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4.知らない事実
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「ソフィ、そのローレンスという男はどこから通っている?どこから帰った?表の道以外に道があるのか?」
厨房の一角に置かれたテーブルに朝食を並べていたソフィは、奥の椅子に腰を下ろした。
「私はいつもここで食べるの。あなたはどうなさいます?旦那様」
ルドガーは乱暴に椅子を引き、向かいに座った。
「どういうことだ?俺の質問に答える気がないのか?」
ソフィはパンを食べ始める。
仕方なく、ルドガーも焼きたてのパンをちぎった。
熱さを我慢し、一切れ口に入れる。
香ばしい小麦の香りが口いっぱいに広がった。
ルドガーはソフィに初めて出してもらった朝食のパンの味を思い出した。
それは二年も前のことで、結婚の宣誓をした日の朝だった。
夫になって二年も経つのに、妻のことはパン作りが上手だということしか知らない。
気づけば、出された朝食を全部平らげていた。
ソフィは食器を持って席を立とうとしている。
慌ててルドガーは手を伸ばして引き止めた。
「ソフィ。頼むから話をしよう。次の話し合いは一年後になる。君の年齢や、子供のこと、この結婚の目的、そうしたことを明確にしてお互いの生き方を決めておこう。俺も夫となったからには多少なりとも責任を感じている」
「責任?この墓場で生涯を終える覚悟もないくせに、軽々しく責任なんて言わないでよ。あなたは命じられて夫になった。私は命じられて夫を受け入れた。それだけよ」
「それでも子供を望まれている。跡継ぎをどうするのか決めておこう。まず君の家のことを教えてくれ。もし俺たちに子供が生まれなければどうなる?ここの守り人はまた一族からもらうことになるのか?それとも、俺達が用意しなければならないのか?」
ソフィは自分の手を押さえこんでいるルドガーの手をもう片方の手で引きはがした。
「王がなぜあなたを寄越したのかわからない。夫は必要なかった。次の跡継ぎは一族から選ばれる。だから、あなたの役目はない」
「まさか……夫がいらない?王からこの結婚を引き受けたことに対し感謝状が届いた。夫のなり手がいなくて困っていたとも聞いた。
金に困った俺の父親が勝手にこの結婚を決めたが、卒業間近の俺のもとに王の署名入りの書簡が届いた。
君との結婚を王が承認し、その祝いのための金が父に振り込まれたと書かれていた。
跡継ぎのための結婚でないのなら、一体なぜ夫が必要だった?
俺は何のためにこんなところに来て、会ったこともない陰気な君と結婚することになったんだ!」
穏やかに話し始めたルドガーだったが、最後は怒りに突き動かされるように叫んでいた。
ルドガーの激高をソフィは冷めた目で見つめていた。
「あなたに好きな人がいたのだとしたら、気の毒に思う。でも、私には関係ない。もう二度と顔をみせなくても良い。外で好きに暮らして」
信じられない想いでルドガーは形ばかりの妻を見おろした。
心望まない結婚であり、最初からうまくいくとは思っていなかった。
王への忠誠心から結婚を受け入れたが、愛はなくとも、こんな陰気な家に入ったことぐらいは感謝されると思っていた。
若くて可愛い妻なら、少しは心が癒されるかもしれないとも頭に過った。
こんなに歓迎されず、こんな風に嫌われる夫になるとは思いもしなかった。
愛人がいて、さらに年にたった一度 会うことさえ断られるなんて。
夫であるルドガーを軽んじている発言の数々に、ルドガーは強い屈辱を覚えながらも必死に怒りを堪えた。
「言っておくが。俺に振り込まれているお前からの金には一切手をつけていない。
お前がいなくても俺は十分生きていけた。身一つで生きていくつもりだった!
