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第一章 骨師を守る騎士
6.愛を見失った女
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ステラは寝袋の中で滝の音を聞きながら、イールの夢を見ていた。
夢の中のイールは優しく、いつものように逞しい腕でステラを抱き上げる。
『ステラ、結婚しよう。可能な限り傍にいたい』
それが一時的なものだとしても、外に他に好きな人が出来たとしても、嘘をつき通してくれるならそれでいい。
「イール……早く戻ってきて……」
眠りながら、呟いたステラの目元からきらりと涙の雫がこぼれ落ちた。
「ステラ!」
突然聞こえた男の声に、ステラは驚いて飛び起きた。
弾けるような笑顔で顔をあげたステラの表情が、すぐに強張ったものにかわる。
「ジルド?」
最悪の予感に怯え、全身に恐怖が走る。
ジルドが来たということは、イールが捕まったのだ。
ステラは汗だくのジルドにしがみついた。
「私を連れ出したせいでイールは捕まったの?イールを怒らないで!これからたくさん働くから!ねぇ、イールに酷いことをしないで!」
ジルドは黙ってペン型の魔道具を取り出すと、結界内の監視映像を壁に映し出した。
それは先ほどジルドがシリラと引き換えに手に入れた、イールがここに戻らない証拠となる映像だった。
暗い洞窟内にイールの姿が浮かび上がる。
森を背景に、ステラに見せたことのない、憎悪と狂気に染まった顔でイールが立っている。
熾烈なほどの執念を感じさせる激しい声音が洞窟内に響き渡った。
『シリラを取り戻すためならどんなことでもするさ。俺の魂はシリラだけのものだ。偽りの愛を囁き、体だってくれてやる。俺達の国を滅ぼした敵国の女のことなど、誰が本気で愛するものか。俺が愛を捧げるのは生涯ただ一人、シリラにだけだ。
もしシリラがそこで死ぬようなことがあれば、ジルド、お前の大切なステラはシリラよりずっと残酷な方法で死ぬことになる。俺はステラを使って復讐するぞ』
呆然とするステラの前で、その映像は三度も繰り返された。
初めて聞くシリラという名前と、イールの怒りの声。
愛だとステラが思っていたものは偽りだったと突き付けられる。
イールの心は別にあったのだ。
愛とはなんだろう。
まだ信じられない様子のステラに、ジルドは畳みかけるように現実を突きつけた。
「お前は騙されていたんだステラ。イールはお前を愛してなどいなかった。ガレー国から奪われた恋人を奪い返すためにお前を利用したんだ。お前の居場所と交換でシリラという女をたったいまイールに引き渡してきた。くそっ。シリラの死体を持って帰るように命じられている。追いかけて殺すしかない」
そうだと思い出したように、ジルドは短剣を取り出しステラがくるまっていた寝袋を切り裂いた。中から紙が一枚出てきた。
そこには座標が一つ書かれている。
「これもあの男がシリラという女を手に入れるために差し出したものだ。この間の骨の発掘場所だ。お前とこの座標を引き換えに、あの男は欲しい女を手に入れたんだ」
ジルドはステラに目もくれず、その座標の位置を確認する。
ステラはふらりと滝の方へ移動した。
ぬるぬるした苔の上に手を置いて、身を乗り出しながら、その滝の向こうにある遺跡の祭壇へ目を向ける。
そこに一頭の馬が近づいてきた。
遠めからもそれが誰か一目でわかる。
イールが馬に乗っている。その腕にはステラではない女性を抱いている。
祭壇の前で馬は止まり、イールは女性と共に祭壇へ進む。
鮮やかなピンク色の布地がふわりとその女性を包んだ。
花嫁のドレスだ。
イールが女性を胸に抱きしめ、祭壇の前に立つ。
二人の手が崩れかけた台の上に差し伸べられた。
表情までは見えないが、寄り添う姿と仕草が二人の親密さを伝えている。
つるりと苔に置いていたステラの手が滑った。
滝つぼに落下しかけるステラの体を強い力が後ろに引っ張った。
「何をしている!お前を失ったら俺がどんな罰を受けると思っている!」
ジルドが真っ青になりながらステラの体を奥に引っ張り込む。
