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第一章 竜の国
29.預言者と異国の女
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預言者のためにルト村に運ばれた唯一の遮断天幕は絶賛使用中だった。
暗がりに、淫らな息遣いが続いている。
「はっはっ……はっ……うっ……」
最後の別れを惜しむように、何度も何度もデレクはラーシアと体を重ね、激しく腰を振り続けていた。
乳房をまさぐり、唇を這わせると先端をしゃぶり、うなじを舐めて熱い口づけを繰り返す。
ラーシアが甘い声をあげる。
「んっ……あ……ああ……」
音を完全に遮断する天幕で、二人は誰に遠慮することなく淫らな声をあげ、数えきれないほど体を重ねていた。
そろそろ少し休みたいとラーシアが口を開きかけた時、デレクの震える声が聞こえた。
「ラーシア……嫌だ。嫌だ……なぜ俺は竜を殺せないんだ。俺は……こんなに訓練して強くなっても竜を倒せないのか……」
泣きながらデレクはラーシアの体に覆いかぶさり、熱い肉棒をラーシアの中に深く埋め込み、さらに動く。
困ったなとラーシアはデレクの体を下から抱きしめ、目を閉じる。
その時、突然眩しい光が飛び込んできた。
「おい!大変だ!」
ヒューの声だった。眩しさで目が開けられないデレクは片腕で光を遮りながら叫び返す。
「またお前か!声ぐらいかけろ」
遮断の天幕では外の音も通さない。
手探りで毛布を探し、デレクはラーシアの体にかけた。
「それどころじゃない。急いでラーシアに着替えをさせろ!本隊が来る」
第四騎士団の本隊がついに到着するのだ。
生贄の願いをきいていないことを思い出し、デレクは飛び起きた。
「まずい。ケティアの願いは決まったか?生贄はまだ彼女だろう?」
「いや、それよりラーシアだ。すぐに村の前に連れて行け。預言者が来る」
ラーシアが飛び起き、頭をデレクの顎にぶつけた。
「預言者だって?!」
ラーシアは頭を押さえながら、暗い天幕内のどこかにある脱いだ服を探す。
「な、なんだって?本当に?塔から出たことのない預言者様が?」
デレクも顎を押さえながら、慌ててズボンを探し始める。
ヒューが革張りの入り口を大きく開けて、服を探す裸の男女の姿を眺める。
獣のように盛っていた二人は慌てふためき、裸の尻を突き出している。
近衛騎士団の第一から第三騎士団まで駆け付け、第四騎士団の本隊までくる。
さらに百年も塔に引きこもっていた預言者がやってくるのだ。
こんな滑稽な姿を晒している場合ではない。
「生贄になるなら預言者と対談したいと訴えた。そのせいかな?」
ラーシアがラドンにそう訴えてから、まだ一日も経っていない。
「預言者様だぞ?お前が何を望むのかわかっていたはずだ」
相変らず、ヒューの口調には棘がある。
デレクはヒューのラーシアに対する冷たい態度に嫌な顔をしたが、ラーシアは気にした様子もなく、にやりと笑った。
「そうかもね。全てを予知していなければ、このタイミングでここには来ないか」
完全に身支度を整え、ラーシアは遮断天幕の外へ出た。
途端に村中の音が耳に飛び込んでくる。
眩しそうに腕をかざし、ラーシアは村の様子を観察した。
職人たちがいたるところで仕事をしている。
門や壁だけではなく、普通の住宅にも職人が入り込んで壊れた個所を修復している。
さらに修繕された場所は塗装され、道端には花まで植えられている。
馬車の通る道にはタイルまで貼られつつあった。
家畜用の柵にまで色が塗られているのを見ると、ラーシアは感心したように口笛をふいた。
「これはすごいな。生贄の村に選ばれたくもなるか……」
村を行き交う人々もどこかしらほくほくしている。
「生贄を出す村には祝いの品が豊富に届けられる。これから冬だ。収入が途絶えがちになり、この村にとっては厳しい生活になる。あれだけの物資があれば憂いなく冬を迎えられる」
「一人を除いてだろう?」
ラーシアがデレクを見上げる。
