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14.王墓の守り人の夫

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 第三騎士団を率いるダレルの天幕内はかなり広く、要塞内の執務室のように中央には大きな机が置かれ、分厚い革表紙に挟まれた書類などが積み上げられていた。

その机に向かい書き物をしていたダレルは、ルドガーが入ってくると、向かいの椅子に座るように指で合図をした。

ルドガーが座ると、ダレルは淡々とルドガー不在で行われた山賊狩りの成果について説明を始めた。それはイーゼンから聞かされ、既にルドガーが知っている話だったが、ソフィがフィリス家に売られた子供である可能性と、その証拠となる名前が発見されたことに関しては触れなかった。

簡単に説明を終えたダレルは、一旦言葉を切り、さりげなく今回の用件を告げた。

「それで、お前には申し訳ないが、ソフィと離縁を考えてもらいたい」

無言で座っていたルドガーは、口をぽかんと開けた。

「離縁の手続きについてはこちらで……」

ダレルは話しを続けようとしたが、焦ったルドガーは椅子を後ろに跳ねのけた。

「待ってください!な、なぜですか?今回、俺は彼女と夫婦になろうとかなり時間をかけて努力しました。
ソフィとやっと夫婦としてやっていけそうだと思えてきたところです。花壇も作り、墓の草むしりだってしました。一緒に食事を作り、一緒に寝ています。彼女の監視だって……」

ダレルは渋い表情で腕組みをし、机に置かれた書類にわざとらしく視線を向けた。
つられてルドガーもその書類に視線を走らせ、真っ青になった。
それは騎士の名簿だった。

次の夫候補の名前だと気づき、ルドガーは拳を震わせた。
見知った名前は一つもない。

上官の机を許可なく覗き込むルドガーを咎めようともせず、ダレルはやはり淡々と話を再開した。

「王墓の守り人の夫役は若い騎士には難しいと話しが出た。戦場を引退した騎士達の中から次の夫を見つけることになる」

青ざめていたルドガーの顔が今度は怒りに赤く染まった。
離縁も嫌だが、まだ十代のソフィの夫が引退した五十代の騎士になるということも許せない。

ルドガーは姿勢を戻し、任務に対する情熱を見せようと声を張った。

「俺に至らないところがあるのなら教えて下さい!確かに最初の二年間、俺は夫の役割を果たしませんでした。
しかし今回、彼女の夫になろうと心を入れ替え、彼女とも仲良くなってきたところです。
彼女が国のために忠実に働いているか監視します。他に何が必要なのか言ってください。離縁はしません!」

若く、真っすぐなルドガーのわかりやすい反応に、ダレルはさてどうするべきかと考えた。
あっさりルドガーが離縁を受け入れるならば、それで話は終わるはずだった。
しかしこの一カ月、若い女性と楽しく過ごしてきたとすれば、納得いかないだろうとも思っていた。

ダレルはルドガーを鋭く見据えた。

「ルドガー、君が夫に選ばれた時と事情が変わった。夫というより完全な監視が必要だ。
さらにそれだけではなく、王墓の守り人の忠誠心を確かめ、与えられた役目を無事果たせるよう導かなければならない。
王墓の守り人は死と共にこの世にあるものであり、半分死んだような存在だ。
そして、いつかこの王国の平和のために、王墓に封じられる必要がある」

意味がわからず、ルドガーは咄嗟に首をひねった。
今でも王墓に封じられ、ソフィは王墓の外に出ることは出来ない。

「既に王墓に封じられているのでは?」

ダレルはルドガーから目を逸らすことなく、さらに明確な表現を用いた。

「生きながら、古の王達が眠る王墓に封じられる」

あまりにも信じがたい話に、ルドガーは言葉を失い呆然と立ち尽くした。
王墓の守り人が王墓を出られないことは知っていた。
しかし、まさか文字通り、古の王族が眠る実際の王墓から出ることが出来なくなるとは思いもしなかった。

紙のように青ざめたルドガーの表情をダレルは冷静に観察する。

騎士は王国の平和のため、愛する家族でさえ犠牲にする覚悟がなければ務まらない。
それは一年や二年で培われる忠誠心では十分ではない。

十年、二十年、国に命を捧げてきた騎士でなければ、もてない覚悟だ。
これまでの王墓の守り人の夫役であれば、それほど強固な忠誠心は必要なかった。

そもそも、王墓の守り人は既に死を覚悟し、王墓に入る。
それはフィリス家がそのように教育してきているからだ。

愛国心がきちんと育っており、王国に守りたい家族がいれば、王墓の守り人は導く夫がいなくても進んで王墓に入るものであり、騎士の夫はその心に迷いはないか監視をする程度で良かったのだ。

それ故、今回は幽霊や呪いといったものに恐れを抱かないルドガーが夫役に適任だとされた。

不気味な王墓に通い、死んだように暮らす妻の機嫌をとるのは憂鬱な仕事だ。
ルドガーならその不気味な環境も簡単に受け入れ、陰気な妻のもとにも恐れることなく通うことができると思われた。

ところが今回の王墓の守り人は王国に敵対する人物である可能性が浮上した。
王墓の守り人の代わりはそう簡単には見つからない。
ソフィをうまく使う必要がある。

国の平和のために死ぬ覚悟があるか、それとも何か企みを持っているのか探らなければならない。
女の体に溺れ、その境遇に同情するばかりの夫では困る。
騎士の任務に忠実な男かどうか見極めようと、ダレルは辛抱強くルドガーの反応を待った。

青ざめ、呆然としていたルドガーがようやく声を絞り出した。

「いつ?いつです?彼女は若い。まだずっと生きられる。あんな、あんなところでも、彼女は……」

言葉がまとまらず、ルドガーの口がぱくぱく動く。
離縁も、次の夫候補が引退した騎士だと言う話も受け入れがたい話なのに、ソフィが生きながら墓に入る運命だということまで発覚し、頭の中は大混乱だったが、ルドガーは何よりもソフィのことを考えた。

人生の楽しみを失い、生涯を墓地で暮らし、最後には生きながら墓に入れられる。
それがソフィに用意されている未来だというのだ。
どれほどの恐怖がソフィを待ち受けていることか。
どんな勇敢な騎士でさえ、そんな定めを告げられたら平気ではいられないだろう。

しかし国の平和のためと言われては、騎士であるルドガーにはどうにもできない。
助けたいと口にすれば反逆罪だ。

完全に言葉に詰まった様子のルドガーを見て、ダレルは説明を続けた。

「そのために選ばれ運ばれた。既に呪いを受け、彼女はあそこから出ることは出来ない。少しずつその時が近づき、彼女は我が国の平和のために生贄になる」

「生贄?生贄なら、もっと老いた、それこそ引退した霊媒師なんかでいいじゃないですか。なぜあんなに若い……なぜまだ生きられる少女を……」

「王墓の守り人は強い霊力を有するだけではなれない。この国に愛する家族や恋人がおり、この国の未来を守りたいと思える者である必要がある。
そうした人材をフィリス家は差し出す必要があったが、そうでない者が選ばれていた場合、封じられている呪いが解き放たれ、罪のない多くの人々が命を落とすことになる」

大真面目な顔で重々しく断言したダレルの迫力に、幽霊や呪いを信じないルドガーも、ようやく国が本気でそうしたものを恐れているのだということがわかってきた。

つまり、ルドガーも真剣に呪いを阻止するために動かなければならないのだ。

もしソフィが敵国からさらわれてきた人間であり、悪霊を解放しようとしているのであれば、愛を偽装してでもその心を射止め、国のために喜んで命を捧げるように洗脳していかなければならない。

子供を作ることもまた、ソフィにとっての人質にするためだ。
大切な人が殺されないように、ソフィは自ら王墓に入る。
そんな馬鹿な話があるだろうか。
ルドガーはなんとかソフィの未来を守れないかと必死に考えを巡らせた。

ダレルがさらに続けた。

「彼女には悪霊を鎮める力があるが、一方で、彼女にはそれを解き放つ力もある。あの地には大きな呪いが封じられているのだ」

なぜそんなものに振り回されなければならないのか。
ソフィの未来の方が死人や呪いよりずっと大切だ。
怒りに駆られ、ルドガーは叫んだ。

「ソフィが悪霊とか幽霊とか、そういうものを呼び出すというのですか?
そんなものが存在するわけがない。人を呪って死んだ人間は大勢います。
何の祟りも受けずに生きている悪人はいくらでもいるでしょう?呪いで悪人が死んだなんて聞いたこともありません!」

