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第二章 新しい時代
21.切れた縁
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カーティスの剣から放たれた光よりも、数倍強い黄金の光が溢れ出た。
それは戦う人々のはるか頭上から降り注ぎ、地上で半円型の膜になった。
触れることは出来ず、ただの光のようでさえあるそれは、巨大な魔物を跳ね返す。
「結界の力が!」
要塞から避難してきた人々の中から驚きの声があがる。
それは、人々の希望を望む声でもあった。
ナディはそれに勇気づけられ、自身の中の力を信じようと集中力を高める。
ナディの後ろに広がる光の膜が、じわじわと前に押し出される。
力の使い方もわからず、ただひたすら背後の人々をその結界で守ろうとするナディに、傍らのマーリーが冷静に助言した。
「全ては覆えない。カーティスの力と同じだ。限界を超えれば結界が消えてしまう。
いいか、上手く大きさを調整しろ。やりかたはわからないが、鍵をかけるんだ。
俺達の知る伝説では、黄金の血を継ぐ鳥族は、鳥籠のような結界を作り、鍵をかけたり開けたりできるとされている。
俺達も鳥族ではないから正確なやり方は知らない。だがそれが出来るのは、この鳥族の石板に記されたローナとナディだけだ。黄金の血を継ぐ鳥族は今の段階では、この二人しかいない。
一人は闇の王に取られたようだが、まぁもう取り返せそうにないな」
マーリーは苦笑した。
遠い異国の地から、その黄金の血と呼ばれる存在をカーティスと共に探し続けてきたマーリーは、初めて見る鳥族や巨大な魔物、それからついに姿を現した闇の王を前にしても落ち着いていた。
カーティスもまた、戦闘の真っただ中にいながらも、周りの状況をよく観察していた。
二人は黄金の血故に、闇の王に絶えず追われてきたのだ。
カーティスは最前線に立ち、この戦いをどこで終わらせるべきか思案した。
闇の王が動かない理由はわかっていた。
こちらには黄金の血が二つ揃った。しかも闇の王を封じることの出来る力を持った鳥族がいる。
恐らく、もう二度と封じられまいと地上を出てすぐに結界の力を手に入れたに違いない。
しかしもう一人、黄金の血をもつ鳥族が現れた。
他にも何か隠されているものがないか用心せざる得ない状況だ。
負ければ千年、地底に閉じ込められることになるのだから、慎重にもなるだろう。
カーティスの方もまだ戦う準備が出来ていない。
と、激しい混戦模様のなか、動かない男がいることにカーティスは気が付いた。
体格からして戦士であることは疑いようもなかったが、剣を抜いて戦おうとしない。
男はのろのろと闇の王に近づいていく。
魔物達はなぜかその男を攻撃しようとしない。
カーティスが注視する中、男がまた一歩、また一歩と闇の王に近づく。
「ローナ……すまなかった。すまなかった!ローナ!俺は……」
憎しみと怒りに染まるローナの顔を見つめながら、男は両膝を地面に落とした。
「君の手を放したことを心から後悔している。頼む……。俺に……」
闇の王の傍らに立つローナが、初めてフェイデルに視線を向けた。
その表情が不気味に笑った。
「この世界を滅ぼすことに決めたの。それをあなたにも見てもらう。あの娘も殺すわ」
最愛のローナに声をかけられ、フェイデルは歓喜した。
「君が望むなら。俺はその通りにしよう。だから……」
取り戻したい愛を前に、フェイデルはすがるようにローナを見上げる。
愛していたのに手放した。その心の痛みが痛烈に蘇り、血を滴らせている。
「フェイデル……」
即座に、フェイデルは返事をしようと口を開きかけた。
しかしそれより早く、ローナが問いかけた。
「あなたも、私を殺したい?」