生贄に選ばれた少女以外は幸せになれる。
デレクは遮断の天幕に残っていた赤いスカーフを拾い上げ、ラーシアの首に巻いた。
「これ、ラルフと寄った小さな村の土産物屋で買ったんだ」
ラーシアの言葉にデレクは困ったように微笑んだ。
生贄になりラーシアが死んでしまうぐらいなら、ラルフと国を出て幸せになってくれた方が良かった。
「南の島を出て、この国を観光しようと思った時には、こんな未来は望まなかったはずだ」
ラーシアの心をなんとか変えられないかと、まだもがこうとするデレクの言葉に、ラーシアは爽やかに笑った。
「そうだな。この国に入った時には、まさかこんなことになるとは夢にも思わなかったよ。だけど、ありきたりな観光より、こっちの方がよっぽど刺激的で楽しい」
天幕の前で並んで話をする二人に業を煮やした男がついに声をあげた。
「おい!こっちだ!」
岩棚の下でヒューがいらいらと足踏みをしている。
ラーシアと距離はとりたいが、役目を放棄するわけにはいかない。
「今行く!」
ラーシアは迷いなく斜面を駆け下り、歩き出したヒューの背中を追いかける。
デレクもそこに続こうとして、遮断天幕の中を振り返った。
男女のまぐわった生々しい淫靡な香りが充満し、マットは濡れて使い物にならなくなっている。
「これは叱られるだろうな……」
片付けるべきか一瞬迷ったデレクは、ラーシアと少しでも一緒にいたい気持ちを優先させた。
村の前では野営地の準備が大急ぎで進められていた。
運び込まれた天幕はほとんどが既に組み立てを終えている。
正面は地面を平らにした広場になっている。
作業をしているのはジールスの町で集められた一般の人々や国の役人たちだった。
指揮を執るのは第二騎士団のラドンだ。
荒野の向こうに王国の旗が見えてくると、ラドンが声を張り上げた。
「天幕を安全な状態で固定したら、門から村に入れ。指示があるまで壁を出てはならない」
波のように押し寄せてくる煌びやかな騎士団の隊列を、人々は村を囲む壁の向こうから見守った。
王国の力を集結させた、力強い行軍は村の手前でぴたりと止まった。
迎え出たのは第二騎士団のラドンであり、その後ろにデレクとラーシアが並ぶ。
さらに後方に真っ青なケティアがヒューに腕を掴まれて立っている。
まだ生贄がラーシアなのか、ケティアなのか先触れには告げられていない。
ケビンは村の門の中からその様子を見つめている。
「ラーシア、前に出ろ」
ラドンの指示で、ラーシアがあっさり前に出た。
引き止めようと手を伸ばしたデレクは、その動きを止め、ぐっと拳を握る。
ヒューがケティアの腕を掴んだまま、少し前に出て、デレクが勝手な真似をしないように身構える。
一人で二人の監視は気が抜けない。
竜の年の担当騎士団が最初に動き、正面に並ぶ。第一騎士団が広場の左に入り、中央に黒い馬車が止まった。
馬車を第一騎士団と挟むように第二騎士団が右に入る。
第三騎士団が後ろの天幕と馬車の間に入る。
町の方から不安そうなどよめきがあがる。
広場の中央に止まった黒い馬車は見たこともないような形状で、棺のように窓も扉もない。
さらにその馬車の後ろには呪文がびっしり書き込まれた黒い遮断天幕が建っている。
総勢六百名を超える騎士達が指定の場所についた。
第四騎士団ルシアン団長が前に出た。
四十を超えてもまだ現役の見事な体躯の男は、国章を打った黒甲冑を身につけている。
ラドンと軽く挨拶を交わすと、ルシアンは隣のラーシアに目を向けた。
「ラーシアとはお前か」
すごむような声に怯むことなくラーシアはルシアンを平然と見返す。
その時、広場の中央から軋むような音が響いた。
ルシアンは口を閉ざし、すばやく横に退く。
黒い箱のような馬車の真ん中に四角い形が浮かび上がり、それが後ろから押し出された積み木のように前に出た。
その飛び出した四角い部分がゆっくりと上から下に開いていく。
それは誰も見たことがないような形状の扉だった。
第一、第二騎士団は動かなかったが、第四騎士団は一斉に膝を折った。
それを見て、後ろのデレクとヒューも片膝をつく。
黒い四角い扉は、地面と平行になるところまで下がってくると、今度は根元から順番に折れ曲がり、階段の形に変わった。
黒い箱の中から、漆黒の太い杖が現れた。
それを掴んでいるのは皺深い手だ。
その後ろから黒いローブに身を包んだ、腰をかがめた人物が出てきた。
フードの下から、陽光のような長い金色の髪が流れ落ちた。
顔をあげると垂れ下がった瞼の下から青い目がのぞく。
それは恐ろしく老いた男だった。
騎士達は顔を強張らせ、口を閉ざした。
この老人は王に次ぐ権力者であり、頭の中が読める。
へたなことを考えれば反逆者の汚名を着せられ殺されることもあり得る。
階段の形に折れ曲がった扉の上を、老人がゆっくりと下りてくる。
ラーシアがその老人と視線を合わせた。
馬車からラーシアまでは、大声を張り上げても聞こえないほどの距離がある。
地上に降り立つと、老人は無言で背中を向けて後ろの黒い遮断天幕に向かう。
何の指示もないのに、ラーシアが歩き出す。
それを止めた方がいいのかと指示を仰ぐように、ルシアンが預言者の背中に視線を向ける。
その心を読んだかのように、背中を向けていた老人は足を止め、ゆっくり振り返る。
『南の島からきた同郷の者だ。我らは既に思念で会話を始めている。ラーシア、続きは中で語ろう』
その声は空気を通さず、直接そこにいる全員の頭に届いた。
騎士達は顔を強張らせながらも、恐れを顔に出すことなく耐えた。
ラーシアと預言者はあれだけ離れていながら、思念だけで会話をしていたのだ。
第四騎士団が人々の視線を遮るように村の前に並んだ。
ラーシアは堂々とした足取りで、騎士達の真ん中を抜け、預言者を追いかけ黒い天幕に入っていく。
二人が天幕に消えると、第一騎士団と第二騎士団がその前をふさぐように並んだ。
ラーシアの消えた天幕の方をじっと見つめるデレクの前に、ルシアンが立った。
「デレク、辛い役目、ご苦労だったな」
それからヒューに視線を向ける。
「ヒュー、お前も優秀な働きをした。お前達に、もう一つ頼みたいことがある」
第四騎士団の新人二人は、すぐに姿勢を正し、上官の命令を聞く構えに入った。
暗がりに、淫らな息遣いが続いている。
「はっはっ……はっ……うっ……」
最後の別れを惜しむように、何度も何度もデレクはラーシアと体を重ね、激しく腰を振り続けていた。
乳房をまさぐり、唇を這わせると先端をしゃぶり、うなじを舐めて熱い口づけを繰り返す。
ラーシアが甘い声をあげる。
「んっ……あ……ああ……」
音を完全に遮断する天幕で、二人は誰に遠慮することなく淫らな声をあげ、数えきれないほど体を重ねていた。
そろそろ少し休みたいとラーシアが口を開きかけた時、デレクの震える声が聞こえた。
「ラーシア……嫌だ。嫌だ……なぜ俺は竜を殺せないんだ。俺は……こんなに訓練して強くなっても竜を倒せないのか……」
泣きながらデレクはラーシアの体に覆いかぶさり、熱い肉棒をラーシアの中に深く埋め込み、さらに動く。
困ったなとラーシアはデレクの体を下から抱きしめ、目を閉じる。
その時、突然眩しい光が飛び込んできた。
「おい!大変だ!」
ヒューの声だった。眩しさで目が開けられないデレクは片腕で光を遮りながら叫び返す。
「またお前か!声ぐらいかけろ」
遮断の天幕では外の音も通さない。
手探りで毛布を探し、デレクはラーシアの体にかけた。
「それどころじゃない。急いでラーシアに着替えをさせろ!本隊が来る」
第四騎士団の本隊がついに到着するのだ。
生贄の願いをきいていないことを思い出し、デレクは飛び起きた。
「まずい。ケティアの願いは決まったか?生贄はまだ彼女だろう?」
「いや、それよりラーシアだ。すぐに村の前に連れて行け。預言者が来る」
ラーシアが飛び起き、頭をデレクの顎にぶつけた。
「預言者だって?!」
ラーシアは頭を押さえながら、暗い天幕内のどこかにある脱いだ服を探す。
「な、なんだって?本当に?塔から出たことのない預言者様が?」
デレクも顎を押さえながら、慌ててズボンを探し始める。
ヒューが革張りの入り口を大きく開けて、服を探す裸の男女の姿を眺める。
獣のように盛っていた二人は慌てふためき、裸の尻を突き出している。
近衛騎士団の第一から第三騎士団まで駆け付け、第四騎士団の本隊までくる。
さらに百年も塔に引きこもっていた預言者がやってくるのだ。
こんな滑稽な姿を晒している場合ではない。
「生贄になるなら預言者と対談したいと訴えた。そのせいかな?」
ラーシアがラドンにそう訴えてから、まだ一日も経っていない。
「預言者様だぞ?お前が何を望むのかわかっていたはずだ」
相変らず、ヒューの口調には棘がある。
デレクはヒューのラーシアに対する冷たい態度に嫌な顔をしたが、ラーシアは気にした様子もなく、にやりと笑った。
「そうかもね。全てを予知していなければ、このタイミングでここには来ないか」
完全に身支度を整え、ラーシアは遮断天幕の外へ出た。
途端に村中の音が耳に飛び込んでくる。
眩しそうに腕をかざし、ラーシアは村の様子を観察した。
職人たちがいたるところで仕事をしている。
門や壁だけではなく、普通の住宅にも職人が入り込んで壊れた個所を修復している。
さらに修繕された場所は塗装され、道端には花まで植えられている。
馬車の通る道にはタイルまで貼られつつあった。
家畜用の柵にまで色が塗られているのを見ると、ラーシアは感心したように口笛をふいた。
「これはすごいな。生贄の村に選ばれたくもなるか……」
村を行き交う人々もどこかしらほくほくしている。
「生贄を出す村には祝いの品が豊富に届けられる。これから冬だ。収入が途絶えがちになり、この村にとっては厳しい生活になる。あれだけの物資があれば憂いなく冬を迎えられる」
「一人を除いてだろう?」
ラーシアがデレクを見上げる。
生贄に選ばれた少女以外は幸せになれる。
デレクは遮断の天幕に残っていた赤いスカーフを拾い上げ、ラーシアの首に巻いた。
「これ、ラルフと寄った小さな村の土産物屋で買ったんだ」
ラーシアの言葉にデレクは困ったように微笑んだ。
生贄になりラーシアが死んでしまうぐらいなら、ラルフと国を出て幸せになってくれた方が良かった。
「南の島を出て、この国を観光しようと思った時には、こんな未来は望まなかったはずだ」
ラーシアの心をなんとか変えられないかと、まだもがこうとするデレクの言葉に、ラーシアは爽やかに笑った。
「そうだな。この国に入った時には、まさかこんなことになるとは夢にも思わなかったよ。だけど、ありきたりな観光より、こっちの方がよっぽど刺激的で楽しい」
天幕の前で並んで話をする二人に業を煮やした男がついに声をあげた。
「おい!こっちだ!」
岩棚の下でヒューがいらいらと足踏みをしている。
ラーシアと距離はとりたいが、役目を放棄するわけにはいかない。
「今行く!」
ラーシアは迷いなく斜面を駆け下り、歩き出したヒューの背中を追いかける。
デレクもそこに続こうとして、遮断天幕の中を振り返った。
男女のまぐわった生々しい淫靡な香りが充満し、マットは濡れて使い物にならなくなっている。
「これは叱られるだろうな……」
片付けるべきか一瞬迷ったデレクは、ラーシアと少しでも一緒にいたい気持ちを優先させた。
村の前では野営地の準備が大急ぎで進められていた。
運び込まれた天幕はほとんどが既に組み立てを終えている。
正面は地面を平らにした広場になっている。
作業をしているのはジールスの町で集められた一般の人々や国の役人たちだった。
指揮を執るのは第二騎士団のラドンだ。
荒野の向こうに王国の旗が見えてくると、ラドンが声を張り上げた。
「天幕を安全な状態で固定したら、門から村に入れ。指示があるまで壁を出てはならない」
波のように押し寄せてくる煌びやかな騎士団の隊列を、人々は村を囲む壁の向こうから見守った。
王国の力を集結させた、力強い行軍は村の手前でぴたりと止まった。
迎え出たのは第二騎士団のラドンであり、その後ろにデレクとラーシアが並ぶ。
さらに後方に真っ青なケティアがヒューに腕を掴まれて立っている。
まだ生贄がラーシアなのか、ケティアなのか先触れには告げられていない。
ケビンは村の門の中からその様子を見つめている。
「ラーシア、前に出ろ」
ラドンの指示で、ラーシアがあっさり前に出た。
引き止めようと手を伸ばしたデレクは、その動きを止め、ぐっと拳を握る。
ヒューがケティアの腕を掴んだまま、少し前に出て、デレクが勝手な真似をしないように身構える。
一人で二人の監視は気が抜けない。
竜の年の担当騎士団が最初に動き、正面に並ぶ。第一騎士団が広場の左に入り、中央に黒い馬車が止まった。
馬車を第一騎士団と挟むように第二騎士団が右に入る。
第三騎士団が後ろの天幕と馬車の間に入る。
町の方から不安そうなどよめきがあがる。
広場の中央に止まった黒い馬車は見たこともないような形状で、棺のように窓も扉もない。
さらにその馬車の後ろには呪文がびっしり書き込まれた黒い遮断天幕が建っている。
総勢六百名を超える騎士達が指定の場所についた。
第四騎士団ルシアン団長が前に出た。
四十を超えてもまだ現役の見事な体躯の男は、国章を打った黒甲冑を身につけている。
ラドンと軽く挨拶を交わすと、ルシアンは隣のラーシアに目を向けた。
「ラーシアとはお前か」
すごむような声に怯むことなくラーシアはルシアンを平然と見返す。
その時、広場の中央から軋むような音が響いた。
ルシアンは口を閉ざし、すばやく横に退く。
黒い箱のような馬車の真ん中に四角い形が浮かび上がり、それが後ろから押し出された積み木のように前に出た。
その飛び出した四角い部分がゆっくりと上から下に開いていく。
それは誰も見たことがないような形状の扉だった。
第一、第二騎士団は動かなかったが、第四騎士団は一斉に膝を折った。
それを見て、後ろのデレクとヒューも片膝をつく。
黒い四角い扉は、地面と平行になるところまで下がってくると、今度は根元から順番に折れ曲がり、階段の形に変わった。
黒い箱の中から、漆黒の太い杖が現れた。
それを掴んでいるのは皺深い手だ。
その後ろから黒いローブに身を包んだ、腰をかがめた人物が出てきた。
フードの下から、陽光のような長い金色の髪が流れ落ちた。
顔をあげると垂れ下がった瞼の下から青い目がのぞく。
それは恐ろしく老いた男だった。
騎士達は顔を強張らせ、口を閉ざした。
この老人は王に次ぐ権力者であり、頭の中が読める。
へたなことを考えれば反逆者の汚名を着せられ殺されることもあり得る。
階段の形に折れ曲がった扉の上を、老人がゆっくりと下りてくる。
ラーシアがその老人と視線を合わせた。
馬車からラーシアまでは、大声を張り上げても聞こえないほどの距離がある。
地上に降り立つと、老人は無言で背中を向けて後ろの黒い遮断天幕に向かう。
何の指示もないのに、ラーシアが歩き出す。
それを止めた方がいいのかと指示を仰ぐように、ルシアンが預言者の背中に視線を向ける。
その心を読んだかのように、背中を向けていた老人は足を止め、ゆっくり振り返る。
『南の島からきた同郷の者だ。我らは既に思念で会話を始めている。ラーシア、続きは中で語ろう』
その声は空気を通さず、直接そこにいる全員の頭に届いた。
騎士達は顔を強張らせながらも、恐れを顔に出すことなく耐えた。
ラーシアと預言者はあれだけ離れていながら、思念だけで会話をしていたのだ。
第四騎士団が人々の視線を遮るように村の前に並んだ。
ラーシアは堂々とした足取りで、騎士達の真ん中を抜け、預言者を追いかけ黒い天幕に入っていく。
二人が天幕に消えると、第一騎士団と第二騎士団がその前をふさぐように並んだ。
ラーシアの消えた天幕の方をじっと見つめるデレクの前に、ルシアンが立った。
「デレク、辛い役目、ご苦労だったな」
それからヒューに視線を向ける。
「ヒュー、お前も優秀な働きをした。お前達に、もう一つ頼みたいことがある」
第四騎士団の新人二人は、すぐに姿勢を正し、上官の命令を聞く構えに入った。
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