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ゲームと転生

4. 棺桶よ、しばしおまえとはお別れだ

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 身体が熱い。
 頭が痛い。
 全身が怠い。
 声を出すのも、寝返りを打つのもつらい。
 苦しい。苦しい。苦しい……。
 僕がダメな子だから? 僕がわるい子だから? だからこんなに苦しいの?

 ――な~んてもうバッッカらしいわぁ!! やってられっか!!

 こんなところでフェードアウトなんざしてやらねえぞ。てめぇらの都合で消えてやるかよ!
 いいか俺、この世には『病は気から』っつー言葉があるんだ。病じゃなくともな、精神力が切れたらそこで終了しちまうことは山ほどあんだよ。
 でもって、今のこれはソレだ!
 身体があんまり苦しいもんで、心がギブアップしそうになってんだよ。そんで、おまえをこんな目に遭わせている奴は、まさにそれを期待してやがるんだ。
 やすやすと思い通りになってやってんじゃねえぞ。生き残って、ぶっ倒す。
 余計なことをゴチャゴチャ考えてねえで、それだけ目指しやがれ!

 ――でも、僕に、できる?

 当たり前だ。
 おまえは『俺』なんだからよ。

 つうか、できなくても、やれ!



   ■  ■  ■ 



 ガパリと蓋を閉じた空っぽの棺桶が、急激に遠ざかる。
 あばよ、いい勝負だったな。百年後にまた会おうぜ。

 覚醒は唐突だった。
 ゆるやかな浮上ではなく、一瞬にして完了し、俺は瞼を開けていた。
 正面に天蓋の模様がある。目が潤んでいるせいか、若干ぼやけた視界の中で、名もなき天使達が月を囲って何種類もの楽器を奏でている。
 模様ではなく、天蓋の屋根部分に描かれた上等な刺繍だった。
 これはボックスタイプ……いや、ポール式というのか? ベッドの四隅に柱が立っていて、豪華だが狭い部屋に置いたら圧迫感があるタイプのものだ。
 この部屋の広さであれば、まあ余裕だろうが。

「おはようございます。私のことは思い出せましたか?」

 仰向けになった俺の掛け布団の上で、顔にくっつきそうなほどの距離に、白いヒヨコが顔を出した。
 ヒヨコだから全然重くはない。真っ白ふわふわな羽毛に、つぶらな黒い瞳。黄色い逆三角のお口。

 このヒヨコは、いつの間にか俺の部屋にいた。
 物心がつく頃には、どこからか部屋に入ってきて、見つけたメイドが何度も外につまみ出した。なのに何度でも戻ってくるから、しまいには面倒になって放置することにしたようだ。
 ずっと寂しかった俺は、このヒヨコを『ヒヨコさん』と呼んで大事にしていた。ペットに名前を付けるという発想がなかったから。

「どうやら記憶に問題はないようですね。しっかり定着しておりますから、今後消滅する恐れもないでしょう。それから私はヒヨコではなく天使です。ふう、五年ぶりにやっと言えました」

 ……はい。全部思い出しました。
 すみません。ぶっちゃけ、三途の川を渡る直前の妄想や幻覚みたいなものだと思っておりました。
 あれ、現実だったんですねえ……。

「なんと。しかし、もう契約は成立してしまいましたよ? 今さら取消しを希望されても困るのですが」

 いやいや大丈夫です、俺が勝手に勘違いをしただけですから、お約束はちゃんと……って、もしかして俺の心が読めるのか?

「表層意識だけですけれど、この部屋ほどの距離でしたら、誰の心でも読めます。正直に言いますと、度重なる巻き戻しに加え、あなたを召喚するまでの一連のことで力を使い過ぎまして……弱体化して、この程度のことしかできないというのが本音です」

 声だけを聞けば淡々としているが、ピヨ……と伏せられた瞳はどことなく悔しそうだ。
 どうしよう、小さくて繊細なヒヨコちゃんに落ち込まれたら、ものすごく慰めたくなる……と思った瞬間、ヒヨコはピョコン、と顔を上げた。

「ですから、私はあなた方より上位の存在なのだと言っているでしょう。そこそこ強くできていますし、叩き潰されても死にませんでしたから、心配は無用です」

 た……叩き潰されても、だと……?
 誰だこの可愛いピヨちゃんに、そんな非道な真似をしやがったクズは!?
 腹が減ってどうしようもなかったとか、絶対そんな切実な理由じゃないだろ!

「私はピヨちゃんではないと、何度言えば…………はぁ。仕方ありません。ここは名前を付けていただき、そちらで呼ぶようにしてください。そうですね、『全能アルメヒティヒ』とでも」

 なげぇわ。舌噛む。ピヨコとかピピタロウでいいだろ。

「却下です! あなたこの私を愚弄しているのですか!?」

 めんどくせーな。んじゃ真ん中取って『真ん中ミッテ』つうことで。

「却下! 却下ですっ!」

 名前の付いたミッテちゃんが、ぱたぱたピィピィ喜んでいる。
 微笑ましく眺めているうちに、ふと気付いた。俺はさっきからずっと、こちらの世界の言葉で思考していないか?

「はぁ、はぁ、……あなたね……仕方ありません、ピヨコやピピタロウに比べれば……。言葉については、あなたの知識を訳せる限り、こちらの言語に直して植え付けました。本来の『ランハート』は五歳児相応の言語しか身についておりませんので、これから憶える手間を省くためです」

 おお、そいつはめっちゃ助かる!
 でも、注意しないとな。『俺』の言葉遣い、こちらの言語のスラングまで使って全部訳してくれているみたいなんだが、律義に放送禁止用語の訳語まである。
 勢いで出して空気を凍り付かせないよう、気を付けておかないと。

「ところで、話せるようになるまで、もう少しかかりそうですか?」

 ピヨ? と首を傾げて尋ねられた。細かくてフカフカな羽毛に包まれているから、首がどこらへんにあるかわかりにくいな。

 ――悪い、まだだわ。今回のは今までで一番きついのが来たからな。

 疲労困憊だし、関節も怠くて、中途半端に全身が麻痺したみたいな感覚が残っている。口を動かすのすら億劫おっくうで、強引に喋ろうとしても奇妙なうめき声しか出そうにない。
 今回か次回でとどめを刺すように調したのか、もしくはを間違えたか。もしこのタイミングで『俺』を思い出さなかったら、確実に終わっていた。
 十歳前後で思い出すのは遅いと言ったのはこのことか。

「そうです。悠長なことは言っていられませんでした。ちなみに、召喚する魂の条件についてはお伝えしたかと思いますが、『ランハート』を選んだ理由はお伝えしていませんよね」

 うん、聞いていなかったな。なんで?
 そもそも元凶がこの世界の人間なら、『俺』をそいつに融合させて思い出させてしまえば、その時点で万事解決だったろうに。

「それが、できなかったのですよ。未熟な己を恥じる以外ありませんが、私が巻き戻しを何度も行ったがために、世界の記憶領域に魂のざんが定着してしまったのです。変化を期待した結果、変化せぬままその者どもの魂を補強することになってしまい……元凶と、元凶に関わりのある者の魂は、一切変質させられなくなったのです」

 そりゃあ悔しいな。よかれと思った行動が逆効果になるなんて。

「『ランハート』は幼くして生を終え続けたこともあり、魂の力が弱く、元凶とも縁が薄かったため、あなたとの融合が可能でした。それに加えて、もしここを生き延びられた場合、元凶の取り巻きに対抗できる身分を持つ、数少ない人間となります」

 ……実はゲーム名を聞いた瞬間から、その元凶ってどう考えてもあいつだよなぁと思っているんですが。
 でも思い込みの人違いだったらいけないし、一応名前を教えてもらえます?

「ルチナ・フォン・メルクマール。ゲームとやらのです」

 あー、やっぱり。
 あいつかー。


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