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27.古の騎士

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 広大な墓地の上空に集まった雲は真っ黒に染まっている。
それに伴い集まった人々が、古の王達が眠る王墓の前に立ち並んでいた。

石の扉の正面に立つのは灰色のローブに身を包んだソフィで、その隣にはフィリス家の当主、ウーゴの姿がある。
王墓の入り口に嵌めこまれた丸い石扉の右側には、合図を待つ騎士達が控えている。

神官はソフィとウーゴの後ろに立っており、さらにその背後に大臣が三人、王の代理として並んでいた。

既に王墓入りの儀式は始まっており、神官の朗々とした祈りの言葉が続いている。
神官が本を閉じると、騎士達が石の扉を左に向かって押し始めた。

十人がかりでようやく、丸い扉はごろりと動き、不気味な地下世界に続く真っ黒な入り口が現れた。
途端にひんやりとしたかび臭い空気が地上に溢れ出る。
わずかに咳き込んだ騎士達が、扉を支え、灯りを掲げた。

王墓の入り口に数年ぶりに灯りが入り、階段の上段が浮かび上がる。
そこに、服を着た白骨死体が落ちていた。

急いでフィリス家の当主ウーゴが駆け寄ると、それを白い布に包み始める。

「最後に送り出した守り人です。恐らく、奥まで行けなかったのでしょう。それで封印がそれほどもたなかったものと思われます。申し訳ありません」

神官と大臣は顔を見合わせ、心配そうに傍に控えているまだ若いソフィに視線を向けた。
真っ暗な王墓の中で、出来る限り奥に向かい、溢れ出ようとしている悪霊を浄化し、呪術師の呪いを封じなければならない。

「ソフィ、君の覚悟はいいな?」

ウーゴが布を腕に抱え、立ち上がる。

「大丈夫です……。奥を目指します」

はっきりとした声音だったが、その顔は青ざめていた。
中に入れば、もう二度と外に出ることは出来ない。
しかも王墓の奥深くで死ねば、その死体は回収すらしてもらえない。

まさに生きたまま墓に入る行為だ。
ソフィはローブの上から服をぎゅっと掴み、前に進み出ると地下に続く階段に足をかけた。
数歩下りたところで、騎士達が王墓の扉を押し戻し始めた。
分厚い石の扉が今度は右に向かって転がり始める。

ソフィの背中を階段の上から見送っていたウーゴが叫んだ。

「ソフィ、落ち着いてやりなさい。君なら封印をさらに強めることができる」

その声は石の扉が地面を削る音にかきけされ、ソフィの耳には届かなかった。

石の扉は、再び王墓の壁に嵌めこまれるようにぴたりと閉じた。
その分厚い扉の前に、騎士達が立ち並ぶ。

他の誰かがそこに侵入するのを阻止するためではなく、それは儀式としての形だった。
神官が再び本を開いて祈りの言葉を唱えだす。
ウーゴと大臣たちも目を閉ざし、ソフィの勝利を祈り始めた。



 外からの光が完全に遮断されると王墓の内部は漆黒の闇に包まれた。
同時に、白い光がぽつぽつとソフィの周りに現れる。
それは古の騎士達の姿だった。
ローレンスが先頭にいる。

「進めるか?」

数年前の王墓の守り人はここから動けず息絶えた。
ソフィは真っすぐに前を向き、力強く頷いた。

「息が続く間に……なんとか進まないと」

古の騎士達が剣を抜き、戦闘に備える。
封じられた呪術師たちが吐き出す呪いはいまだに増幅し続け、墓地に眠る死者たちを悪霊に変えている。
これが王墓を出たら呪いの病となりこの国の人々に襲い掛かる。
既に、ウヴィアヌ国ではこの現象のせいで呪いの病が広がり、人々が何人も命を落としているのだ。

