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第一章 手放した男
5.苦い再会と森の異変
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ロナウスは剣の訓練を見学しながら、ヴェリエの言葉を思い出していた。
眼下の訓練場で試合を行っているエリオは、無謀な戦いを繰り返し、相手をする騎士達が怪我をさせてしまうのではないかと困惑していた。
こんな戦い方をしていては戦場に出れば即座に命を落としてしまうだろう。
ロナウスに認められようとエリオが人並み外れた努力を重ねてきたことは知っていたが、こんなに自暴自棄な姿を見るのは初めてだった。
原因はわかっていた。ヴェリエが城から消えたからだ。
しかしそれはエリオの決断でもあったはずだ。
跡継ぎになるのだからそのぐらいの覚悟は当然だ。
愛情を抱けない息子だったが、ロナウスの心にはヴェリエの言葉がひっかかっていた。
「死なせないで欲しい」とエリオの無事を願ったのだ。
気に入らない息子が連れて来たもっとも気に入らない娘だった。
ゴーデ領に何の富ももたらさない貧しいだけの家畜番だ。
だが集められた花嫁候補たちの中で誰よりもエリオを愛していた。
エリオはヴェリエを捨て父親の望む婚約者を選んだ。
領主となるなら正しい決断だ。
ロナウスはエリオがその痛みを乗り越えるだろうと考え、黙ってその場を後にした。
それから数日も経たないうちに、エリオが訓練で大怪我をしたとロナウスのもとに知らせが入った。
今夜が峠になるかもしれないと聞けば、さすがに無関心ではいられなかった。
やはりヴェリエの言葉が引っかかっていた。
戦でもないのに死なせてしまっては、早々に約束を破ることになる。
ロナウスはエリオの部屋を訪れた。
寝台に横たわるエリオは胸に血の滲む包帯を巻きつけ、苦しそうに何かを呟いていた。
「盾を落とされ、そのまま、まるで剣の切っ先に飛び込むように胸を押し付けられたとか。それでも剣を振るったので試合は勝ちましたが、傷はかなり深く、血が止まらなければもしかしたら……気力が持てばいいのですが……どうも御心が弱っている様子で……」
言葉を濁らせた治癒師に軽く頷き、ロナウスは寝台の横に椅子をおいて座った。
そんなことをしたのは初めてだった。
熱を出した時も、怪我をした時もあったが、そんな息子の傍に寄り添ったことは一度もなかった。
エリオはうっすらと目を開け、熱にうなされながら父親の姿を霞む目に映し、必死に口を動かした。
「ああ……父上……来て下さったのですか……。も、申し訳ありません……こんな……」
必死に情けない姿を見せまいと強がるエリオの顔は確かに死にかけているようにみえた。
ロナウスはエリオの手を両手で握った。
小さい頃から今に至るまで、一度も握ったことのない手だった。
エリオの目が大きく見開かれた。
「あ……父上……」
もう今死んでもいいというように感動で唇を震わせるエリオを冷やかに見下ろしながら、ロナウスはその手を固く握った。
「お前は大事な後継ぎ。この程度のことで死ぬな」
エリオの目に涙が溢れた。
捨てた恋や今までの苦労、愛情を求めてもがき続けた日々が全て報われたように感じ、エリオは感極まって泣きながら口を動かした。
「はい……」
声にならないかすれた音であったが、それで十分だった。
ロナウスは退室した。
エリオのためにここまでしたのは初めてだった。
愛情を感じない目障りな息子だったが、エリオを死なせないで欲しいと言ったヴェリエの青い目が咎めるようにロナウスを睨んでいるように感じていた。
気が付くとロナウスは家畜小屋のある裏庭に足を運んでいた。
まだ寒さは厳しく、一日一度は吹雪になったが、それでも少しずつ雪は減っている。
厩舎までの広場を埋め尽くしているのは雪山羊の群れだった。
裏手のゲール山に勝手に上り、餌を食べると戻って来るのだと家畜番から聞いていた。
どうやって躾けたらこんな風になるのかと誰もが首をひねっていた。
ロナウスは優秀な家畜番を思い出し、惜しかったなと呟いた。
エリオは命を取り留めた。怪我も順調に回復し、いつもの冷静さを取り戻したように見えたが、怪我を理由にロナウスはエリオの婚約の延期を決めた。
エリオは黙って父親に従った。
厳しい寒さが少しずつやわらぎ、時折背中に当たる日差しに温かさを感じるようになってきた。
馬にも乗れるようになり、エリオはついにアーダの森に続く細道へ向かった。
得体のしれない大男とヴェリエの母親だという女がヴェリエがそこで物売りをするかもしれないと言っていた言葉を覚えていた。
立ち入りが禁止されている細道の先に、エリオはその店を発見した。
粗末な木の骨組みに布を被せただけの簡易的な店構えで、分厚い革の敷物の上に毛皮を積み上げ、固く干した肉の塊を並べていた。
物売りの女は水色のスカーフを頭に巻いてさらにフードを被っている。
その隙間からちらりとこぼれて見えるのは金色の髪で、耳元で青いガラス玉が揺れていた。
エリオは馬を木に繋ぐとゆっくりそこに近づいた。
物売りの女は顔も上げずに商品の前に座り込んでいる。
エリオは敷物を挟んで女の向かいにしゃがみ、その顔を覗こうとした。
「何を売っている?」
女はおどおどと怯えるように顔を上げ、目だけをフードの下から覗かせた。
薄氷の張った湖のような水色の瞳が濡れている。
エリオの顔を見ると、少女は少しだけ不愉快そうに眉間に皺を寄せた。
「毛皮と干し肉を少し……」
懐かしいその声に、エリオは手を伸ばし、女の頬に触れようとした。女は体を震わせて後ろに逃げた。
エリオは身を乗り出し、その手首を取って引き寄せるとフードを剥いだ。
腫れあがった頬と、青紫色の大きなたんこぶを額に見つけ、エリオは息を飲んだ。
大切に保護されると言っていたあの言葉は嘘だったのかと叫びたくなったが、恥ずかしそうに顔を赤くして俯いたヴェリエの姿に何も言えなくなった。
「見ないで……」
小さな声がこぼれ、エリオは手を離した。
ヴェリエはゆるく垂れ下がったスカーフを固く結びなおすとフードを深く被った。
それから鼻をすすり、再び商品の前に座った。
「王都で会ったのに……故郷は意外に近かったんだな……」
沈黙が続き、エリオが敷物の向こうに引き下がった。
エリオが帰らないとみると、ヴェリエは小さく言葉を返した。
「同じ北の出身だって話したことがあったでしょ……」
腰に下げていた財布を取り上げるとエリオは敷物の上に置いた。
ちゃりんと硬貨の鳴る音がしたが、ヴェリエは手も出さなかった。
「欲しいのがあるならあげる。別に売りたいわけじゃないの」
「何か……助けられることはないのか?今からでも、もしよければ保護させてくれ」
「男って本当に保護が好きね。いらないわ、そんなの。十分保護されているもの」
うんざりした顔をしてヴェリエは尖った声で言った。
エリオはもう一度フードの中を覗き、その痛ましい暴力の痕跡を確認した。
ヴェリエは仕方がないと言った様子で少しだけ事情を話した。
「私が殴られるのは私のせいなの。母さんが言っていたわ。感謝して受け入れる姿勢が足りないんですって。それに優しい人もいるわ……」
「君の母親……リーナに会った。君が暮らした小屋にきていた。
大きな男もいたな。君が……一族の物になったから忘れろと言われた。ヴェリエ、俺はお前に別れも言っていない。謝ってもいない。それに……まだ愛している……」
ヴェリエは涙をこらえるように唇をかみしめた。
「酷い人。なんでそんな酷い事言うのよ。私を守れないくせに。私を傍に置けないくせに。他の人と結婚する癖に……。エリオだって他の男達と同じよ。私を殴った男と同じじゃないの」
その言葉に、エリオはショックを受けて黙り込んだ。女に手を上げる男よりはましな人間だと思っていたが、確かにヴェリエにした仕打ちは同じぐらい酷いことだった。怪我は治るが、年月は戻らない。
「もう行って。見張られているの。外界の男と親しくしていれば殴られるわ」
「逃げてくる気はないのか?」
殴られると聞き、慌てて腰を上げながら、エリオはヴェリエに問いかけた。
リーナと一緒にいた男は確かに強そうで、戦って勝てる相手とは思えなかったが、それでもヴェリエが助けてほしいと言えば全力で戦うつもりだった。負けても領主の息子なのだ。仲間を呼べる。
「立派な領主様になるのでしょう?一族の女を連れて逃げれば一族の男が全員追ってくる。戦争になるわ。一族の結束は何よりも強いの。トーリ族を知らないのね」
威嚇するような声と、にらみつけるヴェリエの眼差しに負けて、エリオは立ち上がった。財布と引き換えに目についた毛皮を一枚すくいとる。
「また来るよ……」
歩き出したエリオは背中に無数の気配を感じていた。
振り返り、ヴェリエを連れ去ろうとすればその気配は確かに追ってくるだろう。
どちらにしろヴェリエを連れて逃げられる場所もない。
馬を繋いだところまで戻り、エリオはちらりと後ろを見たが、そこからはもうヴェリエの店は見えなかった。
それから数日空けて、エリオはまたヴェリエの店を訪ねた。
ヴェリエが少し慣れた様子で店を出しているのを見つけると、エリオは駆け寄った。
エリオが長居したせいで殴られることはなかったと知ると、エリオは領内の見回りを言い訳にそこに毎日通うようになった。
ヴェリエはそっけなかったが、エリオは何かしら購入し、ほんの少しだけ話をした。
行けば会えるというわけではなかった。ヴェリエの姿が見えない時、エリオは森の入り口まで足を運び、誰もいないのを確かめて引き返した。
本格的な春が来る前に、エリオは何度も足を運び、ヴェリエに数度だけ会うことが出来た。
そんなある日、アーダの森に向かい細道を進んでいたエリオは、ヴェリエの店ではない何かをその先に見つけ、顔を強張らせた。
遠目には何なのかわからなかったが、それが目前に迫ってくると、エリオは驚愕して馬を飛び下りた。
細道と森の境目に人の生首が刺さった槍が突き立てられていた。
それがずらりと森の入り口に並んでいる。
首から下は槍の根元に転がっていたが、生首の数の方が多かった。
領内に異変があればロナウスに知らせる必要がある。
エリオは馬を引っ張ってきて生首の刺さった槍を一本引き抜き、落ちていた胴体から鎧だけ抜き取って馬の鞍に括り付けた。
不気味な生首たちに背中を見送られ、エリオは一目散にドウェイン城へ引き返した。
眼下の訓練場で試合を行っているエリオは、無謀な戦いを繰り返し、相手をする騎士達が怪我をさせてしまうのではないかと困惑していた。
こんな戦い方をしていては戦場に出れば即座に命を落としてしまうだろう。
ロナウスに認められようとエリオが人並み外れた努力を重ねてきたことは知っていたが、こんなに自暴自棄な姿を見るのは初めてだった。
原因はわかっていた。ヴェリエが城から消えたからだ。
しかしそれはエリオの決断でもあったはずだ。
跡継ぎになるのだからそのぐらいの覚悟は当然だ。
愛情を抱けない息子だったが、ロナウスの心にはヴェリエの言葉がひっかかっていた。
「死なせないで欲しい」とエリオの無事を願ったのだ。
気に入らない息子が連れて来たもっとも気に入らない娘だった。
ゴーデ領に何の富ももたらさない貧しいだけの家畜番だ。
だが集められた花嫁候補たちの中で誰よりもエリオを愛していた。
エリオはヴェリエを捨て父親の望む婚約者を選んだ。
領主となるなら正しい決断だ。
ロナウスはエリオがその痛みを乗り越えるだろうと考え、黙ってその場を後にした。
それから数日も経たないうちに、エリオが訓練で大怪我をしたとロナウスのもとに知らせが入った。
今夜が峠になるかもしれないと聞けば、さすがに無関心ではいられなかった。
やはりヴェリエの言葉が引っかかっていた。
戦でもないのに死なせてしまっては、早々に約束を破ることになる。
ロナウスはエリオの部屋を訪れた。
寝台に横たわるエリオは胸に血の滲む包帯を巻きつけ、苦しそうに何かを呟いていた。
「盾を落とされ、そのまま、まるで剣の切っ先に飛び込むように胸を押し付けられたとか。それでも剣を振るったので試合は勝ちましたが、傷はかなり深く、血が止まらなければもしかしたら……気力が持てばいいのですが……どうも御心が弱っている様子で……」
言葉を濁らせた治癒師に軽く頷き、ロナウスは寝台の横に椅子をおいて座った。
