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魔法使いの流儀
83. いびつな『親子』の決着
しおりを挟む《シーカ》が舞い、異形の怪物が消滅した何度目かで、魔力の尽きた石が割れる。
やぶれかぶれになった上級兵が武器を手にオスカーへ突撃し、それについては《シーカ》が手を出すことはなかった。《シーカ》相手は無理でも、オスカー相手ならば勝てると思う所が甘い。
オスカー自身も剣を抜いて応戦し、大抵はまともな打ち合いになる前に決着がついた。それなりに訓練を重ねて磨かれた上級兵の技はまるで通じず、どんな攻撃もあっさりと躱されて武器を落とした。
彼我の力量差は、大人と子供のそれに等しい。それもそのはず、オスカーの師は数多の戦場で戦い抜いた《シーカ》だった。形式的で上品な剣技など、彼はカリタス家を出てから一度も習っていない。
「な、何故だ……?」
なんで強いんだ。魔法使いだろう?
その問いにオスカーは答えず、呆然と見上げてくる敵の急所を突いて意識を刈り取り、相手の腕や懐にある術式の布を抜き取って切り裂いた。
布は紙よりも頑丈で、手軽に使える。量産したい時に向いており、持ち運びが容易い利点もあった。
ただし布に塗料で描いただけの術式は、上に塗料を塗り重ねるか、このように裂くだけで簡単に無効化できた。
術式を手にした兵を捕捉しては短時間で沈め、やがて彼はその供給源に辿り着いた。
王宮の奥、やはり扉の前は術式を大量に持つ兵士達によって守られていたが、それも《シーカ》とオスカーの敵ではなかった。そもそもあちらは全員が魔石頼みで、強い怪物を出すほどに短時間で限界が来る。そして術式を与えられているのは、いずれも上級兵。家柄で上の地位を与えられた者ばかりだった。
自らの力量で勝負できる者は、そもそもこの王宮に残っていない。
邪魔者を全員沈めた後、内側から閂をかけられた扉を《シーカ》が斬り捨て、角の鋭い積み木のようにばらばらと床に落ちる。
その部屋の奥には男がいた。
「ひっ、ひいい……!」
「お久しぶりですな、カリタス伯。随分と健康的になられたものだ」
もともとふくよかだったカリタス伯ロベールの姿は、以前よりさらにふっくらとして、豪奢な服のボタンが飛びそうなほどピッチリと伸びきっていた。
テーブルには大量の食べ物。肉や魚料理だけでなく、食べかけの菓子も大量にある。彼は精神に重圧を感じると、食欲を失うのではなく、逆に食べる傾向にあった。
菓子ばかりを大量に食べて肥満体型になっていた次男と、その姿は実によく似ている。
「籠城をしていると聞いていたのだが、随分と優雅に過ごしていたようだ。それに……」
オスカーはもう一台のテーブルに目をやった。そこには積み上げられた布と、染料の壺。
「随分と勤勉になられたようだ。伯がこれほど真面目に仕事に取り組む姿は、生まれて初めて見る」
「う、うう、私は、私は……好きでやっているわけではっ! 連れてこられたのだ、来たくはなかったのに!」
「ならば、『自分はお前達のような逆賊の仲間にはならない』と口に出して伝えましたか?」
「そ、そんな恐ろしいことを言えるわけがないだろう!? 何をされるかわからないじゃないか!」
「その恐ろしい相手と、何故交流を持たれたのです?」
「し、仕方ないだろう!? 私は、あの方々が逆賊だなどと知らなかった! 知らなかったのだから!」
「要求されるがまま疑いもせず、門外不出の危険な術式を提供し続けておいて? 知っていてノコノコついて来たのだろうとしか思えませんが」
「ちが、違う! 無理やり、無理やり連れて来られたのだ! そう言っているだろう!?」
カリタス伯が否定するたび、オスカーの瞳は極寒を超えてさらに凍り付いてゆく。
この男はさして反論も抵抗もせず、どうしようどうしようと青ざめて狼狽えながら、ただ言われるがままにハイハイ従って来たのだと想像に容易い。
下位の兵士の食事がどんどん減らされている中、自分は余るほどの豪勢な食事を腹に詰め込み、ぶくぶく肥えて。
「もしやこの状況に至ってなお、ご自分が『可哀想』などとお思いか? ―――自分本位も大概にしろ。腹をすかせてギラついている兵士どもの前に、きさまを放り出してやろうか」
「う……うわあああ!」
カリタス伯は描き上げて間もない布をまとめて引っ掴んだ。出現した怪物が床や家具を傷付けながらオスカーに飛び掛かり、そのすべてを《シーカ》が一刀で仕留めていく。
彼は他の兵士より多く魔石を持たされていたようで、何度か割れる音が響き、やがてひとつ残らず粉々になった。数か所のポケットを探り、やはり一個も残っていないと悟って半狂乱になり、腹を抱えた奇妙な格好でドタドタと逃げ始める。
その行く手を即座に《シーカ》が塞いだ。恐ろしい大男の影にカリタス伯は悲鳴をあげ、慌てて踵を返そうとしたが、いつの間にかすぐ間近に立っていた青年に「ヒッ」と硬直する。