滝の向こうを見ていたステラは、突然飛びつくようにジルドを振り返った。
「イールを追いかけたりしないよね?」
突然何を言いだしたのかとジルドは顔をしかめた。
「あの人と一緒に行かせてあげてよ。追いかけて、捕まえたり罰したりしないで!」
騙されたというのにまだあの男を庇うのかとジルドは怪訝な顔つきになった。
あるいは、女を骨抜きにするとはこういうことなのかもしれないとジルドは考えた。
となれば、これもイールの企み通りだ。
軍隊に追われたら、あっという間に死にかけの女を連れた男など捕まり、殺されてしまう。
しかし、イールには逃げ切れる確信があった。
ステラが自分たちを庇うと知っていたのだ。
騙され、殺されかけたのに、ステラはまだイールを愛している。
ちょっと甘い言葉をささやき、抱いてやるだけで、骨師の女はこんなに底抜けの馬鹿になるのかとジルドは半ば感心した。
となれば、イールへの愛を利用すればステラを従わせるのは容易いことだ。
ジルドは困った顔をしてみせた。
「見逃してやりたいが、あの女を連れて戻らないといけない。死体でも構わない。彼らの後をつけて死んだところを取り戻してもいい。あの女の骨から神力の結晶を作る必要がある」
はっとして、ステラはジルドの手にしている骨の発掘場所を記した紙を指さした。
「これ!この発掘場所を国は知らないでしょう?ならばここで骨を取って結晶を作ればいい。あの人だと言って渡せばわからない。だから見逃して。これからもたくさん働くから!」
満足そうにジルドはうっすらと口角を引き上げた。
「そうだな。お前にそれが出来るなら考えよう」
ステラは優秀な骨師なのだ。もっと頑張れば誰よりも多くの神力の結晶を作り出せる。
「お前が本当に頑張るというなら、この件は俺のところで留めてやる」
ほっとしたようにステラは微笑み、たくさん神力の結晶を作ると約束した。
古代種の骨の場所を記した座標は本物だった。
ステラは夜を徹して働き、大量の神力の結晶を作った。
死にかけた女一人分にしては多すぎたため、新たに発見した古代種の骨と混ざってしまったと言って返却することに決めた。
ステラが誘拐された話はどこにも漏れることはなかった。
イールが去って、三か月が過ぎた。
ジルドの目論見通り、ステラはこれまで以上に仕事に没頭するようになった。
これだけ多くの結晶を作り続けて、寿命が続いているのは珍しいと噂になった。
「骨師は一人か?弟子を見つけたのか?」
ジルドは何度も同じ質問を受けることになった。
「弟子が見つからないため、一人で頑張らせています」
この答えは周囲をさらに驚かせた。
通常の骨師の倍以上の仕事をこなしているのだ。
とっくに廃棄処分になってもおかしくない。
「骨師を一人失う前に、新たな骨師を育てなければならないぞ。早く弟子を見つけろ」
一カ月で他の骨師の一年分の仕事をこなしていると聞くと、ジルドは少し心配になった。
弟子が見つからないうちに廃棄処分になれば、この快適な職場を失うかもしれない。
ついに、ジルドはステラに問いかけた。
「ステラ、体は大丈夫なのか?」
大量の神力の結晶を淡々と台に並べながら、ステラはにっこり微笑んだ。
「大丈夫。いつもと変わらないかな。忙しくしていた方が調子は良い気がするし。早く……命まで使い果たしてしまわないかなって思うぐらい」
死に急ぐような発言を簡単に口にして、ステラはへらへらと笑った。
その様子をジルドは鋭い目で観察した。
笑っているのにどこか虚ろで、心を失ったように無気力に見える。
「ならいいが。どちらにしろ、お前の弟子をとらないといけない」
「そうね。私の寿命が来る前に次の骨師を育てた方がいいものね……。でもさ、連れてきたその弟子が、才能の無い人だったらどうするの?殺すの?それとも元の場所に戻すの?」
ジルドは答えに詰まった。
大抵の場合は殺して処分するのだ。
ステラはまた虚ろな目をして形だけ笑った。
「どっちでもいいよね。たぶんね、骨師はそんなに気にしないよ……この力は大地に帰るんだから。力を失うことは骨師にとって自然なこと……」
全ての神力の結晶を並べ終え、ステラはどこか遠くをみるような目になった。
「それより、あの小屋……燃やしてしまえない?」
