21 / 40
21.悪女
しおりを挟む
父親の領地を後にし、一晩かけてルドガーはやっと王墓の黒の館に到着した。
朝靄をかき分け館の扉を開けたルドガーは、一瞬ひやりとした空気に取り囲まれ足を止めた。
軋む音に振り返ると、小さなブランコが揺れている。
人の姿がないことを確認し、ルドガーは急いで館の扉を閉めた。
「ソフィ!」
外套を壁にかけながら、ルドガーは二階に向かって声を上げた。
「ソフィ、遅くなってすまない。イーゼンから聞いたと思うが、父に会ってきた」
階段に足をかけようとした時、視界の端を黒い影が横切った。
振り返ると、黒い尻尾が誘うように遠ざかる。
「パールか?」
首を伸ばし視線で追うと、黒い尻尾は厨房に続く廊下に吸い込まれるように消えていった。
「好き勝手に暮らしているようで何よりだな」
館に留まっているということは、ここをパールが気に入っている証拠だ。
ルドガーはほっとして、階段をかけあがる。
はやる気持ちで右の通路に足を踏み入れた途端、ルドガーは顔を強張らせた。
ソフィの寝室の扉が少しだけ開いている。
初めてローレンスとソフィの逢瀬を目撃した時のことを思い出し、ルドガーは憂鬱な気持ちになった。
夫がしばらく帰らないと知り、ソフィが愛人を連れ込んだのだ。
ソフィを独占したいが、四六時中傍にいられるわけじゃない。家族も友人もいないソフィの話し相手は愛人だけだ。
パールも子犬だし言葉は解さない。
不愉快だが寂しさを埋めるためならば仕方がないと考え、ルドガーは扉の隙間に近づいた。
窓から淡い光が差し込み、寝台の上を照らしている。
そこには思った通りの光景があった。
上に乗っているのはソフィで、形の良い乳房を震わせ腰を振っている。
豊かな金色の髪が揺れ、頬を火照らせ、甘い息遣いで細い喉をのけぞらしている。
堪えきれず、ルドガーは扉を開けて中に入った。
「ローレンス!」
叫びながら寝台に向かったルドガーは、仰向けに横たわる男の顔を見て、ぴたりと足を止めた。
寝台にいた男が驚愕の表情でルドガーを見返している。
鍛えられた浅黒い体に癖のある赤毛、凛々しい眉に見慣れた口元。
それはルドガーが最も良く知る人物だった。
「イーゼン……」
「あ……ルドガー……俺は」
イーゼンは、呆然とルドガーを見あげながら、震えあがった。
裸のソフィが上に乗っているし、自分は裸で下半身は快感に飲まれ、無意識に腰を突き上げている。
必死にこの状況に至るまでの経緯を思い出そうとするが、何も思い出せない。
親友の妻を寝取ってしまっていることをどう言い訳したらいいのかわからず、すがるようにルドガーを見つめながら唇を震わせる。
ソフィの勝ち誇った声が響いた。
「ルドガー、あなたが彼を寄越してくれたのでしょう?あなたの穴埋めだと聞いたわ。私、イーゼンのことすっかり気に入っちゃった。
中もすごくいいの。あなたのより大きいし、すごくたっぷり出るし、奥に当たると痺れるように気持ち良くて。
ねぇ、でもどうしよう。子供が出来てもどっちの子供かもうわからなくなっちゃった」
ソフィは腰を浮かせ、イーゼンの物を飲み込んでいるそこをルドガーの前でこれ見よがしに開いて見せた。
小さな膣を押し開き埋め込まれたそれがずるりと出てくると、白い体液が溢れ出た。
親友の裏切り行為を目の当たりにし、ルドガーの目に涙が溢れた。
「ち、違う!ルドガー!」
悲痛な声でイーゼンが叫ぶ。
背を向けて部屋を出ていくルドガーを追いかけようとしたイーゼンの物を、ソフィが膣内に押し込んだ。
「うわっ」
持ち上がりかけていた腰が寝台に落とされ、イーゼンは仰向けの姿勢に戻される。
「ねぇ、これで問題は解決でしょう?ルドガーはもう私を愛したりなんてしない。だって親友と寝た女だもの。
こんな私とは、もう一緒に王墓に入ろうなんて思いもしないはずよ。
それに、あなただって、私が死んだ方が安心でしょう?私が王墓に入って死ねば、あなたのしたことだって消えてなくなる。だから、余計なことはしないで!」
怒りに顔を赤く染め、イーゼンはソフィを突き飛ばした。
寝台の上に尻もちをついたソフィは、せせら笑った。
「ねぇ、私はあなたの願いを叶えたのよ?お礼を言ってよ!あなたの親友の命を助けたのだから。
でも、あなたの親友は、あなたのことを許せるかしら?ローレンスのことは許せても、長年の親友であるあなたがしたことは許せないかもしれないわね。
ルドガーがもう二度と、私と死ぬなんてことを考えなくて済むように、せいぜい私を悪者にして言い訳したら?
突然妻になった私の言葉より、付き合いの長いあなたの言葉の方を信じるかもしれないわよ?」
ソフィに構っている余裕もなく、イーゼンは床に落ちているズボンやシャツを掴み上げると、よろよろと寝室を飛び出した。
ルドガーの姿はなく、乱暴な足音が玄関の方へ遠ざかる。
「ルドガー!待て!待ってくれ!」
その声をかき消すように、玄関扉が開閉する音が館内に響き渡る。
片足にズボンを通したたまま、廊下を跳ねて通り抜け、イーゼンは転がるように階段を下りた。
外に飛び出すと、馬を引っ張りだしてきたルドガーに走り寄る。
「待って!待ってくれ!」
イーゼンはかろうじて馬上にあがる前のルドガーの足にしがみついた。
「そんな気はなかった。本当だ。彼女に来て欲しいと言われ、ついていったあたりから記憶が曖昧で、こんなことをするつもりは本当になかった!」
馬に踏みつぶされそうになりながら、すがりついてくるイーゼンに、ルドガーは努めて冷静に声をかけた。
「イーゼン。手を放してくれ。少し一人で考えたい」
イーゼンはなりふり構わずルドガーの足に全身でしがみつく。
「俺は、お前に生きていてほしくて、ソフィに愛していないならお前を解放して欲しいと頼んだ。
お前が彼女と心中するのは嫌だった。だから、彼女が守り人に相応しくない理由を探ろうとした。本当だ。何かに体をのっとられたんだ!」
妻を寝取った親友に、今は触りたくもなかったが、ルドガーはイーゼンの手を掴み足から引き剥がした。
「わかった。話は聞くが一旦ここを離れよう。町で待っている」
ルドガーの言葉にほっとして、イーゼンは力を抜いた。
その隙に、ルドガーは素早くイーゼンの腕から足を引き抜き、馬にまたがった。
地面にへたりこんでいたイーゼンは、慌てて立ち上がり、進みだした馬を裸足で追いかけた。
「あ、あの買い出しをした町だよな?門で待っていてくれ!すぐに追いつく!」
あっという間にルドガーの背中が遠ざかる。
イーゼンは、声の限りに叫んだ。
「すぐに向かうから、絶対に待っていてくれ!」
王墓の道は起伏がある。
ルドガーを乗せた馬は、点になる間もなく見えなくなった。
焦ったイーゼンは急いで引き返し、地面に落ちているシャツを拾い上げた。
持ってきた覚えのないブーツもシャツの傍に落ちていた。
全て身に着けた時、馬の手綱が目の前に差し出された。
見覚えのある青白い男が立っている。
「ありがとう」
それが死人のローレンスであろうと、イーゼンにはもうどうでもよかった。
今は親友の信頼を取り戻す方が先だ。
馬にまたがり、大急ぎでルドガーを追っていくイーゼンを、ローレンスが見送った。
二人の騎士が王墓の敷地を出たことを確かめ、ローレンスは音もなく館に入った。
扉も開けずに寝室に入ると、ローレンスは膝を抱えるソフィの隣に座った。
「彼の体は悪くなかった。君を本当に抱くことが出来た」
冷たい指でソフィの顔にかかっている髪を後ろに避けると、ソフィの濡れた顔が現れた。
「全然良くなかったから。下手くそっ」
顔を背け、ソフィは上掛けをひっぱりあげてその中に隠れた。
イーゼンの中に入って、生きた体を久々に味わったローレンスはソフィの傍らに横たわり、布越しにその背中を撫でた。
「君は私たちのものだ。君の霊力は本物だ」
ローレンスの魂は、苦痛と悲しみを飲み込み、永遠の時に囚われている。
安らかな眠りから切り離された魂は、地上を漂う残留思念に固執するのだ。
「ローレンス、気持ち良くして」
心得て上掛けの中に潜り込み、ローレンスはソフィの体に覆いかぶさった。
ひんやりとした体と、流れ込む古の記憶。
「可哀そうね、ローレンス。愛していない女に尽くすのは楽しい?」
残酷な言葉を呟きながら、ソフィは上掛けから顔を出し天井を見る。
多くの女達が国の平和の名のもとに黒い穴に放り込まれていく。
そんな映像が頭の中で繰り返されている。
一人の女を蹴り上げ穴に突き落としたのは英雄騎士ローレンスだった。
冷酷な蛇のような目、使命に駆られ命令を忠実に実行する。
『いや!お願い、ローレンス!』
数人がかりで押さなければ動かない、分厚い石の扉が無情にも閉められていく。
『ローレンス!』
悲痛な声も愛しい姿も闇に飲まれ消えていく。
ローレンスは国の使命を重んじ、王墓に入らなかった。
生涯傍にいると誓った言葉も、任務のためだったのだと自身の心に言い聞かせた。
身を切るような痛みに耐え、英雄になったローレンスには、もう他に道はない。
王墓の守り人という役目が生まれ、王墓は呪いを封じ込める砦となった。
「酷い人……。でも私も酷い女。誰にどう思われようが、もうどうでもいい。ルドガーにだって別に好かれようなんて思っていなかった。どうせこの世界に私の居場所はないんだもの。もうどうなったっていいのよ、だって……」
続きの言葉はわずかな希望が邪魔をして口には出せなかった。
心の中で呟いた。
――どうせ死ぬのだから……
いつの間にか寝室には大勢の古の騎士達の姿がある。
パールの唸り声が遠くで聞こえ、誰かが寝室の扉を少しだけ開けた。
隙間から入ってきた黒い魔犬は子犬のように寝台の横で丸くなる。
それをちらりと見て、ソフィはちょっとだけ奇妙な顔をした。
燃えるような赤い目に狂暴な口元、鋭い角に竜のような頑丈な鱗で覆われた首元。
どう見ても魔犬だが、ルドガーが子犬だと言えば子犬にも見える。
「んっ……」
下腹部に伝わる快感にソフィは身をよじった。
毛布の中に潜り込んでいるローレンスの冷たい舌が、ソフィに愛撫を加えている。
その体に走る感覚は本物だ。
現を忘れる快楽に身をまかせ、ソフィはうっとり目を閉じた。
王墓に最も近い町の門で、ルドガーは妻を寝取った親友を待っていた。
「ルドガー!」
憔悴しきった様子でイーゼンが駆け付け、馬を滑り降りる。
髭は伸び放題で、髪はぼさぼさだ。
服も最低限のものしか身に着けていない。
走り込んできたイーゼンはルドガーの膝にすがり、頭を下げた。
「ルドガー!すまなかった」
イーゼンは人目もはばからず地面に両膝をついた。
さらに頭を低く下げようとするのを、ルドガーは両手でひっぱりあげた。
「ここでは止めろ。とにかくどこか宿でも取って話をしよう」
「ああ……」
ふらつくイーゼンを支え、ルドガーは町の門から一番近い宿に入った。
部屋に入ると、イーゼンは再び床に膝をついて頭を下げた。
「そんなつもりは無かった。本当だ。ルドガー、すまなかった」
イーゼンの後頭部を見おろし、ルドガーは小さくため息をついた。
朝靄をかき分け館の扉を開けたルドガーは、一瞬ひやりとした空気に取り囲まれ足を止めた。
軋む音に振り返ると、小さなブランコが揺れている。
人の姿がないことを確認し、ルドガーは急いで館の扉を閉めた。
「ソフィ!」
外套を壁にかけながら、ルドガーは二階に向かって声を上げた。
「ソフィ、遅くなってすまない。イーゼンから聞いたと思うが、父に会ってきた」
階段に足をかけようとした時、視界の端を黒い影が横切った。
振り返ると、黒い尻尾が誘うように遠ざかる。
「パールか?」
首を伸ばし視線で追うと、黒い尻尾は厨房に続く廊下に吸い込まれるように消えていった。
「好き勝手に暮らしているようで何よりだな」
館に留まっているということは、ここをパールが気に入っている証拠だ。
ルドガーはほっとして、階段をかけあがる。
はやる気持ちで右の通路に足を踏み入れた途端、ルドガーは顔を強張らせた。
ソフィの寝室の扉が少しだけ開いている。
初めてローレンスとソフィの逢瀬を目撃した時のことを思い出し、ルドガーは憂鬱な気持ちになった。
夫がしばらく帰らないと知り、ソフィが愛人を連れ込んだのだ。
ソフィを独占したいが、四六時中傍にいられるわけじゃない。家族も友人もいないソフィの話し相手は愛人だけだ。
パールも子犬だし言葉は解さない。
不愉快だが寂しさを埋めるためならば仕方がないと考え、ルドガーは扉の隙間に近づいた。
窓から淡い光が差し込み、寝台の上を照らしている。
そこには思った通りの光景があった。
上に乗っているのはソフィで、形の良い乳房を震わせ腰を振っている。
豊かな金色の髪が揺れ、頬を火照らせ、甘い息遣いで細い喉をのけぞらしている。
堪えきれず、ルドガーは扉を開けて中に入った。
「ローレンス!」
叫びながら寝台に向かったルドガーは、仰向けに横たわる男の顔を見て、ぴたりと足を止めた。
寝台にいた男が驚愕の表情でルドガーを見返している。
鍛えられた浅黒い体に癖のある赤毛、凛々しい眉に見慣れた口元。
それはルドガーが最も良く知る人物だった。
「イーゼン……」
「あ……ルドガー……俺は」
イーゼンは、呆然とルドガーを見あげながら、震えあがった。
裸のソフィが上に乗っているし、自分は裸で下半身は快感に飲まれ、無意識に腰を突き上げている。
必死にこの状況に至るまでの経緯を思い出そうとするが、何も思い出せない。
親友の妻を寝取ってしまっていることをどう言い訳したらいいのかわからず、すがるようにルドガーを見つめながら唇を震わせる。
ソフィの勝ち誇った声が響いた。
「ルドガー、あなたが彼を寄越してくれたのでしょう?あなたの穴埋めだと聞いたわ。私、イーゼンのことすっかり気に入っちゃった。
中もすごくいいの。あなたのより大きいし、すごくたっぷり出るし、奥に当たると痺れるように気持ち良くて。
ねぇ、でもどうしよう。子供が出来てもどっちの子供かもうわからなくなっちゃった」
ソフィは腰を浮かせ、イーゼンの物を飲み込んでいるそこをルドガーの前でこれ見よがしに開いて見せた。
小さな膣を押し開き埋め込まれたそれがずるりと出てくると、白い体液が溢れ出た。
親友の裏切り行為を目の当たりにし、ルドガーの目に涙が溢れた。
「ち、違う!ルドガー!」
悲痛な声でイーゼンが叫ぶ。
背を向けて部屋を出ていくルドガーを追いかけようとしたイーゼンの物を、ソフィが膣内に押し込んだ。
「うわっ」
持ち上がりかけていた腰が寝台に落とされ、イーゼンは仰向けの姿勢に戻される。
「ねぇ、これで問題は解決でしょう?ルドガーはもう私を愛したりなんてしない。だって親友と寝た女だもの。
こんな私とは、もう一緒に王墓に入ろうなんて思いもしないはずよ。
それに、あなただって、私が死んだ方が安心でしょう?私が王墓に入って死ねば、あなたのしたことだって消えてなくなる。だから、余計なことはしないで!」
怒りに顔を赤く染め、イーゼンはソフィを突き飛ばした。
寝台の上に尻もちをついたソフィは、せせら笑った。
「ねぇ、私はあなたの願いを叶えたのよ?お礼を言ってよ!あなたの親友の命を助けたのだから。
でも、あなたの親友は、あなたのことを許せるかしら?ローレンスのことは許せても、長年の親友であるあなたがしたことは許せないかもしれないわね。
ルドガーがもう二度と、私と死ぬなんてことを考えなくて済むように、せいぜい私を悪者にして言い訳したら?