灰銀の瞳にねめつけられ、ガタガタと歯の根が合わなくなった。この息子の、この瞳がずっと苦手だった。怖かった……。
「それを渡せ。きさまは相応しい主人ではない」
「へ、へひ……? こ、こ、これは……これは、ダメだ。私のものだ。ち、父上から譲られた私の」
「すべて燃やそうとしたろうが? 唯一自分にも使えるそれだけは隠し持ってな。きさまの言葉など、髪一本分の重みすらない」
「ううぅ……お、オスカー! 私は、おまえの父親だろう!?」
「その問い、私へ問う前に自らの胸へ問え、カリタス伯ロベールよ。おまえはただの一度でも、この私を『慈しむべき息子』と感じたことはあるか?」
「―――……」
ロベールは即座に言葉を返せず、一瞬考え込む表情になった。産まれたその時から、家族の誰とも異なる灰色の髪を持ち、尋常ではない人間に育つことが確定していた赤子……。
その反応が答えでしかなかった。オスカーの唇に冷笑が浮かぶ。
「『いかにこの化け物から我が身を守るべきか』……私を見る時、おまえの目にあったのはそれだけだ」
「そっ……そんな、ことはない、ないとも? オスカーよ、私は、その、おまえをちゃんと、息子と思って……うぎっ!?」
オスカーは剣の柄でロベールの顎を突いた。拳を使うと首の肉に埋もれそうで気持ちが悪かったからだ。
脳震盪を起こしたロベールはふらつきながら後退し、両腕が腹から外れ、ダラリと垂れ下がった。
肉に埋もれるように抱えられていた布包みが落ちかけ、オスカーはすかさず手を伸ばして受け止めた。
その拍子に布がほどけ、半分ほど姿を覗かせたのは、硬いカバーの分厚い書。カリタス家に代々伝わる、魔力持ちが生まれなかった時代に備えた術式の書だった。
「これはおまえのための書ではない。魔導塔が存在するのに、魔法系と呼ばれる貴族が存在していた理由を知っているか? ロベール」
フラフラとしゃがみ込み、なすすべもなく使役霊によって縄をかけられながら、ロベールは息子を見上げた。
―――知らない。彼はそれについて考えたことがなく、疑問に思ったことすらなかった。
戸惑いの表情にそれを察し、オスカーはどこか優しい声で教えてやった。
「もし王家と魔導塔が対立することになった時、争いを避ける調停役となるために、当時の重臣の一部が魔法使いと積極的な婚姻を重ねた。その家がのちに『魔法系』と呼ばれるようになった。我々の先祖は魔法使いであり、フルーメン達のように魔法使いを敵視し、その排除を唱える者どもはそもそも敵だ」
「……っ!?」
「当たり前だろう。カリタスは召喚士の血統。その時点で奴らにとってはおまえも警戒対象だと、ほんのわずかでも頭を使えばわかることだろうに。そして何より、この書は王家を守るために用意された。おまえはこの書を、おまえ自身が王を守るために使わねばならなかった。それをせず、これからもする気が無かったおまえに、これを持つ資格はない」
「お、オスカー……」
「裁きの日まで、眠れ」
その言葉と同時に、強烈な睡魔に襲われ、ロベールは必死に抵抗しようとした。ここで眠ったら本当に終わると直感した。
だが魔力の多寡以前に、常に自分自身を甘やかしてきた彼の精神力で抗えるはずもなかった。
「こっちも終わったようだね」
扉を失い、風通しの良くなった出入口の前で、のんびり声をかけてくる者がいた。リアムだ。
「私のほうも片付いたよ。ご老体どももふんじばってきたさ」
「自害はされなかったか」
「一人も。自害用の毒酒を用意なさってたから、先に全部吹っ飛ばして差しあげたら呆然としてたよ。ダメだよねえ、せっかく何十年もしぶとく好き勝手してきたのだから、最期までしぶとく粘っていただかないと面白くないじゃないか」
くすくす笑う友人に、オスカーは呆れたまなざしを送る。とはいえ、同意ではあったのだが。
「近衛騎士団長とやらはそちらにいたか?」
「うん、ご老体の盾用に配置されてたよ。なんか私の見目がまあまあだから可愛がってやろうとか褒めてくれたもんで、お礼に可愛がってあげたさ。ははは」
リアムは片手でくるりと戦斧を回転させた。オスカーはその男にほんの少し憐れみが湧いた。
「それにしてもこちらはこちらで、随分優雅にお過ごしだったようだね。地下牢でせっせと描かされているかと思いきや……」
「ふん。同情心が湧かずに済んでいい」
いざ目の前に立てば、捨てたはずの情が舞い戻るかもしれないと危惧していたが、そんなこともなかった。
オスカーはせいせいした気持ちで己の影に視線を落とす。足元から鳥の形をした闇がふわりと起き上がり、大きく翼を広げた。
闇色の鳥に二~三言命じると、伝令役を命じられた鳥は、リアムの背後の出入口を通って飛び去った。
待機している王子達のもとへ。
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