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25.誰も知らない少年の裏の顔

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クリスはゴデの町から王都にまで仕事の範囲を広げていた。
依頼者が次の依頼者を生み、さらに協力者も現れ、情報屋や依頼仲介者まで現れた。
クリスは誰に対しても用心深く、彼らが口を割りそうだと感じれば容赦なく殺した。

その日は王都での仕事だった。

ゴデの町から北に向かって半日で王都に続く第一門が見えてくる。
そこから第二門までは旅人の町だった。資材を売り買いする問屋の店も多い。

時刻は真夜中だというのに賑わっている通りがあった。
大通りから一本入った地元の人間がよく使うその通りは酒場や娼館が並んでいる。
その一番奥にある小さな酒場には吟遊詩人が訪れ、今日一番の賑やかさだった。
酒が回った男たちの怒号も飛び交い、自分の声も見失うほど音が溢れている。

壁際の二人掛けの席に、一人の旅人風の男が座っている。
男と呼ぶには若く、まだ少年といった顔立ちだった。

灰色のマントに身を包み、その手には火の入ったランタンがある。
酒場の喧騒の中、フードを深く被った人物が近づいてきて少年の向かいに座った。

「灰色の火……」

フードの下から女の声が漏れた。
依頼者だとわかり、少年はランタンの火を消した。

「仕事を頼みたいの」

フードの下から現れたのは若い女で、その目には憎しみが燃えている。少年は暗い笑みを浮かべた。

「良いよ。殺しなら報酬は最低金貨一枚以上。貴族絡みならさらに上がる。そうでなければ応相談だ」

女は両手で少年の手を包み、その中にずっしりと硬貨の詰まった袋を置いた。

「子供を取り返して欲しいの……私が産んだ子を取り上げられたのよ」

少年は袋の口を少しだけ開けて中身を確かめた。
それを懐にしまうと、頼んでいた酒がちょうど届いた。
店の女が酒を置いてテーブルを離れると、少年は灰色の目に殺意をちらつかせ、話を聞こうと囁いた。


翌日の早朝、小さな包みを抱いた女が第一門の町の裏路地から外へでた。
待っていた馬車は急いで母親と子供を乗せてあっという間に門を抜けたのだ。

物陰からそれを見送った少年は、素早くそこを離れた。
第一門の町から東、タルナ湖に続く静かな森の中を少年は進んでいた。
朝靄の中、朽ち果てそうな木こり小屋が現れると扉を叩いた。

顔を覗かせたのは一人の老人だった。

少年の姿を見ると即座に扉を開けて中に招き入れ、後ろを確認してから扉を閉めた。
慣れた様子で少年は寝室に向かい寝台にうつ伏せになった。

その背中のシャツがみるみる赤く染まっていく。

「血を止めてこなかったのか」

老人は急いで水を汲んでくると少年の服を脱がせ手当てを始めた。
少年は少し意識が遠のいていたようだったが、傷口を洗われると痛みに飛び起きた。

「暇がなかった。お前の依頼だろう?子供はすぐに死ぬから依頼達成が難しい」

少年に一度助けてもらったことのある老人は、その報酬を少年の活動を助けることで支払っていた。
老人は使う薬草や霊薬を少年の前にいちいち見せた。少年は老人のことも信じていなかったのだ。

手当が終わると、少年は起き上がり、新しいシャツの上に固い胴着を巻いた。

「つっ……」

痛みに顔をしかめながら、さらに上着を着て少年はふらりと立ちあがった。

「あんたは……」

老人は呟くように言った。

「あんたは誰も信じちゃいないだろうが……わしは感謝している。誰にもできなかったことをあんたはやってくれた。誰が何と言おうと、正しいことでなかったとしても、わしには必要だった……」

老人が最後まで言い終える前に扉が閉まる音がして、少年の姿は消えていた。


朝になると表の仕事がまっていた。

朝からクリスは不機嫌だった。
顔を顰め、黙々とスコップを動かしているが、時々痛みに耐えるようにじっと動かなくなる。

「お前、肩つったのか?」

ゼルが声をかけると、クリスはさらに不機嫌な顔になった。

「寝違えただけだ」

「まぁいいけど、無理するなよ。休んできたらどうだ?」

いつものクリスなら跳ねのけるような言葉だったが、今日は相当具合が悪いらしくゼルの言葉を受け入れた。

「あと、建物の譲渡がある。王都の第一門にある言止め所に一緒に来てほしいんだけど、都合の良い日ある?俺、字が読めないから言止めに書類を作ってもらうことにしたんだ」

学習院兼孤児院の話だった。ゼルは本気でやり遂げたのかと感心したように糞運びのクリスを見つめた。
クリスはそれを誇るでもうれしそうにするわけでもなく、ただ淡々と話を進め、ゼルとの打ち合わせが終わると、その日は早めに帰って行った。