はっとして、フェイデルは後ろを振り返る。
魔物と戦いながら、ナディは真っすぐにローナを睨みつけている。
どんな事情があったとしても、人々の命を奪った母親を許す気はないのだ。
愛され、守られて育ったナディには、愛に裏切られ、孤独に耐えてきたローナの痛みはわからない。
「俺は、君を殺したくない。俺は……君の手を放したことを後悔している。戻れるのならば……」
フェイデルはもう選んでいた。
ローナに視線を戻し、まっすぐに両手を伸ばす。
それを冷やかに眺め、ローナが言った。
「あの娘の白い翼。あれが欲しい。あれを奪って持ってきて」
何も考えずに、フェイデルは叫んだ。
「そうすれば、俺を連れていってくれるのか?ローナ、君の傍に置いてくれるのか?」
ローナはうっすらと微笑んだ。
それはフェイデルの知るローナの微笑みとはかけ離れた禍々しい笑みだったが、フェイデルはすぐに動いた。
立ち上がり、迷いなくナディに向かって歩き出す。
魔物と戦う人々は、不利になれば、後ろの結界の中に逃げ込み、また体勢を整え外に飛び出すといった戦法をとっており、その結界の正面にナディがいた。
黄金の光を背中に自身も魔物と戦っている。
「ナディ!」
フェイデルの怒声が轟いた。
ナディが戦っていた魔物を一体切り捨て、顔をあげ声の主を探す。
他の魔物達が、ローナの合図で闇の王のもとに引き返し始めた。
人々も深追いすることなくナディの後ろにある結界の中に退却する。
とたんに人々と闇の王の間にがらんとした空間が出来た。
視界の開けたその場所に留まっているのはナディとカーティス、それからナディに近づいていくフェイデルだけだ。
カーティスはナディに迫るフェイデルと、戦うつもりで剣を構えた。
そこに、ナディの声が凛と響いた。
「父さん、呼んだ?」
この不可解な男がナディの父親と知ったカーティスは、小さく舌打ちして剣を引いた。
結界の力をもつ黄金の血を既に一つ闇の王に奪われている。
残されたナディを敵に回すようなことは出来ない。
余計な手出しは出来ないが、ナディを奪われるようなら、戦わないわけにはいかない。
カーティスはぎりぎりまで耐える覚悟で二人を見守る。
ナディに近づくフェイデルの足音だけが広い空間にざくざくと聞こえている。
闇の王の軍勢と黄金の結界に避難した人々、その中間にナディとフェイデル、それからカーティスの姿がある。
マーリーはナディの少し後ろにいた。
マーリーもまた、ナディを奪われまいと用心深く近づいてくる男を見ている。
ついにフェイデルが足を止めた。
「お前の……翼をもらって行く」
涙が、ナディの頬を伝って落ちた。
はっきりと、父親がどちらを選んだのか理解した。
「……わかった。これまで育ててくれた恩返しに、これはあげるよ」
ナディは手を挙げて、この中でもっとも信頼している人物の名前を叫んだ。
「リック!来られるか?」
要塞に取り残されていた人々の脱出を手伝ったリックは、戦闘が始まっても逃げずにそこに留まっていた。
大人達に混じって戦えるほどの腕はないため、邪魔にならないようにナディの動きだけを目で追っていた。
それ故、ナディに呼ばれたリックは、すぐに走り出した。
簡単に、ナディは自分の剣をくるりと回し、近づいてきたリックに柄の部分を向けた。
「翼を切り取ってよ。どうせ一枚はもう使えない」
あっさりとナディは言った。
その目はじっと正面のフェイデルを見つめている。
ここでフェイデルと戦えば、恐らく父親を殺してしまうことになる。
突然現れたカーティスはきっとナディの味方をし、フェイデルにナディを殺させまいとするだろう。
父親の最後の望みは、あの黒い翼の女、ローナと一緒に行くことなのだ。
闇の王の味方をすることになる父親を、今殺した方がいいのかもしれない。
