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ゲームと転生

2. 妹のゲーム

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 『俺』はコールセンター勤務、それもクレーム対応専門の部署で働く正社員だった。
 一般の問い合わせであればメールやチャットでも解決するが、苦情に発展して回されてくるケースは、ほぼ電話対応になる。
 一年勤めれば戦士、三年勤めれば猛者、五年以上勤めれば神と呼ばれるようになるその部署で、俺は無事に人類から進化を果たすことができた。
 会社指定のストレスチェックは、毎年レッドゾーンの自己記録を更新。だからといってどうということもない平和な日々を送っていた。

「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん~っ」
「お? なんだどうした?」

 後輩から神と崇められるようになってしばらく経ったある日、帰宅したマンションで妹に泣きつかれた。
 リビングでゲームをしていたようで、ゲーム機に繋いだテレビが一時停止状態になっている。
 最近ハマっているという乙女ゲームだろうか。ちゃんと大学の課題を片付けた上で遊んでいる妹は、兄の欲目抜きで頭も要領もいい。

「これ見てよう~!」

 セーブデータをひらき直し、俺にコントローラーを握らせた妹に言われるがままプレイを開始。どうやらノベルゲームのようで、ボタンをポチポチ押しながら読み進めるだけでよかった。
 ――俺はその画面の中で輝く、『アデリナ』という名の令嬢に心を奪われた。
 キラキラと光をはじく長い銀髪。澄んだ水色の瞳。勝気そうな表情。
 気品に満ちて誇り高く、揺るぎない芯を持った少女。

「ね、ね、アデリナ様キレイで格好いいでしょ!?」
「めっちゃいい」

 全力で同意を返しながら、俺は妹の涙の意味を理解した。
 ――アデリナ様は、悲劇の令嬢だったのだ。
 貴族令嬢として何年もたゆまぬ努力を続けてきたのに、顔以外に取り柄のない婚約者に浮気され。
 浮気野郎の親友に、極悪非道の魔女呼ばわりで追い詰められ。
 実の父親に至っては、娘の婚約者を奪った泥棒猫と不倫し、そっちの味方をする始末。

 それでも決して屈することのなかった気高いアデリナ様。
 そして最期には断頭台の露と消えた、アデリナ様の慟哭どうこく……。

「ひっでぇ!? そこまでのことやってねーじゃん!?」
「お兄ちゃんもそう思うよねえ!?」
「思う! 自分の婚約者と親父で他人丼しやがった奴を売女呼ばわりして何が悪いんだ! 正論じゃん!?」
「だよねぇぇ!?」

 俺の目に涙、妹の目にも涙。いや、乙女ゲームでこんなに泣かされる日が来るとは思わなかったわ。
 ところで妹よ? 兄ちゃん、気になった点があるのだが。

「これ、BL?」
「BLゲームだよん」

 最近の女子大生は、兄貴にリビングでBLゲームをやらせるのか。兄ちゃん知らなかったよ。

「この略奪野郎と、アデリナ様の悪だくみ友達の『リシェル』っていうキャラ、首輪してるでしょ? 首輪のイケメンキャラが二人以上いたら、高確率でBLなんだよ」

 そんな法則があるんだな。兄ちゃん知らなかったよ。
 まあ、途中から「アレ?」とは思った。アデリナ様の婚約者や親父を奪った奴は『ルチナ』という女性っぽい名で、見た目も女の子っぽいから男装娘のつもりで進めていたんだけどさ。
 いつまで経っても男装の事情に触れないまま四股よんまたが完成し、そこで話が終わってしまったのだ。
 肝心のシーンは暗転からの三秒後に朝チュンだったからなぁ。ファミリー用のゲームで四股よんまたの具体的なシーンなんざ要らねぇけど。

「しかもね、しかもだよお兄ちゃん。このゲーム、なななんと……ルチナが主人公なのですっ!」
「な、ん、だ、とぉ……!?」

 最期まで最前線に立ち続け、輝きを放ち続けていたアデリナ様ではなく、性格も表情もパッとしない、出番の半分以上は彼氏の背中にベッタリ貼り付き、文字通り姿も半分しか見えなかったルチナが主役!?
 BLと察した瞬間に、もしかしてそうかなと思ったけど!
 つまりこれはルチナをヒロインとした、イケメン攻略ゲームだったのか!