突然妻になった私の言葉より、付き合いの長いあなたの言葉の方を信じるかもしれないわよ?」
ソフィに構っている余裕もなく、イーゼンは床に落ちているズボンやシャツを掴み上げると、よろよろと寝室を飛び出した。
ルドガーの姿はなく、乱暴な足音が玄関の方へ遠ざかる。
「ルドガー!待て!待ってくれ!」
その声をかき消すように、玄関扉が開閉する音が館内に響き渡る。
片足にズボンを通したたまま、廊下を跳ねて通り抜け、イーゼンは転がるように階段を下りた。
外に飛び出すと、馬を引っ張りだしてきたルドガーに走り寄る。
「待って!待ってくれ!」
イーゼンはかろうじて馬上にあがる前のルドガーの足にしがみついた。
「そんな気はなかった。本当だ。彼女に来て欲しいと言われ、ついていったあたりから記憶が曖昧で、こんなことをするつもりは本当になかった!」
馬に踏みつぶされそうになりながら、すがりついてくるイーゼンに、ルドガーは努めて冷静に声をかけた。
「イーゼン。手を放してくれ。少し一人で考えたい」
イーゼンはなりふり構わずルドガーの足に全身でしがみつく。
「俺は、お前に生きていてほしくて、ソフィに愛していないならお前を解放して欲しいと頼んだ。
お前が彼女と心中するのは嫌だった。だから、彼女が守り人に相応しくない理由を探ろうとした。本当だ。何かに体をのっとられたんだ!」
妻を寝取った親友に、今は触りたくもなかったが、ルドガーはイーゼンの手を掴み足から引き剥がした。
「わかった。話は聞くが一旦ここを離れよう。町で待っている」
ルドガーの言葉にほっとして、イーゼンは力を抜いた。
その隙に、ルドガーは素早くイーゼンの腕から足を引き抜き、馬にまたがった。
地面にへたりこんでいたイーゼンは、慌てて立ち上がり、進みだした馬を裸足で追いかけた。
「あ、あの買い出しをした町だよな?門で待っていてくれ!すぐに追いつく!」
あっという間にルドガーの背中が遠ざかる。
イーゼンは、声の限りに叫んだ。
「すぐに向かうから、絶対に待っていてくれ!」
王墓の道は起伏がある。
ルドガーを乗せた馬は、点になる間もなく見えなくなった。
焦ったイーゼンは急いで引き返し、地面に落ちているシャツを拾い上げた。
持ってきた覚えのないブーツもシャツの傍に落ちていた。
全て身に着けた時、馬の手綱が目の前に差し出された。
見覚えのある青白い男が立っている。
「ありがとう」
それが死人のローレンスであろうと、イーゼンにはもうどうでもよかった。
今は親友の信頼を取り戻す方が先だ。
馬にまたがり、大急ぎでルドガーを追っていくイーゼンを、ローレンスが見送った。
二人の騎士が王墓の敷地を出たことを確かめ、ローレンスは音もなく館に入った。
扉も開けずに寝室に入ると、ローレンスは膝を抱えるソフィの隣に座った。
「彼の体は悪くなかった。君を本当に抱くことが出来た」
冷たい指でソフィの顔にかかっている髪を後ろに避けると、ソフィの濡れた顔が現れた。
「全然良くなかったから。下手くそっ」
顔を背け、ソフィは上掛けをひっぱりあげてその中に隠れた。
イーゼンの中に入って、生きた体を久々に味わったローレンスはソフィの傍らに横たわり、布越しにその背中を撫でた。
「君は私たちのものだ。君の霊力は本物だ」
ローレンスの魂は、苦痛と悲しみを飲み込み、永遠の時に囚われている。