視線の先にあったのはイールがステラと住むためにジルドの許可を得て建てた結界内の小屋だった。
ステラはイールが去って以来ずっと骨屋の奥で寝ている。
その小屋は偽りの愛の上に建てられたものであり、ステラが見たくないと思うのも無理はなかった。
愛は憎しみに変わると聞く。ステラもイールを憎み始めたのだろうとジルドは密かに考えた。
偽りの愛で骨抜きにされたステラもようやく正気に戻ってきたのだ。
ジルドはそう思ったが、ステラはジルドの予想外の理由を口にした。
「シリラさんに悪いじゃない。作戦だったとはいえ、他の女と暮らしていた小屋なんて存在して欲しくないと思う……イールだってもう見たくもないはずよ」
逃げた二人のためなのかと、ジルドは驚いた。
お人好しなのか、底抜けのあほなのか、どちらなのかとジルドは思ったが、言葉を返したりはしなかった。
感情の絡んだ面倒事は苦手だった。
ジルドはその日のうちに小屋を燃やしてしまった。
その間、ステラは骨屋から一歩も出て来なかった。
それからもステラは神力の結晶を猛烈な速さで作り続け、脱走の恐れはないと判断し、ジルドの訪問もまた月に二度に落ち着いた。
イールに出会う前の生活にすっかり戻り、一年が過ぎた。
仕事量の割には、ステラの寿命はまだ続いていた。
月に二回のジルドの訪問時には、結晶の材料である古代種の骨を使いつくしていることさえあった。
それでも元気なステラの様子に、ジルドはステラの弟子候補探しを先延ばしにしていた。
汗をかいて弟子を探し回るのはやはり面倒だった。
ステラが弱ってきたら考えようとジルドは漠然と考えた。
周りも弟子をとれとは促すが、それほど強くも言えない。
ステラの生産する神力の結晶の数は桁違いに他の骨師より多いのだ。
つまり、それはジルドの優秀な働きの賜物だ。
イールがステラを騙してくれたおかげで、ステラは国で一番優秀な骨師となり、それを管理するジルドの地位も上がった。つまり、誰にも干渉されない孤高の地位を手に入れたのだ。
人に関心のないジルドにとって、さらに快適な職場になった。
これもステラを骨抜きにして捨ててくれたイールのおかげだと、ジルドは密かに考えた。
夢の中のイールは優しく、いつものように逞しい腕でステラを抱き上げる。
『ステラ、結婚しよう。可能な限り傍にいたい』
それが一時的なものだとしても、外に他に好きな人が出来たとしても、嘘をつき通してくれるならそれでいい。
「イール……早く戻ってきて……」
眠りながら、呟いたステラの目元からきらりと涙の雫がこぼれ落ちた。
「ステラ!」
突然聞こえた男の声に、ステラは驚いて飛び起きた。
弾けるような笑顔で顔をあげたステラの表情が、すぐに強張ったものにかわる。
「ジルド?」
最悪の予感に怯え、全身に恐怖が走る。
ジルドが来たということは、イールが捕まったのだ。
ステラは汗だくのジルドにしがみついた。
「私を連れ出したせいでイールは捕まったの?イールを怒らないで!これからたくさん働くから!ねぇ、イールに酷いことをしないで!」
ジルドは黙ってペン型の魔道具を取り出すと、結界内の監視映像を壁に映し出した。
それは先ほどジルドがシリラと引き換えに手に入れた、イールがここに戻らない証拠となる映像だった。
暗い洞窟内にイールの姿が浮かび上がる。
森を背景に、ステラに見せたことのない、憎悪と狂気に染まった顔でイールが立っている。
熾烈なほどの執念を感じさせる激しい声音が洞窟内に響き渡った。
『シリラを取り戻すためならどんなことでもするさ。俺の魂はシリラだけのものだ。偽りの愛を囁き、体だってくれてやる。俺達の国を滅ぼした敵国の女のことなど、誰が本気で愛するものか。俺が愛を捧げるのは生涯ただ一人、シリラにだけだ。
もしシリラがそこで死ぬようなことがあれば、ジルド、お前の大切なステラはシリラよりずっと残酷な方法で死ぬことになる。俺はステラを使って復讐するぞ』
呆然とするステラの前で、その映像は三度も繰り返された。
初めて聞くシリラという名前と、イールの怒りの声。
愛だとステラが思っていたものは偽りだったと突き付けられる。
イールの心は別にあったのだ。
愛とはなんだろう。
まだ信じられない様子のステラに、ジルドは畳みかけるように現実を突きつけた。
「お前は騙されていたんだステラ。イールはお前を愛してなどいなかった。ガレー国から奪われた恋人を奪い返すためにお前を利用したんだ。お前の居場所と交換でシリラという女をたったいまイールに引き渡してきた。くそっ。シリラの死体を持って帰るように命じられている。追いかけて殺すしかない」
そうだと思い出したように、ジルドは短剣を取り出しステラがくるまっていた寝袋を切り裂いた。中から紙が一枚出てきた。
そこには座標が一つ書かれている。
「これもあの男がシリラという女を手に入れるために差し出したものだ。この間の骨の発掘場所だ。お前とこの座標を引き換えに、あの男は欲しい女を手に入れたんだ」
ジルドはステラに目もくれず、その座標の位置を確認する。
ステラはふらりと滝の方へ移動した。
ぬるぬるした苔の上に手を置いて、身を乗り出しながら、その滝の向こうにある遺跡の祭壇へ目を向ける。
そこに一頭の馬が近づいてきた。
遠めからもそれが誰か一目でわかる。
イールが馬に乗っている。その腕にはステラではない女性を抱いている。
祭壇の前で馬は止まり、イールは女性と共に祭壇へ進む。
鮮やかなピンク色の布地がふわりとその女性を包んだ。
花嫁のドレスだ。
イールが女性を胸に抱きしめ、祭壇の前に立つ。
二人の手が崩れかけた台の上に差し伸べられた。
表情までは見えないが、寄り添う姿と仕草が二人の親密さを伝えている。
つるりと苔に置いていたステラの手が滑った。
滝つぼに落下しかけるステラの体を強い力が後ろに引っ張った。
「何をしている!お前を失ったら俺がどんな罰を受けると思っている!」
ジルドが真っ青になりながらステラの体を奥に引っ張り込む。
滝の向こうを見ていたステラは、突然飛びつくようにジルドを振り返った。
「イールを追いかけたりしないよね?」
突然何を言いだしたのかとジルドは顔をしかめた。
「あの人と一緒に行かせてあげてよ。追いかけて、捕まえたり罰したりしないで!」
騙されたというのにまだあの男を庇うのかとジルドは怪訝な顔つきになった。
あるいは、女を骨抜きにするとはこういうことなのかもしれないとジルドは考えた。
となれば、これもイールの企み通りだ。
軍隊に追われたら、あっという間に死にかけの女を連れた男など捕まり、殺されてしまう。
しかし、イールには逃げ切れる確信があった。
ステラが自分たちを庇うと知っていたのだ。
騙され、殺されかけたのに、ステラはまだイールを愛している。
ちょっと甘い言葉をささやき、抱いてやるだけで、骨師の女はこんなに底抜けの馬鹿になるのかとジルドは半ば感心した。
となれば、イールへの愛を利用すればステラを従わせるのは容易いことだ。
ジルドは困った顔をしてみせた。
「見逃してやりたいが、あの女を連れて戻らないといけない。死体でも構わない。彼らの後をつけて死んだところを取り戻してもいい。あの女の骨から神力の結晶を作る必要がある」
はっとして、ステラはジルドの手にしている骨の発掘場所を記した紙を指さした。
「これ!この発掘場所を国は知らないでしょう?ならばここで骨を取って結晶を作ればいい。あの人だと言って渡せばわからない。だから見逃して。これからもたくさん働くから!」
満足そうにジルドはうっすらと口角を引き上げた。
「そうだな。お前にそれが出来るなら考えよう」
ステラは優秀な骨師なのだ。もっと頑張れば誰よりも多くの神力の結晶を作り出せる。
「お前が本当に頑張るというなら、この件は俺のところで留めてやる」
ほっとしたようにステラは微笑み、たくさん神力の結晶を作ると約束した。
古代種の骨の場所を記した座標は本物だった。
ステラは夜を徹して働き、大量の神力の結晶を作った。
死にかけた女一人分にしては多すぎたため、新たに発見した古代種の骨と混ざってしまったと言って返却することに決めた。
ステラが誘拐された話はどこにも漏れることはなかった。
イールが去って、三か月が過ぎた。
ジルドの目論見通り、ステラはこれまで以上に仕事に没頭するようになった。
