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魔法使いの流儀
72. 快適生活の仕上げにはコレ
しおりを挟むそんなことがあり、悠真が王宮のど真ん中へ唐突に出現する流れになった。
身に纏うのは、オスカーや魔法使い有志による、趣味と実益を兼ねた守りをこれでもかと仕込んだ最強のローブ。たとえ火あぶりにされても熱を通さず、背後から斬られそうになっても敵の攻撃をそのまま反転する。
身の守りについては一国の王より厳重な、危害を加えられる心配より過剰防衛を心配したほうがいい一着に仕上がっていた。
「い、いいのかなあ」
「無防備なおまえを攻撃するほうが悪い。自業自得だ」
「そうだよ。武器も防具もなんにもない、丸腰のきみを襲うほうが悪いってば。同情無用」
二人の説得? を受け、悠真はそのローブの袖に腕を通した。
そもそも守りをしっかりさせて欲しいと頼んだのは自分自身だ。それで単独での行動をオスカーに納得してもらったのだから、ごちゃごちゃ言う筋合いはない。
そう思い直し、身の危険については不安がなくなったものの、緊張感が薄れたわけではなかった。相手は国王と王妃。初回のコンタクトは、これで大丈夫と思っていてもさまざまな意味で緊張する。
国王夫妻から丁寧な挨拶をしてもらった時、悠真は穏やかに平然と返しているように見えたが、内心は心臓バクバクだったのだ。
動揺を表に出さないようふるまっていたのは、彼らには常に堂々とした姿を見せろと、オスカーやリアムに言われていたからだ。
―――自分は礼を受けて当然という態度でいろ。怯んだところを見せるな。
いちいちビクビクしていては、こいつを信用して大丈夫なのだろうかと不安視されてしまい、協力を得にくくなる。
そのうえ悠真が半精霊である事実すら疑われてしまっては、今後の活動に支障が出てくるのは簡単に想像がついた。
(偉そうにしなくていいけど、それっぽくしとけってことだよね)
そんな内心を上手に隠し、悠真はアルカイックスマイルで乗り切った。
おかげで互いの認識のすり合わせや状況説明もつつがなく済み、初日は食べ物や寝具その他を運び込んで終わり、次の日は追加の食べ物と水、初日に運びきれなかった物資などをどんどん運び込むのに費やした。
厨房や浴室はなかったので、そのまま食べられるパンや果物が多い。頭痛薬、腹痛薬、胃痛薬はもちろん、口をゆすぐだけで歯が洗浄できるミントのような風味の薬液もある。
問題は排水だな……と思っていたら、オスカーが魔法使い達とともに、簡易的な濾過装置を合作してしまった。レムレスの浴室にも使われている、魔法を組み込んだ浄化装置の応用で、悠真がぎりぎり運べる大きさまで小型化したものだった。
「館にあるのは半永久に回り続ける仕組みだが、これは使い捨てだ。一週間はもつ」
この装置のおかげで、風呂を設置できるようになった。バラバラに分解した湯舟のパーツを数回に分けて持ち込み、近衛達に組み立ててもらって、熱と水の魔石を使いお湯をためた。これに歓喜したのは王妃だった。
汚れを完全に分離した浄水を再利用するものなので、飲用には躊躇しても、風呂や洗濯用であれば抵抗はない。だがさすがに女性用と男性用の湯舟は別に設置した。
悠真はただ運ぶだけだったとはいえ、重いものを抱えて何往復もするのはそれなりに重労働だった。
だがその甲斐あって、国王達の籠城生活は、悠真が現われた二日目には格段に居心地の良いものになっていた。
豊富な食べ物。豊富な水。寝心地の良い寝具。遊び道具。娯楽本。風呂まである環境。
「快適ですな……」
「さようですな……」
「籠城とは何であったか……」
まったりとした空気とともに、そんな呟きが漏れ始め―――悠真の出現から三日、国王達が謁見の間に閉じこもってからは四日目。
悠真はさらなる魔の道具を持ち込んだ。
それは、簡易キッチンである。
オスカー達が小型濾過装置を開発したことで、移動式の調理台の作成も可能になったのだ。
これもなかなか重かったが、やはり組み立て式にして、どうにか悠真にも運べる重さと大きさに収まった。
「ユウマ様、これで何を……?」
「ふふふ。これまでは料理ができませんでしたからね~」
手伝ってもらいながら組み上げた簡易キッチンの前で、額の汗をぬぐう悠真の笑顔はキラキラと輝いている。
「敵さんへの仕返し、これからが大本番ですよ」
「はぁ」
熱の魔石を仕込んだ魔導コンロに、大鍋をガコンと設置する。それから調理台にまな板と包丁、いくつかの食材を用意した。
肉と各種野菜、それからこの国では好んで料理に使われる香草、香辛料である。
―――悠真は館の料理人に、この国の基本的な料理を教わっていたのだ。
前の世界と異なる食材が多くとも、料理の基本自体はあまり変わらず、今では簡単なものなら自分で作れるようになっている。
「お手伝いいたします」
「自分も」
「ありがとうございます」
近衛達が率先して皮むきを手伝った。彼らの表情は期待に満ちている。悠真のおかげで飢えとは縁遠いが、ちゃんと料理された食事の魅力は格別なのだ。
国王夫妻や重臣達も、精霊様に料理人の真似事をさせてよいのだろうかと思いつつ、興味深そうに眺めている。
悠真は煮込むと非常にいい香りとダシの出る干しキノコを鍋に入れ、切り分けた食材をどんどん放り込み、肉も一緒に投入した。肉によっては長時間煮込むと硬くなるものもあるが、今回使うのは逆にやわらかくなるものだ。
(ほんとはカレーにしたかったんだけどな。作り方わからないし)
つまり、そういうことである。
悠真の家族の間では、『香りテロ』と呼ばれていたカレー。
遠方にまで香りが漂い、食欲をこれでもかと刺激する料理代表である。
だがこの世界においては、作り方を知っていたとしても材料が揃わなかったろう。変に詳しくないほうが、作ることのできないストレスに囚われず、逆に精神衛生上よかったのかもしれない。
(それにカレーができたとしても、初めて嗅ぐ香りだと美味しいってわからないかもだしね)
せっかく作っても、『なんだこの謎のニオイは』と首を傾げられて終わるかもしれない。そうなったら無意味だし、ガックリしてしまう。
だから悠真は、この国ではごく一般的な、それでいてよく香る香草を使った煮込み料理を作ることにした。
浮いてきたアクを丁寧におたまですくい取り、それを何度も繰り返した後、塩や香辛料を入れて弱火で煮込んでいく。
「うまそう……」
「いい香りですね」
「これからもっといい香りになりますよ。そうだ、どなたか外に通じる換気窓の近くに、この道具を置いてきてもらえませんか?」
「これは?」
「換気を促進する魔道具なんです。室内の空気を早く排出して、新しい空気に交換するためのものなんですけど」
「ほほお」
「そういうことですな」
ニヤリと嗤った何人かが、面白がって道具を設置しに行った。
悠真も笑顔でそれを見送り、ひとくち味見をして満足そうに頷くと、大鍋の中へ容赦なく香草を投入していった。
―――この国の人々が『夕食』を連想するお馴染みの香りが、ぶわりと強く漂った。
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