19 / 40
19.お茶会
しおりを挟む
王墓では、ソフィが愛人たちを侍らせ、退屈そうに窓の外を眺めていた。
庭を駆けまわるパールの姿に、ソフィは首を傾ける。
「あれが子犬に見える?」
「どうかな?彼にはそう見えているのかもしれない」
裸のローレンスがソフィの傍らに横たわり、ソフィの金色の髪をひと房手に取り口づけをした。
「ルドガーなんて嫌い。約束なんて出来ないくせに。外に絶対女がいるのよ」
ローレンスは黙ってソフィの愚痴に耳を傾ける。
形ばかりの夫のことを口に出すこと自体が、もう気にかけている証拠だった。
一年に一度しか訪ねてこなかった夫が、急に本物の夫婦になりたいと迫ってきた意味さえわからず、ソフィは苛立ちを募らせた。
窓の外ではパールが黒い風のように走り回り、何かを捕まえて食べている。
ソフィは窓を離れ、寝台にうつ伏せになった。
「絶対にうまくいくわけがない。だって私は……」
顔を覆い、ソフィは溢れてきた涙をシーツに押し付けた。
肩を震わせるソフィを後ろから抱きしめ、ローレンスがその背中に口づけを落とす。
「私達が傍にいる」
「触らないでよ!」
突然、ソフィは寝台から飛び下り、ローレンスを足で押しのけた。
「利用して働かせるためでしょう?お前達なんて、どうせ生きていないくせに!人形と同じよ!痛くも寒くもない。一人ぼっちでもない。だいたい、一人で死んだこともないくせに!」
生きているのに一緒に王墓に入るなんて口にする男がいるわけがない。
そう思うのに、ルドガーの言葉が何度も頭に蘇る。
「あんなの、嘘に決まっているのに。そんなこと、できるわけないのに。期待させて突き落とす気なのよ!嘘つき。あんな男大嫌い!どうして、どうして私がこんな目に……」
ソフィは頭を抱えてうずくまった。
「ソフィ……気持ち良くしてあげるよ」
ローレンスはまだ傍にいる。
甘い言葉で囁き、ソフィの恐怖を和らげようとソフィの体に優しく触れる。
「どっちだと思う?この国に破滅をもたらすかも」
「それはさせない。だから私達がいる」
呪いを封じるため、聖剣を地面に突き立てた古の騎士達がソフィの周りに立っている。
時を超え、この地を守り続ける誓いのもと集まった英雄騎士達だ。
王墓の地に入った時から道は決まっている。あとは運命に押されるまま前に進むだけだ。
必要なものは覚悟と十分な準備期間。
騎士達は王墓の守り人の心を癒し、その覚悟を促すのだ。
「傍にいよう」
何人もの守り人達が古の騎士達に付き添われ王墓の中に消えていった。
彼らはこの地を守り、呪いを封印するため、霊力の高い生贄を求めている。
その時がきたら。彼らは優しい仮面を脱ぎ捨て、ソフィを連れて死の国へ向かう。
隊列を組み、崇高な信念を胸に進み続ける。
怒りや憎しみ、悲しみ、負の感情を出来る限り排除した巫女を欲している。
快楽や愛、喜び、それから静かなる覚悟。
心を鎮めなければ悪霊に飲まれてしまうだろう。
「あんな男……。大嫌い」
ローレンスの腕に抱かれ、ソフィは小さく呟いた。
――
王城の上空には王墓では見ることの出来ない青空が広がっていた。
色鮮やかな花が咲き乱れる庭園で開かれたお茶会は、和やかな雰囲気で始まった。
ルドガーは妹の友人たちのために、イーゼンをはじめとする騎士学校時代の友人たちを連れてきた。
地方に派遣された新人騎士達にとって、父親が王の側近である令嬢達と直接会話ができる機会は貴重なものだ。
身分の壁は盲目的な愛によって乗り越えることができるとたいていの若い女性たちが信じている。
新人騎士達がこれから十年かけて目指す場所に、彼女たちが一年もかけずに引き上げてくれるかもしれない。
実力不足は訓練や経験でこれから十分補える。
なにせ彼らは若いのだ。
清潔ないでたちで現れた若き騎士達を前に、女性陣も大盛り上がりだった。
しかし彼女たちの一番の目的はルドガーだった。
誰もが忌み嫌う王墓の守り人の夫になったというのに人気があるのは、その裏の話を父親から聞かされているからだ。
王墓の守り人の夫になったものには相応の見返りがある。
今回の守り人の夫は若く、その任務はそれほど長く続かない。
