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31.少年の初めてを奪えなかった男は衝撃の事実を知る

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背中を地面に打ち付け、仰向けになったゼルにクリスは覆いかぶさった。
唇を重ね、その喉を片腕で地面に押し付けたまま、ゼルのズボンを緩めた。

「んっ!んんっ!!!」

明らかにゼル方が体も力も大きいはずなのに、跳ねのけることが出来ない。
クリスはゼルの股間をむき出しにすると擦り上げ、無理やり肉棒を立たせた。

「ちょっ!ちょっとまて!」

ゼルは必死に顔を背けたが、体を打ち付けた上に、首を絞められ、その苦しさに身動きがとれなかった。小さいが実戦に長けたクリスの本気に、ゼルは成す術がなかった。
ルークは茫然と見ていた。
クリスが動くなと言ったのだ。その言葉はまるで呪いのように心にのしかかり、指一本動かすことができなかった。

引きちぎるようにクリスはズボンを脱いでゼルの上にまたがった。

「よせ!やめてくれ!うわっ」

ゼルの懇願はクリスに喉を締め付けられているせいで、掠れてよく聞こえなかった。
聞こえてもクリスは気にしなかった。

乱暴にクリスはゼルの肉棒を自分の胎内に沈めた。
苦痛の声が喰いしばった歯の間からこぼれたが、その目は憎しみと怒りに燃えていた。
何度か動くと、クリスは立ち上がり、ルークにその股間を見せつけた。

滴る血と、何もぶらさがっていない下半身。

「もう、お前には何も奪われない。お前は俺が手にできたものを全部奪った。でも、これだけは奪えなかったな。ざまあみろ!」

走り出したクリスを呆然と見送りかけたが、ゼルはなんとか飛び起きた。
必死に走りながら上着とシャツを脱ぎ、もう一歩も走れないというところでかろうじて追いつくと、クリスの手をつかみそれを押し付けた。

「お、追わないから、これ持っていけよっ!」

クリスは一瞬、ゼルを振り返った。
それは涙を湛えた女の子の顔だった。ゼルはその顔を目に焼き付けた。

今にも降り出しそうな雨雲のように歪んだ顔が、必死に泣くのを堪えている。
その唇が早口で言葉を発した。

「絶対、ルークに追わせるなよ」

背中を向けて駆けていく赤毛の少年は、草原の彼方に小さな点となって消えて行った。

呆然とした少年が二人残された。
雨が降り始めると、それはまるで今消えた少女の代わりに空が泣いているように見えたのだ。



雨の中、魂が抜けたように表情を失っているルークの手を引っ張り、ゼルは上半身裸のまま子供学習院に戻ってきた。
騎士達が外に立ち雨に濡れていた。

表扉は大きく開き、二階に続く階段の前に子供達が並んでいた。その真ん中にアニーが静かに立っている。
クリスの母親は先ほどと同じ姿勢で床に座り込んでいた。

ロイダールは彫刻のように立ったままだ。

びしょ濡れのゼルとルークが建物に入ってくると、ルイゼは顔を上げ、すがるようにゼルを見た。

「く、クリスは?クリスティナは?」

ゼルは首を横に振った。

ルイゼは両手を床に付き、がっくりと頭を垂れた。
それから、ゆっくりとロイダールの方に顔を向けた。
自らの罪を懺悔するようにルイゼは静かに語りだした。

「クリスは……私があの子に押し付けた男の子の名前です。
あの子はクリスティナ、あなたが私から去った後に生まれた娘です」

半ば放心状態でゼルに連れられてきたルークは、ルイゼの言葉に驚き、さらにロイダールを見た。明らかにロイダールはルイゼを知っている顔だった。
ルイゼは話し続けた。

「あなたが……私の元を去った後、クリスティナが六歳になるまで村であなたの帰りを待ちました……。あなたがなかなか戻らなくて、私は都会の男に遊ばれて子供を作ったふしだらな女だと非難されました。娘もいじめられ学校にも行けなかった。村長の息子は私を愛人にしてもいいと言ってきた。
私は村を逃げ出しました。
娘の髪を切ったのはその時です。長くてきれいな赤い髪。あの子は私に髪を編んでもらうのが好きだった。
なのに、私は短く切った。女の子でいることが危険だと思ったから。
泣いて嫌がるあの子を押さえつけ、短く切ってこの……クリスティナと刺繍されたハンカチを取り上げた」

ルイゼはポケットから可愛いレースの縁取りのついたハンカチを取り出した。

「握りしめて眠るのが好きだったのに、このハンカチを取り上げて、あの子に今日から男の子だと教えた。女の子のような振る舞いをすると駄目だと叱り、可愛い物やスカートは一切与えなかった。必死にあの子が生き延びられるように女の子であることを捨てさせた。
ゴデの町の食堂で働きだして、あなたの噂が聞けないかと酒場の仕事も始めた。
娘と過ごせる時間はほとんどなくなって、教師だったというのに字も教えてやらなかった。ある時、酒場の仕事帰りで、複数の男達に襲われ何度も犯されて小銭を押し付けられた。
心と体が壊れてしまったように絶望した。でも、あの子を食べさせていかないといけないから、仕事はやめられない。役人に勇気を振り絞って訴えてもお金を受け取ったと言われて、聞いてもらえなかった。
私は体を売る女と言われ、襲われるようになって、家を出られなくなった。
欠けた椀を置いて、六リングで売られる女。
何も考えたくなくて、それから二年ぐらいほとんど記憶がない。
気がついたら、あの子が私の面倒をみてくれていた。
家も変わって、客をとらなくても良くなっていた。食べる物も着る物も、生活の全てをあの子が面倒みてくれていた。
心配だった。夜中にこっそり出て行くのを知っていた。帰ってきた服に血痕がついていたことだってあった。持ってきてくれたお金が血に濡れていたことだってあった。
何か悪いことをしているとわかっていた。
でも、聞けなかった……。あの子が運んできてくれるお金がないと生きていけない。
ものの善悪を教えたら、私達の生活は立ち行かなくなる。
自分の辛さに逃げて、見て見ぬふりをし続けた。あの子が持ってくる物がどんどん高価なものになって、生活は豊かになった。
私はあの子が恐ろしくてうまく笑えなくなっていった。
あの子は心を閉ざし始め、どんどん口数も少なくなった。一緒に眠らなくなって、帰ってこなくなった……それなのに、私はあの子にどこに行っているのかさえ聞かなかった……。
目つきや表情が暗くなり、この子はきっと助けを求めている、そう感じていたのに。
あの子の辛さに寄り添ってやれなかった。
あの子に養ってもらっている身で、あの子に今更何をしているのかなんて聞けなかった。
私ばかり女らしく装い、あの子は男の子のまま、ずっとずっと苦しい道を歩かせた。
全て私のせいです。何も教えなかった……良いことも悪いことも。生きていくためなら何をしてもいいと教えたようなもの。
このままではいけないと思いながら、あの子から目を逸らし、挙句の果てには、私達を捨てたあなたに助けてもらおうとした。
私には何も言う資格がないから、あなたなら……父親としてあの子を苦しみから救ってくれるのではないかと……。
たった一人で私を守って来てくれたのに、あなたに頼るなんて……きっとあの子は私に裏切られたと思ったことでしょう……。
私は本当に酷いことをしてしまった……あの子はもう、絶対に戻ってこない……」

ロイダールが重い口を開いた。

「俺の……俺の娘なのか?……」

ルイゼは頷いた。

「目元が良く似ていたでしょう?目の色も同じ。ずっとあなたを探していた。探さなければ良かった。あなたのことなんて、忘れてしまえばよかった……」

「お前はもう再婚したと……」

「手紙は村長の家から配られるから。あなたからの手紙は一通も来なかったし、私は出したけど、その分じゃ届いていないのね。一度……来てくれたらよかったのに……。いいえ、でもそれはもういいの。あの男の愛人になっておけば良かった。そうすればあの子は男として生きることも、悪い事に手を染めることもなかった……」

「私は救われました」

凛とした少女の声だった。階段の前に立ったアニーだった。

「孤児院で売春させられているところにクリスが助けに来てくれた。私を犯していた男を生きたまま燃やしてくれたわ。私がそうしたいと言ったの。
そしたら、仕事として自分が引き受けるから、将来、金で返せと言ったの。
私に手を汚させないようにしたのよ」

後ろにいた男の子が前に出た。

「僕のお尻に痛いことをしたじじいを殺してくれた。尻から焼けた棒を突っ込んだの。うれしかった」

「俺が殴られた数の倍、殴ってくれたよ」

理不尽な世界で歪められた子供たちの世界には規律も善悪もない。ただ内なる怒りと苦しみ、必死に生きる戦いだけがあるのだ。

床が大きく鳴った。振り返ると、ルークが床に座り込んでいた。

「クリスが……ロイダール様の本当の娘?……本当に?
だとすれば……彼が苦しい生活を強いられている間、自分を捨てた父親に援助され贅沢な暮らしをしていた俺を許せるわけがない。
俺と母上がロイダール様から頂いた物の全ては本来、実の娘とその母親が手にするべきものだったのに。
俺は……彼が住むはずだった屋敷で贅沢に暮らし、彼に与えられるはずだった保護を受け、彼が進むべきだった騎士への道を何も知らずのうのうと目指した。
クリスは、もう俺を好きにならないだろう……。自分を捨てた父親から大切に保護されてきた俺を絶対に許さないだろう。
厩の仕事だって、俺の従者だって、彼の本来するべき仕事じゃなかったのに……。
頭にくるのも当然だ。俺の存在は、クリスを傷つけた……」

ルークは体を丸めその背中を震わせた。
ゼルが静かに屋敷の奥へ消え、再びエントランスに戻ってきた。その腕には書類の束が抱えられていた。
ゼルは進み出てロイダールにその書類の束を差し出した。
そこには国の言止めによる記録だという証拠の印も押されていた。

「ここは国の決まりにのっとり、正式に登録された施設です。不正があるというならお調べ下さい」

ゼルはかつてクリスが吐きすてるように言った言葉を思い出していた。

――規律を守れと言うが、世の中の規律が俺達を守ってくれたことなんてあるのかよ。あいつらに都合の良い規律だろう?

それでも、表の世界で母親とゼルや子供たちが堂々と暮らしていけるように、クリスは法律に則り、この施設を立派に建てたのだ。

「本当に、たいした男だよ、あいつはさ……」

ゼルは呟いてから、自分がクリスの純潔を奪ったのだと思いだした。
アニーに説明しなければならないし、自分にとっても初体験だった。そして、気の毒なルークには、もう言葉もなかった。

一番小さな子供が「お腹が空いた」と言い出すと、なんとなく、子供たちは厨房に流れた。
ゼルも正式な書類を渡してこの施設に違法性がないことを証明してみせたため、話すこともなかった。
言止め記録は国にも保管されているため、奪われても問題はない。

ロイダールは騎士団を返し、ルイゼを部屋に送って行った。ルイゼは手を払いのけようとしていたが、誰かに頼りたい気持ちに負けてしまいそうだった。

ルークものろのろ起き上がり、屋敷を出ていった。

クリスがそう願ったように、この子供学習院はクリス無しでも問題なく存続出来たのだった。

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