その日の夕刻、クリスに会いに来たルークは、その姿が見えない理由をゼルから聞いて心配顔になった。

「肩を痛めたのか……。待ってくれていたら一緒に薬を買いに行ったのに……」

ルークが肩を落として帰っていくのをゼルは気の毒そうに見送った。

夕刻、クリスはゴデの町、娼館通りに姿を現した。
その中の一軒に入り、一人の女を指名した。
現れた娼婦は少年を見ると手招きし、部屋に入ると扉を閉めて、さらに奥の部屋へ案内した。

「ウーナ国にはね、未だに生贄の習慣があるのよ。それで、身代わりの子供を誘拐しているらしいわ」

「面倒だな。子供の依頼はだから受けたくないんだ。被害者がもう少し増えないと割に合わないな。今回は断ってくれ」

「被害者が多ければ受けるの?」

「依頼料がその分手に入るだろう?」

娼婦のニーナは不満そうに鼻を鳴らした。

「本当に血も涙もないのね。助けられるなら助けたらいいじゃない」

「冗談じゃない。助けてもらったこともないのに他人なんて助けるか」

ニーナは驚いたように少年を見つめた。

「一度も?」

「ないね」

少年が立ちあがると、ニーナはその腕をつかんだ。

「いくらで引き受けるの?」

「値段交渉までしてくれるのか?言っておくが、情報料以上は払わないからな」

冷たい目の少年はニーナにそう言い放った。

夜になる前にクリスは母親の家に戻っていた。
ルイゼはかなり順調に回復していた。生活の不安がなくなり、毎日食べられて温かく眠れていた。クリスが帰ってくると、ルイゼは微笑んで迎え、夕食の支度をした。

それから疲れ果てた様子のクリスを見つめ、心配そうに声をかけた。

「忙しすぎるのではない?ねぇ、クリス、母さんもそろそろ何か出来るのではないかと思うのだけど……」

クリスはテーブルに肘を付き、額に手をあてた。

「わかった。時間をとるよ。一緒に行こう。教師の仕事を用意してある。安全な場所にしたいからもう少し待ってくれるか?」

日々頼もしくなる娘を母親はすっかり頼りにしていた。
ずっと心配で、申し訳ない気持ちが続いていたが、クリスの他を寄せ付けない断固とした強さに、すっかり甘えるようになってしまっていた。

「クリス……ありがとう。きっと良くなるわ」

母親の心理的な不安の全てはクリスが背負っていたのだ。倒れるわけにはいかなかった。


いつの間にかクリスは表の仕事も休みがちになった。ゼルはそれをなるべく隠そうとした。
クリスが忙しい理由を具体的に知っていたわけではなかったが、ついに施設が完成したのだ。
並々ならぬ努力があったに違いなかった。

さらにクリスはとんでもない申し出をしてくれていた。それはゼルに代わってばらばらの孤児院に入れられた村の子供たちを連れてくるというのだ。

「アニーに手紙を出したのだけど、もう会いたくないと返してきた……」

ゼルの話を聞くと、クリスも困った顔になった。ゼルに恩を売って責任者になってもらい、母親を監視してもらおうと考えていたのだ。

「十五ぐらいか。ちょうど売れ時だな。売春させられているのかもしれないぞ。見に行ってみた方が良いな。字は読めないけど、一応リストを作ってくれ。俺が集めてくる」

好きだった子が売春している可能性を指摘され、絶句したゼルにクリスはきょとんとした顔を向けた。

「体を売っていたら受け入れられない男なのか?別にいいだろう?生きていれば十分じゃないか?」

「俺は何を返せばいい?」

ゼルの言葉にクリスはにやりと笑った。

「だから共同責任者だよ。院長になってくれ、お前の同郷の仲間たちが一緒にいてくれたら母さんも安心だ。とりあえずリストの人間がそこにいるか確認してみよう」

翌日、ゼルがクリスに生き別れた仲間たちのリストを渡すと、クリスはその三日後には手配してきたと言ったのだ。クリスは自分が動かせる部下を持っているのかと、ゼルは驚いた。
そして、かつてクリスと山分けした盗賊団から奪った金の袋を村の仲間たちを迎えに行くのに使って欲しいとクリスに託した。

さらに数日後、だいたいの場所がわかったから迎えに行ってくるとクリスはゼルに告げたのだ。

ゼルはクリスが裏の顔を持っていることに気づいたが、もう何も言えなくなった。
その日、クリスを迎えに来たルークは、ゼル以上にクリスのことを知らなかった。

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