これだけ多くの結晶を作り続けて、寿命が続いているのは珍しいと噂になった。
「骨師は一人か?弟子を見つけたのか?」
ジルドは何度も同じ質問を受けることになった。
「弟子が見つからないため、一人で頑張らせています」
この答えは周囲をさらに驚かせた。
通常の骨師の倍以上の仕事をこなしているのだ。
とっくに廃棄処分になってもおかしくない。
「骨師を一人失う前に、新たな骨師を育てなければならないぞ。早く弟子を見つけろ」
一カ月で他の骨師の一年分の仕事をこなしていると聞くと、ジルドは少し心配になった。
弟子が見つからないうちに廃棄処分になれば、この快適な職場を失うかもしれない。
ついに、ジルドはステラに問いかけた。
「ステラ、体は大丈夫なのか?」
大量の神力の結晶を淡々と台に並べながら、ステラはにっこり微笑んだ。
「大丈夫。いつもと変わらないかな。忙しくしていた方が調子は良い気がするし。早く……命まで使い果たしてしまわないかなって思うぐらい」
死に急ぐような発言を簡単に口にして、ステラはへらへらと笑った。
その様子をジルドは鋭い目で観察した。
笑っているのにどこか虚ろで、心を失ったように無気力に見える。
「ならいいが。どちらにしろ、お前の弟子をとらないといけない」
「そうね。私の寿命が来る前に次の骨師を育てた方がいいものね……。でもさ、連れてきたその弟子が、才能の無い人だったらどうするの?殺すの?それとも元の場所に戻すの?」
ジルドは答えに詰まった。
大抵の場合は殺して処分するのだ。
ステラはまた虚ろな目をして形だけ笑った。
「どっちでもいいよね。たぶんね、骨師はそんなに気にしないよ……この力は大地に帰るんだから。力を失うことは骨師にとって自然なこと……」
全ての神力の結晶を並べ終え、ステラはどこか遠くをみるような目になった。
「それより、あの小屋……燃やしてしまえない?」
視線の先にあったのはイールがステラと住むためにジルドの許可を得て建てた結界内の小屋だった。
ステラはイールが去って以来ずっと骨屋の奥で寝ている。
その小屋は偽りの愛の上に建てられたものであり、ステラが見たくないと思うのも無理はなかった。
愛は憎しみに変わると聞く。ステラもイールを憎み始めたのだろうとジルドは密かに考えた。
偽りの愛で骨抜きにされたステラもようやく正気に戻ってきたのだ。
ジルドはそう思ったが、ステラはジルドの予想外の理由を口にした。
「シリラさんに悪いじゃない。作戦だったとはいえ、他の女と暮らしていた小屋なんて存在して欲しくないと思う……イールだってもう見たくもないはずよ」
逃げた二人のためなのかと、ジルドは驚いた。
お人好しなのか、底抜けのあほなのか、どちらなのかとジルドは思ったが、言葉を返したりはしなかった。
感情の絡んだ面倒事は苦手だった。
ジルドはその日のうちに小屋を燃やしてしまった。
その間、ステラは骨屋から一歩も出て来なかった。
それからもステラは神力の結晶を猛烈な速さで作り続け、脱走の恐れはないと判断し、ジルドの訪問もまた月に二度に落ち着いた。
イールに出会う前の生活にすっかり戻り、一年が過ぎた。
仕事量の割には、ステラの寿命はまだ続いていた。
月に二回のジルドの訪問時には、結晶の材料である古代種の骨を使いつくしていることさえあった。
それでも元気なステラの様子に、ジルドはステラの弟子候補探しを先延ばしにしていた。
汗をかいて弟子を探し回るのはやはり面倒だった。
ステラが弱ってきたら考えようとジルドは漠然と考えた。
周りも弟子をとれとは促すが、それほど強くも言えない。
ステラの生産する神力の結晶の数は桁違いに他の骨師より多いのだ。
つまり、それはジルドの優秀な働きの賜物だ。
イールがステラを騙してくれたおかげで、ステラは国で一番優秀な骨師となり、それを管理するジルドの地位も上がった。つまり、誰にも干渉されない孤高の地位を手に入れたのだ。
人に関心のないジルドにとって、さらに快適な職場になった。
これもステラを骨抜きにして捨ててくれたイールのおかげだと、ジルドは密かに考えた。
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