安らかな眠りから切り離された魂は、地上を漂う残留思念に固執するのだ。
「ローレンス、気持ち良くして」
心得て上掛けの中に潜り込み、ローレンスはソフィの体に覆いかぶさった。
ひんやりとした体と、流れ込む古の記憶。
「可哀そうね、ローレンス。愛していない女に尽くすのは楽しい?」
残酷な言葉を呟きながら、ソフィは上掛けから顔を出し天井を見る。
多くの女達が国の平和の名のもとに黒い穴に放り込まれていく。
そんな映像が頭の中で繰り返されている。
一人の女を蹴り上げ穴に突き落としたのは英雄騎士ローレンスだった。
冷酷な蛇のような目、使命に駆られ命令を忠実に実行する。
『いや!お願い、ローレンス!』
数人がかりで押さなければ動かない、分厚い石の扉が無情にも閉められていく。
『ローレンス!』
悲痛な声も愛しい姿も闇に飲まれ消えていく。
ローレンスは国の使命を重んじ、王墓に入らなかった。
生涯傍にいると誓った言葉も、任務のためだったのだと自身の心に言い聞かせた。
身を切るような痛みに耐え、英雄になったローレンスには、もう他に道はない。
王墓の守り人という役目が生まれ、王墓は呪いを封じ込める砦となった。
「酷い人……。でも私も酷い女。誰にどう思われようが、もうどうでもいい。ルドガーにだって別に好かれようなんて思っていなかった。どうせこの世界に私の居場所はないんだもの。もうどうなったっていいのよ、だって……」
続きの言葉はわずかな希望が邪魔をして口には出せなかった。
心の中で呟いた。
――どうせ死ぬのだから……
いつの間にか寝室には大勢の古の騎士達の姿がある。
パールの唸り声が遠くで聞こえ、誰かが寝室の扉を少しだけ開けた。
隙間から入ってきた黒い魔犬は子犬のように寝台の横で丸くなる。
それをちらりと見て、ソフィはちょっとだけ奇妙な顔をした。
燃えるような赤い目に狂暴な口元、鋭い角に竜のような頑丈な鱗で覆われた首元。
どう見ても魔犬だが、ルドガーが子犬だと言えば子犬にも見える。
「んっ……」
下腹部に伝わる快感にソフィは身をよじった。
毛布の中に潜り込んでいるローレンスの冷たい舌が、ソフィに愛撫を加えている。
その体に走る感覚は本物だ。
現を忘れる快楽に身をまかせ、ソフィはうっとり目を閉じた。
王墓に最も近い町の門で、ルドガーは妻を寝取った親友を待っていた。
「ルドガー!」
憔悴しきった様子でイーゼンが駆け付け、馬を滑り降りる。
髭は伸び放題で、髪はぼさぼさだ。
服も最低限のものしか身に着けていない。
走り込んできたイーゼンはルドガーの膝にすがり、頭を下げた。
「ルドガー!すまなかった」
イーゼンは人目もはばからず地面に両膝をついた。
さらに頭を低く下げようとするのを、ルドガーは両手でひっぱりあげた。
「ここでは止めろ。とにかくどこか宿でも取って話をしよう」
「ああ……」
ふらつくイーゼンを支え、ルドガーは町の門から一番近い宿に入った。
部屋に入ると、イーゼンは再び床に膝をついて頭を下げた。
「そんなつもりは無かった。本当だ。ルドガー、すまなかった」
イーゼンの後頭部を見おろし、ルドガーは小さくため息をついた。
1
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる