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11.小さな友達

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 ソフィと相談もなしに買い物に行ったルドガーは、正面広場に馬車を止め、中の荷物を下ろし始めた。
本当は、ソフィの好きな色を聞き、庭をどうしたいかといったことを話し合って買ってきたかった。
しかし、こうした変化をソフィは喜ばないのだ。

ルドガーは地面に並べた物の中から、白い郵便箱を拾い上げた。
館の壁には細長い郵便物用の穴が開いていたが、書類は全て床に投げ出されていた。

それに気づかず扉を開ければ、吹き込んだ風と共に書類の一枚や二枚、無くなってしまうかもしれない。
それがルドガーが出した手紙であることもあり得るだろう。

そう考えて、ルドガーは地面に挿す杭付きの白い郵便箱を買ってきたのだ。

玄関から階段を下りてすぐのところに郵便箱を立てると、ルドガーは木槌を振り上げ杭を打ち込んだ。
高さを調整し終えると、今度は正面広場を囲む花壇の掃除にとりかかる。

茶色くなった草を一心不乱に取り除き、乾いた土を掘りだした。
空っぽの花壇に町から運んできたふかふかの土を流し込む。
やっと花を植える土台が出来上がり、ルドガーは腰を叩きながら背筋を伸ばした。

正面には王墓の敷地を貫く一本道があり、斜面を上り下りしながらまっすぐに町まで続いている。

その頭上を覆う空は、王墓の敷地とその外側を隔てる境界線の部分で、ぶつりと色が分かれていた。
王墓側が灰色で、その向こうは澄み渡る青空だ。

それに気が付いたのは、つい先ほどで、町で馬車を借り、買い物を終えた帰り道でのことだった。

王墓の土地に入った時、荷車を引いていた馬がゆっくりと足を止めたのだ。

ルドガーは馬を励まそうと振り返り、その手綱をひっぱった。
その瞬間、目の前に広がる光景に絶句した。

背後の空は真っ青だったのに、前方の空は完全な灰色だった。
頭上を見ると、馬が足を止めたそこが空の色の分かれ目だった。
ソフィが結界があるとルドガーに教えたまさにその場所だ。

まるで不思議な力によって当然抱くはずの違和感を消されていたかのようだった。
今初めて色が割れたのだろうかと考えたが、記憶にある限り、王墓の空は常に灰色だった。
雨の日はあったが、青空が見えた日は一日もない。

王墓に初めて足を踏み入れた時の記憶が蘇った。
こんなところには一秒もいたくないと思ったのだ。

腰を伸ばしたルドガーは、大きくため息をつくと、再び花壇の前にしゃがみ込んだ。
黙々と作業を続け、花がようやく花壇に並んだ時、突然小さな声がした。

「おじさん、花を植えているの?」

驚いて、ルドガーは振り返った。

すぐ傍の墓石の陰に男の子が立っていた。
やわらかそうな黒い巻き毛で、茶色い瞳が子犬のように輝いている。

「そうだ。お前は近くの子か?遊びにきたのか?」

「僕はルイスだよ。おじさんは?」

「ルドガーだ。ここに遊びに来るのは初めてか?もしよかったら時々遊びに来てくれ。母親が心配するかもしれないが、ここには若い女の子が住んでいるし、少しも怖い場所じゃない。若いといっても、まぁお前ほどじゃないが……。友達のいない子が住んでいる……。花は好きか?虫は?」

近所の子供と仲良くしようと、ルドガーは何か子供が遊べるものはないかと辺りを見回した。

「ぼく、ブランコがいいよ」

無邪気なルイスの声に、ルドガーは張り切った。

「わかった。じゃあ作ってやる。だから遊びに来い」

「ありがとう!」

ルイスは子供らしく笑い、墓の間を器用にすり抜け駆け去った。
あっという間の出来事だったが、ルドガーは少し希望を持った。
子供が遊びに来るようになれば、ここは怖くない場所だと大人にもわかってもらえるようになるだろう。
王墓に使用人を呼べるようになるかもしれない。

ルドガーはさっそく柵を直すために買ってきた木材を使い、ブランコを造り始めた。

灯り無しでは作業を続けることが難しくなってきた時、突然館の扉が開いて、不機嫌な顔のソフィが姿を現した。

「一応……食事が出来ています」

泥だらけのルドガーは顔を上げ、夕闇越しにソフィの顔をうっとりと見つめた。
ルドガーはもう自分自身に嘘はつけなかった。
勝手に決められた結婚に腹を立て、意地をはってきたが、ソフィを目にした時から本心では仲良くなりたいと思っていた。

「ありがとう。そろそろ戻ろうと思っていた」

ルドガーは微笑んだが、ソフィは不機嫌な顔のまま扉の中に消えてしまった。

「仕方がないな……。俺はずっとここにいるわけじゃない。逃げ場のある人間だ」

寂しそうにルドガーは呟いた。
ソフィの叫んだ言葉がまだ耳にこびりついている。
外の世界に逃げ場のあるルドガーをソフィが信じようとしないのは当然だ。

「お前が来なくなれば、俺がここを守るしかない」

背後から聞こえた声に、ルドガーは小さなため息と共に振り返った。
薄暗い墓地に男の影が立っている。

「ローレンス……。ソフィの愛人は君以外にもたくさんいるのか?」

「彼女を慰めるための男が何人いるのか知りたいのか?彼女が望むだけ存在している。無理に夫になろうとせず、決められた通りに通い、夫婦の真似事をしてもいい。彼女がここに少しでも長くとどまるように見張ることだ」