それが終われば国を救った功労者として王の側近にとりたてられる。
王女の親衛隊に入り、王女の婚約者候補に選ばれることさえ可能だ。
学校を卒業したての騎士が選ばれたことで、王はかなり同情的だという話も女性陣の耳には入っている。
「ルドガー様、奥様がおられることはわかっています。そのお役目についても。
でも、ご存じですか?あなたはそのお役目のために、生涯に渡って王の寵愛を受けたも同然の身になられたのです」
野心のある女性たちはルドガーの次の妻の地位を狙い、ルドガーにまとわりついたが、ルドガーは終始不機嫌な顔だった。
何を話しかけても、そっけないルドガーから次第に女性たちは離れていき、他の騎士達に群がり始める。
その隙にリリアがルドガーに近づいた。
「お兄様、その仏頂面はやめてくださいません?せっかく楽しもうと集まっているのに。まぁでも、恋愛は他の人と楽しんで、結婚するとしたら第一候補はお兄様で決まりですわ。
お父様は、このお役目について国から打診を受けた際に喜んでいました。お兄様にぴったりな出世の仕方だと思われたようです。もし王女様付きの親衛隊に入られたら、良い方を紹介してくださいね。
それまでに婚約者は決まっていると思いますけど、結婚はやはり、条件の良い方としたいですから」
「お前の母親のせいで、俺の母が死んだ。そんな関係になれると思っているのか?」
今まで一度も外に出したことのない憎しみの一端を覗かせたルドガーに、リリアは少し怯んだように口元を引き締めた。
一呼吸置き、ぎこちない笑みを皆に向けながら口だけを動かす。
「私達だってある程度の罰は受けたわ。それに、父上は私に甘いのではない。無関心なの。お兄様はご自分を愛してくださる両親がいるではないですか」
「お前達のせいで我が家は破産するところだった。俺が身を売って助けたのだ」
「そうかもしれない。でも、それは私だけのせいじゃない。私は、お父様に抱かれたことさえない」
泣きそうな声でリリアは囁き、社交用の仮面をかぶってルドガーの傍を離れた。
その華やかな後姿を見送り、ルドガーは考えようとしてこなかった自身の家族について考えた。
早くに母親を亡くし、すぐに若い妻を連れてきた父親を恨んでいた。
継母の連れてきた妹は憎くてたまらなかった。
継母は娘を溺愛し、ルドガーの母になることを拒み、父親もルドガーに無関心だった。
家のために売られたと思っていたが、王墓の守り人の夫という役目は国の上層部では忌み嫌われるものではなく、王の後ろ盾を得る好機とみるものもいるようだ。
妹が父親に抱かれたことがないという話には驚きだった。
新しい妻と娘に甘い父親とばかり思っていた。
なぜ父親はルドガーを王墓にやろうと思ったのか。
「ルドガー、すごいことがわかったな」
イーゼンが上機嫌で近づいてきた。
「王墓の守り人の夫はうまく役目を終えれば、王の側近に取り立てられるというものらしいぞ。
つまり、ソフィがうまく勤めを果たせばそれは夫の功績だ。ルドガー、お前には約束された未来がある。
ソフィは一方通行だ。その道に付き合う必要はない」
ルドガーの隣に並び、世間話をしているように装いながらイーゼンは低い声で囁いた。
その視線の先には華やかな装いの女性達と騎士の隊服に身を包んだ仲間達の楽しそうな姿がある。
王宮の庭園で花に囲まれたお茶会を体験してしまえば、王墓の黒の館で騎士団を招いて開かれた食事会はあまりにも粗末なものだとわかる。
「あの中の誰と結婚しても、約束された未来がある。王女と結婚出来ればさらに上を目指せる。
可愛い子だと思うが、ソフィとの未来はあまりにも得るものが少ない。命さえ失うものだ。俺は親友としてお前にそんな未来は選んでもらいたくない」
会話の内容とは裏腹に、イーゼンはいかにもお茶会を楽しんでいるかのような作り笑顔を浮かべ、仲間達の方へ視線を向けた。
「俺は父親に売られたのだと思っていたが、どうもそうではないようだ。次の休暇でソフィのところに戻る予定だったが、父親のところに寄って話を聞いてくる。イーゼン、一緒に休暇をとって王墓に行ってくれないか?
ソフィに俺が実家に寄ってから、王墓に向かうと伝えて欲しい」
「え?!」
一人で王墓に行くのかとイーゼンが顔を引きつらせる。
「そんなの手紙で知らせればいいだろう?手紙ぐらい出せるのだろう?」
王墓に白い郵便箱があったことをイーゼンは覚えていた。
「手紙も出すが、それだけじゃだめだ。
彼女は王墓から出られない。俺の勤務状況も知っているし、手紙は簡単に嘘が書けてしまう。
外に出られない彼女は疑いを抱いても確かめに行くことすらできない。きっと苦しい想いをさせる。
だが、俺の親友であるお前が直接伝えてくれたら、ソフィは俺が少し遅れるだけだと信じることが出来るだろう」
幽霊ひしめく王墓にルドガーのために足を運べるのはイーゼンだけだ。
さらにソフィはイーゼンがルドガーの親友であることを理解している。
すぐに戻れない理由が真実だとわかってもらえるはずだ。
その揺るぎない信頼に、イーゼンも応えないわけにはいかなかった。
「仕方がないな……。俺が地方に飛ばされなかったのはお前のおかげだしな……」
ほっとしたようにルドガーは表情を緩めた。
ルドガーにとってイーゼンは心から信頼できる友人だ。
「そろそろ行こう。さすがに失礼だぞ」
ちらちらと令嬢達がルドガーに視線を送っている。少しでも仲を深め、知り合い程度にはなっておきたいのだ。
そのおこぼれにあずかろうと、イーゼンもはりきって笑顔をつくる。
甘くむせ返るような花の香りの中、爽やかな風が吹き抜けた。
壮麗な建物に囲まれた美しい庭園に若い男女の明るい声が響き渡る。
ルドガーは眩しそうに吸い込まれそうな青空を見上げた。
その空は王墓の手前でぶつりと切れてしまう。ソフィと同じ空を見ることさえ出来ない。
お茶の席に戻ると、温かいお茶がテーブルに置かれ、先ほどまでなかったお菓子の皿が増えている。
国を救うはずの王墓の守り人の所にはこんな豪華な食器は一つもなかった。
華やかなお茶会の席に身を置きながら、ルドガーはやはりソフィのことを考えた。
庭を駆けまわるパールの姿に、ソフィは首を傾ける。
「あれが子犬に見える?」
「どうかな?彼にはそう見えているのかもしれない」
裸のローレンスがソフィの傍らに横たわり、ソフィの金色の髪をひと房手に取り口づけをした。
「ルドガーなんて嫌い。約束なんて出来ないくせに。外に絶対女がいるのよ」
ローレンスは黙ってソフィの愚痴に耳を傾ける。
形ばかりの夫のことを口に出すこと自体が、もう気にかけている証拠だった。
一年に一度しか訪ねてこなかった夫が、急に本物の夫婦になりたいと迫ってきた意味さえわからず、ソフィは苛立ちを募らせた。
窓の外ではパールが黒い風のように走り回り、何かを捕まえて食べている。
ソフィは窓を離れ、寝台にうつ伏せになった。
「絶対にうまくいくわけがない。だって私は……」
顔を覆い、ソフィは溢れてきた涙をシーツに押し付けた。
肩を震わせるソフィを後ろから抱きしめ、ローレンスがその背中に口づけを落とす。
「私達が傍にいる」
「触らないでよ!」
突然、ソフィは寝台から飛び下り、ローレンスを足で押しのけた。
「利用して働かせるためでしょう?お前達なんて、どうせ生きていないくせに!人形と同じよ!痛くも寒くもない。一人ぼっちでもない。だいたい、一人で死んだこともないくせに!」
生きているのに一緒に王墓に入るなんて口にする男がいるわけがない。
そう思うのに、ルドガーの言葉が何度も頭に蘇る。
「あんなの、嘘に決まっているのに。そんなこと、できるわけないのに。期待させて突き落とす気なのよ!嘘つき。あんな男大嫌い!どうして、どうして私がこんな目に……」
ソフィは頭を抱えてうずくまった。
「ソフィ……気持ち良くしてあげるよ」
ローレンスはまだ傍にいる。
甘い言葉で囁き、ソフィの恐怖を和らげようとソフィの体に優しく触れる。
「どっちだと思う?この国に破滅をもたらすかも」
「それはさせない。だから私達がいる」
呪いを封じるため、聖剣を地面に突き立てた古の騎士達がソフィの周りに立っている。
時を超え、この地を守り続ける誓いのもと集まった英雄騎士達だ。
王墓の地に入った時から道は決まっている。あとは運命に押されるまま前に進むだけだ。
必要なものは覚悟と十分な準備期間。
騎士達は王墓の守り人の心を癒し、その覚悟を促すのだ。
「傍にいよう」
何人もの守り人達が古の騎士達に付き添われ王墓の中に消えていった。
彼らはこの地を守り、呪いを封印するため、霊力の高い生贄を求めている。
その時がきたら。彼らは優しい仮面を脱ぎ捨て、ソフィを連れて死の国へ向かう。