そんなことをしたのは初めてだった。
熱を出した時も、怪我をした時もあったが、そんな息子の傍に寄り添ったことは一度もなかった。
エリオはうっすらと目を開け、熱にうなされながら父親の姿を霞む目に映し、必死に口を動かした。
「ああ……父上……来て下さったのですか……。も、申し訳ありません……こんな……」
必死に情けない姿を見せまいと強がるエリオの顔は確かに死にかけているようにみえた。
ロナウスはエリオの手を両手で握った。
小さい頃から今に至るまで、一度も握ったことのない手だった。
エリオの目が大きく見開かれた。
「あ……父上……」
もう今死んでもいいというように感動で唇を震わせるエリオを冷やかに見下ろしながら、ロナウスはその手を固く握った。
「お前は大事な後継ぎ。この程度のことで死ぬな」
エリオの目に涙が溢れた。
捨てた恋や今までの苦労、愛情を求めてもがき続けた日々が全て報われたように感じ、エリオは感極まって泣きながら口を動かした。
「はい……」
声にならないかすれた音であったが、それで十分だった。
ロナウスは退室した。
エリオのためにここまでしたのは初めてだった。
愛情を感じない目障りな息子だったが、エリオを死なせないで欲しいと言ったヴェリエの青い目が咎めるようにロナウスを睨んでいるように感じていた。
気が付くとロナウスは家畜小屋のある裏庭に足を運んでいた。
まだ寒さは厳しく、一日一度は吹雪になったが、それでも少しずつ雪は減っている。
厩舎までの広場を埋め尽くしているのは雪山羊の群れだった。
裏手のゲール山に勝手に上り、餌を食べると戻って来るのだと家畜番から聞いていた。
どうやって躾けたらこんな風になるのかと誰もが首をひねっていた。
ロナウスは優秀な家畜番を思い出し、惜しかったなと呟いた。
エリオは命を取り留めた。怪我も順調に回復し、いつもの冷静さを取り戻したように見えたが、怪我を理由にロナウスはエリオの婚約の延期を決めた。
エリオは黙って父親に従った。
厳しい寒さが少しずつやわらぎ、時折背中に当たる日差しに温かさを感じるようになってきた。
馬にも乗れるようになり、エリオはついにアーダの森に続く細道へ向かった。
得体のしれない大男とヴェリエの母親だという女がヴェリエがそこで物売りをするかもしれないと言っていた言葉を覚えていた。
立ち入りが禁止されている細道の先に、エリオはその店を発見した。
粗末な木の骨組みに布を被せただけの簡易的な店構えで、分厚い革の敷物の上に毛皮を積み上げ、固く干した肉の塊を並べていた。
物売りの女は水色のスカーフを頭に巻いてさらにフードを被っている。
その隙間からちらりとこぼれて見えるのは金色の髪で、耳元で青いガラス玉が揺れていた。
エリオは馬を木に繋ぐとゆっくりそこに近づいた。
物売りの女は顔も上げずに商品の前に座り込んでいる。
エリオは敷物を挟んで女の向かいにしゃがみ、その顔を覗こうとした。
「何を売っている?」
女はおどおどと怯えるように顔を上げ、目だけをフードの下から覗かせた。
薄氷の張った湖のような水色の瞳が濡れている。
エリオの顔を見ると、少女は少しだけ不愉快そうに眉間に皺を寄せた。
「毛皮と干し肉を少し……」
懐かしいその声に、エリオは手を伸ばし、女の頬に触れようとした。女は体を震わせて後ろに逃げた。
エリオは身を乗り出し、その手首を取って引き寄せるとフードを剥いだ。
腫れあがった頬と、青紫色の大きなたんこぶを額に見つけ、エリオは息を飲んだ。
大切に保護されると言っていたあの言葉は嘘だったのかと叫びたくなったが、恥ずかしそうに顔を赤くして俯いたヴェリエの姿に何も言えなくなった。
「見ないで……」
小さな声がこぼれ、エリオは手を離した。
ヴェリエはゆるく垂れ下がったスカーフを固く結びなおすとフードを深く被った。
それから鼻をすすり、再び商品の前に座った。
「王都で会ったのに……故郷は意外に近かったんだな……」
沈黙が続き、エリオが敷物の向こうに引き下がった。
エリオが帰らないとみると、ヴェリエは小さく言葉を返した。
「同じ北の出身だって話したことがあったでしょ……」
腰に下げていた財布を取り上げるとエリオは敷物の上に置いた。
ちゃりんと硬貨の鳴る音がしたが、ヴェリエは手も出さなかった。
「欲しいのがあるならあげる。別に売りたいわけじゃないの」
「何か……助けられることはないのか?今からでも、もしよければ保護させてくれ」
「男って本当に保護が好きね。いらないわ、そんなの。十分保護されているもの」
うんざりした顔をしてヴェリエは尖った声で言った。
エリオはもう一度フードの中を覗き、その痛ましい暴力の痕跡を確認した。
ヴェリエは仕方がないと言った様子で少しだけ事情を話した。
「私が殴られるのは私のせいなの。母さんが言っていたわ。感謝して受け入れる姿勢が足りないんですって。それに優しい人もいるわ……」
「君の母親……リーナに会った。君が暮らした小屋にきていた。
大きな男もいたな。君が……一族の物になったから忘れろと言われた。ヴェリエ、俺はお前に別れも言っていない。謝ってもいない。それに……まだ愛している……」
ヴェリエは涙をこらえるように唇をかみしめた。
「酷い人。なんでそんな酷い事言うのよ。私を守れないくせに。私を傍に置けないくせに。他の人と結婚する癖に……。エリオだって他の男達と同じよ。私を殴った男と同じじゃないの」
その言葉に、エリオはショックを受けて黙り込んだ。女に手を上げる男よりはましな人間だと思っていたが、確かにヴェリエにした仕打ちは同じぐらい酷いことだった。怪我は治るが、年月は戻らない。
「もう行って。見張られているの。外界の男と親しくしていれば殴られるわ」
「逃げてくる気はないのか?」
殴られると聞き、慌てて腰を上げながら、エリオはヴェリエに問いかけた。
リーナと一緒にいた男は確かに強そうで、戦って勝てる相手とは思えなかったが、それでもヴェリエが助けてほしいと言えば全力で戦うつもりだった。負けても領主の息子なのだ。仲間を呼べる。
「立派な領主様になるのでしょう?一族の女を連れて逃げれば一族の男が全員追ってくる。戦争になるわ。一族の結束は何よりも強いの。トーリ族を知らないのね」
威嚇するような声と、にらみつけるヴェリエの眼差しに負けて、エリオは立ち上がった。財布と引き換えに目についた毛皮を一枚すくいとる。
「また来るよ……」
歩き出したエリオは背中に無数の気配を感じていた。
振り返り、ヴェリエを連れ去ろうとすればその気配は確かに追ってくるだろう。
どちらにしろヴェリエを連れて逃げられる場所もない。
馬を繋いだところまで戻り、エリオはちらりと後ろを見たが、そこからはもうヴェリエの店は見えなかった。
それから数日空けて、エリオはまたヴェリエの店を訪ねた。
ヴェリエが少し慣れた様子で店を出しているのを見つけると、エリオは駆け寄った。
エリオが長居したせいで殴られることはなかったと知ると、エリオは領内の見回りを言い訳にそこに毎日通うようになった。
ヴェリエはそっけなかったが、エリオは何かしら購入し、ほんの少しだけ話をした。
行けば会えるというわけではなかった。ヴェリエの姿が見えない時、エリオは森の入り口まで足を運び、誰もいないのを確かめて引き返した。
本格的な春が来る前に、エリオは何度も足を運び、ヴェリエに数度だけ会うことが出来た。
そんなある日、アーダの森に向かい細道を進んでいたエリオは、ヴェリエの店ではない何かをその先に見つけ、顔を強張らせた。
遠目には何なのかわからなかったが、それが目前に迫ってくると、エリオは驚愕して馬を飛び下りた。
細道と森の境目に人の生首が刺さった槍が突き立てられていた。
それがずらりと森の入り口に並んでいる。
首から下は槍の根元に転がっていたが、生首の数の方が多かった。
領内に異変があればロナウスに知らせる必要がある。
エリオは馬を引っ張ってきて生首の刺さった槍を一本引き抜き、落ちていた胴体から鎧だけ抜き取って馬の鞍に括り付けた。
不気味な生首たちに背中を見送られ、エリオは一目散にドウェイン城へ引き返した。
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