追いかけてきていることには気づいていたのだ。
「俺は、ラーシアを取り返す!」
「冗談だろう?!」
ヒューは上体を低くして速度を上げ、デレクに並ぶ。
「この状態じゃ、生贄の山の門は閉ざされているはずだ。入れないぞ!」
「それでも行く。あの中に、あの雲の中にラーシアがいるかもしれない」
既に赤い稲光が黒雲の中に見える。
耳が割れるような雷鳴が轟いた。
互いの声も聞こえないほどの音の中で、ヒューは喉が枯れるのも構わず大声をあげた。
「デレク!生きて会いたいなら今は身を隠そう!ラーシアに死んだ姿を見せるつもりか?」
デレクは無言で横を走るヒューと目を合わせた。
命を守れと必死の形相でヒューはデレクに訴える。
風がどんどん強くなり、目を開けていることも困難な状態だ。
やっとデレクはヒューの言葉に同意するように頷いた。
二人は周囲を見回し、通り沿いから見える木こり小屋に向かった。
扉を開け、馬を無理やり引っ張り込む。
馬に続き、二人も室内に入り、扉を閉めた瞬間、木が倒れるようなすさまじい音が外から聞こえてきた。
慌てて二人は壁際に逃げる。
馬も狭い室内においやられ、落ち着かない様子で尻尾を壁に叩きつけている。
それをなだめながら、二人は外の物音に耳を澄ませる。
大木が何本もへし折られていくような音や風の唸り声、それから家が揺れるがたがたとした音が続く。
「駄目だ。通信具がいかれている。連絡が取れない」
ヒューが魔道具を耳から外し、ポケットにしまう。
デレクは壁に背中を押し付けて立ち、祈るように天井を見上げている。
「何を考えている?」
ヒューが問いかける。
「生贄の山の山頂に、俺が今日置いてきたばかりのラーシアへの贈り物が積んである。
もしかしたら、女性用のドレスや贈り物が、竜を呼びよせてしまったのではないかと考えていた」
デレクの答えにヒューが真っ青になる。
「やっと退けた竜を呼びよせただって?!思っていても口に出すな!もう預言者もいないんだ」
デレクは視線を上に向けたまま、話し続ける。
「あるいは、竜がラーシアを返しにきてくれたのではないかと思っている……。対話がうまくいったのかもしれない。ラーシアは、待っていなくてもいいと言った。それは、待っていて欲しいの意味だ。預言者様も、まるでラーシアがどこかで生きているかのような口ぶりだった」
信じがたい話にヒューは鼻に皺を寄せる。
「希望は持つな。大抵の希望は裏切られるものだ。騎士団でも奇跡は自分で引き寄せるものだと教わらなかったか?戦場でそんなものにすがっていたら命はいくつあっても足りない。預言者だって、生きているかのような口ぶりだったわけだろう?断言したわけじゃない。
お前を絶望させないために、優しさでどちらとも取れる言い方をしたのかもしれないぞ」
それにはデレクが渋い顔をした。
「どうかな……。あの預言者は正直いって、そんなに性格の良さそうな老人に見えなかったな……」
「お前、国を救った預言者様だぞ。ただの老人扱いはないだろう」
実際老人ではあったがと、ヒューは小さく付け足した。
風の音は長く続き、室内は完全に真っ暗になった。
二人は携帯用のランタンを灯し、床に座り込んだ。
嵐の音は一晩中続いた。
しかしその音は少しずつ収まり、小屋が揺れなくなると、二人はいつのまにか眠り込んでいた。
剣を抱き、壁に背中を押し付け眠っていたヒューは、突然肩を揺り動かされて目を覚ました。
「ヒュー、風が止んだ。俺は行くぞ」
飛び起きたヒューは、デレクがあけた扉から吹き込んできた風と、まばゆい朝日のせいで目を瞬かせた。
デレクは木こり小屋に無理やり押し込んだ馬を外に引っ張りだそうとしている。
「ま、待て!俺も行く!」
ポケットに手を入れ、通信具を取り出すと、ヒューは耳に取り付けた。
「第四騎士団、ヒューです。デレクも一緒です。生贄の山に向かいます」
すぐに副官のレイクから返事があった。
『無事だったか、良かった。生贄の山にこれから出立するところだ。用心しろ』
通信を切ったヒューは、馬を外に出すと、朝靄をかき分けデレクを追って馬を走らせる。
生贄の山がある方の空を見上げると、渦を巻いていた黒雲はもう消えていた。
何の変哲もない普通の白雲が遥か山頂にかかっている。
山は近いが、ふもとから山頂までは三日もかかる。急いだところで、現場に到着するのは黒雲が発生してから三日後だ。
年に一度山頂まで登っているのはデレクだけだ。
王国内では一番生贄の山に慣れているといえるだろう。
急げば二日で登頂出来るかもしれない。
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