この国のために仕方なく引き受けたが、引き受けたからには責任がある。俺は夫でお前を見張る必要がある!」
ソフィが衝撃を受けたように青ざめた。
「私を見張るですって?お金に困って嫌々ここに婿入りしたくせに。
それでも私はあなたを夫として十分敬っている。一番良い部屋を用意したし、あなたがここに居る間は食事の世話もお湯の用意もしている。
王国から入るお金の収支も全部見せているし、大半があなたに直接送られるように手続きもした。
何が不満なわけ?私の体が欲しいの?だったら今すぐ寝室に行きましょう。
体ぐらいいくらでも奪ったらいいじゃない!そんなに女に不自由しているとは思わなかったけど」
今度こそ屈辱のあまり言葉を失い、ルドガーは拳でテーブルを殴りつけた。
お皿が一瞬浮き上がり、がしゃんと音を立ててスプーンが落ちた。
ルドガーは年若い妻を睨みつけ、大きく息を吐き出した。
ソフィもルドガーを睨んでいる。
とても友好的に話が出来る空気ではない。
「俺達は時間を空ける必要がある。このままでは済まさない。俺は王国に忠誠を誓う騎士だ。王命に従う必要があるし、この結婚の真意を知る必要がある」
かろうじて、噛みしめた奥歯の隙間からルドガーは声を絞り出した。
ソフィは唇を噛みしめ、不満そうに鼻に皺を寄せている。
敵意をむき出しにした少女に背を向け、厨房を出ていこうとしたルドガーは、かき集めた最後の理性で一瞬、足を止めた。
「朝食をありがとう。美味しかった」
そう告げると、ルドガーは足早に館を出た。
馬に乗り、館から遠ざかるにつれ、ルドガーの怒りは収まり、続いて後悔が訪れた。
もっと冷静に話をするべきだった。
ローレンスという名の愛人の前では可愛げのある女なのだろうかと、ルドガーは先ほどのとげとげしい妻の姿を思い出し考えた。男に甘え、媚びる様子などとても想像が出来ない。
ルドガーにとっては可愛げのない女であり、性格も悪ければ口も悪い。
もう二度と戻りたくはないが、やはりそうもいかない。
話が出来なければソフィを力で犯し、子作りをしなければならなくなる。
それだけは避けたい。しかし、本当に夫はいらないのだろうか。
世継ぎを作る必要がないのであれば、なぜ夫が必要だったのか。
ルドガーがこの結婚に関して知っていることといえば、父親に金が振り込まれたことだけだ。
「はぁ……」
分厚い灰色の雲が墓地の上空を覆っている。
今にも降り出しそうなその空は、ルドガーの心境そのものだった。
――
ソフィとの気まずい別れから三日後、ルドガーは王都の宿舎に戻ってきた。
あまりにも早い帰宅に同室のイーゼンは驚いたが、同時に怒ってもいた。
「ルドガー、お前、俺には言っておけよ。休暇のたびに王墓の妻のもとに帰っていることにしていたらしいな?実際は一年に一度しか戻っていないだろう?隊長にお前を置いていくと聞き、なぜなのか質問してしまった」
「なんだって?休暇のたびにあの陰気な女のところに俺が帰っていることになっているのか?身に覚えがないぞ。いや、それに置いていくとはなんの話だ」
二人は怪訝な顔で、互いに嘘を言っていないか確かめるように視線を合わせた。
ルドガーが嘘をついていないことを確信し、イーゼンは事情を説明し始めた。
「今度二か月ほどかけて隣国に近いべゼナ山に山賊狩りに入ることになった。王直属の近衛騎士団の俺達に話が回ってきたのはその山賊が国の貴族たちと取引があると発覚したからだ。どうも王族と繋がっているのではないかと噂がある。
もし事実ならこの事件は外に出すわけにはいかない。
泥まみれになって汗をかくのは新人の役目だし、俺も行くことになったが、お前の名前は呼ばれなかった。それで俺がお前はなぜ行かないのかと質問をした。
すると、お前は月に一度、王墓の守り人である妻のもとに戻る必要があるから同行するのは無理だろうと言われた。同室なのに知らなかったのか?行っているのだろう?と聞かれ、俺は慌ててそうでしたと答えた。
それで、俺はお前が月に一度王墓に戻っていると上官に嘘をついているのだと思った」
全く知らない話に、ルドガーは神妙な顔つきになった。
「全く身に覚えがない。しかも今回の訪問で、妻にもう二度と顔を見せなくてもいいと言われたばかりだ。なぜ俺が頻繁に家に帰っているような話になっている?いや、誰がそんな届けを?」
「お前の代わりに届けを出せる者はその妻ではないのか?夫と仲が良いと見せかけたかったとか?」
ソフィがルドガーと仲良くしたいと思っているわけがない。ならば、やはり夫婦仲は悪くないと見せかけようとしたのだ。
ルドガーは急いで隊服に着替え始めた。
「隊長のところへ行って確かめてくる」
身支度を終えるとルドガーはあっという間に部屋を飛び出した。
第三近衛騎士団を率いるダレル・デュマはルドガーの訪問を歓迎した。
「話をしたいと思っていた」
ダレルは気さくに語り掛けながら、ルドガーに向かいの椅子を勧めた。
「王墓の守り人を監視する役目を若いながら引き受けたと聞き、感心していたのだ。通常はもっと年配の現役を退いた騎士が選ばれる。それだけ夫のなり手がいないというのが現実だ。
王墓の守り人が役目を疎かにすれば王国の平和は脅かされることになる。
そのため国の監視が必要だ。それを新人でありながら引き受けるとは、家の事情もあるだろうが、なかなか勇敢な決断だったな。
騎士としての務めも果たしながら、休暇のたびに王墓に戻るのは大変であろう。何か配慮すべきことはないか?」
月に一度どころか一年に一度しか帰っていないルドガーは、隊長と視線を合わせることが出来ず俯いた。
「そ、その届の変更をしたいと思いまして、あの、届はどのように出したらいいのでしょうか。いつもその、書類は人に任せて……」
ソフィが届を出している証拠もなく、ルドガーの声は小さくなった。
「ああ。勤務条件の届け出だな。変更があるのか?」
ダレル隊長がルドガーの入団時の経歴書を取り出し、その後ろに重ねられていた書類を取り出した。
それには勤務条件の欄があり、月に最低一度は王墓に戻る必要があると記載されており、休日の活動記録まで添えられていた。
全て初めて目にする書類だったが、それらの書類は全てルドガーの指示で出されたことになっており、フィリス家の印が押されていた。
「お前の屋敷から毎月きっちり送られてきている。勤務状況を事前に知らせてほしいとフィリス家から知らせがあったため、そうした書類もまた送らせている」
書類を見る限り、ルドガーはかなりしっかり王墓の守り人の仕事を監視していることになっている。それは王国に安心感を与えているのだ。
つまり、ルドガーが全くソフィを監視していないことが発覚すれば、それは王国にとって危機感を抱く事態だということだ。
「今回の任務は良い経験になるため、お前も連れて行きたかったが、やはり王墓の監視の方が優先される」
「隊長……」
真実を告げるべきだと頭ではわかっていたが、ルドガーは躊躇った。
この状況では何を問われても、知らなかったとしか答えられない。
結婚から二年も経過しているのに、国から求められている夫の役目は世継ぎを作ることだけだと決めつけ、契約内容を調べもしなかったではさすがに無責任すぎる。
「隊長、その任務のことなのですが……イーゼンから聞き、私もぜひ参加したいのです。その前に少しまとめて領地に戻り、その間の段取りをいろいろと整えてきたいと思うのですが」
「しかし契約では王墓に一カ月に一度は戻ることになっている。ならば後半の一カ月だけだな。二か月は空けられまい。ではまた数日王都を離れるのだな。わかった。優先すべきは王墓の守り人の監視だ。行って来い」