やはり国から何か命じられて通っている騎士なのだろうとルドガーは思った。
任務でソフィの愛人を装っている。
愛や思いやり、そうした情が一切感じられない。

その方がソフィには気楽なのかもしれない。
互いに愛のない体だけの関係だと思っていれば、過度な期待をせずに済む。

騎士としてはそれが正解だと思うが、ルドガーには割り切れなかった。
薄闇の中、植えられたばかりの花がよわよわしく揺れている。

「俺は……ソフィの怒った顔が好きだ。心がちゃんとあるとわかる。丁寧な言葉づかいも澄ました顔も上手にできているが、それは教育されたからだ。
でもソフィは怒るし、俺を殴りもする。彼女は心から笑うことだってできる。それを永遠に封じられて生きなければならないなんて、あまりにももったいない。ここでは、少しでも幸せになってはいけないのか?俺がしようとしていることは、ソフィを傷つけるだけなのか?」

「彼女の死期を早めるな。長くもたせろ」

ローレンスの声は冷たく、まるでソフィが既に棺桶に片足を突っ込んでいるかのような言い方だった。

「もう人生が終わっているような言い方だな……。まだ子供もできていないのに……」

「ここでは育てられない」

子供が出来てもソフィと引き離す気なのかと、ルドガーは驚いてローレンスを振り返った。
しかしそこに彼の姿はなかった。
小さく舌打ちし、ルドガーは館に入った。


 夕食時、ルドガーはルイスのことを話そうとしたが、やはり口に出すことはできなかった。
子供が遊びに来ると期待させてしまい、もしルイスが現れなければソフィは傷つくだろう。
それにローレンスの言葉も引っかかる。

子供が出来ても育てることも出来ないのなら、この夫婦生活に明るい未来はない。
物思いに沈んでいたルドガーは、気づけば食堂に一人きりになっていた。

ソフィはさっさと食べ終え、厨房に片付けに行ってしまったのだ。
慌ててルドガーも食事を終わらせ厨房に食器を運んだが、ソフィは既に湯あみに行ってしまっていた。

何もかもうまくいかず、ルドガーはなんとなく裏口から外に出た。

とっくに日は暮れ、墓地は闇に沈んでいる。
風もないのに、ブランコの揺れる音が聞こえてきた。

階段に腰を下ろし、淀んだ空気を肌に感じながら音のする方へ視線を向ける。
そこには闇ばかりが続いている。

今度は楽しそうな子供の声が聞こえてきた。
ブランコの軋む音がかすかに混ざり込む。

ルドガーはソフィのことを考えた。

この暗闇に囚われて暮らすソフィは、本当にどこにも行けないのだ。
いつの間にか音が止み、墓地は静寂に包まれていた。


 ルドガーが王墓に住み始めて十日が過ぎた。

ルドガーはソフィと仲良くしようと努めたが、毎朝我慢しきれずソフィを強引に抱いてしまうため、ソフィは朝から不機嫌で、日中もルドガーと目を合わせようとしなかった。

ルドガーは毎日朝から晩まで庭いじりをした。
時々ルイスが遊びに来て、ブランコを揺らしたり墓の周りを子犬のように走り回った。

夜になると、裏口で一人座り込むルドガーの傍にローレンスがやってきた。
相変らず偉そうにソフィとどう接するべきか、いらない助言をして去っていく。

さらに数日おきに王都からフィリス家の神官が物資を届けにやってきた。

意外にも訪問者はいるじゃないかとルドガーは思ったが、不思議なことに、誰もソフィがいる時には顔を出さなかった。


 二人の関係に進展がないまま、さらに二十日が過ぎた。
毎朝、ルドガーはソフィの体を求めたが、快楽に負けた後でさえソフィはいつまでも不機嫌で、朝はやっぱり怒っていた。

 なんとかソフィを喜ばせようと考え続けてきたルドガーは、その日、意を決してソフィに提案した。

「ソフィ……。ここを出てみないか?」

毎朝、了承も得ずに体をまさぐってくる男に腹を立てていたソフィは、さらに不愉快な顔になり、無言でルドガーを見返した。

「少しぐらいならいいだろう?すぐに戻ってこよう。小さいが町がある。そこで買い物をしよう。ここで使う家具類は君と相談しながら買いたいと思っていた。ここにある物は気が滅入るような色ばかりだ」

「ここを出てはいけないのよ」

冷たくソフィが言い放つ。

「知っている。でも、少しぐらいならいいだろう?君だってここの決まりを全部守っているわけじゃない」

どうせ誰も来ないのだから、ばれるわけがないとルドガーは安易に考えた。

ソフィは眉をひそめたが、やがて小さく頷いた。
ルドガーは自分の提案をソフィが素直に受け入れてくれたことに感激し、寝台を飛び出した。

「ならば、さっそく準備しよう!ソフィ、出来るだけ明るい色の服に着替えてくれ!」

張り切って身支度を始めるルドガーを冷めた目で見ながら、ソフィも寝台から起き上がった。
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