王墓の呪いを解けば、この国の人々だけでなく、ソフィの祖国であるウヴィアヌ国の人々も救われることになる。

最初の悪霊がうごめく黒い闇と同化して襲い掛かってきた。
ローレンスが前に飛び出し、他の古の騎士達がそれに続く。
次々に悪霊が現れ戦闘が始まった。

ソフィを守り、古の騎士達は悪霊を切り伏せ先に進む。
彼らの力はソフィの霊力だ。ソフィが力尽きればこの戦いはそこで終わってしまう。

「前回の悪霊がまだ大量に残っている。ソフィ、集中してくれ」

ローレンスの声にソフィは震える指を胸の前で組み合わせ、目を閉ざして意識を集中させる。
既に息苦しく、わき上がる恐怖に屈してしまいそうだった。
苦痛や恐怖は悪霊に力を与えてしまう。

ソフィは灰色のローブの前を開け、肩に羽織ったピンクのショールを引っ張り出した。
胸に抱きしめ、一人の男のことを考える。

一緒に王墓に入ると言った不思議な男だ。
本気だったのか、勢いだけで言ったのかわからない。

魔犬を子犬と呼び、死人のローレンスと対等に口をきき、腕を掴んで部屋を追い出した。
黒い服しかもっていないソフィにピンクのショールを買ってきた。

「ふふっ……」

浮気を告白しながら、本当の夫婦になりたいと主張した生真面目な夫の顔を思い出し、ソフィは思わず笑みをこぼした。
同時に古の騎士達の力が増した。
光は強くなり、騎士達が悪霊を払いのける。

道が清められると、ソフィはまた少し先に進んだ。
騎士達の光を容易にかき消すほどの漆黒の闇が王墓の奥に漂っている。

その先を霊視したソフィは、小さな悲鳴を上げ、ピンクのショールに顔を埋めた。
そこには予想もしなかった光景が広がっていた。

「ああ……ローレンスお願い。これを止めて」

呻くように救いを求めたが、それは不可能だった。
ローレンスは死んでいる。
顔を覆い、ソフィは祈りの言葉を唱え始めた。


――
 
 ソフィが地上から消え、三日が経った。

青空の下、馬を走らせてきたルドガーとイーゼンは、王墓の空を見上げ足を止めた。

「なんだ、なんだ、これは……」

ルドガーの馬には町で買ったソフィへのお土産が山ほど括り付けられている。
ネッドからソフィの辛い幼少時代の話を聞いたルドガーは、ソフィを思う存分甘やかしてやろうとはりきっていた。
さらに、頼みごとを聞いたのだから、少しは信頼できる人間だと思ってもらえるのではないかと期待に胸を膨らませていた。
互いに信じあい、絆を深めていけば、本物の夫婦になれる。

宿に泊る時間さえ惜しみ、ソフィとの再会を心から楽しみに戻ってきたというのに、目の前には信じられない光景が広がっている。

「違う!空がいつもと違う!」

数日前までは灰色だった空が真っ黒に染まり、一部の雲は渦を巻きながら王墓の方に煙のように吸い込まれていく。
隣にいるイーゼンが、もうどうにでもしてくれといった表情でその恐ろしい光景を見上げている。

「ああ……今度は何が始まった?ルドガー、お前はとんでもない嫁をもらったぞ」

返事もせず、ルドガーは真っすぐに館に向かって走り出す。
追いかけようとしたイーゼンが大きな声をあげた。

「人がいる!ルドガー!」

ルドガーが振り返り、すぐにイーゼンの指さす方へ視線を向けた。
それは館よりさらに上に登った実際の王墓のある方向で、その斜面に黒い人影が並んでいた。

叫びながら、ルドガーは一気に走り出した。

「ソフィが王墓に入るところかもしれない!」

それを追いかけながら、イーゼンは竜巻き状に吸い込まれていく黒雲を見上た。

「なるほど、王墓の守り人は空が黒くなったら王墓入りするのか」

墓の間を縫うその細道を二人は一気に駆け上がる。

「おーい!」

ルドガーの声に、王墓に向かっていた人々が動きを止めた。
それは神官と、神官を護衛する騎士達だった。
紺色の分厚い正装に身を包んだ神官の周りを数人の騎士達が固めている。
それぞれの手には剣ではなく聖水や鐘、怪しげな水晶があり、敵が生きている人間ではないことを示唆していた。