王墓の守り人の夫であることが、騎士の務め以上に重要視されているとは思いもしなかったルドガーはさらに驚いた。
もう二度と戻って来なくてもいいとソフィに言われたばかりだが、そんなわけにはいかなくなった。
ダレル隊長の部屋を出ると、ルドガーは大急ぎで今日持ち帰ったばかりの荷物を取りに部屋に引き返した。
厨房の一角に置かれたテーブルに朝食を並べていたソフィは、奥の椅子に腰を下ろした。
「私はいつもここで食べるの。あなたはどうなさいます?旦那様」
ルドガーは乱暴に椅子を引き、向かいに座った。
「どういうことだ?俺の質問に答える気がないのか?」
ソフィはパンを食べ始める。
仕方なく、ルドガーも焼きたてのパンをちぎった。
熱さを我慢し、一切れ口に入れる。
香ばしい小麦の香りが口いっぱいに広がった。
ルドガーはソフィに初めて出してもらった朝食のパンの味を思い出した。
それは二年も前のことで、結婚の宣誓をした日の朝だった。
夫になって二年も経つのに、妻のことはパン作りが上手だということしか知らない。
気づけば、出された朝食を全部平らげていた。
ソフィは食器を持って席を立とうとしている。
慌ててルドガーは手を伸ばして引き止めた。
「ソフィ。頼むから話をしよう。次の話し合いは一年後になる。君の年齢や、子供のこと、この結婚の目的、そうしたことを明確にしてお互いの生き方を決めておこう。俺も夫となったからには多少なりとも責任を感じている」
「責任?この墓場で生涯を終える覚悟もないくせに、軽々しく責任なんて言わないでよ。あなたは命じられて夫になった。私は命じられて夫を受け入れた。それだけよ」
「それでも子供を望まれている。跡継ぎをどうするのか決めておこう。まず君の家のことを教えてくれ。もし俺たちに子供が生まれなければどうなる?ここの守り人はまた一族からもらうことになるのか?それとも、俺達が用意しなければならないのか?」
ソフィは自分の手を押さえこんでいるルドガーの手をもう片方の手で引きはがした。
「王がなぜあなたを寄越したのかわからない。夫は必要なかった。次の跡継ぎは一族から選ばれる。だから、あなたの役目はない」
「まさか……夫がいらない?王からこの結婚を引き受けたことに対し感謝状が届いた。夫のなり手がいなくて困っていたとも聞いた。
金に困った俺の父親が勝手にこの結婚を決めたが、卒業間近の俺のもとに王の署名入りの書簡が届いた。
君との結婚を王が承認し、その祝いのための金が父に振り込まれたと書かれていた。
跡継ぎのための結婚でないのなら、一体なぜ夫が必要だった?
俺は何のためにこんなところに来て、会ったこともない陰気な君と結婚することになったんだ!」
穏やかに話し始めたルドガーだったが、最後は怒りに突き動かされるように叫んでいた。
ルドガーの激高をソフィは冷めた目で見つめていた。
「あなたに好きな人がいたのだとしたら、気の毒に思う。でも、私には関係ない。もう二度と顔をみせなくても良い。外で好きに暮らして」
信じられない想いでルドガーは形ばかりの妻を見おろした。
心望まない結婚であり、最初からうまくいくとは思っていなかった。
王への忠誠心から結婚を受け入れたが、愛はなくとも、こんな陰気な家に入ったことぐらいは感謝されると思っていた。
若くて可愛い妻なら、少しは心が癒されるかもしれないとも頭に過った。
こんなに歓迎されず、こんな風に嫌われる夫になるとは思いもしなかった。
愛人がいて、さらに年にたった一度 会うことさえ断られるなんて。
夫であるルドガーを軽んじている発言の数々に、ルドガーは強い屈辱を覚えながらも必死に怒りを堪えた。
「言っておくが。俺に振り込まれているお前からの金には一切手をつけていない。
お前がいなくても俺は十分生きていけた。身一つで生きていくつもりだった!
この国のために仕方なく引き受けたが、引き受けたからには責任がある。俺は夫でお前を見張る必要がある!」
ソフィが衝撃を受けたように青ざめた。
「私を見張るですって?お金に困って嫌々ここに婿入りしたくせに。
それでも私はあなたを夫として十分敬っている。一番良い部屋を用意したし、あなたがここに居る間は食事の世話もお湯の用意もしている。
王国から入るお金の収支も全部見せているし、大半があなたに直接送られるように手続きもした。
何が不満なわけ?私の体が欲しいの?だったら今すぐ寝室に行きましょう。
体ぐらいいくらでも奪ったらいいじゃない!そんなに女に不自由しているとは思わなかったけど」
今度こそ屈辱のあまり言葉を失い、ルドガーは拳でテーブルを殴りつけた。
お皿が一瞬浮き上がり、がしゃんと音を立ててスプーンが落ちた。
ルドガーは年若い妻を睨みつけ、大きく息を吐き出した。
ソフィもルドガーを睨んでいる。
とても友好的に話が出来る空気ではない。
「俺達は時間を空ける必要がある。このままでは済まさない。俺は王国に忠誠を誓う騎士だ。王命に従う必要があるし、この結婚の真意を知る必要がある」
かろうじて、噛みしめた奥歯の隙間からルドガーは声を絞り出した。
ソフィは唇を噛みしめ、不満そうに鼻に皺を寄せている。
敵意をむき出しにした少女に背を向け、厨房を出ていこうとしたルドガーは、かき集めた最後の理性で一瞬、足を止めた。
「朝食をありがとう。美味しかった」
そう告げると、ルドガーは足早に館を出た。
馬に乗り、館から遠ざかるにつれ、ルドガーの怒りは収まり、続いて後悔が訪れた。
もっと冷静に話をするべきだった。
ローレンスという名の愛人の前では可愛げのある女なのだろうかと、ルドガーは先ほどのとげとげしい妻の姿を思い出し考えた。男に甘え、媚びる様子などとても想像が出来ない。
ルドガーにとっては可愛げのない女であり、性格も悪ければ口も悪い。
もう二度と戻りたくはないが、やはりそうもいかない。
話が出来なければソフィを力で犯し、子作りをしなければならなくなる。
それだけは避けたい。しかし、本当に夫はいらないのだろうか。
世継ぎを作る必要がないのであれば、なぜ夫が必要だったのか。
ルドガーがこの結婚に関して知っていることといえば、父親に金が振り込まれたことだけだ。
「はぁ……」
分厚い灰色の雲が墓地の上空を覆っている。
今にも降り出しそうなその空は、ルドガーの心境そのものだった。
――
ソフィとの気まずい別れから三日後、ルドガーは王都の宿舎に戻ってきた。
あまりにも早い帰宅に同室のイーゼンは驚いたが、同時に怒ってもいた。
「ルドガー、お前、俺には言っておけよ。休暇のたびに王墓の妻のもとに帰っていることにしていたらしいな?実際は一年に一度しか戻っていないだろう?隊長にお前を置いていくと聞き、なぜなのか質問してしまった」
「なんだって?休暇のたびにあの陰気な女のところに俺が帰っていることになっているのか?身に覚えがないぞ。いや、それに置いていくとはなんの話だ」
二人は怪訝な顔で、互いに嘘を言っていないか確かめるように視線を合わせた。
ルドガーが嘘をついていないことを確信し、イーゼンは事情を説明し始めた。
「今度二か月ほどかけて隣国に近いべゼナ山に山賊狩りに入ることになった。王直属の近衛騎士団の俺達に話が回ってきたのはその山賊が国の貴族たちと取引があると発覚したからだ。どうも王族と繋がっているのではないかと噂がある。
もし事実ならこの事件は外に出すわけにはいかない。
泥まみれになって汗をかくのは新人の役目だし、俺も行くことになったが、お前の名前は呼ばれなかった。それで俺がお前はなぜ行かないのかと質問をした。
すると、お前は月に一度、王墓の守り人である妻のもとに戻る必要があるから同行するのは無理だろうと言われた。同室なのに知らなかったのか?行っているのだろう?と聞かれ、俺は慌ててそうでしたと答えた。
それで、俺はお前が月に一度王墓に戻っていると上官に嘘をついているのだと思った」
全く知らない話に、ルドガーは神妙な顔つきになった。
「全く身に覚えがない。しかも今回の訪問で、妻にもう二度と顔を見せなくてもいいと言われたばかりだ。なぜ俺が頻繁に家に帰っているような話になっている?いや、誰がそんな届けを?」
「お前の代わりに届けを出せる者はその妻ではないのか?夫と仲が良いと見せかけたかったとか?」
ソフィがルドガーと仲良くしたいと思っているわけがない。ならば、やはり夫婦仲は悪くないと見せかけようとしたのだ。
ルドガーは急いで隊服に着替え始めた。
「隊長のところへ行って確かめてくる」
身支度を終えるとルドガーはあっという間に部屋を飛び出した。
第三近衛騎士団を率いるダレル・デュマはルドガーの訪問を歓迎した。
「話をしたいと思っていた」
ダレルは気さくに語り掛けながら、ルドガーに向かいの椅子を勧めた。
「王墓の守り人を監視する役目を若いながら引き受けたと聞き、感心していたのだ。通常はもっと年配の現役を退いた騎士が選ばれる。それだけ夫のなり手がいないというのが現実だ。
王墓の守り人が役目を疎かにすれば王国の平和は脅かされることになる。
そのため国の監視が必要だ。それを新人でありながら引き受けるとは、家の事情もあるだろうが、なかなか勇敢な決断だったな。
騎士としての務めも果たしながら、休暇のたびに王墓に戻るのは大変であろう。何か配慮すべきことはないか?」
月に一度どころか一年に一度しか帰っていないルドガーは、隊長と視線を合わせることが出来ず俯いた。
「そ、その届の変更をしたいと思いまして、あの、届はどのように出したらいいのでしょうか。いつもその、書類は人に任せて……」
ソフィが届を出している証拠もなく、ルドガーの声は小さくなった。
「ああ。勤務条件の届け出だな。変更があるのか?」
ダレル隊長がルドガーの入団時の経歴書を取り出し、その後ろに重ねられていた書類を取り出した。
それには勤務条件の欄があり、月に最低一度は王墓に戻る必要があると記載されており、休日の活動記録まで添えられていた。
全て初めて目にする書類だったが、それらの書類は全てルドガーの指示で出されたことになっており、フィリス家の印が押されていた。
「お前の屋敷から毎月きっちり送られてきている。勤務状況を事前に知らせてほしいとフィリス家から知らせがあったため、そうした書類もまた送らせている」
書類を見る限り、ルドガーはかなりしっかり王墓の守り人の仕事を監視していることになっている。それは王国に安心感を与えているのだ。
つまり、ルドガーが全くソフィを監視していないことが発覚すれば、それは王国にとって危機感を抱く事態だということだ。
「今回の任務は良い経験になるため、お前も連れて行きたかったが、やはり王墓の監視の方が優先される」
「隊長……」
真実を告げるべきだと頭ではわかっていたが、ルドガーは躊躇った。
この状況では何を問われても、知らなかったとしか答えられない。
結婚から二年も経過しているのに、国から求められている夫の役目は世継ぎを作ることだけだと決めつけ、契約内容を調べもしなかったではさすがに無責任すぎる。
「隊長、その任務のことなのですが……イーゼンから聞き、私もぜひ参加したいのです。その前に少しまとめて領地に戻り、その間の段取りをいろいろと整えてきたいと思うのですが」
「しかし契約では王墓に一カ月に一度は戻ることになっている。ならば後半の一カ月だけだな。二か月は空けられまい。ではまた数日王都を離れるのだな。わかった。優先すべきは王墓の守り人の監視だ。行って来い」
王墓の守り人の夫であることが、騎士の務め以上に重要視されているとは思いもしなかったルドガーはさらに驚いた。
もう二度と戻って来なくてもいいとソフィに言われたばかりだが、そんなわけにはいかなくなった。
ダレル隊長の部屋を出ると、ルドガーは大急ぎで今日持ち帰ったばかりの荷物を取りに部屋に引き返した。
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