死の花

丸井竹

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16.呪器の役目

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 コト町から王都に向かう街道の上を、呪いを集める黒馬車が疾走していた。
馬車を囲む黒い影を目にした人々は、心の恐怖をよびさまされ、自身で作り出した呪縛に苦しめられることになる。

その影が持つ本質は解呪師の内面からくるものだった。
黒い炎を宿したフェスターの目を見上げ、レイシャは向かいに座って何か話すべきだろうかと考えていた。

お仕置きはたっぷり受けたが、レイシャはまだ昨夜のふるまいについて正式に謝罪をしていない。

「フェスター様……あの……昨夜は……すみませんでした……」

小さな声で謝罪し、同じ漆黒の服に身を包むフェスターの顔色を窺う。
王都に行くときはいつもそうした不吉な装いなのだ。

だけど、夫婦でおそろいだと考えれば悪くない装いだとレイシャは強引に考えるようにしていた。
力関係に見合った服装となれば、主人と奴隷のようになってしまう。

「フェスターさま、その、たまには二人で買い物と……か、どうですか?」

掠れたがらがら声で、無理に明るく話しかけたが、フェスターは片方の眉を上げ、全く正気とは思えないと、軽蔑するようにレイシャをぎろりと見ただけだった。

レイシャは落ち込み、ちらりとフェスターの腰回りをみた。
結婚一年目のお祝いに刺繍をした、黒地の帯は一度も使ってくれたことがない。

フェスターは窓の方へ顔を向けている。
黒い布地がかかり、外の景色は全く見えない。
夜ではないため、馬車内は布越しでも弱い光が入り、視界は通る。
互いの姿を見て、目を合わせ微笑むことだって出来るのに、夫婦の間には何も起こらない。

馬車での移動では、いつも夫婦仲を深めようとしてきたレイシャだったが、さすがに今回は全身が痛すぎてそんな気にもなれなかった。
フェスターを見習い、窓を覆う黒い布地をじっと見る。
それは恐ろしく退屈な時間の始まりだった。



 いつの間にか眠っていたレイシャは、外から聞こえてきた賑やかな音で目を覚まし、窓にかかった黒い布地を跳ねのけた。
騎士達の馬が馬車を囲み、王都の人々を怖がらせないように黒い影を隠している。
コト町のように警鐘も鳴らず、馬車は影のように人通りの少ない道を滑るように進んでいく。

それにしても、到着が早すぎる。
レイシャはフェスターを振り返った。

「もう?私、何日も寝ていました?」

フェスターは不愉快な顔をしてカーテンを戻した。

「冬眠する夢でも見ていたのか?くだらないことを話していないで用意しろ。王宮に行く」

もう仕事なのかと、レイシャはがっかりした。
傷だらけの体を晒すことになるし、いつも以上に苦しい思いをすることになる。
と、フェスターのどこか愉快そうな視線に気が付いた。

むっとして、レイシャは鼻に皺を寄せた。
フェスタ―はレイシャが酷い裸体を晒し、痛い痛いと泣く姿を早く見たいと思っているのだ。
夫の意地悪な態度に腹が立つが、全身が痛くて文句を言うのも辛い。

それに、これからは本当に夫頼みだ。
夫と仲良くしなければ、レイシャの苦痛が無駄に長引くことになる。

レイシャは文句を我慢し、馬車を下りるための準備を始めた。
痛みに顔を歪めながら、結い上げた髪の形を確かめ、服の皺を伸ばす。

どうせ服なんて脱いでしまうが、フェスターの妻として横に並ぶのだから多少は気を遣わなければならない。

馬車が止まり、フェスターがさっさと外に出た。
その後ろをよろよろと追いかけ、馬車から出たレイシャは、腫れあがった瞼の下から上を見て、口をぽかんと開けた。

遠くから見たことはあっても、実際に来たことのない王宮の入り口は、想像を絶する美しさだった。

磨き上げられた白い階段の上に、恐ろしく巨大な両開きの扉がある。
それを囲む円柱も、彫刻も全てが立派で、植え込みの植物までもが精巧に作られた芸術品のようだった。

いつもの教会も、荘厳で立派なものだったが、ここは桁違いの豪華さで、白地の扉には輝く金の装飾が施されていた。

さらに、そこを守る騎士達もまた、その王城の装飾品の一部のような豪華な衣装に身を包んでおり、光に溢れた輝かしい場所で、漆黒の服を着たフェスターとレイシャだけが浮いていた。

フェスターが歩き始め、レイシャはこんなところで置いていかれては大変だと、急いで追いかけた。

「フェスター様!もう少しゆっくりお願いします!」

掠れる声でレイシャは訴えた。
全身の痛みに耐えて、よろよろ進むレイシャを、フェスターは振り返りもしなかった。

彫刻のような美しい騎士達が、惨めな姿で夫を追いかけるレイシャを見て、形の良い眉をひそめた。
レイシャは恥ずかしくなり、下を向いてフェスターのひらひらするローブの裾を追いかける。

フェスターが突然足を止め、レイシャの腰を引き寄せた。
全身に激痛が走り、レイシャは悲鳴をあげ、フェスターを睨んだ。

その途端、周囲の景色が一変した。
先ほどまで通路にいたのに、今立っている場所は、広々とした部屋の真ん中だった。

周囲に誰もいないことを確かめると、レイシャはほっとしてどこかに座れないかと椅子を探した。
そんなレイシャの腰を抱えて、フェスターが歩き出す。

「フェスター様!」

痛みに泣なくレイシャを容赦なく引きずり、フェスターはまた突然足を止める。

そこは扉の前だった。
合図もなしに、その扉がゆっくりと開き始める。
フェスターがレイシャのフードを後ろに落とした。

目の前に、光に溢れる広々とした部屋が現れた。
壁の片側がほとんど窓になっていおり、中央付近に巨大な寝台が置かれている。
その周りに、豪華な衣装に身を固めた、大勢の人の姿があった。

全員が王様だと言われても、信じてしまいそうだとレイシャはこっそり考えた。

その時、甲高い女の悲鳴があがった。
それから、低いどよめきが広がる。

彼らの視線を見て、自分が見られているのだと気づき、レイシャはフェスターの背中に顔を隠した。

そこはウーナ国王子の寝室だった。
並んでいた人々は、レイシャの読み通り全員高貴な身分の人々であったが、王は一人だけだった。
その隣には王妃の姿もある。

中央の寝台に横たわる少年は、まだ息をしていたが、死の呪いの最終段階にあった。
室内が静かになると、フェスターが歩き出し、レイシャも追いかけた。

正面に座っていた王が口を開いた。

「すぐに王子を……」

フェスターが手を挙げてその言葉を遮った。その不敬な態度に不愉快な顔をした者はあったが、声はあがらなかった。

「呪器を連れてきた。どこに置くべきかな?」

床でも構わないが、とフェスターが口にすると、部屋の端に寄せてあったテーブルが運ばれてきた。

仕方なく、レイシャは前に出た。
同時に、また短い女の悲鳴があがった。

「ひっ」

立ち並んでいる人々の表情にも衝撃が走る。

レイシャの金糸の髪にふちどられた顔の半面は酷い痣に覆われおり、片方の目は完全に腫れあがり見えなくなっていた。
腫れあがっていない方の顔もまた、人々を驚かせていた。
その整った顔立ちには、そこにいる全員が見覚えがあった。

人々は無意識に王妃の顔を確認した。
王は声に出さず、口の形だけで「まさか」と発するように唇を動かした。

誰かが「あんな子供が呪器なのか?」と囁いた。それは末席の騎士達の方からだった。
「誰かに似ているような……」とも聞こえてくる。

すぐにまた静かになり、フェスターが口を開いた。

「これは呪器であり、私の妻だ」

レイシャがぎこちなくお辞儀をする。
王妃がたまりかねたように口を出した。

「妻?養女の間違いでは?」

王が王妃の腕をつかみ、黙るように促した。
王妃の言葉を無視し、フェスターが妻を振り返った。

「レイシャ、脱いでそのテーブルに横になれ。仕事だ」

レイシャは不自由な体で服を脱いだ。
黒い長衣の下は裸だった。
その酷い体の全てが晒され、人々は悲鳴を飲み込んだ。

王妃は口を両手で押さえ、王にこんなことはやめさせるべきだと訴えるように首を振った。
王は動かなかった。

世継ぎが瀕死の状態なのだ。
その命以上に優先すべきものはなかった。

白い双丘も下の茂みも露わにして、レイシャはテーブルにお尻を乗せた。
背中にはまだ新しい鞭打ちの跡があり、血が滲んでいる。
レイシャは痛みに顔をしかめながら、テーブルの上に仰向けになった。

フェスターが寝台に近づく。
そこには浅い息遣いで苦しそうに目を閉ざす少年が眠っている。

「ではこれから呪いを呪器に移す」

王子の額に手を置くと、フェスターはもう片方の手を器のレイシャの額に置いた。
その唇から不思議な呟きが漏れた。
そこには魔導士も王宮に所属する解呪師もいたが、誰一人フェスターの呪文を理解することはできなかった。

王子の口から黒い瘴気が立ち上り、虚空で弧を描くとレイシャの股間に向かって流れていく。
黒い瘴気は、レイシャの肌に触れた途端、吸い込まれるように体の中に消えていく。

苦痛の表情を浮かべ、レイシャは体をのけぞらせた。
足の付け根から黒い蔓のような模様が、肌の上を舐めるように上がってきた。
その黒い線は草木が枝を伸ばすように先端から幾方向にも別れ、肌の上を絡みつくように這いまわる。

同時に苦痛の声がレイシャの口から漏れ始め、その痛々しさに、王妃は目を閉じ王の腕にしがみついた。

「うっ……うっ……」

やがて、瘴気の全てがレイシャの体におさまった。
レイシャの全身を黒い編み目模様が覆っている。
フェスターは涼しい顔で少年の呼吸を確認した。

「呪いは全て取れたようだ」

「じゅ、呪器の方の呪いはどうなるのです?移した方は?」

王妃が震える声で問いかけた。

「呪いも命もこの刻印の中に閉じ込められています。死ぬほどの苦しみを味わいますが死ねません。私が呪いを解かなければ、この苦しみは続きます」

「ならば早く呪いを消しなさい!」

叫ぶように王妃が命じた。

「苦しませておいても死にませんが、まぁいいでしょう」

フェスターが問いかけた。

「楽にしてほしいか?」

懇願するように、レイシャはかすかに首を縦に振った。

「フェスターさ……ま……苦しい……です……早く……」

「早く!」

王妃が叫んだ。レイシャの額には脂汗が浮かび、両手は苦しみに耐えるように拳を何度も握っている。

フェスターはレイシャの正面に立ち、足を広げるとその間に腰を割り込ませ、ローブの裾をまくった。
一同が蒼白になる中、フェスターは顔を上げてもう一度、王妃に確認した。

「夫婦の行為を公の場で行うというのはやはり少し抵抗があるのですが、本当にここで行っていいのですね?」

即座に王の指示を受け、二人の騎士が部屋を出ていった。
すぐに戻って来て、隣の部屋が空いていると報告する。

「すぐに隣の部屋に!」

命じたのはやはり王妃だった。
フェスターは苦痛の声をあげるレイシャを抱き上げ、ゆっくりと歩きだす。

もっと早く歩けないのかと苛立つ王妃の横を優雅に通り過ぎ、フェスターは王子の寝室を出た。
二人の姿が通路に消えると、王はすぐに扉を閉めるように命じた。

王が王子のもとに走り寄る。
王妃は、フェスターとレイシャの消えた扉の方をちらりと見たが、やはり息子の傍に駆け寄った。

治癒師と解呪師が王子の容態を確認した。

「どこにも呪いの痕跡はありません」

全員が安心したように息を吐きだしたが、王妃だけはまだ緊張の面持ちで、後ろの扉を気にしていた。



――


 客間の寝室では、レイシャがフェスターに助けを求めていた。
部屋には誰もいないため、レイシャは少し気がらくだったが、それにしても死ぬほどの苦しみだ。
早く助けてくれとか細い声で訴えた。

「フェスター様……早く……」

下半身を露出したフェスターは、レイシャの上に覆いかぶさり、男根で一気に秘芯を貫いた。
レイシャは新たな痛みに顔を歪めたが、それ以上に死の呪いの苦痛の方が大きく、積極的にフェスターの体を受け入れた。

フェスターの口から不思議な呟きが漏れ始めると、レイシャの表情が次第に穏やかになっていく。
背中を揺すられる痛みに顔を歪めながら、レイシャは目を開けた。

「フェスターさま……」

レイシャは両手を差し伸べ、夫の名を呼んだ。
ゆっくりと上体を倒し、フェスターはレイシャに優しい口づけを落とした。

レイシャの全身を覆っていた黒い蔓のような線は、額から首、肩から乳房へと次第に消えていき、足の付け根の刻印だけになった。
やがて、動きを止めたフェスターは、そっとレイシャの中から離れた。

痛みに動けないレイシャをそのままにして、自分の着替えを始める。

胸を上下させながら、レイシャも体を起こそうとした。
鞭を受けた背中の傷が開き、背中もシーツも血まみれだった。
床になんとか立って、落ちた衣類を拾い上げる。

と、扉が鳴った。

「治癒師を呼びますか?」

「レイシャ、治療が必要か?」

フェスタ―の声が飛んできて、レイシャはフェスターに視線を向けた。
まだ着替え途中のフェスターの腰には、途中まで巻かれた真新しい帯がある。

レイシャの目が大きく丸くなり、それから感動したように涙をにじませた。
その帯には見たことのある金の刺繍が入っていた。

「フェスター様が決めて下さい」

不満は山ほどあったが、全て吹き飛んだ。
フェスタ―は、レイシャが夫と仲良くなりたいと願いを込めて作った金の刺繍を施した黒帯を、王都まで持ってきてくれていたのだ。

フェスターが扉の外に治癒師を頼むと返事をした。
それにもレイシャは喜んだ。

すぐに部屋の扉が大きく開かれ、数人の治癒師が入ってくる。

その後ろに、美しい王妃の姿があった。
レイシャはその姿に気づき、この女性がレイシャを憐れみ、治療を提案してくれたのだろうかと、なんとなく思った。

その直後、フェスターが、治療師たちの前でレイシャの服を剥ぎ取った。
その乱暴な刺激に、レイシャは悲鳴をあげた。

王妃は肩を震わせ、何か言いたそうに口を動かしたが、その前にフェスターが部屋の扉をぴしゃりと閉めた。




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