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第一章 竜の国
2.故郷の婚約者と今の恋人
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「竜の広場に竜の年の告知が出ていた。
竜の年に選ばれた騎士団は俺達の所属する第四騎士団だ。そして、竜の先触れは当然第四騎士団から選ばれる。
書かれていたのは……なんと……俺達の名前だ!」
完全な興奮状態でヒューは叫び、ラーシアはグラスに水を注ぐとヒューに差し出した。
デレクの顔も緊張で強張る。
「つまり……俺達は十年に一度の、たった二名しか選ばれない竜の先触れに選ばれたということか?」
ヒューが水を飲み干し、ラーシアに空のグラスを返す。
それから大きく息を吐きだし、頷いた。
「そうだ。俺達は、竜の先触れとしてマウラ山に出立する」
「マウラ山?!」
デレクがまた叫んだ。
「そうだ。お前、マウラ山のルト村出身だろう?だからきっと、俺達が選ばれたんだ」
「どういう意味だ?」
デレクは動揺し、無意識にラーシアの手を握った。
「生贄だよ。今年の生贄はルト村から選ばれた。だから、お前が選ばれたんだ。俺達は入団当初から二人一組で仕事をしている。だから俺も先触れに名前が入った」
真っ青になったデレクの顔を覗き込み、ラーシアが首を傾ける。
「故郷に生贄を見つけにいくの?なんだか、ちょっと名誉な仕事とは思えないけど……」
観光客のラーシアがよくわからない話だと首を傾ける。
しかしこの国では百年以上もこうした事が続いている。
「とりあえず座ったら?」
ラーシアがヒューに椅子を勧め、ヒューはデレクの向かいに椅子を引き寄せて座った。
「いいか、デレク、生贄を一人出せば、十年の平和が約束される。竜が村を焼いた時は百人以上犠牲になった。生贄を出さなければ百人が死ぬ。一人の生贄で九十九人が助かる」
二人が深刻な顔を突き合わせて話をする様子を眺めながら、ラーシアが口を挟んだ。
「生贄って決まっているの?」
ヒューが懐から折り畳まれた紙を取り出した。
「張り出されていた名前を急いで書き写してきた。恐らく明日、要塞で言われるだろうが、お前には早く知らせたくてな」
紙を広げ、目を凝らす。
「マウラ山ふもとのルト村、生贄に選ばれた女性の名前はケティア」
明らかな動揺を見せ、デレクは飛ぶように立ち上がると、拳を握りしめた。
さすがのヒューもこの任務の残酷さに気づき、表情を変えた。
「親しい女か?」
「ケティアっていう女性は何人いるの?」
傍観者のラーシアがまた口を挟む。
黙っているデレクにかわり、ヒューが答えた。
「生贄はだいたい貧しい村から選ばれる。だから名前一つで村の誰かすぐにわかる。ラーシアは地方の村は知らないだろう?田舎の村は、誰もが住民全員の名前を言えるぐらい密接な関係を築いている。
ルト村の誰であろうと、その村出身のデレクは顔を知っているはずだ」
「張り紙には名前しか書いてないの?名前だけで顔がわかる?」
「だからデレクが選ばれた。ルト村出身のデレクならケティアという女性の顔を知っている。そうだろう?」
「ああ……」
デレクは寝台に腰を戻し、首をがくんと落とした。
「幼馴染だ……。あの村にケティアは彼女だけだ」
「英雄じゃないか」
慰めるようにヒューが告げると、またラーシアが口を出した。
「生贄でしょう?」
「生贄は救国の英雄として讃えられ、家族と村に金が入り、騎士団が迎えに行く。一人の犠牲で百人が救われる。だから生贄であっても英雄だ。俺達は先触れでルト村に生贄がこの村から選ばれたと告げに行く。
辛い仕事だが、選ばれた生贄は、国の英雄として可能な限りの願いを叶えてもらえる。
俺達は騎士団本体が英雄を迎えに来る前にその準備を整える。それが先触れの仕事だ」
デレクが立ち上がった。
「ラーシアはただの観光客だ。これ以上、この国の秘密を話すべきではない」
突然もっともらしい口調になったデレクにヒューが驚く。
「秘密って……広場に貼りだされているし、観光客だって知ることのできる話だ」
「まだ俺達にも正式におりてきていない話だ」
デレクはヒューの腕を掴み、椅子から立ち上がらせる。
デレクに押され、ヒューが部屋の外に追い出される。
その後ろから部屋を出ながら、デレクが寝台に座るラーシアを振り返った。
「ラーシア、後でまた話し合おう」
何について?とラーシアは怪訝な顔をしたが、それに答えずデレクは部屋を出て扉を閉めた。
デレクはヒューを引きずるように階段をおり、食堂を横切って通りに出た。
「おい。なんだよ」
ヒューは肩を押さえ、デレクの手を振り払った。
「まずい」
デレクの一言に、食べた食事がまずかったのかと、ヒューはわけがわからないと顔をしかめる。
夜だというのに通りは賑やかで、人が波のように押し寄せる。
竜の年だと王国が告知したことで、観光客は喜び、町の人々もこれを機会に大儲けしようとはりきっている。
これから竜の年記念の様々なイベントが行われる。
そんな中、暗い顔をしているのはデレクだけだった。
「まぁ、お前が辛い役回りだっていうのはわかるさ。でも貧しい村には大金が入る」
ヒューが慰めようとしたが、デレクは背中を向けて歩き出す。
人混みに消えていくデレクになんとか追いつき、ヒューがその腕を取った。
「おい!」
ヒューはデレクの腕を掴んだまま、路地裏にデレクを引っ張り込む。
暗い細道に男が二人むかいあう。拳一つ分近づけばキスが出来る距離だ。
デレクは青ざめた顔を路地の奥に向け、口を開いた。
「ケティアは……生贄に選ばれたケティアは……俺の……婚約者なんだ」
「はぁ?!」
突然の告白にヒューは叫び、急いで大通りに顔を覗かせ、ラーシアが付いてきていないか確かめた。
首をひっこめ、デレクに向かい合う。
「本当に?お前、ラーシアと結婚したいとか話していなかったか?」
無言でデレクがうなずく。
「じゃあ……まぁ……証拠隠滅ということで……」
ケティアが生贄として死ぬなら、婚約者でもなくなる。
「な、なんということを言うんだ!俺はそんなこと考えていないぞ!ケティアだって、その、良い子だし、俺は……」
「じゃあケティアが本命か?」
「違う!」
どちらにしろ、ケティアは生贄として消える。二股していた事実もなかったことになるだろう。ヒューはそう思ったが、デレクにはそう簡単に割り切れる話ではなかった。
「約束は……その……なんとなくなんだ。町に出て成功する田舎者はそうそういない。だから三年頑張って駄目だったら村に戻るつもりだった。
運よく騎士団に入れたが、それだって一年で半分やめるって聞いていたし、三年もつのは三割ぐらいとも言うだろう?訓練はきついし、仕事も地味でそんなにかっこいいことばかりじゃない。だから、ケティアには町に行くと告げた時に……」
「別れたのか?」
「い、いや……」
「煮え切らない男だな」
ヒューが呆れる。
「待たなくて良いとだけ伝えた……。他にもケティアを好きな男はいたし、俺は運よくケティアと付き合えたが、両親ももういないし、村では、なんというか肩身が狭かった。
王都で成功して戻れば、ケティアの両親にも、認めてもらえると考えた。
村を出て騎士になった男の話はまだ聞いていないし、自慢できると思ったんだ」
「まぁ……騎士になって田舎に戻れば自慢にはなるが……。それより今は先触れの話だ。ケティアは生贄になる。この役目どうする?断っても良いと思うぞ?」
「出来るわけがないだろう!一年目の新人で、振り落とされるかどうかの瀬戸際だ。それに、俺は……ラーシアと結婚しようと真剣に考えている。ここでしっかりとした実績を残し、家族を養えるぐらいの甲斐性を見せないと、ラーシアもここに残ると言ってくれないかもしれない」
「宿屋暮らしを続けているということは、まだここに住みつく覚悟はできていないってことか……」
男二人が拳一つ分の距離で向かい合い、暗がりで話をする様子を、通りすがりの人々が時折発見し、ぎょっとした顔で通り過ぎていく。
しかし二人の男は気が付かず、さらに真剣な顔で向かい合う。
「ケティアを無理やり引きずっていって生贄にするような真似はしたくない。その、優しくしたいんだ。最後の思い出になるように……。そのうえで、その、ラーシアには内緒にして、戻ってきたら、ラーシアと結婚したい」
「むー……」
ヒューが難しい顔をする。
「十年に一度の竜の先触れだ。明日正式に話を受けることになるのだろうが、十年前の先輩の話を聞いてみないか?
生贄の女性には、この国のためなら犠牲になってもいいと思ってもらえるように話をする必要がある。
お前が婚約者であれば、愛しているとか、俺のために死んでくれとか、情に訴えてみるとか、あるいはあなたのためなら死んでもいいと思ってもらえるように、愛を捏造する必要があるな。願い事をお前との結婚とか、あるいは最後の初夜にすることも考えられる」
突然デレクが泣き出した。
「ケティアを死なせたくはないんだ。くそっ……違う。こんな話はしたくない。俺は……」
ケティアはデレクが結婚まで意識したことのある女であり、王都でラーシアに出会わなければ、王都に呼び寄せることもあったかもしれない。さらに、幼馴染であれば情もある。
生贄にさえ選ばれていなければ、二股をしているという多少の複雑さはあるが、町に出た男が田舎の女を捨てて町の女と結婚するなどよくある話であり、多少のごたごたを経て、どこかに丸く収まったかもしれない。
しかしこの場合、結婚の約束を匂わせて置いてきた女は死ぬ運命にあり、それを告げに行く役目を恋人の男がすることになる。さらに、その恋人に他に女がいるとなれば、生贄に選ばれた女は死んでも死にきれない。
「とりあえず、ケティアという女性にはラーシアという恋人が出来たことは内緒にしておくべきだな。それから、お前は恋人を生贄に出さなければならない悲劇の男役に徹してもらわなきゃいけない。まぁ……演じなくてもお前にとっては悲劇以外のなにものでもないだろうが……。
案外、そのケティアはお前が苦しんでいる姿を見たら、お前を苦しめたくないから、喜んで生贄になりますとあっさり言ってくれるかもしれないぜ」
ヒューの言葉に、デレクはケティアの愛を思い出し泣き出した。
暗い路地裏で男が二人向かい合い、一人は号泣だ。これはもう別れ話に違いない。
気づけば表通りから二人の様子を大勢の通行人が見守っていた。
「お、おい!見世物じゃないぞ!」
やっとその視線に気づき、ヒューがデレクの腕を掴むと表通りに飛び出した。
泣いているデレクを引きずって歩きながら、ヒューは大きく肩を落とす。
新人の騎士にとっては大役であり、うまくいけば出世に繋がるが、これはかなり難易度の高い任務になりそうだった。
翌日、広場の告知にあった通り、二人は第四騎士団本部で竜の先触れに選ばれたことを告げられた。
「この任務には重大な責任が伴う」
団長のルシアンが声を張り、二人を叱咤激励した。
「いいか!この国だけじゃない。多くの国々がこの竜の年に注目している。伝統にのっとり、必ず完璧に生贄の儀式を終えるのだ。
十年前は第七騎士団がこの任を受け、先触れには騎士として十年経験を積んだ者が選ばれた。この役に新人が選ばれるのは異例のことだ。我が隊の名誉にかけて、必ず成功させるのだ!」
ヒューはかしこまった顔をしながらも複雑な心境だった。
出世はしたいが、この難解な事情を抱えるデレクと一緒では、任務が成功するかどうか不安で仕方がない。
ルシアンは二人の強張った表情を見て、声をやわらげた。
「まぁあまり心配することもない。お前達が到着し、段取りを整えている間に俺達が到着する。
いざとなったら、俺達がお前達の後を引き継ぎうまくやってやる。
だが、忘れるなよ。これはお前達にとって重大な任務になる。わかったな!」
「はっ!」
二人は忠誠の構えをとったが、デレクは青ざめ、今にも倒れてしまいそうだった。
ヒューはそんなデレクをちらりと窺い見て、心の中で深いため息をついた。
竜の年に選ばれた騎士団は俺達の所属する第四騎士団だ。そして、竜の先触れは当然第四騎士団から選ばれる。
書かれていたのは……なんと……俺達の名前だ!」
完全な興奮状態でヒューは叫び、ラーシアはグラスに水を注ぐとヒューに差し出した。
デレクの顔も緊張で強張る。
「つまり……俺達は十年に一度の、たった二名しか選ばれない竜の先触れに選ばれたということか?」
ヒューが水を飲み干し、ラーシアに空のグラスを返す。
それから大きく息を吐きだし、頷いた。
「そうだ。俺達は、竜の先触れとしてマウラ山に出立する」
「マウラ山?!」
デレクがまた叫んだ。
「そうだ。お前、マウラ山のルト村出身だろう?だからきっと、俺達が選ばれたんだ」
「どういう意味だ?」
デレクは動揺し、無意識にラーシアの手を握った。
「生贄だよ。今年の生贄はルト村から選ばれた。だから、お前が選ばれたんだ。俺達は入団当初から二人一組で仕事をしている。だから俺も先触れに名前が入った」
真っ青になったデレクの顔を覗き込み、ラーシアが首を傾ける。
「故郷に生贄を見つけにいくの?なんだか、ちょっと名誉な仕事とは思えないけど……」
観光客のラーシアがよくわからない話だと首を傾ける。
しかしこの国では百年以上もこうした事が続いている。
「とりあえず座ったら?」
ラーシアがヒューに椅子を勧め、ヒューはデレクの向かいに椅子を引き寄せて座った。
「いいか、デレク、生贄を一人出せば、十年の平和が約束される。竜が村を焼いた時は百人以上犠牲になった。生贄を出さなければ百人が死ぬ。一人の生贄で九十九人が助かる」
二人が深刻な顔を突き合わせて話をする様子を眺めながら、ラーシアが口を挟んだ。
「生贄って決まっているの?」
ヒューが懐から折り畳まれた紙を取り出した。
「張り出されていた名前を急いで書き写してきた。恐らく明日、要塞で言われるだろうが、お前には早く知らせたくてな」
紙を広げ、目を凝らす。
「マウラ山ふもとのルト村、生贄に選ばれた女性の名前はケティア」
明らかな動揺を見せ、デレクは飛ぶように立ち上がると、拳を握りしめた。
さすがのヒューもこの任務の残酷さに気づき、表情を変えた。
「親しい女か?」
「ケティアっていう女性は何人いるの?」
傍観者のラーシアがまた口を挟む。
黙っているデレクにかわり、ヒューが答えた。
「生贄はだいたい貧しい村から選ばれる。だから名前一つで村の誰かすぐにわかる。ラーシアは地方の村は知らないだろう?田舎の村は、誰もが住民全員の名前を言えるぐらい密接な関係を築いている。
ルト村の誰であろうと、その村出身のデレクは顔を知っているはずだ」
「張り紙には名前しか書いてないの?名前だけで顔がわかる?」
「だからデレクが選ばれた。ルト村出身のデレクならケティアという女性の顔を知っている。そうだろう?」
「ああ……」
デレクは寝台に腰を戻し、首をがくんと落とした。
「幼馴染だ……。あの村にケティアは彼女だけだ」
「英雄じゃないか」
慰めるようにヒューが告げると、またラーシアが口を出した。
「生贄でしょう?」
「生贄は救国の英雄として讃えられ、家族と村に金が入り、騎士団が迎えに行く。一人の犠牲で百人が救われる。だから生贄であっても英雄だ。俺達は先触れでルト村に生贄がこの村から選ばれたと告げに行く。
辛い仕事だが、選ばれた生贄は、国の英雄として可能な限りの願いを叶えてもらえる。
俺達は騎士団本体が英雄を迎えに来る前にその準備を整える。それが先触れの仕事だ」
デレクが立ち上がった。
「ラーシアはただの観光客だ。これ以上、この国の秘密を話すべきではない」
突然もっともらしい口調になったデレクにヒューが驚く。
「秘密って……広場に貼りだされているし、観光客だって知ることのできる話だ」
「まだ俺達にも正式におりてきていない話だ」
デレクはヒューの腕を掴み、椅子から立ち上がらせる。
デレクに押され、ヒューが部屋の外に追い出される。
その後ろから部屋を出ながら、デレクが寝台に座るラーシアを振り返った。
「ラーシア、後でまた話し合おう」
何について?とラーシアは怪訝な顔をしたが、それに答えずデレクは部屋を出て扉を閉めた。
デレクはヒューを引きずるように階段をおり、食堂を横切って通りに出た。
「おい。なんだよ」
ヒューは肩を押さえ、デレクの手を振り払った。
「まずい」
デレクの一言に、食べた食事がまずかったのかと、ヒューはわけがわからないと顔をしかめる。
夜だというのに通りは賑やかで、人が波のように押し寄せる。
竜の年だと王国が告知したことで、観光客は喜び、町の人々もこれを機会に大儲けしようとはりきっている。
これから竜の年記念の様々なイベントが行われる。
そんな中、暗い顔をしているのはデレクだけだった。
「まぁ、お前が辛い役回りだっていうのはわかるさ。でも貧しい村には大金が入る」
ヒューが慰めようとしたが、デレクは背中を向けて歩き出す。
人混みに消えていくデレクになんとか追いつき、ヒューがその腕を取った。
「おい!」
ヒューはデレクの腕を掴んだまま、路地裏にデレクを引っ張り込む。
暗い細道に男が二人むかいあう。拳一つ分近づけばキスが出来る距離だ。
デレクは青ざめた顔を路地の奥に向け、口を開いた。
「ケティアは……生贄に選ばれたケティアは……俺の……婚約者なんだ」
「はぁ?!」
突然の告白にヒューは叫び、急いで大通りに顔を覗かせ、ラーシアが付いてきていないか確かめた。
首をひっこめ、デレクに向かい合う。
「本当に?お前、ラーシアと結婚したいとか話していなかったか?」
無言でデレクがうなずく。
「じゃあ……まぁ……証拠隠滅ということで……」
ケティアが生贄として死ぬなら、婚約者でもなくなる。
「な、なんということを言うんだ!俺はそんなこと考えていないぞ!ケティアだって、その、良い子だし、俺は……」
「じゃあケティアが本命か?」
「違う!」
どちらにしろ、ケティアは生贄として消える。二股していた事実もなかったことになるだろう。ヒューはそう思ったが、デレクにはそう簡単に割り切れる話ではなかった。
「約束は……その……なんとなくなんだ。町に出て成功する田舎者はそうそういない。だから三年頑張って駄目だったら村に戻るつもりだった。
運よく騎士団に入れたが、それだって一年で半分やめるって聞いていたし、三年もつのは三割ぐらいとも言うだろう?訓練はきついし、仕事も地味でそんなにかっこいいことばかりじゃない。だから、ケティアには町に行くと告げた時に……」
「別れたのか?」
「い、いや……」
「煮え切らない男だな」
ヒューが呆れる。
「待たなくて良いとだけ伝えた……。他にもケティアを好きな男はいたし、俺は運よくケティアと付き合えたが、両親ももういないし、村では、なんというか肩身が狭かった。
王都で成功して戻れば、ケティアの両親にも、認めてもらえると考えた。
村を出て騎士になった男の話はまだ聞いていないし、自慢できると思ったんだ」
「まぁ……騎士になって田舎に戻れば自慢にはなるが……。それより今は先触れの話だ。ケティアは生贄になる。この役目どうする?断っても良いと思うぞ?」
「出来るわけがないだろう!一年目の新人で、振り落とされるかどうかの瀬戸際だ。それに、俺は……ラーシアと結婚しようと真剣に考えている。ここでしっかりとした実績を残し、家族を養えるぐらいの甲斐性を見せないと、ラーシアもここに残ると言ってくれないかもしれない」
「宿屋暮らしを続けているということは、まだここに住みつく覚悟はできていないってことか……」
男二人が拳一つ分の距離で向かい合い、暗がりで話をする様子を、通りすがりの人々が時折発見し、ぎょっとした顔で通り過ぎていく。
しかし二人の男は気が付かず、さらに真剣な顔で向かい合う。
「ケティアを無理やり引きずっていって生贄にするような真似はしたくない。その、優しくしたいんだ。最後の思い出になるように……。そのうえで、その、ラーシアには内緒にして、戻ってきたら、ラーシアと結婚したい」
「むー……」
ヒューが難しい顔をする。
「十年に一度の竜の先触れだ。明日正式に話を受けることになるのだろうが、十年前の先輩の話を聞いてみないか?
生贄の女性には、この国のためなら犠牲になってもいいと思ってもらえるように話をする必要がある。
お前が婚約者であれば、愛しているとか、俺のために死んでくれとか、情に訴えてみるとか、あるいはあなたのためなら死んでもいいと思ってもらえるように、愛を捏造する必要があるな。願い事をお前との結婚とか、あるいは最後の初夜にすることも考えられる」
突然デレクが泣き出した。
「ケティアを死なせたくはないんだ。くそっ……違う。こんな話はしたくない。俺は……」
ケティアはデレクが結婚まで意識したことのある女であり、王都でラーシアに出会わなければ、王都に呼び寄せることもあったかもしれない。さらに、幼馴染であれば情もある。
生贄にさえ選ばれていなければ、二股をしているという多少の複雑さはあるが、町に出た男が田舎の女を捨てて町の女と結婚するなどよくある話であり、多少のごたごたを経て、どこかに丸く収まったかもしれない。
しかしこの場合、結婚の約束を匂わせて置いてきた女は死ぬ運命にあり、それを告げに行く役目を恋人の男がすることになる。さらに、その恋人に他に女がいるとなれば、生贄に選ばれた女は死んでも死にきれない。
「とりあえず、ケティアという女性にはラーシアという恋人が出来たことは内緒にしておくべきだな。それから、お前は恋人を生贄に出さなければならない悲劇の男役に徹してもらわなきゃいけない。まぁ……演じなくてもお前にとっては悲劇以外のなにものでもないだろうが……。
案外、そのケティアはお前が苦しんでいる姿を見たら、お前を苦しめたくないから、喜んで生贄になりますとあっさり言ってくれるかもしれないぜ」
ヒューの言葉に、デレクはケティアの愛を思い出し泣き出した。
暗い路地裏で男が二人向かい合い、一人は号泣だ。これはもう別れ話に違いない。
気づけば表通りから二人の様子を大勢の通行人が見守っていた。
「お、おい!見世物じゃないぞ!」
やっとその視線に気づき、ヒューがデレクの腕を掴むと表通りに飛び出した。
泣いているデレクを引きずって歩きながら、ヒューは大きく肩を落とす。
新人の騎士にとっては大役であり、うまくいけば出世に繋がるが、これはかなり難易度の高い任務になりそうだった。
翌日、広場の告知にあった通り、二人は第四騎士団本部で竜の先触れに選ばれたことを告げられた。
「この任務には重大な責任が伴う」
団長のルシアンが声を張り、二人を叱咤激励した。
「いいか!この国だけじゃない。多くの国々がこの竜の年に注目している。伝統にのっとり、必ず完璧に生贄の儀式を終えるのだ。
十年前は第七騎士団がこの任を受け、先触れには騎士として十年経験を積んだ者が選ばれた。この役に新人が選ばれるのは異例のことだ。我が隊の名誉にかけて、必ず成功させるのだ!」
ヒューはかしこまった顔をしながらも複雑な心境だった。
出世はしたいが、この難解な事情を抱えるデレクと一緒では、任務が成功するかどうか不安で仕方がない。
ルシアンは二人の強張った表情を見て、声をやわらげた。
「まぁあまり心配することもない。お前達が到着し、段取りを整えている間に俺達が到着する。
いざとなったら、俺達がお前達の後を引き継ぎうまくやってやる。
だが、忘れるなよ。これはお前達にとって重大な任務になる。わかったな!」
「はっ!」
二人は忠誠の構えをとったが、デレクは青ざめ、今にも倒れてしまいそうだった。
ヒューはそんなデレクをちらりと窺い見て、心の中で深いため息をついた。
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