「不倫オヤジ以外は全員一人息子って出てたろ? 跡継ぎ問題どうすんだ」
「男同士でも子供ができるのデス。男には第二の性別っていうのがあって、首輪をしてるのが産めるキャラなのデス」

 そんな法則があるんだな。兄ちゃん知ら(略)。

「BLだから敵は女って、安直じゃねえ?」
「……このゲーム開発した会社、そういう設定よくやんのよ。女性ユーザーをバカにしてて、『どうせ女はこういうの好きだろ?』って決めつけてる人が多いんだってさ。転職サイトで匿名の元社員が闇を吐いてた」
「なんじゃそりゃ」

 聞けば、乙女ゲームでヒットを飛ばしている某メーカーを一方的にライバル視し、同じようなタイミングで似たようなゲームを出しては爆死しているそうだ。
 どのゲームも内容が薄っぺらく、背景も音楽も使い回しがほとんど。イラストレーターと声優にだけは金をかけ、社員が星五つのレビューを書きまくって人気作を装い、騙された初心者が買ってしまう。
 妹はアデリナ様の高貴な女王顔に『わたくしに会いたければポチりなさいな』と命じられ、流れるようにカートへ入れて決済に進んだらしい。悔いなしだそうだ。

「リシェルも攻略対象だから、結局アデリナ様を裏切っちゃうんだけど、可哀相すぎて嫌えないんだよね」
「こいつもアデリナ様の婚約者に惚れてたのに、全然相手にされなかったことが?」
「違うよ。小っちゃい頃にヘンタイ野郎にヤられちゃったんだよ。だから性格歪んじゃったの」
「げっ……」
「メーカーのゲーム紹介ブログでさ……『BLなら最低一人はそういうキャラいるでしょ? 笑』だってさ」

 妹は淀んだ瞳で「ヘッ」と吐き捨てた。
 わ、ら、え、ねぇ~っ!
 んな理由でヤられたらたまらんわ!

 しかし、道理でな。
 リシェルの瞳やセリフは、常に自虐的な陰りを帯びていた。どこがいいのか皆目わからん浮気野郎に謎の片想いをし、ルチナを陥れるためにアデリナ様と結託しながら、何故かルチナに惚れてハーレムに加わるという意味不明なキャラだったけど、あの目がどうにも気になって嫌いになれなかった。
 白と金の中間みたいな色の髪に、アデリナ様とは色味の違う空とも水ともつかない色の瞳。
 彼が悪辣な笑みを浮かべ、彼女と悪事を企み合うシーンは、まさに悪役令嬢の友は悪役令息といった風情で、迷わずスクリーンショットを撮ったほどである。

「おまえ変なのにばっか惚れてねーで、俺の嫁になっちまえよ……」
「賛成。絶対そのほうが幸せになれるよ……。さっきの逆ハーエンドはリシェルくんの過去あんまし掘り下げてないから、個別ルートのセーブデータ見る? 別名『百合ルート』」
「見る」

 百合というワードにちょっぴりドキドキした俺がバカだった。
 こっちはこっちで涙だった。

「おにいちゃ~ん、この子ふびん~。たすけてあげて~……」

 俺も助けてやりてぇよ……。



 妹の騙し討ちで接触を果たしてしまったBでLなゲームを、俺はアデリナ様会いたさに全ルート制覇してしまった。
 悔いなしである。

 ゲームタイトルは《愛と祈りの協奏曲コンツェルト》――こんなタイトルの割に、楽器も演奏のシーンも一切出てこない。これもどうせ適当に、それっぽく聞こえるように付けただけなのだろう。
 このゲームの主役はアデリナ様だ。タイトルは『悪役令嬢アデリナの悲劇』。
 まんまと言うなかれ、本当にそれ以外にないのである。すべてのルートにおいて氷の令嬢と罵られ、断頭台へ送り込まれたアデリナ様。
 それでも気高く美しく在り続けたアデリナ様……。
 真面目な話、プレイ中のスチルもアデリナ様のほうが多かったんだぞ? なのにクリア後の特典画像コーナーに、ルチナと彼氏しかいない不思議。

 俺はアデリナ様の嘆きに共感し、理不尽な運命に涙し、妹の集めた特典ショートストーリーや設定集も熟読してしまった。むろん一番会いたいのはアデリナ様だったが、彼女を取り巻く奴らの心理も知りたかったので、その他キャラの分も読み尽くした。
 それから、悪役令息のリシェル。こいつも、やはりどうにも憎み切れない。アデリナ様を見捨てやがるのは許し難いが、どのルートでも最後まで幸薄そうで、百合ルートですら笑顔が全然幸せそうではなかったのだ。
 だからおまえ、浮気野郎とか四股よんまたビッチなんぞやめて、俺にしとけって……。

 そんな感じですっかりそのゲームに詳しくなってしまったある日、俺は退勤後の夜道でトラックに突っ込まれた。
 一瞬だけ街灯に運転席が照らし出され、ハンドルに突っ伏している頭がスローモーションで見えた。
 その時俺の頭をよぎったのは、

 ――おたくもお仕事大変なんですねえ。お疲れ様です。

 だった。


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