ナディはそこまで考えたが、翼を渡さなければローナや闇の王が引かないかもしれないとも考えた。
まだ結界の力の使い方もよくわかっていない現状で、後ろにいる人々を守りながら闇の王を倒せるとはとても思えない。
出来るなら、今回は翼を渡すことでで時間を稼ぎ、体勢を整えて挑んだ方が良い。
感情に振り回されることなく、ナディは努めて冷静であろうとした。
ナディに剣を渡されたリックは大きく息を吸い込んだ。
「いくよ」
剣を握り、リックは根元から翼を真っすぐに縦に切り裂いた。
二枚の翼がきれいに切り取られるまで、ナディは顔色一つかえなかった。
リックは切り取られた左右の翼を丁寧に重ね合わせ、剣を載せてナディに差し出した。
ナディは最初に剣を腰に戻した。
それから両腕に翼を抱え、フェイデルに向かった数歩進んだ。
ざくざくと小石だらけの地面が音を立てる。
カーティスは用心し、じわりと二人に近づいた。
ちょうど剣が届くぎりぎりの位置でナディは足を止め、翼を差し出した。
「これで、親子の縁は切れる。そういうことだよね?」
成長したその真っ白な翼を前に、フェイデルは一回だけ、固く目を瞑った。
その瞼の裏に、幼い日のナディの姿が一気に蘇る。
小さな羽をはためかせ、浴室を飛び回り、頭をぶつけて泣いていた小さな娘。
翼は出してはだめだと言い聞かせ、それが守れるようになるまで外には出せなかった。
本人でさえ翼があることを忘れるぐらい毎日、辛抱強く言い聞かせ、翼の無い生活を続けさせた。
翼がなくても自由に生きられるように、戦いを教え、強く、強く鍛え続けた。
愛に偽りはなかった。
その全ての思い出と決別し、フェイデルは目を開けると翼を受け取った。
踵を返し、フェイデルは真っすぐに魔物達を従えているローナのもとに戻っていく。
ナディとカーティスがその背中をじっと見つめる。
騎士だった頃のようにフェイデルは美しい所作でローナの足元に跪き、両腕に抱いた翼を差し出した。
「鳥族の白い翼……」
うっとりと呟き、ローナは翼を取り上げ、胸に抱きしめた。
羽に頬をすりつけ、フェイデルに立つように指で合図する。
「お前を闇の王の軍勢に加えてあげる。私の配下として働きなさい」
黒い霧がローナと闇の王、それからフェイデルを包みこむ。
その闇が消え去る瞬間、背後に立っていた闇の王の顔に不吉な笑みが浮かんだ。
それを目撃したのは、ナディとカーティス、それからマーリーだけだった。
瞬時に、闇の王とローナ、フェイデルの姿が霧と共に消え去った。
ところが、これで終わりではなかった。
そこには魔物の軍勢が残っていた。
「あいつらは置き去りか?」
闇の王の気配が去り、少しほっとしたカーティスが、やれやれと剣を構え直す。
闇の王の指令から解き放たれた魔物たちが、唐突に奇声を発し突進してくる。
再び激しい戦闘が始まった。
ナディも剣を抜いて走り出す。
その隣にはリックもいる。
「ごめん、リック、お前の腕の敵討ちはお預けだ!」
リックも剣を抜いている。
「かたき討ちなんて望んでない。いい加減、気づけよ。鈍いな!」
ナディの結界に避難していた戦士達も飛び出してきた。
その日、地上に姿を現した闇の王は、太古の時代に築かれた最後の砦を完全に消滅させた。
生き延びた戦士達は闇の王が残していった魔物達と戦い勝利したが、その要塞を失い戦力は分散されることになった。
しかし希望は残された。
人々は本気で闇の王を倒そうとしているカーティスとマーリーの存在を知り、ナディもまたその力を持っているといるのだと信じることが出来た。
それは平和な時代を知る人々に、大きな希望を抱かせた。
生きている間に、また青い空が見られるかもしれないと、大人達は黒い霧の漂う灰色の空を見上げたのだ。
ナディにとっては試練の時だった。