隊列を組み、崇高な信念を胸に進み続ける。
怒りや憎しみ、悲しみ、負の感情を出来る限り排除した巫女を欲している。
快楽や愛、喜び、それから静かなる覚悟。
心を鎮めなければ悪霊に飲まれてしまうだろう。
「あんな男……。大嫌い」
ローレンスの腕に抱かれ、ソフィは小さく呟いた。
――
王城の上空には王墓では見ることの出来ない青空が広がっていた。
色鮮やかな花が咲き乱れる庭園で開かれたお茶会は、和やかな雰囲気で始まった。
ルドガーは妹の友人たちのために、イーゼンをはじめとする騎士学校時代の友人たちを連れてきた。
地方に派遣された新人騎士達にとって、父親が王の側近である令嬢達と直接会話ができる機会は貴重なものだ。
身分の壁は盲目的な愛によって乗り越えることができるとたいていの若い女性たちが信じている。
新人騎士達がこれから十年かけて目指す場所に、彼女たちが一年もかけずに引き上げてくれるかもしれない。
実力不足は訓練や経験でこれから十分補える。
なにせ彼らは若いのだ。
清潔ないでたちで現れた若き騎士達を前に、女性陣も大盛り上がりだった。
しかし彼女たちの一番の目的はルドガーだった。
誰もが忌み嫌う王墓の守り人の夫になったというのに人気があるのは、その裏の話を父親から聞かされているからだ。
王墓の守り人の夫になったものには相応の見返りがある。
今回の守り人の夫は若く、その任務はそれほど長く続かない。
それが終われば国を救った功労者として王の側近にとりたてられる。
王女の親衛隊に入り、王女の婚約者候補に選ばれることさえ可能だ。
学校を卒業したての騎士が選ばれたことで、王はかなり同情的だという話も女性陣の耳には入っている。
「ルドガー様、奥様がおられることはわかっています。そのお役目についても。
でも、ご存じですか?あなたはそのお役目のために、生涯に渡って王の寵愛を受けたも同然の身になられたのです」
野心のある女性たちはルドガーの次の妻の地位を狙い、ルドガーにまとわりついたが、ルドガーは終始不機嫌な顔だった。
何を話しかけても、そっけないルドガーから次第に女性たちは離れていき、他の騎士達に群がり始める。
その隙にリリアがルドガーに近づいた。
「お兄様、その仏頂面はやめてくださいません?せっかく楽しもうと集まっているのに。まぁでも、恋愛は他の人と楽しんで、結婚するとしたら第一候補はお兄様で決まりですわ。
お父様は、このお役目について国から打診を受けた際に喜んでいました。お兄様にぴったりな出世の仕方だと思われたようです。もし王女様付きの親衛隊に入られたら、良い方を紹介してくださいね。
それまでに婚約者は決まっていると思いますけど、結婚はやはり、条件の良い方としたいですから」
「お前の母親のせいで、俺の母が死んだ。そんな関係になれると思っているのか?」
今まで一度も外に出したことのない憎しみの一端を覗かせたルドガーに、リリアは少し怯んだように口元を引き締めた。
一呼吸置き、ぎこちない笑みを皆に向けながら口だけを動かす。
「私達だってある程度の罰は受けたわ。それに、父上は私に甘いのではない。無関心なの。お兄様はご自分を愛してくださる両親がいるではないですか」
「お前達のせいで我が家は破産するところだった。俺が身を売って助けたのだ」
「そうかもしれない。でも、それは私だけのせいじゃない。私は、お父様に抱かれたことさえない」
泣きそうな声でリリアは囁き、社交用の仮面をかぶってルドガーの傍を離れた。
その華やかな後姿を見送り、ルドガーは考えようとしてこなかった自身の家族について考えた。
早くに母親を亡くし、すぐに若い妻を連れてきた父親を恨んでいた。
継母の連れてきた妹は憎くてたまらなかった。
継母は娘を溺愛し、ルドガーの母になることを拒み、父親もルドガーに無関心だった。
家のために売られたと思っていたが、王墓の守り人の夫という役目は国の上層部では忌み嫌われるものではなく、王の後ろ盾を得る好機とみるものもいるようだ。
妹が父親に抱かれたことがないという話には驚きだった。
新しい妻と娘に甘い父親とばかり思っていた。
なぜ父親はルドガーを王墓にやろうと思ったのか。
「ルドガー、すごいことがわかったな」
イーゼンが上機嫌で近づいてきた。
「王墓の守り人の夫はうまく役目を終えれば、王の側近に取り立てられるというものらしいぞ。
つまり、ソフィがうまく勤めを果たせばそれは夫の功績だ。ルドガー、お前には約束された未来がある。
ソフィは一方通行だ。その道に付き合う必要はない」
ルドガーの隣に並び、世間話をしているように装いながらイーゼンは低い声で囁いた。
その視線の先には華やかな装いの女性達と騎士の隊服に身を包んだ仲間達の楽しそうな姿がある。
王宮の庭園で花に囲まれたお茶会を体験してしまえば、王墓の黒の館で騎士団を招いて開かれた食事会はあまりにも粗末なものだとわかる。
「あの中の誰と結婚しても、約束された未来がある。王女と結婚出来ればさらに上を目指せる。
可愛い子だと思うが、ソフィとの未来はあまりにも得るものが少ない。命さえ失うものだ。俺は親友としてお前にそんな未来は選んでもらいたくない」
会話の内容とは裏腹に、イーゼンはいかにもお茶会を楽しんでいるかのような作り笑顔を浮かべ、仲間達の方へ視線を向けた。
「俺は父親に売られたのだと思っていたが、どうもそうではないようだ。次の休暇でソフィのところに戻る予定だったが、父親のところに寄って話を聞いてくる。イーゼン、一緒に休暇をとって王墓に行ってくれないか?
ソフィに俺が実家に寄ってから、王墓に向かうと伝えて欲しい」
「え?!」
一人で王墓に行くのかとイーゼンが顔を引きつらせる。
「そんなの手紙で知らせればいいだろう?手紙ぐらい出せるのだろう?」
王墓に白い郵便箱があったことをイーゼンは覚えていた。
「手紙も出すが、それだけじゃだめだ。
彼女は王墓から出られない。俺の勤務状況も知っているし、手紙は簡単に嘘が書けてしまう。
外に出られない彼女は疑いを抱いても確かめに行くことすらできない。きっと苦しい想いをさせる。
だが、俺の親友であるお前が直接伝えてくれたら、ソフィは俺が少し遅れるだけだと信じることが出来るだろう」
幽霊ひしめく王墓にルドガーのために足を運べるのはイーゼンだけだ。
さらにソフィはイーゼンがルドガーの親友であることを理解している。
すぐに戻れない理由が真実だとわかってもらえるはずだ。
その揺るぎない信頼に、イーゼンも応えないわけにはいかなかった。
「仕方がないな……。俺が地方に飛ばされなかったのはお前のおかげだしな……」
ほっとしたようにルドガーは表情を緩めた。
ルドガーにとってイーゼンは心から信頼できる友人だ。
「そろそろ行こう。さすがに失礼だぞ」
ちらちらと令嬢達がルドガーに視線を送っている。少しでも仲を深め、知り合い程度にはなっておきたいのだ。
そのおこぼれにあずかろうと、イーゼンもはりきって笑顔をつくる。
甘くむせ返るような花の香りの中、爽やかな風が吹き抜けた。
壮麗な建物に囲まれた美しい庭園に若い男女の明るい声が響き渡る。
ルドガーは眩しそうに吸い込まれそうな青空を見上げた。
その空は王墓の手前でぶつりと切れてしまう。ソフィと同じ空を見ることさえ出来ない。
お茶の席に戻ると、温かいお茶がテーブルに置かれ、先ほどまでなかったお菓子の皿が増えている。
国を救うはずの王墓の守り人の所にはこんな豪華な食器は一つもなかった。
華やかなお茶会の席に身を置きながら、ルドガーはやはりソフィのことを考えた。
0
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい
青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。
ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。
嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。
王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
お狐様の言うことを聞くだけのお仕事!
相馬かなで
恋愛
会社員の羽咲澪(はさきみお)は、周りに合わせるということが大の苦手。
ある日、澪は社長の誕生日会の席で、素直に社長へのお酌を断ってしまう。
上司に罵倒され、落ち込む澪に追い討ちをかける様に社長からクビを申し付けられる。
無職になった澪は
帰り道、重い足取りで家に帰ろうとするのだがその足は見知らぬ神社の前で止まる。
___ここは、どこ?
「澪、おかえり」
そこには、狐の面をした見知らぬ青年が立っていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
2018年9月20日START!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる