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36.諦めない男
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ウヴィアヌ国に向かう王国の使節団の警護を任されたルドガーは、立ち寄った要塞で久しぶりに親友と再会した。
「イーゼン!」
厨房に隣接する大きな食堂の片隅で、一人食事をしていたイーゼンも立ち上がってルドガーの肩を抱いた。
「なかなか会えなくなったな」
王直属の近衛騎士団に所属する二人は、国の方針を広い王国内に浸透させる役目も果たす。
王城を出入りする使節団の警護だけではなく、王国中の要塞へ派遣されることもあった。
「聞きたいことがあった」
ルドガーはイーゼンの向かいに座り、顔を近づけた。
「良い子が出来たか?最近、王墓の方に顔を出していないだろう?アナも寂しがっているし、ソフィも心配している。お前は俺にとって家族のような存在だ。俺を信じて王墓の底まで来てくれた唯一無二の親友だ。
だから、もし結婚を考えている子がいるなら教えてくれ。それに、もし……」
一瞬躊躇い、ルドガーは声を落とした。
「もし、その子が俺達のことを不気味に思って嫌っているのなら、俺達のことは気にしなくていい」
息をのむほど驚いて、イーゼンは目を見開いた。
ソフィは、イーゼンが訪ねて来なくなったのは、好きな子が外に出来たからではないかと考えていた。そして、その報告もなく、アナの顔を少し見に来るぐらいのこともしないのは、ソフィと知り合いだと好きな子に知られるのを恐れているからではないかとルドガーに相談していた。
しかし、それは大きな誤解だった。
イーゼンは目を背け、唇を震わせた。
「そうじゃない……。アナには会いにいきたいと思っている。君の息子のルースにも」
「誰かに何か言われたのか?」
酒のグラスを勧め、ルドガーは穏やかに笑った。
「顔を合わせなくても、何年会えなくても、俺にとってお前は親友だ。愛する人が出来たのなら、遠慮せず言ってくれ。俺は祝福するし、お前にも幸せになってもらいたいと思っている。
俺達が消えることがお前の幸せになるのなら、喜んでそうしよう。
仕事でも、俺の友人であることで肩身の狭い思いをさせているのではないかと思うことがある」
騎士達の中にも呪術師や霊能者といった目に見えないものに関わる人間を不気味に思う者は多い。顔を突き合わせ、親しく付き合ってみれば普通の人間と変わらないとわかるが、そうした機会も多いわけではない。
「ルドガー……すまない」
苦痛をにじませ、イーゼンは手元のグラスに視線を落とした。
やはりそうなのかと、ルドガーは寂しそうに笑い、イーゼンの肩を叩いた。
「気にするな。最近、会えていなかったから、それだけ伝えたかった」
席を立とうとしたルドガーは、足を止め手元を見た。
ルドガーが持ち上げようとしたグラスをイーゼンが上から押さえつけている。
「違う。そうじゃない。ルドガー……。俺は、お前を一番大切な友人だと思っている。お前以上に大切な存在はいない。周りになんと言われようと、お前が一番大切だ」
怪しい告白に身構えたルドガーは、速やかに周囲の視線を確認し、席に戻った。
これまでのイーゼンの女性遍歴を思い出し、そこに男が入っていないか記憶を探る。
「どういう意味だ?お前は、その、女が好きだろう?」
「そうだ。ルドガー……」
イーゼンも覚悟を決めた。親友に気持ちを隠し続けることはやはり出来ない。
「休みを交互にとって、ソフィを不安にさせないように王墓に帰ろうと約束しただろう?待つことしか出来ない彼女が心配しないようにと。お前は、俺にもう二度とソフィと二人きりにしないと約束したのに、子供が産まれ、仕事も忙しくなって、俺に任せることが多くなった」
「子供もいるし、使用人もいる。別にいいだろう?俺はお前を信じているし、もうローレンスもいない」
「よくない。俺は……幽霊が見える不気味な女なんてごめんだと思っていた。性格は悪いし、気は強い。
不機嫌な顔ばかりで可愛い女のふりすら出来ない。そんな女、俺だったらごめんだと……。
でも……アナを抱いて、傍にいて、彼女の目を通して恐ろしいものをたくさん見て、彼女の抱えてきたものを知って、俺の心は変わった。
彼女を散々気味悪がって避けてきたのに、彼女はお前の親友だからといつも俺を歓迎してくれる。それはいつしか、俺にとって辛いことになっていった。
だけど、一番大切なのはお前だ。それは変わらない。だから、俺はソフィのところにはもう戻らない」
それは思いもかけないイーゼンの告白だった。
最初は幽霊が見える特殊な能力が壁となり、ソフィを異性として意識することはなかった。
その後も、ただ親友の妻だという認識だった。
しかし、二人きりの時間が増え、血のつながりを感じる娘を抱いて休日のたびに訪れていたら、ソフィが普通の女性に見えてきた。しかも好ましい女性だ。
親友を裏切ることは出来ない。そこだけは破れない壁だった。
イーゼンは、自分の気持ちを消し去るため、ソフィに近づかないことにしたのだ。
イーゼンの告白を聞き終えたルドガーは黙り込んだ。
昔、ソフィに親友と妻、どちらをとるのかと聞かれたことがあったことを思い出す。
ルドガーは両方諦めないと答えた。
その気持ちは変わっていない。
「イーゼン、話がある」
ルドガーは要塞内で宿泊用にあてがわれている部屋へイーゼンを誘った。
親友の妻に下心を抱いたイーゼンは、殴られることを覚悟しそれに従った。
部屋に入ると、イーゼンは寝台を後ろに立ち、早くやってくれと促すように目を閉じた。
「手加減はいらない。力いっぱい殴ってくれ」
痛みを覚悟したイーゼンに予想外の衝撃が訪れた。
それは、全身の毛が逆立つようなおぞましい体験で、悪い事に、何が起きたか目を閉じていても一瞬でわかってしまうような感触だった。
柔らかく分厚いものが唇に押し付けられたのだ。
飛び上がろうとしたイーゼンの体は馬鹿力で押さえ込まれ、寝台の上に倒された。
「なっ!なんだっ!」
悲鳴を上げるイーゼンの目の前にはルドガーの険しい男くさい顔があった。
奪われた唇を急いで手の甲で拭い、イーゼンは涙目になって親友に許しを願った。
「ゆ、ゆるしてくれ!ルドガー!これはあんまりだ!殴られた方がまだましだ!」
女好きのイーゼンは悲鳴をあげたが、ルドガーは真剣だった。
「俺は、妻も親友も諦めない。だから方法はこれしかない。俺は妻を寝取られるだけの夫にはなりたくない。ソフィがお前に抱かれるなら、俺はお前を抱くしかない」
とんでもない理論に、イーゼンは言葉もなく口をぽかんとさせた。
「俺だけが妻を寝取られた屈辱を味わうのは違うだろう?お前だって、俺に屈辱を味あわされるべきだ。それに、ソフィだってお前にやきもちをやくだろうし、俺もお前に嫉妬するだろう。こうすればおあいこだ」
「な、なにがおあいこだ!ソフィが承知するわけがないだろう!彼女はお前を一途に想っている」
「大丈夫だ。夫や妻を複数持つことが許されている民族もいる。この国もそうなったことにしよう」
「ばれるだろう!いや。その前に俺は?俺の意見は?」
シャツが破られ、ルドガーがイーゼンの乳首にしゃぶりついた。
「うがあああああっ」
獣のような絶叫が放たれたが、ルドガーの方が体格も良く、体重もあった。
押さえつけられ、ズボンを足でずり下ろされる。
「嘘だ!嘘だ!こんなことはあり得ない!」
命さえ捧げても良いと思っていた親友だが、こんな関係だけは想像もしたことがなかった。
イーゼンはなんとか体をよじって逃げようとする。
後ろ向きになって寝台から上半身を床に落としたところで、腰を背後から掴まれた。
「え?!」
生温かなぞっとする感触が尻にあたり、一気に背中の毛が逆立った。
「待て、本気で待て!ルドガー!まっ」
どちらも男は未経験であり、やり方など知るわけがない。
「すまない。女だと思って抱くから覚悟してくれ」