闇の王に命を狙われているナディは、ついに仲間達と別れ、カーティスとマーリーと共に闇の王を倒すための旅に出ることになったのだ。
それは戦う人々のはるか頭上から降り注ぎ、地上で半円型の膜になった。
触れることは出来ず、ただの光のようでさえあるそれは、巨大な魔物を跳ね返す。
「結界の力が!」
要塞から避難してきた人々の中から驚きの声があがる。
それは、人々の希望を望む声でもあった。
ナディはそれに勇気づけられ、自身の中の力を信じようと集中力を高める。
ナディの後ろに広がる光の膜が、じわじわと前に押し出される。
力の使い方もわからず、ただひたすら背後の人々をその結界で守ろうとするナディに、傍らのマーリーが冷静に助言した。
「全ては覆えない。カーティスの力と同じだ。限界を超えれば結界が消えてしまう。
いいか、上手く大きさを調整しろ。やりかたはわからないが、鍵をかけるんだ。
俺達の知る伝説では、黄金の血を継ぐ鳥族は、鳥籠のような結界を作り、鍵をかけたり開けたりできるとされている。
俺達も鳥族ではないから正確なやり方は知らない。だがそれが出来るのは、この鳥族の石板に記されたローナとナディだけだ。黄金の血を継ぐ鳥族は今の段階では、この二人しかいない。
一人は闇の王に取られたようだが、まぁもう取り返せそうにないな」
マーリーは苦笑した。
遠い異国の地から、その黄金の血と呼ばれる存在をカーティスと共に探し続けてきたマーリーは、初めて見る鳥族や巨大な魔物、それからついに姿を現した闇の王を前にしても落ち着いていた。
カーティスもまた、戦闘の真っただ中にいながらも、周りの状況をよく観察していた。
二人は黄金の血故に、闇の王に絶えず追われてきたのだ。
カーティスは最前線に立ち、この戦いをどこで終わらせるべきか思案した。
闇の王が動かない理由はわかっていた。
こちらには黄金の血が二つ揃った。しかも闇の王を封じることの出来る力を持った鳥族がいる。
恐らく、もう二度と封じられまいと地上を出てすぐに結界の力を手に入れたに違いない。
しかしもう一人、黄金の血をもつ鳥族が現れた。
他にも何か隠されているものがないか用心せざる得ない状況だ。
負ければ千年、地底に閉じ込められることになるのだから、慎重にもなるだろう。
カーティスの方もまだ戦う準備が出来ていない。
と、激しい混戦模様のなか、動かない男がいることにカーティスは気が付いた。
体格からして戦士であることは疑いようもなかったが、剣を抜いて戦おうとしない。
男はのろのろと闇の王に近づいていく。
魔物達はなぜかその男を攻撃しようとしない。
カーティスが注視する中、男がまた一歩、また一歩と闇の王に近づく。
「ローナ……すまなかった。すまなかった!ローナ!俺は……」
憎しみと怒りに染まるローナの顔を見つめながら、男は両膝を地面に落とした。
「君の手を放したことを心から後悔している。頼む……。俺に……」
闇の王の傍らに立つローナが、初めてフェイデルに視線を向けた。
その表情が不気味に笑った。
「この世界を滅ぼすことに決めたの。それをあなたにも見てもらう。あの娘も殺すわ」
最愛のローナに声をかけられ、フェイデルは歓喜した。
「君が望むなら。俺はその通りにしよう。だから……」
取り戻したい愛を前に、フェイデルはすがるようにローナを見上げる。
愛していたのに手放した。その心の痛みが痛烈に蘇り、血を滴らせている。
「フェイデル……」
即座に、フェイデルは返事をしようと口を開きかけた。
しかしそれより早く、ローナが問いかけた。
「あなたも、私を殺したい?」
はっとして、フェイデルは後ろを振り返る。
魔物と戦いながら、ナディは真っすぐにローナを睨みつけている。
どんな事情があったとしても、人々の命を奪った母親を許す気はないのだ。
愛され、守られて育ったナディには、愛に裏切られ、孤独に耐えてきたローナの痛みはわからない。
「俺は、君を殺したくない。俺は……君の手を放したことを後悔している。戻れるのならば……」
フェイデルはもう選んでいた。
ローナに視線を戻し、まっすぐに両手を伸ばす。
それを冷やかに眺め、ローナが言った。
「あの娘の白い翼。あれが欲しい。あれを奪って持ってきて」
何も考えずに、フェイデルは叫んだ。
「そうすれば、俺を連れていってくれるのか?ローナ、君の傍に置いてくれるのか?」
ローナはうっすらと微笑んだ。
それはフェイデルの知るローナの微笑みとはかけ離れた禍々しい笑みだったが、フェイデルはすぐに動いた。
立ち上がり、迷いなくナディに向かって歩き出す。
魔物と戦う人々は、不利になれば、後ろの結界の中に逃げ込み、また体勢を整え外に飛び出すといった戦法をとっており、その結界の正面にナディがいた。
黄金の光を背中に自身も魔物と戦っている。
「ナディ!」
フェイデルの怒声が轟いた。
ナディが戦っていた魔物を一体切り捨て、顔をあげ声の主を探す。
他の魔物達が、ローナの合図で闇の王のもとに引き返し始めた。
人々も深追いすることなくナディの後ろにある結界の中に退却する。
とたんに人々と闇の王の間にがらんとした空間が出来た。
視界の開けたその場所に留まっているのはナディとカーティス、それからナディに近づいていくフェイデルだけだ。
カーティスはナディに迫るフェイデルと、戦うつもりで剣を構えた。
そこに、ナディの声が凛と響いた。
「父さん、呼んだ?」
この不可解な男がナディの父親と知ったカーティスは、小さく舌打ちして剣を引いた。
結界の力をもつ黄金の血を既に一つ闇の王に奪われている。
残されたナディを敵に回すようなことは出来ない。
余計な手出しは出来ないが、ナディを奪われるようなら、戦わないわけにはいかない。
カーティスはぎりぎりまで耐える覚悟で二人を見守る。
ナディに近づくフェイデルの足音だけが広い空間にざくざくと聞こえている。
闇の王の軍勢と黄金の結界に避難した人々、その中間にナディとフェイデル、それからカーティスの姿がある。
マーリーはナディの少し後ろにいた。
マーリーもまた、ナディを奪われまいと用心深く近づいてくる男を見ている。
ついにフェイデルが足を止めた。
「お前の……翼をもらって行く」
涙が、ナディの頬を伝って落ちた。
はっきりと、父親がどちらを選んだのか理解した。
「……わかった。これまで育ててくれた恩返しに、これはあげるよ」
ナディは手を挙げて、この中でもっとも信頼している人物の名前を叫んだ。
「リック!来られるか?」
要塞に取り残されていた人々の脱出を手伝ったリックは、戦闘が始まっても逃げずにそこに留まっていた。
大人達に混じって戦えるほどの腕はないため、邪魔にならないようにナディの動きだけを目で追っていた。
それ故、ナディに呼ばれたリックは、すぐに走り出した。
簡単に、ナディは自分の剣をくるりと回し、近づいてきたリックに柄の部分を向けた。
「翼を切り取ってよ。どうせ一枚はもう使えない」
あっさりとナディは言った。
その目はじっと正面のフェイデルを見つめている。
ここでフェイデルと戦えば、恐らく父親を殺してしまうことになる。
突然現れたカーティスはきっとナディの味方をし、フェイデルにナディを殺させまいとするだろう。
父親の最後の望みは、あの黒い翼の女、ローナと一緒に行くことなのだ。
闇の王の味方をすることになる父親を、今殺した方がいいのかもしれない。
ナディはそこまで考えたが、翼を渡さなければローナや闇の王が引かないかもしれないとも考えた。
まだ結界の力の使い方もよくわかっていない現状で、後ろにいる人々を守りながら闇の王を倒せるとはとても思えない。
出来るなら、今回は翼を渡すことでで時間を稼ぎ、体勢を整えて挑んだ方が良い。
感情に振り回されることなく、ナディは努めて冷静であろうとした。
ナディに剣を渡されたリックは大きく息を吸い込んだ。
「いくよ」
剣を握り、リックは根元から翼を真っすぐに縦に切り裂いた。
二枚の翼がきれいに切り取られるまで、ナディは顔色一つかえなかった。
リックは切り取られた左右の翼を丁寧に重ね合わせ、剣を載せてナディに差し出した。
ナディは最初に剣を腰に戻した。
それから両腕に翼を抱え、フェイデルに向かった数歩進んだ。
ざくざくと小石だらけの地面が音を立てる。
カーティスは用心し、じわりと二人に近づいた。
ちょうど剣が届くぎりぎりの位置でナディは足を止め、翼を差し出した。
「これで、親子の縁は切れる。そういうことだよね?」
成長したその真っ白な翼を前に、フェイデルは一回だけ、固く目を瞑った。
その瞼の裏に、幼い日のナディの姿が一気に蘇る。
小さな羽をはためかせ、浴室を飛び回り、頭をぶつけて泣いていた小さな娘。
翼は出してはだめだと言い聞かせ、それが守れるようになるまで外には出せなかった。
本人でさえ翼があることを忘れるぐらい毎日、辛抱強く言い聞かせ、翼の無い生活を続けさせた。
翼がなくても自由に生きられるように、戦いを教え、強く、強く鍛え続けた。
愛に偽りはなかった。
その全ての思い出と決別し、フェイデルは目を開けると翼を受け取った。
踵を返し、フェイデルは真っすぐに魔物達を従えているローナのもとに戻っていく。
ナディとカーティスがその背中をじっと見つめる。
騎士だった頃のようにフェイデルは美しい所作でローナの足元に跪き、両腕に抱いた翼を差し出した。
「鳥族の白い翼……」
うっとりと呟き、ローナは翼を取り上げ、胸に抱きしめた。
羽に頬をすりつけ、フェイデルに立つように指で合図する。
「お前を闇の王の軍勢に加えてあげる。私の配下として働きなさい」
黒い霧がローナと闇の王、それからフェイデルを包みこむ。
その闇が消え去る瞬間、背後に立っていた闇の王の顔に不吉な笑みが浮かんだ。
それを目撃したのは、ナディとカーティス、それからマーリーだけだった。
瞬時に、闇の王とローナ、フェイデルの姿が霧と共に消え去った。
ところが、これで終わりではなかった。
そこには魔物の軍勢が残っていた。
「あいつらは置き去りか?」
闇の王の気配が去り、少しほっとしたカーティスが、やれやれと剣を構え直す。
闇の王の指令から解き放たれた魔物たちが、唐突に奇声を発し突進してくる。
再び激しい戦闘が始まった。
ナディも剣を抜いて走り出す。
その隣にはリックもいる。
「ごめん、リック、お前の腕の敵討ちはお預けだ!」
リックも剣を抜いている。
「かたき討ちなんて望んでない。いい加減、気づけよ。鈍いな!」
ナディの結界に避難していた戦士達も飛び出してきた。
その日、地上に姿を現した闇の王は、太古の時代に築かれた最後の砦を完全に消滅させた。
生き延びた戦士達は闇の王が残していった魔物達と戦い勝利したが、その要塞を失い戦力は分散されることになった。
しかし希望は残された。
人々は本気で闇の王を倒そうとしているカーティスとマーリーの存在を知り、ナディもまたその力を持っているといるのだと信じることが出来た。
それは平和な時代を知る人々に、大きな希望を抱かせた。
生きている間に、また青い空が見られるかもしれないと、大人達は黒い霧の漂う灰色の空を見上げたのだ。
ナディにとっては試練の時だった。
闇の王に命を狙われているナディは、ついに仲間達と別れ、カーティスとマーリーと共に闇の王を倒すための旅に出ることになったのだ。
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