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エピローグ
89. (2)
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20時までに上げられると思いますが、そのお話でラストになります。
お付き合いいただければ幸いですm(_ _m)
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世界はこれほどに、くっきりとした色で溢れていたのか。
空の上から見渡す限りの緑、緑。雪解けの季節に入ってから、それまでずっと隠れていた河川や地形が浮き上がり、ぼやけていた世界に立体感を与えている。
「雪景色も好きだったけど、この景色も好きだなぁ」
「ふ。そうか」
要はどちらも好きということだ。
二人とも前を向き、お互いの顔を見てはいなくとも、声だけでどんな表情なのか想像はつく。
満足感と幸福感、新たな季節への好奇心―――そういった心浮き立つものに満ちていることだろう。
「あ、あれって水鏡の泉だよね? 今は何の季節だろう」
「昨日寄ってみたら恵の節だったぞ。葉が色鮮やかで、なかなか美しい景色になっていた」
つまり秋か。見渡す限りの紅葉と、それを映し出す水面はさぞかし美しいことだろう。
「オスカー、昨日行ってたの? 誘ってくれたらよかったのに」
「見回りの最中に寄ってみただけだ。今からでも行ってみるか?」
「ううん。ゆっくりしたくなりそうだし、帰りに寄ってくれたらいいよ」
行きに寄り道をしたら、いつまでも目的地に着けなくなる。オスカーは「そうだな、そうしよう」と頷いて、心持ち《ラディウス》を急がせた。
レムレスの王都邸には思わぬ先客がいた。正式に王太子になったばかりのジュール王子やジスラン、それに側近候補時代の友人達だ。
『ミシェル』の中に悠真がいたことは、既に彼らへ知らされている。エルヴェやクレマンなどが率先して、悠真の存在を好意的に受け止められるよう民衆にも広めてくれていた。
「完成したらおまえもこちらに来るだろうと思っていたのだ」
「早くお会いしたかったので、引っ越しのお手伝いをさせてもらったのですよ。と言っても我々は人員を手配しただけなのですけれど」
「そうだったんだ! ありがとう、僕もみんなに会いたかったよ!」
友人達と再会を喜び合う悠真に、執事のフロースはニコニコと説明してくれた。ジュール王子を始め、友人達が人手を提供してくれたおかげで、この建物が完成したその日のうちに家具や荷物の移動がほぼ終えられたとのことだった。
「却って迷惑かとも思ったのだがな」
「いいえ、殿下。助かります。非常に……」
オスカーは心からの感謝を口にした。ちらほら見かける魔法使いが、どことなく残念そうな顔をしているのである。
どうやら引っ越しだけでなく、その前の仕上げ工事の段階から、王子達はここを注視してくれていたらしい。おかげで魔法使い達は余計な悪戯心や好奇心を実行に移せるタイミングがなくなり、フロース達は大助かりだったようだ。
その日は悠真の友人達を含め、食堂で昼食会を楽しむことになった。まだ取り壊されていない旧カリタス邸の存在が不格好だが、新たな館は悠真の注文通り、森にあるレムレスの館をコンパクトにしたような館になっている。
しかし、別邸としてはなかなかに立派な建物だ。加えて、レムレスの館はそもそもが太古の城塞を改築したものなので、悠真だけでなく王子達にとっても歴史を感じさせる建物になっている。新築物件としてはかなり珍しく、友人達は幼い少年に戻ったかのように目をきらきらさせていた。
本来の主人より、客人のほうが早く足を踏み入れてしまったわけだが、オスカーはその点について「やれやれ」と溜め息をついたものの、特段何も咎めたりはしなかった。
―――その反応が、どうやら友人達を懐かせる原因になってしまった。
(おお……話に聞いてはいたが、本当に怒られないな?)
(親切のつもりで、押しつけがましい真似をしてしまったかと案じていたのだが)
(意外と寛容……)
もしリアムがこの場にいれば、大爆笑したかもしれない。
あの一件以来、多くの人々の立場が変わった。
森へ同行した近衛騎士隊長は騎士団長になり、ジュール王子は正式に王太子に指名され、ジスランにも正式に右腕としての立場が与えられた。
エルヴェとクレマンは彼らの祖父が逆賊として処刑された後、王子側についた者として家の今後を背負う柱となった。そのほかの友人達も、それぞれが王太子の側近として注目される立場になっている。
しかし彼らは自分達がまだ若く未熟であると自覚し、教え導く者の存在を欲していた。そこで最初に浮かんだ候補は、魔導塔筆頭のリアム・ヴェリタスだ。
もちろんジュールは真剣な表情で止めた。
『あ奴の元生徒として言っておく。どうしてもヴェリタスを教師にしたくば、一緒にレムレスも呼べ。むしろレムレスに教えを乞え!』
王太子の忠告に、側近達は一様に顔を見合わせた。彼らは断罪の場でカリタス一家の醜悪な姿を目の当たりにし、レムレスが噂通りの冷酷な人物ではないと理解したものの、人嫌いであることに変わりはないと思っていたのだ。
だがどうやら、そうでもないらしい。
気楽な食事会の席で、彼らはオスカーにガンガン話しかけ、オスカーもまた内心首を傾げつつ律義に真面目に答えた。
くだらんと吐き捨てて睨まれるか、無視されるか、機嫌を損ねれば呪いをかけられるか―――そんな印象しかなかった灰の魔法使いが、本当に普通に答えてくれる。先入観から来る恐怖心が消え去れば、次に来るのは灰の魔法使いという存在への畏敬の念と、愛し子という存在への憧れである。
(わー。オスカーってば、アイドルみたいになっちゃってる)
悠真は苦笑しながらジュースの杯を傾けた。そんな悠真は、自分こそ神秘的な黒を纏った精霊人として、アイドルへ向けるまなざしをそそがれている自覚がない。
魔法使い達が悪さをしていないかどうか、それをチェックすることだけが目的だったのに、思わぬ長居をしてしまった。
フロース達には宿泊を勧められたが、二人とも泊まるのは旧カリタス邸を取り壊し、完全に庭へ整えてからと決めている。それが完了してから、レムレスの王都邸は本当の意味で完成を迎えると言えるだろう。
「すっかり遅くなっちゃったね。ウィギル達は心配してるかな」
二人が《ラディウス》に乗り、森の上空に差しかかった頃には、太陽はとうに地平へ沈み切っていた。
反対側の地平から昇る月が空を明るく染め、灯火がなくとも地上の輪郭が視認できる。
「夕暮れ前に《ウェスペル》を飛ばしておいた。遅くなる旨は伝えてあるから、しばし夜景を楽しんで帰ればいい」
「いいの! 嬉しいな」
夜空のデート。なんて素敵な言葉なのだろう。オスカーは本当に悠真を喜ばせるのが巧い。
「今夜って満月なんだね。夜なのに遠くまでよく見える」
「そういえばそうだな。ちょうどいい」
「ちょうどいいって?」
「泉に寄ろうという話をしただろう? まあ、行ってみればわかる」
言いながら、オスカーは悠真の頭に口づけを落とした。
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