男に抱かれるという現実から逃れようと絶叫しかけたイーゼンは両手で口を塞いだ。
こんな場面を誰かに見られたらそれこそいろいろなことが終わってしまう。
扉に目をやり、鍵がかかっていないことに気が付く。
もうこれは声も出せないし、暴れて音を出すわけにもいかない。
「お前、こういうことを考えているなら、鍵ぐらい閉めろよ!」
小さな声で悪態をつくが、ルドガーは既に精神を集中させ、これは女の尻だと自身に暗示をかけていた。
ごつごつした尻を両手で抱え込み、ルドガーは沈み込みそうなその一点を目掛けて腰を押し出した。
「ぐあっ」
痛みや屈辱よりも、未知の感覚に驚き、イーゼンの口からこれまでの人生で発したことがないような声が飛び出した。
ルドガーは無心にがんがんと腰を振っている。
殴られた方がましだと思いはしたが、イーゼンはすぐに諦めの境地に達した。
いつか、もしかしたら強盗団や、悪人に負けて拷問を受け、男にやられる時がくるかもしれない。
そんな時がくるとすれば、やはり男との初めては親友であるルドガーに捧げたい。
万が一、そんな日が来たら、ルドガーと体験済みであれば屈辱も半減するし、これもそうしたことに備えた修練だと思えば悪くない。なにせ、相手は命を捧げても良いと思える大親友のルドガーなのだ。
強引に自身を納得させ、イーゼンは抱いてしまったソフィへの恋心を半ば後悔しながら、ルドガーの仕打ちに耐えきった。水や布で、無言のうちに後始末を終え、二人は並んで寝台に横たわった。
なんとも奇妙な感覚だったが、イーゼンはルドガーの肌のぬくもりに、やはり強い絆のようなものを感じていた。
「イーゼン」
大きく息を吐き出し、ルドガーは変わらない口調で語り掛けた。
「ああ……」
尻のひりひりしているイーゼンも何も変わらない二人の関係に驚いていた。
「あとは、ソフィを説得するだけだ」
「……本気か?」
「この仕事が終わったら連絡をくれ。一緒に王墓に戻ろう」
ルドガーの声には迷いがない。
イーゼンは生唾を飲み込み、いつも想像していたソフィの体を思い浮かべる。
ローレンスに体をのっとられていたときは、記憶も曖昧でその感触さえよく覚えていなかった。
気持ち良かったことはぼんやりと記憶にあるが、ソフィの体は親友のものであり、その行為には嫌悪感しかなかった。
しかし今は、禁断の果実のようにイーゼンの鼻先にぶらさがっている。
親友の許可を得たのだから、もう口説いてもいいのだ。
ソフィにいやがられたら、それこそ辛いが、もう二度と顔を合わせない覚悟もしていた。
それに比べたら、当たって砕けた方がましだろう。
しかし、ルドガーはこのことをソフィにどう説明するつもりなのか。
イーゼンは大胆不敵な親友の逞しい体をちらりと盗み見て、やはりぞっとして体を震わせた。
自身の身に起きたことがいまだに信じられない。
ルドガーが体を起こそうと腕を動かした。
「うわああっ」
反射的に悲鳴を上げ、イーゼンはずるりと尻を床に落とした。
その時、廊下をたまたま歩いていたらしい誰かの声が扉の向こうから聞こえてきた。
「ルドガー?どうした?大丈夫か?」
それは今回のルドガーの仕事仲間だった。
咄嗟にイーゼンがつま先立ちで走り、扉を押さえつける。
「大丈夫だ。寝ぼけて床に落ちた」
落ち着いた声でルドガーは扉の向こうに答え、床に落ちたズボンを拾い上げて身に着ける。
「出発は明日だろう?」
ルドガーが扉越しに問いかける。
「早朝だ。遅れるなよ」
足音が遠ざかる。ほっとしてイーゼンはずるりと壁を伝って床に座り込んだ。
その眼前に、イーゼンのズボンが付きつけられる。
「ほら、着替えたら帰れよ」
ルドガーの手からズボンを奪い返し、イーゼンは不機嫌な顔で急いで足を通す。
シャツは破られ、着られなくなっていた。
「やり捨てじゃないか!」
なんとも後味の悪い結末だったが、二人は手を打ち合い、「またな」といつも通りの別れ方をした。その表情はどちらも明るかった。
隠し事が消え、さらに解決策も見つかった。
