死の花

丸井竹

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39.独立したい二人

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 王城の枯れずの庭園には冬でも鮮やかな花が咲く。
そこにある東屋に、王妃はお茶の用意をさせ、二人の到着を待っていた。
少し離れたところにイウレシャも控えている。

そこに渦巻く風が吹き込み、唐突にレイシャとディーンの姿が現れた。
王妃が飛び出し、王は躊躇いがちに日差しの下に歩み出た。
四人が東屋の中に入り、席についたのを見届けて、イウレシャがディーンの足元に進み出た。

すぐにディーンが用向きを察し、解読した文書を差し出した。
頭を下げようとするディーンを、王がその必要はないと止め、イウレシャは恭しくその文書と書物を受け取った。
待ちきれない様子でイウレシャはその文書をめくり、解説と原文を見比べて感嘆の声をあげた。

「これは……あのフェスターが……いや、フェスター様が目を通されたのでは?」

魔法使いの寿命は長く、彼らが残した古代魔力で書かれた書物は大変貴重なものになる。
彼らが死んでもその魔力は生きており、それを読み解くにはその時代を探り、その声に耳を傾けなければならないのだ。

古い書物であればあるだけ、彼らの声を聞くのは難しく、その中身を知りたくてたまらない契約魔法使いたちはやきもきしている。
それを完璧に解読し、その解説までつけた文書を見て、イウレシャは感動に手を震わせた。

「恥ずかしながら、フェスター様はまだまだ私の師匠です。教わることばかりで、師匠には手のかかる弟子だと言われております」

冷酷非道と思われていたフェスターだが、初めて迎え入れた弟子に惜しみなく必要な知識を与え、訓練を課している。それはディーンだけが知るフェスターの師匠としての顔でもあった。

イウレシャは少し羨ましそうにディーンを見上げ、これまた古そうな書物を取り出した。
フェスタ―に嫉妬し、権力に執着していたイウレシャは、その座を手放した途端、フェスターとの力量差を妬むことをやめていた。素直に学ぶ方がずっと楽しいことに気づいたのだ。

「次はどうか、こちらをよろしくお願いします」

新たな仕事を任されたことにほっとして、ディーンはそれを受け取った。
フェスタ―の手を借り解読された文書を手に、イウレシャは深々とお辞儀をすると、逃げるように退席した。

四人だけになり、王がさっそく切り出した。

「フェスター殿は今何を?」

新しい本を鞄に入れ、ディーンはそれを椅子の足元に置いた。

「相変わらず難しい本ばかり読んでおります。私の仕事もときどき確かめにきては、勉強が足りないと課題を増やしてくださいます」

フェスターの話題に、レイシャがすかさず口を挟んだ。

「でも再婚は難しいと思うわ。この間、媚薬入りの食事を出したのだけど、何の反応もなかったの」

ディーンはぎょっとして、レイシャに本当に何もなかったのかと確かめた。
レフリア王妃は顔を赤くして聞かなかったことにした。
王は身を乗り出した。

「フェスター殿は再婚を考えているのか?」

王家から誰か紹介できれば、優秀な魔法使いを確実にこの国の味方にしておける。
権力で支配できない魔法使いは、味方であれば頼もしいが、敵になれば恐ろしいものだ。

「考えていないと思いますけど……元妻の私から言わせてもらえば、フェスター様はお勧めできる夫ではありません。無口ですし、夜の生活は上手じゃないですし、とにかく優しさを感じる口調ではないですし、でもそうですね。フェスター様が実は世話好きであることとか、厳しくても見捨てるような方ではないとわかっているような方でしたら、悪くないかもしれません。
キスは優しかったですし、今でも新婚の私達と同じ家で暮らしていますから」

現夫のディーンにとっては、フェスターとレイシャの夫婦生活が幸福なものではなかったとしても、あまり聞きたい話ではなかった。どちらのキスが優しいか、あとで確かめなければならないとディーンは密かに考えた。
王と王妃にとっては意外な話だった。

王国に所属していない魔法使いは脅威になると思い続けてきた王は、初めてフェスターも普通の男とかわらないのではないかと考えた。
レイシャにとってフェスターは、偉大な魔法使いではなく、少し意地悪な夫でしかなかったのだ。

「来月はお茶に誘ってみてはどうだろう?断られるだろうか?」

王の提案をあっさりレイシャは受け入れた。

「古代書物読み放題だと言ってみましょうか?それなら来るかもしれません。
だいたい、好きに来て帰って良いと言えば、毎日でも書庫に通ってきそうな気がします」

ディーンもそれなら来そうだと同意した。


翌月、本当にフェスターはレイシャとディーンと共に王城の庭園にやってきた。
驚く王と王妃には目もくれず、一人離れた場所に座り、古代書物を催促するように手を突き出したのだ。

慌ててイウレシャが用意していた書物を持って駆け寄り、膝をついて差し出した。
何か文句の一つでも言われるのではないかと覚悟していたイウレシャだったが、フェスターは無言で本だけ受け取り、相変わらずの無表情で、淡々と読み始めた。

イウレシャにはその魔力の動きがわずかに見て取れた。
複雑な魔力の渦を、いとも簡単に解きほぐし、あっという間に簡略化して文字を並べ替えていく。

ついにイウレシャは地面に額をこすりつけ、教えを請いたいと口に出した。
フェスタ―は顔も上げずに、聞きたいことがあるなら質問状を書いてこいとだけ告げた。

拒絶されなかったことにイウレシャは深く感謝した。


それから毎月、フェスターはレイシャとディーンと共に王城の庭園にやってきた。
約束通りイウレシャの質問にも答えた。

家族の会話に混ざることは一度もなく、相変わらず淡々と本だけを読んでいたフェスターだったが、ある時、レイシャにそんなに面白いことが書かれているのかと問われると、少しだけその魅力を語った。

「古代の魔力で書かれた書物は、失われた力を見る鏡でもあるのだ」

イウレシャは大きく頷いたが、王と王妃、それからディーンとレイシャは難解な顔をした。

そんなお茶会は毎月必ず開催されたが、ある日、唐突に見知らぬ魔法使いがやってきた。
それはロナのような野良魔法使いだったが、さりげなくフェスターの隣に座り、そこに積まれてあった書物を一冊手に取って読み始めたのだ。

その魔力の渦がぐるぐる回り始めるのを見ると、イウレシャはぽかんと口を開けた。
フェスタ―は動じず、まるで蝶が本に止まった程度にしか考えていないようだった。

フェスタ―の様子を見て、その程度のことなのかとレイシャとディーンは気にしないことに決め、王と王妃もそれにならった。
そうしているうちに、少しずつ他の野良魔法使いも、そのお茶会に顔を覗かせるようになった。
ついには老婆のロナもやってきて、国王夫妻とお茶を飲み始めた。

王国側の干渉を恐れてきた隠れ魔法使いたちは、王国一の魔法使いであるフェスターがそこに出入りしていると知り、王城の庭を隠れ家の一つに決めたようだった。

王は驚いたが、レイシャやディーン、王妃は気にしなかった。
ついに歳の離れた弟が登場し、野良魔法使いたちに魔法を教わり始めたのだ。

「姉にはないのに、弟は魔力使いの素質があるのか」

フェスターに取り柄がないと言われていたことを思い出し、レイシャは不機嫌な顔付きになったが、ディーンが君の料理は最高だと慰めた。

少しだけ風通しが良くなった王国には、隠れない魔法使いたちが増えていった。
彼らは野良猫のようなもので、ふらりとやってきては姿を消し、国の命令には従わなかった。

それでも居心地の良い場所は守りたいものだ。
王国に危険が訪れるとさりげなく現れ、なんとなく国を守る力となった。

時々、悪意をもつ魔力使いが現れたが、平穏に暮らしたい魔法使い達によっていつの間にか排除されていた。



――
  
 黒の館が明るい水色の外壁に生まれ変わって一年が経った。

その日も厨房には甘いお菓子の香りが漂っていた。
レイシャは焼き上がった菓子を皿に乗せ、二人の男がいる書斎に運んだ。

「温度の調整が難しかったの」

言い訳をしながらテーブルに少し焦げたお菓子を置くと、二人の男が皿を覗き込んだ。
ディーンもフェスターも昼食を終え、最後のお茶を飲んでいた。

「昼食後のお菓子よ」

フェスターは鼻に皺を寄せて顔を背けた。
ディーンはすぐに一つ手に取って口に入れた。

「うん。おいしい」

ディーンは顔を輝かせたが、フェスターはそのクッキーに指一本触れようとしなかった。

「俺には必要ないだろう」

フェスターは目にしただけで、クッキーに練り込まれた怪しい薬の正体に気が付いたのだ。
驚いたディーンに、レイシャは実は王都で売っていた精力剤を混ぜてみたと告白した。

「ほら、アレンのお店でお薬がすごい売れているらしいじゃない。それで、女性用があってもいいのではないかと思って、あまり効果の強くない薬を試してみたの。それにお菓子なら食べやすいでしょう?」

ディーンは元気になってきた下半身に目をやり、これから読まなければならない本がまだ三冊もあるのにと嘆いた。

「これぐらいの薬の効力も自制できないとは情けないな」

フェスターは簡単にその気になったディーンのそれを一瞥し、首を横に振った。
反射的にレイシャがディーンを庇おうと立ち上がった。

「ならばフェスター様は平気なのですか?」

いつもなら鼻で笑い、相手にもしないようなことだったが、フェスターは珍しくレイシャの挑発に受けて立った。
残りの焼き菓子をきれいに平らげたのだ。

驚く二人の前で、皿を空っぽにしたフェスターは、優雅な仕草で立ち上がり、ローブの前を空けてズボンを見せつけた。
股間には何もたちあがっていない。

男としてそれもどうなのだろうかと、二人は複雑な表情になったが、ディーンはもう限界だった。

「参りました!」

師匠にはどうやっても勝てないことを認め、ディーンはレイシャの腕をとった。
無言で書斎を飛び出し、寝室に向かう。

となればやることは決まっていた。

寝台にレイシャを押し倒し、ディーンは熱く唇を重ねた。

「このままでは仕事にならない」

呻くように囁き、ディーンはレイシャのスカートをまくりあげ、慌ただしくズボンを脱ぐと、濡れた秘芯に熱く張り詰めた物を押し込んだ。
ゆっくり体を動かしながら、ディーンはレイシャの耳に熱く囁いた。

「女性客を意識するなら、君の感想も重要だ」

レイシャはうれしそうにディーンの腰にしがみついた。

「最高に決まっている」

二人は夢中で互いの体を貪り、デザートより甘いひと時を過ごした。

そして、夕刻が迫ってきてからようやく目を覚ましたディーンは、やってしまったと寝台を飛び出した。
薬の効果は切れたが、仕事は山積みだった。
レイシャは申し訳なさそうにディーンの頬に口づけをした。

「ごめんなさい。無理をさせてしまったのね。すぐに仕事に戻る?」

急いで支度を手伝おうと寝台を下りたレイシャの手を、ディーンが素早く捕まえた。
振り返ったレイシャに、ディーンは躊躇いがちに問いかけた。

「その、レイシャ……そろそろこの家を出ないか?」

それはディーンがここ最近、ずっと考えていたことだった。
いつまでもフェスターの保護下にいるわけにはいかない。

レイシャの夫となったのだ。誰かに守られる立場ではなく、守る立場になりたかった。
ディーンの提案に、レイシャはすぐに賛成したが、一方でわずかな寂しさも感じていた。
意地悪で冷酷な夫だったが、やり方はどうあれフェスターはレイシャを守っていたのだ。

王国一の魔法使いの庇護下を出ることになる。

つま先立ちし、レイシャはディーンに自分から熱く唇を重ねた。
長く舌を絡めそっと唇を離す。

「フェスター様は、性格は悪いけど、再婚は出来る気がするわ」

ディーンは苦笑し、レイシャを抱きしめると、君を渡す気はないと囁いた。




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