ここに危機感を抱けないようでは、やはり夫役は難しい。
ダレル隊長は、手元の名簿に目を向けた。

「百年以上も昔、東のウヴィアヌ国と戦争になった。その時、あの国が武器としたものは呪術だった。
人を呪い、多くの死をもたらした。王墓には、その時捕らえられたウヴィアヌ国の呪術師の魂が封じられている」

もう話は終わったとばかりにダレルはペンをとった。
ルドガーは引けなかった。

「そんな物のために彼女はあそこに縛り付けられ、俺は妻を取り上げられようとしているのですか?しかも百年以上も昔の話だ!呪術師の魂だってとっくに朽ち果てています!」

「ウヴィアヌ国の呪術師の話は真実だ。確かに昔のことだが、実際に多くの兵士が殺されている。その記録は保管され、その当時の証言も残されている。
呪いや悪霊の大半は確かに迷信かもしれない。だが、あの王墓にあるものだけは本物だ」

「証拠が?」

「証拠がある。敵国の兵器である呪術師が封印されて以来、呪術で殺された者は出ていない。あれが解放されたら、大勢の人間が死ぬことになる。
王墓の守り人は、悪霊を封じる力を持つ者であり、この国に忠誠を誓うものでなければならない。
国の為、家族のため、一族の為、愛するものを守りたいと願う者が王墓の守り人になる」

ダレルはゆっくり顔を上げ、天幕の扉に視線を向ける。
退室せよとの合図だったが、ルドガーは動かなかった。

ここで追い出されては本当にソフィの傍にいられなくなる。
王墓に入る運命がかえられないのであれば、他にソフィの未来を守る方法を考えなければならない。

「隊長。俺を夫でいさせてください。今度こそ彼女の監視を怠りません。
そうだ!見に来て下さい。彼女と良好な関係を築けています。俺は彼女に愛されている!彼女は俺の言葉をちゃんと聞いてくれます!見ればそれがわかるはずです!」

ぴたりと動きを止め、ダレルはペンを置いた。
本当だろうかと、不審な目でルドガーを見据える。

ルドガーがソフィに会いに行ったのは三回で、今回は一カ月の滞在だった。
その一カ月でソフィの心をそこまで射止めることに成功したというのならば、夫役としては悪くない。

本気で国のために死ぬ意思があるのかソフィに確認もできるだろうし、もし愛があるのであれば、夫のルドガーのために王墓に喜んで入るかもしれない。

ソフィが本当にルドガーに従うのかどうか、それは目で見て確かめる必要がある。
万が一にも、王墓の呪いが解き放たれるようなことがあってはならないのだ。
騎士達は目に見えない呪術に対抗する手段を持っていないのだから。

「いいだろう。様子を見に行こう。しかしフィリス家の調査も進めることになる。
もし彼女が敵国の人間であり、この国に対し恨みを抱いていることが判明すれば、その時はソフィの能力を王国のために役立ててもらうため、洗脳し、誘導できる夫に代わってもらう必要がある」

きびきびとした動きでルドガーは一歩退き、姿勢を正した。

「国を守る騎士として、与えられた任務をやり遂げます」

ルドガーは力強く宣言すると、一礼し、逃げるように天幕を飛び出した。



 天幕の外は真っ暗で、野営地に置かれた篝火が明るく周辺を照らしている。
その光景を前に、ルドガーは大きく胸をなでおろした。
とりあえず夫役をおろされずにすんだのだ。

そこは斜面の上であり、坂道を下るルドガーの前には、空の星と地上に散らばるゆらめく赤い灯が両方見えていた。
その幻想的な光景を眺めながら、ルドガーはソフィのことを考えた。

青空どころか、ソフィは夜空の星すら生涯見ることが出来ないのだ。
百年前の呪いなんてものを信じている人々のために、その若い命は見捨てられる。

ルドガーは固く拳を握りしめ、イーゼンの待つ天幕に向かって黙々と歩き続けた。



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