それが正解かどうかはわからないが、互いを嫌わなくて済んだことをイーゼンは何よりも喜んでいた。
「イーゼン!」
厨房に隣接する大きな食堂の片隅で、一人食事をしていたイーゼンも立ち上がってルドガーの肩を抱いた。
「なかなか会えなくなったな」
王直属の近衛騎士団に所属する二人は、国の方針を広い王国内に浸透させる役目も果たす。
王城を出入りする使節団の警護だけではなく、王国中の要塞へ派遣されることもあった。
「聞きたいことがあった」
ルドガーはイーゼンの向かいに座り、顔を近づけた。
「良い子が出来たか?最近、王墓の方に顔を出していないだろう?アナも寂しがっているし、ソフィも心配している。お前は俺にとって家族のような存在だ。俺を信じて王墓の底まで来てくれた唯一無二の親友だ。
だから、もし結婚を考えている子がいるなら教えてくれ。それに、もし……」
一瞬躊躇い、ルドガーは声を落とした。
「もし、その子が俺達のことを不気味に思って嫌っているのなら、俺達のことは気にしなくていい」
息をのむほど驚いて、イーゼンは目を見開いた。
ソフィは、イーゼンが訪ねて来なくなったのは、好きな子が外に出来たからではないかと考えていた。そして、その報告もなく、アナの顔を少し見に来るぐらいのこともしないのは、ソフィと知り合いだと好きな子に知られるのを恐れているからではないかとルドガーに相談していた。
しかし、それは大きな誤解だった。
イーゼンは目を背け、唇を震わせた。
「そうじゃない……。アナには会いにいきたいと思っている。君の息子のルースにも」
「誰かに何か言われたのか?」
酒のグラスを勧め、ルドガーは穏やかに笑った。
「顔を合わせなくても、何年会えなくても、俺にとってお前は親友だ。愛する人が出来たのなら、遠慮せず言ってくれ。俺は祝福するし、お前にも幸せになってもらいたいと思っている。
俺達が消えることがお前の幸せになるのなら、喜んでそうしよう。
仕事でも、俺の友人であることで肩身の狭い思いをさせているのではないかと思うことがある」
騎士達の中にも呪術師や霊能者といった目に見えないものに関わる人間を不気味に思う者は多い。顔を突き合わせ、親しく付き合ってみれば普通の人間と変わらないとわかるが、そうした機会も多いわけではない。
「ルドガー……すまない」
苦痛をにじませ、イーゼンは手元のグラスに視線を落とした。
やはりそうなのかと、ルドガーは寂しそうに笑い、イーゼンの肩を叩いた。
「気にするな。最近、会えていなかったから、それだけ伝えたかった」
席を立とうとしたルドガーは、足を止め手元を見た。
ルドガーが持ち上げようとしたグラスをイーゼンが上から押さえつけている。
「違う。そうじゃない。ルドガー……。俺は、お前を一番大切な友人だと思っている。お前以上に大切な存在はいない。周りになんと言われようと、お前が一番大切だ」
怪しい告白に身構えたルドガーは、速やかに周囲の視線を確認し、席に戻った。
これまでのイーゼンの女性遍歴を思い出し、そこに男が入っていないか記憶を探る。
「どういう意味だ?お前は、その、女が好きだろう?」
「そうだ。ルドガー……」
イーゼンも覚悟を決めた。親友に気持ちを隠し続けることはやはり出来ない。
「休みを交互にとって、ソフィを不安にさせないように王墓に帰ろうと約束しただろう?待つことしか出来ない彼女が心配しないようにと。お前は、俺にもう二度とソフィと二人きりにしないと約束したのに、子供が産まれ、仕事も忙しくなって、俺に任せることが多くなった」
「子供もいるし、使用人もいる。別にいいだろう?俺はお前を信じているし、もうローレンスもいない」
「よくない。俺は……幽霊が見える不気味な女なんてごめんだと思っていた。性格は悪いし、気は強い。
不機嫌な顔ばかりで可愛い女のふりすら出来ない。そんな女、俺だったらごめんだと……。
でも……アナを抱いて、傍にいて、彼女の目を通して恐ろしいものをたくさん見て、彼女の抱えてきたものを知って、俺の心は変わった。