「ルドガーか?」

神官たちを先導し、王墓に向かっていた一人の騎士が道を戻ってきた。
その聞き覚えのある声に、ルドガーが走りながら叫んだ。

「ダレル隊長!ソフィは、ソフィはこれから中に入るのですか?」

神官の警護をしていた騎士達が気まずそうに顔を背けた。
ダレルが部下達を庇うように前に出る。

「夫の役目、ご苦労だったな。彼女は既に王墓の守り人として王墓に入った」

一瞬、呆然としかけたルドガーは、すぐに怒りに駆られ隊長に掴みかかった。

「い、いつです?なぜ俺を待ってはくれなかったのですか?」

冷静にルドガーの体を引き離し、ダレルは説明した。

「結界が破裂する寸前だった。空の色は悪霊の量を反映している。ソフィが王墓の奥でなすべきことを果たせばまた封印の力が強まる」

屈強な騎士達でさえ恐れる場所に、ソフィを一人で行かせたのだ。
怒りに震え、ルドガーはダレルにすがった。

「待ってください。扉を開けてください。俺も入ると言った。一緒に入ると約束したのです」

ダレルは部下達に、神官を連れて先に行けと合図をした。
騎士達が神官たちを促し移動を始め、ダレルは王墓からルドガーを引き離すようにその道に立ちふさがった。

「馬鹿を言うな。戦いは続いている。奥の空はだいぶ色が薄くなった。今回の王墓の守り人は優秀だとフィリス家のウーゴ殿も言っている。もうお前にできることはない」

力を失い、ルドガーの体がずるりと地面に落ちる。
その腕を後ろで話を聞いていたイーゼンが掴んだ。

「ルドガー、ここは引け。国の役人は石頭だ。良く知っているだろう?」

ダレル隊長に聞こえないように、イーゼンはルドガーを助け起こすふりをしながら耳元で囁く。
ルドガーと視線を合わせ、イーゼンは素早く片目をつぶった。

それから神妙な顔で隊長を振り返る。

「隊長、俺が責任を持ってルドガーを見張っておきます。館に連れて行ってもいいですか?」

任務の途中であるダレルは、ほっとしたように頷いた。

「イーゼン、任せる」

霊能力があるわけではないが、神官もまた、決まりにのっとり王墓の外から祈りを捧げる。
悪霊や呪いを前に騎士達に何ができるかわからないが、とにかくその神官を守るのが騎士達の役目だった。

「ルドガーを王墓に近づけるな」

ダレルはイーゼンに念を押し、踵を返すと王墓の方へ戻っていく。
いてもたってもいられず、追いかけようとするルドガーを押さえ込み、イーゼンはさらに囁いた。

「ルドガー、穴を掘る道具はもう揃えてあるのか?」

分厚い石の扉を動かすには屈強な男が十人は必要だ。

「お前が王墓に入ると聞いた時から俺は不安だった。お前なら本気でやるだろうと思っていた。
それでお前の妻を意図せず寝取ってしまい、お前と宿屋でわかれた後、俺は一人王都に戻り書庫に潜り込んだ。
償いの気持ちからだけじゃない。危険な場所にお前を一人で行かせるわけにはいかないと思ったからだ。
王墓が作られた時の資料が何か残っていないか調べた。
絶対に王墓に入るなんてごめんだが、どうしてもお前が穴を掘ると言い出した時は、必要だろう?」

イーゼンは胸元から折りたたんだ紙を取り出した。

「お前には悪いがソフィに会えたら、俺に親友を裏切らせたことを土下座して謝ってもらうつもりだ」

開いた紙には簡単な王墓の内部構造がメモされていた。
ルドガーはイーゼンを見上げ、飛び上がって抱き着いた。

「イーゼン。お前は俺の親友だ。愛している!」

「気色悪いことを言うな。離れろ」

呪いの川で言われたことをそのまま返した。
二人の男は一瞬目を合わせ、悪だくみをするように笑い合うと、館に向かって一気に走り出した。


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