彼女を散々気味悪がって避けてきたのに、彼女はお前の親友だからといつも俺を歓迎してくれる。それはいつしか、俺にとって辛いことになっていった。
だけど、一番大切なのはお前だ。それは変わらない。だから、俺はソフィのところにはもう戻らない」
それは思いもかけないイーゼンの告白だった。
最初は幽霊が見える特殊な能力が壁となり、ソフィを異性として意識することはなかった。
その後も、ただ親友の妻だという認識だった。
しかし、二人きりの時間が増え、血のつながりを感じる娘を抱いて休日のたびに訪れていたら、ソフィが普通の女性に見えてきた。しかも好ましい女性だ。
親友を裏切ることは出来ない。そこだけは破れない壁だった。
イーゼンは、自分の気持ちを消し去るため、ソフィに近づかないことにしたのだ。
イーゼンの告白を聞き終えたルドガーは黙り込んだ。
昔、ソフィに親友と妻、どちらをとるのかと聞かれたことがあったことを思い出す。
ルドガーは両方諦めないと答えた。
その気持ちは変わっていない。
「イーゼン、話がある」
ルドガーは要塞内で宿泊用にあてがわれている部屋へイーゼンを誘った。
親友の妻に下心を抱いたイーゼンは、殴られることを覚悟しそれに従った。
部屋に入ると、イーゼンは寝台を後ろに立ち、早くやってくれと促すように目を閉じた。
「手加減はいらない。力いっぱい殴ってくれ」
痛みを覚悟したイーゼンに予想外の衝撃が訪れた。
それは、全身の毛が逆立つようなおぞましい体験で、悪い事に、何が起きたか目を閉じていても一瞬でわかってしまうような感触だった。
柔らかく分厚いものが唇に押し付けられたのだ。
飛び上がろうとしたイーゼンの体は馬鹿力で押さえ込まれ、寝台の上に倒された。
「なっ!なんだっ!」
悲鳴を上げるイーゼンの目の前にはルドガーの険しい男くさい顔があった。
奪われた唇を急いで手の甲で拭い、イーゼンは涙目になって親友に許しを願った。
「ゆ、ゆるしてくれ!ルドガー!これはあんまりだ!殴られた方がまだましだ!」
女好きのイーゼンは悲鳴をあげたが、ルドガーは真剣だった。
「俺は、妻も親友も諦めない。だから方法はこれしかない。俺は妻を寝取られるだけの夫にはなりたくない。ソフィがお前に抱かれるなら、俺はお前を抱くしかない」
とんでもない理論に、イーゼンは言葉もなく口をぽかんとさせた。
「俺だけが妻を寝取られた屈辱を味わうのは違うだろう?お前だって、俺に屈辱を味あわされるべきだ。それに、ソフィだってお前にやきもちをやくだろうし、俺もお前に嫉妬するだろう。こうすればおあいこだ」
「な、なにがおあいこだ!ソフィが承知するわけがないだろう!彼女はお前を一途に想っている」
「大丈夫だ。夫や妻を複数持つことが許されている民族もいる。この国もそうなったことにしよう」
「ばれるだろう!いや。その前に俺は?俺の意見は?」
シャツが破られ、ルドガーがイーゼンの乳首にしゃぶりついた。
「うがあああああっ」
獣のような絶叫が放たれたが、ルドガーの方が体格も良く、体重もあった。
押さえつけられ、ズボンを足でずり下ろされる。
「嘘だ!嘘だ!こんなことはあり得ない!」
命さえ捧げても良いと思っていた親友だが、こんな関係だけは想像もしたことがなかった。
イーゼンはなんとか体をよじって逃げようとする。
後ろ向きになって寝台から上半身を床に落としたところで、腰を背後から掴まれた。
「え?!」
生温かなぞっとする感触が尻にあたり、一気に背中の毛が逆立った。
「待て、本気で待て!ルドガー!まっ」
どちらも男は未経験であり、やり方など知るわけがない。
「すまない。女だと思って抱くから覚悟してくれ」
男に抱かれるという現実から逃れようと絶叫しかけたイーゼンは両手で口を塞いだ。
こんな場面を誰かに見られたらそれこそいろいろなことが終わってしまう。
扉に目をやり、鍵がかかっていないことに気が付く。
もうこれは声も出せないし、暴れて音を出すわけにもいかない。
「お前、こういうことを考えているなら、鍵ぐらい閉めろよ!」
小さな声で悪態をつくが、ルドガーは既に精神を集中させ、これは女の尻だと自身に暗示をかけていた。
ごつごつした尻を両手で抱え込み、ルドガーは沈み込みそうなその一点を目掛けて腰を押し出した。
「ぐあっ」
痛みや屈辱よりも、未知の感覚に驚き、イーゼンの口からこれまでの人生で発したことがないような声が飛び出した。
ルドガーは無心にがんがんと腰を振っている。
殴られた方がましだと思いはしたが、イーゼンはすぐに諦めの境地に達した。
いつか、もしかしたら強盗団や、悪人に負けて拷問を受け、男にやられる時がくるかもしれない。
そんな時がくるとすれば、やはり男との初めては親友であるルドガーに捧げたい。
万が一、そんな日が来たら、ルドガーと体験済みであれば屈辱も半減するし、これもそうしたことに備えた修練だと思えば悪くない。なにせ、相手は命を捧げても良いと思える大親友のルドガーなのだ。
強引に自身を納得させ、イーゼンは抱いてしまったソフィへの恋心を半ば後悔しながら、ルドガーの仕打ちに耐えきった。水や布で、無言のうちに後始末を終え、二人は並んで寝台に横たわった。
なんとも奇妙な感覚だったが、イーゼンはルドガーの肌のぬくもりに、やはり強い絆のようなものを感じていた。
「イーゼン」
大きく息を吐き出し、ルドガーは変わらない口調で語り掛けた。
「ああ……」
尻のひりひりしているイーゼンも何も変わらない二人の関係に驚いていた。
「あとは、ソフィを説得するだけだ」
「……本気か?」
「この仕事が終わったら連絡をくれ。一緒に王墓に戻ろう」
ルドガーの声には迷いがない。
イーゼンは生唾を飲み込み、いつも想像していたソフィの体を思い浮かべる。
ローレンスに体をのっとられていたときは、記憶も曖昧でその感触さえよく覚えていなかった。
気持ち良かったことはぼんやりと記憶にあるが、ソフィの体は親友のものであり、その行為には嫌悪感しかなかった。
しかし今は、禁断の果実のようにイーゼンの鼻先にぶらさがっている。
親友の許可を得たのだから、もう口説いてもいいのだ。
ソフィにいやがられたら、それこそ辛いが、もう二度と顔を合わせない覚悟もしていた。
それに比べたら、当たって砕けた方がましだろう。
しかし、ルドガーはこのことをソフィにどう説明するつもりなのか。
イーゼンは大胆不敵な親友の逞しい体をちらりと盗み見て、やはりぞっとして体を震わせた。
自身の身に起きたことがいまだに信じられない。
ルドガーが体を起こそうと腕を動かした。
「うわああっ」
反射的に悲鳴を上げ、イーゼンはずるりと尻を床に落とした。
その時、廊下をたまたま歩いていたらしい誰かの声が扉の向こうから聞こえてきた。
「ルドガー?どうした?大丈夫か?」
それは今回のルドガーの仕事仲間だった。
咄嗟にイーゼンがつま先立ちで走り、扉を押さえつける。
「大丈夫だ。寝ぼけて床に落ちた」
落ち着いた声でルドガーは扉の向こうに答え、床に落ちたズボンを拾い上げて身に着ける。
「出発は明日だろう?」
ルドガーが扉越しに問いかける。
「早朝だ。遅れるなよ」
足音が遠ざかる。ほっとしてイーゼンはずるりと壁を伝って床に座り込んだ。
その眼前に、イーゼンのズボンが付きつけられる。
「ほら、着替えたら帰れよ」
ルドガーの手からズボンを奪い返し、イーゼンは不機嫌な顔で急いで足を通す。
シャツは破られ、着られなくなっていた。
「やり捨てじゃないか!」
なんとも後味の悪い結末だったが、二人は手を打ち合い、「またな」といつも通りの別れ方をした。その表情はどちらも明るかった。
隠し事が消え、さらに解決策も見つかった。
それが正解かどうかはわからないが、互いを嫌わなくて済んだことをイーゼンは何よりも喜んでいた。
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